【 003. 】



「あれ?風魔とうとう死んだのか?」

「・・・・・・・・何故私に聞く」

十日程前から鬼の頭目、酒呑童子に色々されている風魔小太郎だが、伝説の忍は意地でも朝餉には顔を出していた。

が、今日になってとうとう姿を見せな


『ガラッ』


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・何か違う技磨き始めたな」


しっかりと風魔に腕を絡ませたを縫って忍服を着る技術を身につけた小太郎は、を引き摺りながら黙って席に着いた。

は若干崩れた着流しで安らかに眠っている。

朝餉を摂る間に会話はなく、皆微妙な思いのまま食事は終了。

そのまま栄光門に行く気満々だった小太郎。

そこに、今日は洗濯物を抱えていない燕が通りかかる。

今朝早くにすっかり顔馴染みになった起風鳴神にこの迷惑な鬼を起こしてもらおうとしたのだが、何故か今日は全然起きない。

燕なら・・・と思い聞こうとしたが、彼女の方が早かった。


「わぁ、よく眠ってらっしゃいますね」

「(いつもだが)」


小太郎の言葉に、燕が首を振る。


「風魔様のお側だからです。元々主様はとても神経質でいらっしゃいますから」


この阿呆がか?とでも言いたげに見やる小太郎に、燕が微笑む。


「でも、風魔様もお忙しいですしね。燕が秘密の方法で起こしましょう」


そう聞いて、皆が注目する。

燕が余り期待することもないですよ、と笑った。


「ねんねんころりやおころりや」

「寝ている奴に子守歌か・・・・・?」


思わず零した政宗に、燕がにこりと笑う。


「ん・・・・・・・」


が薄らと目を開けた。


「・・・・・・燕、か・・・・・・?」

「主様の好きな日差しですよ。庭石で寝ましょう?燕が膝枕をしますから」


完全に寝呆けた足取りで、庭石へと向かう

燕が座ると彼は彼女の膝に頭を預け、ゆっくりと目を閉じた。


「ねんねんころりやおころりや・・・・・」


一曲歌うと、燕はもう歌わなかった。

にこにこと穏やかに笑う彼女に、佐助が苦笑した。


「凄いね。燕ちゃん鬼より強いんじゃない?」


茶化したその言葉に、燕は朗らかに笑った。


「・・・・・・強くなど、ありません。燕は主様の傍に仕えておりますが、本当は弱い下等妖怪なのです」


の寝顔に視線を落とし、燕は口を開いた。


「燕が主様の傍に居られるのは燕がお側に一番長く仕えているからです。主様は昔・・・・人だったのですよ?」

「え・・・・・・」


小さなどよめきに、燕が苦笑する。


「燕が主様を初めて見たのは、大江の山の入り口でした」


大江山の寒さは厳しく、真冬は人が入らぬから妖が闊歩する。

そこでは毎夜宴が開かれ、ある夜弱い燕は当時の頭目に捕まった。

頭目は燕を放し


「逃げやれ。そら、あれを捕まえた者には何でも望むものを取らせるぞ!」


と宣ったのだ。

色めき立った魑魅魍魎がわらわらと追ってくる。

燕は恐ろしくて闇雲に逃げ回った。

捕まる寸前、今手を出していた者を蹴落として燕を掴んだのは、人の匂いの濃い子鬼だった。

彼は血だらけ泥まみれで、頭目に燕を突き出した。

そして頭目が食おうとした燕を指差し


「それを俺の子分に欲しい」


と宣ったのだ。

当然周囲は笑い嘲った。

だが子鬼は燕を受け取って巣に帰ったのだ。

その子鬼こそ・・・・・


「酒呑様だったのです」


話はこれに留まらぬ。

燕は子鬼に献身的に仕えた。

だが子鬼は子分と望んだ割に余り用を言い付けなかった。

だがある日ぽつりと


「子守歌というものを知っているか」


と尋ねた。

知らない筈はない。

燕は妖になる前、人の近くに鳥として生きたことがあった。

思い出して口ずさむと、彼はそれを聞きながら呟いた。


「母は静と言う。俺が刀と共に海に投げ込まれる前に歌ってくれた」


と。


「その時に一度だけよく見せて頂きました。暫くは腰に下げていらしたのも覚えています。

 頭目になってからは袋に入れて楓様に管理を任せておいでのその刀・・・・・確かに笹竜胆の家紋でした」


「「「!」」」


笹竜胆は源氏の家紋。

静御前は義経の愛人。

そして二人の子は頼朝の命により海に投げ入まれたという。


「燕は人の世の複雑さを知りません。知りたいとも思いません。でも・・・・・主様が好きなこの歌は憶えていたいのです」


鈴やかな声と蝉の鳴き声が入り交じる夏の日、人間達の胸に突き刺さるその話は、語られたのだった・・・・・。





午後の空をぼんやりと見上げる

庭石に腰掛けている姿は妖だからか酷く存在が曖昧だ。


「かげろうのようですね。そこにいるのにてはとどかない」


薄く笑った謙信に、が淡く笑う。

かすがは謙信をぽーっと見つめていたが、微かな音に視線を外した。


「どうしました」

「無数の足音が聞こえます。これはまるで・・・・・・・・・」


言い終わらぬ内に、音源は庭に姿を現した。

肌も顕な女の上半身に長い大百足の下半身。

髪は乱れ、覗く目は血走っていた。

確実に正気ではない。

忍三人がさっと武器を構える。

女はずるずるとに近付き手を伸ばした。


「あが、ちゃ・・・・・あだしのあがちゃん・・・・・返して・・・・・・」


縋りついて繰り返す狂女の乱れ髪を、は優しく整えた。


「赤ちゃ・・・・・あが、あ」

「まぁ待て。もうすぐ盆だ、地獄の釜の戸が開く。そうしたら賽の河原の乳飲み子達がおまえを待っているからな?」


言い聞かせるように言って、は女の涙を指先でなぞった。


「わがった・・・・待って、る・・・・・・」


おとなしく身を引いた女は来た時と同じ音を立てて去って行った。


「・・・・・よくあのようなもののけを宥めすかせるな。流石は鬼の「よく言う」


信玄の言葉を切り捨てて、は君主達を一瞥した。

凛とした声音が気高すぎて、幸村さえも文句が言えない。


「あれは嘆き姫と言う。飢えに苦しみおのが腹の子を間引いた女の魂の集まりだ」


飢饉は領主の采配によってどう転ぶかが決まる。

は皮肉げに唇を笑ませた。


「所詮農民の女子供など殿様には関係ないからな」


歪んだ口元は艶やかに笑い、目は笑っていない。

は庭石から降りてすたすたと歩き去った。

彼もまた、肉親に殺された忌み子の血族。

それ故彼は今鬼として生きるのだ。

母の温もりを知らぬ儘に・・・・・。





「・・・・・・・笑いたくば笑っていいぞ」

栄光門に立つのは、と小太郎。

それに今し方やってきたかすがと佐助。

は軽く乾いた笑みを浮かべた。


「何だ?」

「大将にあんな事言えるのがまず凄いよな」


それで大将が黙っちまう剣幕だしな、と言って佐助は苦笑した。


「・・・・・私達は忍だ。忍は道具。農民とそう変わらない」


かすがは言って、視線を落とした。


「・・・・・子を間引くのは罪だろうか」


一緒に飢えて死ぬ方が優しいのか。

呟いたかすがは矢張り女だと三人は思った。

はかすがを見てふわりと笑った。

月明かりに浮かぶ彼は鬼というより天部(仏教の天使的存在)の様に見えた。


「・・・・・・どうだろうな。俺には母がおらぬから分からぬが」


彼は燕が零した言葉を知らない。

母はいないと言い切ったのは、強がりでもなんでもなく。

たった一節の子守歌の中に存在する母を、鬼頭の母などにしたくないという儚い願いであったのだ・・・・・・・・



鬼と一緒に踊りゃんせ。

但し母様来ちゃならぬ。

わたしゃ鬼の子戻りゃせぬ。

鬼と一緒に踊りゃんす・・・・・・・・・





***後書***

閑話休題、つかエロばっかじゃサイトの趣旨が疑わしい。

たまにはこういう過去とかの話もいい。。。かな?