【 005. 】



「・・・・血が飲みたい」

八つ時に甘味を食う人間を眺めていたは、真夏の空を仰いで呟いた。


「血・・・・でござるか?」

「んー・・・・」


聞き返した幸村に生返事を返す。


「生暖かい生き血が飲みたい」


事もなげだが、心臓を冷たい手で握られる様な声。

それによる動揺を隠すように、佐助が軽口を叩いた。


「まさか風魔の血?忍の血なんて何が入ってるか分かんない物、やめとけよ」

「人間がその身に宿せる毒なぞ知れている。子鬼や鬼童は鳥兜をこぞって奪い合っては菓子代わりに食う」


佐助は苦笑し、小さく舌を出した。


「うぇ。あんたも?」

「いや?あんな舌先も痺れぬ毒は詰まらん。「豆に付く豆」は喰うがな」


の言葉に、かすがが反応する。


「・・・・まさかマメハンミョウか?」

「然り」


肯定したに、佐助が口笛を吹く。

信玄が佐助を見やった。


「豆に付く害虫か。確か忍が使う毒であったな」


マメハンミョウは大豆に付く害虫だ。

忍が暗殺の為の毒を取るこの虫、毒液が皮膚に付くと火傷の様な水ぶくれになり、飲めば腎炎、痙攣、呼吸困難の後に死ぬ。

切開せずに膿を出したり発毛剤にも使われたが、その他・・・・・・・


「寝る前に一服?」

「ふふ、俺は不能ではない」


・・・・・・勃起不能改善に効果があるとされていたのだ。

因みに現在そんな効果は期待されていない。

にやにやする佐助に、は小さく溜息を吐いた。


「豆虫もいなければ河豚の肝もない。酷く口寂しい」


薄く開いた口から赤い舌がちろりと覗く。


「なぁ小太郎」


流し目が半端なく色っぽいのはいつもの事だが、名指しで聞かれた小太郎当人には余り効果はない。

完全に無視だ。


「(飲みたければ飲めばいい。そういう約束だ)」


素っ気なく言った小太郎に、が笑った。


「では、今夜」





夜のぬるい風に紛れて、が部屋に現れる。

いつもそうだが、この鬼は何時の間にか部屋に入り込んでいる事が多い。


「・・・・・・・・・・・・」


対刀の片方で腕を傷付けようとすると、が微笑って首を振る。

そして指先をついと小太郎の首筋に這わせた。


「俺がお前に血を与えた時の様に・・・・お前が俺に血を与えろ」

「・・・・・・・・・・・・・・」


小太郎は黙って刀を仕舞い、首筋を晒けだした。

の唇が肌に触れる。

冷たい歯が肌に食い込む。


ぷつ・・・・・・


鋭い痛みと、血が溢れる感覚。

暫くは微かに鳴るの喉の音を聞いていたが、その内違和感に気付く。

指先が震える。

立っているのが容易でなくなる。

貧血かというとそうでもない。

体温は上がり、呼吸も早くなる。

そして・・・・・・・・・・


「(・・・・・・・・っ)」


感覚がひどく鋭い。

自分を律せない程のそれは、間違いなく快楽。

小太郎の唇から熱い吐息が洩れ、身体がふらふらと布団にへたり込んだ。


「俺の血はどんな半死人も蘇らせる。だが逆に俺に血を与える者は・・・・・・・その身体が強い快楽に蝕まれる」


腰に力が入らない小太郎は、敷布を手繰ってこの美しい鬼から・・・・・いや、快楽から逃れようとした。

だが段々と理性は崩れ始め、このまま快楽に身を任せる誘惑に誘われる。


「・・・・・・・・・・・」


小太郎が手を伸ばす。に向かって。

縋るように。

その手を取ってやれば、小太郎が艶やかに笑う。

完全に快楽に呑まれてしまったらしい。


「(早く)」


潤みとろけた瞳で請われて、は苦笑した。

いつも素っ気なくも色っぽいのが、今は魔羅(仏道修行の邪魔をする悪魔)の様に淫蕩な妖婦の如し。


「悪くない」


くつりと笑って、は小太郎の指先に唇を寄せた。

小太郎は片目を眇めて擽ったそうにしている。

が手を離すと、自ら着流しをはだけてついと指を滑らせた。


「(・・・・っ・・・・・・・・・)」


胸の淡く色付いた尖りを、小太郎の指先が軽く引っ掻く。

それにさえ口を薄く開閉して音無く喘ぎ、小太郎は惜し気なく媚態を晒した。


「・・・・・・・・・・・」


小太郎が再度に手を伸ばす。

はそれに口づけると、小太郎の着流しの裾を捲った。

窮屈そうな下帯を外してやれば、いきり立った雄がぶるんと飛び出す。

それに指を絡ませて扱いてやると、小太郎の腕がの肩に回された。

巧みな指が、小太郎を追い上げていく。


「達け」

「!」


耳を噛まれて、小太郎は熱い奔流をほとばしらせた。

強い快感に、目の前で閃光が弾ける。


「・・・・・」


くたりとしていた小太郎だったが、少しの余韻の後に、もぞりと身体を動かした。

に身体を擦り付けて、物言いたげに見つめてくる。


「此処か?」

「!」


指先で最奥をつつくと、小太郎は嬉しそうに頷いた。

全く何時もからは想像の出来ない豹変ぶりである。

は指を舐め濡らすと、ズッと小太郎の中に差し込んだ。


「痛むか」


小太郎が首を振ってにしがみつく。


「(もっと)」


ぐっと奥に指を突き入れると、小太郎の身体がしなる。

二本三本と増やしても抵抗はせず、嬉しそうに身体をひくつかせていた。


「入れるぞ」


グズッと肉が擦れる音がして入り込む肉。

小太郎の爪がの背に赤い筋を引いた。


「(っ・・・・・・・・・・・!)」


中を擦り立てる肉に、小太郎の肉が絡み付く。

痛みと快楽が交じり溶け合い、我を忘れた小太郎はただ、悦びの中に居た。


「(ああ、あ、あ)」


意識は溶けて身体は堕ちる。

色に狂った小太郎もまた、は嫌いではない。

だがやはり何時もの方が好きか。

は指先を軽く噛んで血を滲ませると、小太郎の口に含ませた。

小太郎は二三度喉を鳴らして飲み込むと、糸の切れた人形のようにぱたりと意識を失った。

は小さく笑って、小太郎の身体を抱いた。


「お休み、小太郎」





翌朝、佐助とかすがは小太郎の部屋の前で顔を見合わせていた。

原因は中から聞こえる肉を刃物で突き刺す音と、障子に付く血糊。

それにその凶行を裏付ける動きをする影である。

ぶすりざくりと言う音が少し続き、障子がすぱんと開け放たれる。

すたすたと井戸に向かう身体が矢張り腰を庇っていて、痴情のもつれと判断された。


「風「(余計な事を言ったら殺す)」はーい」


即逃げに移った佐助に冷たい視線を投げ、かすがは小太郎に一言。


「奴に聞くと為になると聞いたのだが、鬼『の』金棒はどう・・・・・・・」


着流しのまま、小太郎は対刀を掴んで佐助を刺しに走った。

騙されている美しき剣は首を傾げて見送ったのだった。

血みどろのが庭石に座り

「小太郎が」

と言い掛けた時点でまた肩口を刺されたのはまた別の話。





***後書***

こたも無敵ではないのです。