【ヴァンパイア パニック】
「あぁ〜、もうたまんねー!」
PS2のコントローラーを握り締め、ははふぅと溜め息をついた。
彼女が今やっているのは戦国BASARA2。
個性豊かな…と言うかもう既に濃い域まで達したキャラクター達が戦場に入り乱れるゲームだ。
「佐助カッコイイ〜!子安ボイスがタマラン…!」
鼻血を拭うような仕草をして、は涎をすする(なら鼻血の前に涎を拭えよ!)。
「あ、コーヒーないや。汲んでこよ。ついでにプリン〜♪」
トテトテと台所に立ち、コーヒー(ドリップ。ブルーマウンテンだ!)を煎れ、冷蔵庫を開ける。
ガチャ、ぶわっ。
「…へ?」
冷蔵庫を開けたのに何故か熱気を感じ、は目をしばたかせた。
目の前には合戦場。
血の匂い。
そして片手にコーヒー、反対にはプリン。
「な…っなんじゃこりゃぁぁぁ!」
思わず叫んだ。
遠くで蒼い影と緑の影が斬り合いをしている。
取り合えず生き残った方にいろいろ聞いてみようと、二人に近付く。
と、緑の方がバランスを崩した。
その時は見てしまった。
緑だ緑だと思っていたのがBASARAの佐助そっくり…というかそのものであることに。
佐助のピンチとあっては黙っていられない。
どうしてBASARAに、とかどうやって帰ろう、とかはどうでもいい。
どうせ家族からはいつか巣立つんだし、死という別れもくるんだし。
お互いどっかで元気にやってりゃいいじゃない!
子安ボイスが「あーらら、しくじったねぇ」と呟くのを聞いて、は体温を上げた。
…やべ、鼻血出そう。
「も、萌えー!っじゃねぇ、佐助ぇー!」
ばっと政宗の前に飛び出し、素早く佐助を抱える。
「戦術的撤退ー!」
叫ぶと同時に背から羽が出現。
まぁ天使の羽みたいな可愛らしいモンじゃなく、コウモリ羽だが。
おいおい話すが、何を隠そう、私は吸血鬼なのだ!
「「な…っ」」
ふふ、驚いてる驚いてる。
何でこう人を驚かすってのは気持ち良いんだろうね!
佐助を抱え、は武田軍本陣に向かって飛び立った。
空から見れば赤い軍勢は一目瞭然!
口をぱくぱくさせている佐助をドサクサに紛れて姫抱きして、いざ参るは武田本陣、おやかた様と幸村の前!
「お、親方様!人が佐助を抱えて飛んで…!」
「えぇい幸村、うろたえるな!」
…いや、今のは幸村の反応が普通だろ。
人が空飛んでんだから。
「よ…っと」
佐助を地面にソッと下ろし、は周りを見回した。
そして幸村に声をかけようとした時、背後に迫る蹄の音に振り返る。
「来たか…」
ここは幸村に任せた方がいいのか…?宿命のライバルだし。
う〜ん。
しかしなぁ。
「ちょっと見せて」
佐助の顎に手をかけ、上向かせる。
その頬には、一筋の赤い筋。
「やっぱり許せん!俺の佐助を傷物にするなんて…!」
「お、俺のって、俺いつからアンタの物に…」
「産まれた時からです」
(((横暴だ…!)))
確かに横暴なのだが、彼女はそんなことおかまいなしだ。
更に近くなった蹄の音を、怒気全開で迎え撃つ。
「Ha〜n?俺は真田幸村に用があるんだがな?」
「なら俺なんか余裕で殺せるんだろ?御託はいい、来い、伊達政宗!」
「フン・・・仕方ねえな!」
風を受けた翼が、マントの様にはためく。
走る馬から政宗が飛び降りると同時に、火蓋は切って落とされた。
政宗が繰り出した刃をスルリとかわし、は薄い笑みを浮かべた。
ひらひらと軽い動作で刄をかわすその姿は、さながら舞いでも舞っているようだ。
「逃げてばかりじゃ俺には勝てねえぜ!」
政宗の言葉に、は一度笑みを消し、そして一瞬後には先程よりも艶やかに笑った。
「それもそうだ」
ビシィィン。
「な…っ?!」
言葉と同時に政宗の刀が止まる。
…いや、止められたと言った方が正しい。
の指先が、政宗の三本の刀のうち真ん中の一本を挟むようにして止めている。
大の男が力一杯繰り出した剣撃を素手で止めたのである。
「何、だと…」
「伊達政宗、アンタ、俺には勝てないよ」
そう囁くと、は政宗の腹に、拳を叩き込んだ。
「…で、アンタ何者なのさ?」
吹っ飛び昏倒した政宗をチラリと見やり、佐助が手裏剣を構える。
そこでハッと我に返り、はかりかりと頭を掻いた。
「えっと…ただの佐助のファンです☆」
「ふぁん?」
「えっと…(英語苦手なんだよなぁ)し、信者?」
近いようで遠い答えを出したに、佐助がうろんな目を向ける。
…が、佐助の思考を邪魔する馬鹿がここにも一人。
「佐助も宗教を開いたのか?」
「はいはい、旦那は黙っててねー」
…軽くいなされてしまった。
仮にも主だろ、しっかりしろよ幸村。
「つまり…うん、つまり私は佐助を○○○して×××ってついでに●●したいと思っ…」
「はっ、破廉恥であるぞぉぉぉ!」
叫んだ幸村の顔は真っ赤だ。
私そんなに変な事言ったかなぁ?
…言ってます。さん。
「破廉恥上等、人生エロくてナンボよ!」
には常識など通じない。
「佐助の純潔を奪うんだぁぁぁ!」
「ちょっとアンタ大声で何言っちゃってんのぉぉぉ!」
大声で、佐助を汚しちゃうぞ☆宣言をしたに、佐助が頭を抱える。
しかし気をとりなおしたようにせきばらいすると、ちろりと横目でを見た。
「第一、俺様は純潔なんかじゃないの!忍なんだから当たり前でしょ!」
「いーいじゃないの。慣れてようが、訓練積んでようが、吸血鬼の性技には誰もが屈服するのだよ!
あぁ…早く見たいなぁ…佐助の可愛い姿…☆」
「俺様は絶対!アンタの物になんかならないよ!」
「えぇ〜」
「…して、そなたは何者なのだ」
そこにかかった、一人冷静に物を見ていた信玄の言葉に、は一瞬考えるようなそぶりをして、次ににっこり笑った。
「夜の闇に飽きたので、日の下に出てきた鬼です」
間違ってはいない。
決して。
未来云々を説明するより、よほど建設的な答えだ。
「もし親方様が許して下さるなら、武田軍に加わりたいんですが。…伊達政宗のしちゃったし」
頭を掻き掻き言うと、信玄はふむと顎に手を当て、うなづいた。
・・・軽いなオイ。
「うむ…よかろう」
「ええっ?!大将嘘でしょ?!」
そんな短慮な!えたいも知れないのに!と言い募る佐助に、信玄は豪快に笑った。
「よいではないか!鬼を飼うのもまた一興よ」
完全にその気になっている信玄。
もにこにこ笑ってその様子を見ている。
そんなを見て、黙っていれば綺麗…というか、寧ろ格好良いのに…と、佐助は溜め息をついた。
(食われないように気を付けよう…)
「ここがアンタの部屋。あとすぐに宴だから広間に来てね」
「…そんなあからさまに警戒しなくても」
部屋に案内しながら警戒をとかない佐助に、今は何もしないよ〜、と、手を挙げて見せる。
が、佐助はじとっとした眼で見るばかりだ。
「『今は』って時点で信用ならないね」
何より俺様の忍の勘が『気を付けろ』って教えてるんだよ、と、佐助は言った。
「俺はかすがみたいないい女が好きなの!野郎には興味ないの!」
「(野郎だと思われてるのか…ま、貧乳だしな)かすがね…私はまつの方が好みかな」
「まつって…前田の嫁さん?」
「うん」
御飯よそってもらいたい〜と呟く。
しかしこの言葉が益々佐助の不審を募らせた。
「敵国武将の嫁さんまで知ってるんだ…アンタホントに何者?
返答によっちゃ、大将には悪いけどここで切り捨てさせてもらうよ?」
佐助の言葉にはふっと笑った。そして佐助が構えた苦無の刃を素手で掴む。
血が、滴った。
「なっ…アンタ何して…」
「黙って」
たしなめるような声音で言い、は素早く佐助の唇を塞いだ。
己の…唇で。
「んっ…?!」
くちゅりと濡れた音がして舌が絡まる。
と、唐突に唇が離れ、は舌先を手の甲に軽くつけた後、そこを見た。
「…噛まれちった」
「当たり前だ!」
心持ち青くなった顔(彼は男にキスされたと思ってるんだから当然だが)で、ギッとを睨みつけた。
「こンの変態!」
ドスドスと忍らしからぬ足音をたてて去っていく佐助に苦笑して、は片目を閉じて、含んだ笑いを溢した。
「まぁ…じっくりオトすさ」
「…これはさ、どういうことなのかな」
「飲み比べだ真田幸村!Ledy … Go!」
「見ていてくだされ親方様ぁぁぁ!この幸村、負けはせぬぅぅぅぁ」
かなり急いで来た広間では、既に無礼講が始まっていた。
・・・早いなオイ。
その真ん中で、政宗と幸村が飲み比べを、信玄と佐助がその様子を見ている。
「…親方様、何で政宗を殺さないんですか?」
人を縫い縫い信玄の元に寄り、尋ねる。
勝手に政宗よばわりしている辺りが、ただ者ではないだ。
「うむ!天下を取っただけでは民の暮らしは良くならん。ある程度の地域に代理で政を行う者を置いた方が良いのだ。
わしが天下をとったら、独眼竜には奥州を治めてもらおうと思ってな!」
殺すには惜しい男よ、と言い酒をあおる信玄に、は苦笑にも似た笑いをこぼした。
「豪快な人だ」
誰よりも物事を深く考えているのに、やることなすことが豪快。
それでバランスがとれているのだから面白い。
「も飲まぬか!主役が飲まないでどうする」
「主役?」
聞き返したに、しっかり距離をとった安全圏から、佐助が呆れた視線を寄越す。
・・・さっきのことで警戒しているようだ。
「なにボケた事言ってんの。伊達の旦那を破ったのはアンタでしょ」
言われてみてやっと、得心がいく。
「それじゃあお言葉に甘えて飲ませてもらおうかな」
杯と徳利を手に、はなまめかしい視線を佐助に投げ掛けた。
「佐助にお酌してもらいたいなぁ」
思わずどきりとした佐助だったが、ハッと頭を振って、を軽く睨む。
「いいけど、酔って俺様に触ったらぶん殴るからね!」
「分かったよ、気を付けます。もし触ったら殴っていいです」
両手を挙げて降参のポーズをする。
それを見て、佐助は徳利を取った。
「…はい」
「ありがと。…ん。やっぱ美人のお酌が付くと酒が美味いねぇ」
嬉しそうに笑うに、佐助は嫌そうな顔。
「俺様は美人とか言われてもちっとも嬉しくないけどね」
「はは、まぁ佐助は男だしな」
ボインな姉ちゃんに「格好良い〜」って言われた方が嬉しいわな、と笑って、は杯を干した。
視線の先では、幸村と政宗がかなり酒臭くなっている。
「佐助、ひとつ聞いていいか?」
急に真面目な顔で、声を潜めたに、佐助は耳を寄せた。
「何?」
「…片倉小十郎は今回の戦には出なかったのか?」
政宗の背中を守りに来なかった所を見ると、米沢城でお留守番か?と言うと、佐助はうん、と頷いた。
「片倉小十郎は今回の戦には出てないよ」
の杯に酒を足しながら、言う。
「近いうちに速馬に乗ってとんでくるだろうね」
政宗の安否を使いを送って調べて、なんて悠長な事できないだろう…あの性格からして。
政宗命!てぇ感じだし。
「何日で来るか、賭けない?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて誘いかけると、佐助も軽い笑みを浮かべた。
「いいよ。何を賭けるの?」
「次の出撃の給料全部でどう?」
かなりの額を賭けることになりそうだが、二人はニヤリと笑って顔を見会わせた。
「俺様は三日」
奥州からだしね、と言う佐助に対し、は杯を見つめ、言った。
「今夜」
「…は?」
「片倉小十郎は今夜のうちに此処に来る」
グッと酒をあおって、口許を親指で拭う。
「必ずだ」
自信ありげな顔に、佐助は呆れた顔をした。
「今夜って、そりゃ無理でしょ。絶対無理。なんなら俺様、この身体、かけていいよ」
無理無理、と笑う佐助の言葉に、はニヤ〜っと笑った。
「その言葉、二言はないな?」
「ないよ」
佐助はヘラヘラ笑っているが、は至って真面目な顔だ。
何か確信でもあるのだろうか?
常識的に考えて、奥州から甲斐まで、どんなに急いでも、3日はかかる。
それも手段を選ばなければの話だ。
一体は何を思って今夜などとのたまったのであろう。
…だが佐助は知らない。
の一見無謀ともとれるこの言葉が、現実になる事を。
「…お」
夜の冷たい空気に混じって、蹄の音が聞こえる。
…もっとも、それは人ならざる者の驚異的な聴力があって初めて聞こえるものだったが。
段々と近くなるそれに、は杯を空け、立ち上がる。
「?」
いぶかしげな佐助に軽く笑いかけ、は中庭に面した障子を開け放った。
にわかに門の方が騒がしくなり、次いで中庭に馬が飛込んでくる。
騒然とする広間。それを後目に、は馬上の人物に杯を軽く上げて見せた。
「コンバンワ、片倉小十郎サン?」
柱に寄りかかった不遜な態度を気にする事もなく、小十郎は少し息を切らしながら口を開いた。
「政宗様は…」
「…あぁ、俺が食べちゃった」
蒼白い月明かりに照らされた蒼白い顔が、気だるげに言う。
口許だけが目が覚めるように紅い。
「噂、行ってるでしょ?政宗は鬼に負けたって」
にたぁと笑うと、目に見えて小十郎の顔から血の気が引いた。
「貴様…!」
ぎり、と歯を噛み締め、刀の柄に手を掛ける小十郎。
それを見て、はカラカラとと笑った。
「嘘だよ。アンタの大事なお殿様は広間の真ん中で倒れてる。飲み比べで潰れたんだろ」
親指で指し示すと、小十郎の顔に幾分血の気が戻った。
それを見届け、は小十郎に言った。
「親方様は考えがあって政宗を殺さなかったみたいよ?聞いてみたら?感動するよ」
クスリと笑って杯を傾けるに、小十郎は疑うような目を向けた。
「本当にお前が政宗様を負かしたのか?」
それは暗に、『本当にお前が鬼なのか』と言っていた。
はふっと笑って杯を干す。
「そうだよ。油断してるとアンタも食べられちゃうよ?」
クスクス笑うは、イマイチ本気なのか分からない。
「アンタとても美味しそうだ。是非布団の中で鳴かせたいね」
つっと視線を流すと小十郎はフンと鼻を鳴らした。
「俺は野郎に組み敷かれる趣味はねぇ」
「い〜ィねぇ、その答え!益々そそる、が…俺は今夜は佐助で手いっぱ…いでっ!」
「何言っちゃってんのアンタは!」
後頭部をどつかれて、がうめく。
…が、懲りるどころか恨めしげに佐助を睨んだ。
「だって本当の事じゃん」
「あれは…まさか今夜のうちに来るなんて誰も思わないだろ!
片倉の旦那も何でこんな早く来ちゃうんだよ!奥州から甲斐まで三日はかかるってのに!」
早口にまくしたてる佐助に、はにんまりと笑った。
「大方勝手に戦場に飛び出した政宗をすぐに追ってきてたんだろ。すぐ後ろに居たのさ。そうだろ?小十郎」
ちびちびと手酌で飲むの言葉に、小十郎は意外そうな顔をした。
「あぁ…そうだ」
「な?」
嬉しそうに笑う顔は、子供のようだ。
この顔で達者な推理をするのだから、侮れない。
「鬼、名は?」
「」
小十郎の問いに簡潔に答え、は少し微笑んだ。
その妖しさに、思わず小十郎は身震いする。
人ならざる者故の、壮絶に美しい笑みだった。
「そんなとこにいないで、政宗の側に行きなよ」
微笑んだまま踵を返し、は広間の中に消えた。
佐助が、「お馬さん預かるよ」と手綱をとる。
小十郎は、馬から降り、
一人呟いた。
「鬼、か…」
呟きは、誰にも聞かれる事なく、宙に消えた。
殆どの者が酔い潰れた明け方。
始めの方で政宗と飲み比べをして潰れていた幸村が、厠に立った時の事。
の部屋から佐助のなまめかしい声を聞いたのは、また別の話。
***跡吐き***
主人公最強路線、ヒロインはこじゅ、でもつまみ食い上等経路で突っ走って行くんで夜露死苦!