【 003. 】
「あー…昨日は最高だったなー…」
ぐぐっと背伸びをし、月光をいっぱいに浴びながら、はごきげんだ。
「佐助ってば予想通りかぁわいぃんだもん」
つい夢中になっちゃったよ、と呟き、は多少寝乱れた着物を正した。
着てきたのはTシャツとジーパンだったが、汚れたのと羽を出した時に破れたのとで、着替を数枚貰ったのだ。
は佐助の使い古しでいい(むしろそれがいい!)と主張したのだが、佐助に露骨に嫌そうな顔をされて、断念した。
「…さてと、政宗と小十郎の寝顔を拝みに行きますか!」
…なんてったって、先刻も言った通り、が浴びているのは月光。
もう夜明けが近いとはいえ、近いだけ。
まだ夜である事は間違いない。
は足音を忍ばせて政宗が寝ている部屋に向かう。
因みに隣が小十郎である事は確認済みだ。
昨日泥酔していた政宗と、政宗が眠ったら、詳しい話は明日、と部屋に下がってしまった小十郎。
しっかりがっつり眠っているに違いない。
「…お邪魔しま…はう」
入った途端、両側から出てきた刃に、は両手を挙げて降参のポーズをとった。
「何で起きてるかな」
予想外の結果に、は不服そうに唇を尖らせた。
その様子を見て、すっかり酔いのさめている様子の政宗が、不敵に笑う。
「随分とお愉しみだったようだな。鬼の妙技には忍も敵わずか?」
「…聞こえてた?イーイ声で鳴くでショ?佐助ってば」
照れる様子もなく切り返すに、小十郎は呆れ顔だ。
だが、政宗は面白いものを見つけた時の様に、瞳が輝いている。
「名前は」
「」
「ふん…女みてぇな名だな」
政宗の言葉に、はにや〜と笑った。
紅く裂けた口が、まさに鬼といった風情だ。
「だって、俺女だもん」
着物をはだけて見せる。
そこには、確かに男には見られない膨らみがあった。
…限りなく微かにだが。
政宗と小十郎が目を見開く。
「おま…っおんっもがっ!?」
シー、と唇に人指し指を当て、政宗の口を塞ぐ。
「内緒に」
しといてね?と片目をつぶって見せるに、政宗は益々面白そうな顔をした。
「女の身で、どうやって佐助の奴をあれだけ鳴かせたんだ?」
興味深々といった風の政宗を、小十郎がたしなめる。
「…政宗様。他人の閨の事など訊くものではありません」
「堅ぇ事言うなよ、小十郎!…で?」
小十郎の言葉にもめげずに訊いてくる政宗に、も悪戯っぽい顔で答える。
「そりゃあ…指と舌とでじっくりと、ね…俺には逸物が無いからねぇ。小十郎で実践して見せてあげようか?」
ちらりと視線を流し、唇の端を舐めて見せると、小十郎は嫌そうな顔をした。
「断る。俺は女だろうと男だろうと組みしかれる趣味はねえ」
言い切る小十郎に、は苦笑した。
「そういう答えが俺を燃えさせちゃうんだけどねぇ」
ざーんーねーんっ!と笑い、は政宗に向き直った。
「ところで政宗、今日暇?」
唐突な質問に、政宗は顎に手を当てた。
「Ha-n…今日は信玄公と話をつけなきゃなんねえんだが」
「じゃあそれが終わったら。面白い所に行かないか?」
何を企んでいるのやら。不敵に笑う。
政宗はニヤリと笑い返すと頷いた。
「いいぜ。連れて行って貰おうじゃねえか」
乗り気の政宗に、小十郎は渋い顔だ。
「…鬼と歩くなど感心しませんな」
小十郎はまだを信用してはいないようだ。
一方政宗は直感的に気に入っているらしく、あまり警戒のそぶりを見せない。
…まあ見せないだけで警戒していないわけではないのだろうが。
「じゃあ決まりな!楽しみにしててくれよ?」
楽しげに笑いかけ、は部屋を出ていく。
嵐のように去っていったに、政宗は苦笑いだ。
「綺麗な顔してとんだ悪戯坊主だぜ」
その日の昼過ぎ。
信玄との話が何だかあっけなくついてしまった政宗は、暇を持て余していた。
着流し姿で縁側に座っていると、不意に影が差す。
振り返ると、何だか妙な格好をしたが立っている。
「何だ、その妙な格好は」
「あれ、そんなにおかしい?」
今のの格好は、政宗の感覚からすれば随分と妙ちきりんだった。
首を帯のように取り巻いた布は後ろで結ばれ、首の前から繋がっている前掛けのような形の布が、胴体を覆っている。
後ろは肩から肩甲骨の下までが剥き出し。
簡単に言えば、木綿製の半袖ハイネックの背中上半分が開いているといった感じだ。
「羽出したり仕舞ったりするのに、これが丁度いいんだよ」
手作りなんだぜ、と得意そうに言うの服をしげしげと見る。
自分で作ったにしてはかなり上出来だ。
素材も綿だが上質なものを使っている。
「政宗撃破の報償なんだぜ、この木綿」
いい布だろ、と言うに、政宗は不満顔だ。
「俺を倒した報償だぁ?絹ぐらい出してもらいてぇもんだぜ」
舌打ちする政宗に、が苦笑する。
「別にこれだけしか貰えなかったわけじゃないよ。報償金も出たし。新参者の俺にこれだけくれるってのは凄い事だと思うけどな」
そう言うと、ようやく政宗の眉間から皺が取れる。
それを見て、はさぁと手を叩いた。
「そろそろ行こう」
ウキウキと草履を履くに習い、政宗も草履を履いた。
中庭の真ん中でめりめり音を立てて羽を出すと、は政宗を手招いた。
「ぶら下げるのとお嬢抱っこ、どっちがいい?」
服と羽の折り合いを気にしながら訊いてくるに、政宗は即答した。
「ぶら下がる」
「よっしゃお嬢抱っこな」
なんでだよ。
抗議する間もなく抱き上げられ、政宗は軽く溜め息をついたが、怒りはしなかった。
流石奥州筆頭、心が広い。
「しっかり捕まって」
言われて少し考えるが、他にいい方法が見つからず、政宗は仕方なくの首に手を回した。
「おっ、大胆な」
「お前馬鹿だろ」
そういう事は綺麗な女に言うもんだ、と呆れた様に言われ、はくすくす笑った。
そして、ゆっくりと飛び立ち、言う。
「政宗だって美人さんじゃーん」
言われた政宗は、今度こそ心底呆れた顔をした。
「どこがだ。隻眼、体は傷と疱瘡の跡だらけだぜ?」
自嘲するように言う政宗の首筋に顔を埋め、は深呼吸するような仕草を見せた。
「色も白い、顔も美形、何より」
『その心の色』
耳元で囁かれ、政宗は軽く目を見開いた。
は政宗の目を見て、にこりと笑った。
「政宗の内なる輝きが、生命力が、政宗を輝かせて見せる」
そう言われて悪い気はしない。
政宗は軽く笑い返し、から目下に視線を外した。
「空を翔ぶってのは、良いもんだな」
そういえば、と、は政宗に尋ねた。
「…生まれ変わったら、鳥になりたい?」
「…そうだな」
「でも、鳥になったら」
刀を握れないよ?そう言われ、政宗は苦笑した。
「それも退屈だな」
笑い合う。
は眼下に九州を捉え、目的地へと羽をはためかせた。
人気のない海辺に降り、少し歩く。
「ここはどこなんだ?」
政宗の言葉に、少し考えて、は言う。
「長崎だから…サビー教と島津の間位かな。八ノ子島ってとこ」
段々と増えてくる人通り。
その中に少なからず異人が混じっているのを見て、政宗が呟く。
「貿易港か」
「That's Light !」
さすが西洋かぶれ、と笑うに、政宗は意外そうな顔をした。
「・・・頭は限りなくからっぽそうに見えたんだが」
異国語が分かるとはねぇ。
失礼な感心に、は唇を尖らせる。
「どうせ俺は頭悪そうだよ。軽い感じにも見えるよ」
ぷくーと頬を膨らませ、は先に進む。
見失わないようについていくと、は建物に入った。
はっきり言ってかなり騒々しい。
中にいるのは殆ど異人ばかりだ。
その一角の丸テーブルに、数人の男たちが座っている。
強面だったが、身なりはよい。
は酒を六杯注文すると、盆に載せ、そのテーブルに近づいた。
「It is possible to join a group because fully treat it. (一杯奢るから、仲間にいれてくんない?)」
突然声をかけられ、男たちが顔を見合わせる。
がトランプを指差し、ついでに持っていた小判を見せると、男たちは少し相談して、と政宗のために椅子を移動させた。
「・・・お前なんて言ったんだ?」
政宗が尋ねる。
「ゲームの仲間に入れてもらおうと思って。向こうのゲームだし結構な大金が動くし、腕に自信がないならやめとくが吉。政宗はどうする?」
の答えに、政宗は少し逡巡し「今日は見るだけにしとくぜ。Ruleもわかんねぇしな」と答えた。
はそうだねと頷くと、椅子を二脚引っ張ってきて、テーブルに着いた。
政宗も隣に座る。
「Is the elder brother who wore that eyepatch a samurai?(そっちの眼帯の兄ちゃんはサムライかい?)」
興味深々で聞かれ、は政宗の肩を抱き、得意げに答える。
「It is so. He is a samurai though it is my lovely kitten. (そうだよ。でも俺の可愛い子猫ちゃんだけどね)」
さすがは船乗り(といってもおそらくパトロンか船長あたり)だ!
ノリが良すぎる。
ひゅーひゅーと囃し立て、口笛を吹き「サムライ!サムライ!」と叫んでいる。
いつの時代も外国人は
@サムライ
Aニンジャ
Bハラキリ
・・・が好きなんだなぁ。
「おい・・・今度は何言ったんだ・・・やたらTensionが高ぇぜ」
肩からの手をぺっと剥がして問う政宗に「なんでもないよン」と笑いかけ、はテーブルのトランプを取った。
「It's Show Time!(始めようぜ!)」
「You are strong! However, the defeat is a defeat. Take it.(兄ちゃん強ぇなぁ!しかし負けは負けだ、持って行け)」
「Moreover, let's play! (また遊ぼうぜ!)」
「Return taking care!(気ィつけて帰ンな!)」
驚異的な強さと運で、元手を数倍に増やした。
しかし今日のメンバーは本当に気のいい奴ばかりで、を咎めもしなかった。
豪快に笑って手を振る男たちに元気よく手を振り返し、は政宗を連れて酒場を出た。
「ごめんなー、勝負に熱が入っちゃって・・・待たせた」
申し訳なさそうに片手を挙げて謝る。
しかし、待つことが大嫌いなはずの政宗は、別段怒った様子もない。
「別にいいぜ。異国語をたっぷり聴けたし、Gameの内容も薄らと分かったし、面白かった。・・・特にお前の勝ちっぷりが良かったぜ?」
政宗の言葉に、が笑う。
そして、展開している露店を指差し、政宗を振り返った。
「買い物していこう。異国情緒溢れるものが沢山あるからね」
「・・・こりゃなんだ?」
「あ、それ?万華鏡。此処から中覗いて、回すの」
「Oh・・・こりゃあbeautifulだな」
「あ、これいいな」
あちこち露店を覗き、異国の物を手に取り眺める。
そのうち、が気がついたように手を打った。
「みんなにお土産買って帰ろう」
お金も沢山あるしね、とはトランプを手に取った。
「これは幸村に買って帰ろう」
「何だ、さっきのGameの・・・って、マジでこれを幸村にやるのか?」
声が笑っている。
肩も揺れている。
かなり笑うのを堪えているらしい。
「Ha-n・・・これはいいChoice(チョイス)だな・・・」
が持っているのは、金髪の美人が、豊満な体を惜しげもなく晒した絵が描かれているトランプ。
は代金を払い、それを懐に収めた。
「他の奴にも何かおもしれぇ土産を買ってやろうぜ」
「・・・言われなくても」
悪戯っ子の様に顔を見合わせ、歩き出す。
皆がどんな反応をするか楽しみだ。
「・・・・で、お土産です」
既に床を赤く染めて倒れている幸村を踏み越え、信玄に土産を渡す。
信玄は見たことのないそれに、しげしげと視線を這わせた。
「ふむ・・・馬の鬣(たてがみ)を梳かすのに良さそうじゃな」
「・・・流石親方様、鋭いですね」
政宗と顔を見合わせ、は苦笑した。
「兜の、赤い毛を梳かすのに良いかと思って。ブラシというものです」
「成る程」
感心したように言い、信玄はブラシをひっくり返したり、毛を掻き分けたりして眺めている。
やはり櫛とは勝手も見た目も違うから、珍しいらしい。
「小十郎には、じゃーん!これ!」
「俺も一緒に選んだんだぜ、小十郎!」
二人のハイテンションな様子に嫌な予感を覚えつつ、小十郎はと政宗に視線を向ける。
・・・と、おもむろに差し出されたのは・・・。
「・・・・何ですかこれは」
皮製の服・・・にしては相当露出が高い物が、紐やらチェーンやらで複雑につながれている。
それをが床に広げたのを見て、小十郎はひくひくするこめかみを押さえた。
「鬼・・・てめぇ・・・・・」
「何で俺だけ?!政宗は?!」
「政宗様は良いんだよ!毎度のことだから!」
「毎度のことって何だよ・・・」
はっきり言って遊女でも嫌がるような破廉恥極まりない服に、小十郎が切れる。
・・・いや、ただくれただけで、それを女に着せて楽しめというんならここまで怒らなかっただろうが、が買ってきたそれは、明らかにガタイの良い男用だった。
「俺は着ねぇぞ!」
「わーい、逃げろー!政宗、走るぞ」
「俺は別に追われてねぇんだが」
「ここまで共犯したんだ、最後まで付き合え!」
手を引かれ、無理やり立たされ、政宗は笑う。
「仕方ねぇな・・・ほら行くぞ!」
「・・・っとちょっと待って」
暴れだすまで五秒前といった小十郎をよけて、は佐助に包みを渡す。
そっと耳元に囁くことを忘れずに。
「よっしゃ、行くぞ政宗ー!」
「遅ぇよ!」
「待ちやがれ!」
三人が騒々しく出て行くのを見送って、佐助は渡された包みに視線を落とした。
よっぽど捨ててしまおうかと思ったが・・・変な物が出てきそうで。
気を取り直して開けて見る。
・・・と。
ころんと出てきたのは、なにやら浅い筒状で、向こうに抜けているもの。
側面には、異国語が刻まれている。
It falls in love all things to fall in love sincerity at one view.
・・・何だろう、分からない。
自分外国語を読めないことを知ってるんだから、大した意味はないのかもしれない。
「・・・指につけろって言ってたな」
いろんな指につけてみると、左手の薬指がちょうど良かった。
「・・・・あんまりいらないけど。一応ありがとう、なのかな?」
苦笑して呟くと、遠くから小十郎の怒声が聞こえた。
−−−It falls in love all things to fall in love sincerity at one view.
−誠の恋をするものは、みな一目で恋をする
*余談*
「政宗、これからちょっと裏の世界に足突っ込むけど、ここで待ってる?来る?」
「Ha-n?」
裏の世界、とはどういうことだ?
暗殺でも請け負うのか?
結局好奇心に負け、政宗はついていくことにした。
怪しげな建物の中に入り、更に怪しげな一角に。
「Ha-n・・・こういうことか」
「お分かりいただけたようで」
目の前には、小瓶(おそらく媚薬)、ロープ、房鞭、張り型と、淫蕩な行為を助ける物がずらり。
は店主と話していたようだが、数本の小瓶と、ギヤマン(ガラス)で出来た、いびつな形の張り型(男性器を象った物)を取った。
「・・・佐助に使うのか?」
「うんにゃ、小十郎」
「使わせねぇと思うが」
「・・・何とかします」
そこが問題なんだよねー、と虚ろに笑うは、かなり危ない顔だ。
だが、気を取り直したように顔を引き締めると、色々と購入していた。
・・・どこぞの変態好色ジジイよりも生き生きとした顔をして。
「・・・頑張れよ。小十郎」
小さく呟き、心の中で手を合わせる政宗だった。
***跡吐き***
ほのぼのラヴで終わると見せかけて、やっぱりえげつないワタクシです。
佐助を美味しくいただく為の調味料(小道具)はたっぷりめで!
指輪に刻まれてたのは、シェークスピアの言葉より引用。