【 幸福論 】
ホウ統士元、31歳。
彼は蜀を出て放浪していた。
乱世が過熱を続ける中、彼は国を捨てたのだ。
弟弟子の正軍師、諸葛亮孔明。
あの天才はとても心を痛めていたから。
姿も位も申し分ない彼の策に心酔するものは多い。
その中にはホウ統が提案したものも多々あったが、彼らはそれを認めない。
お情けで諸葛亮の策を貰い、自分の名で出したのだろうと笑うのだ。
別に構わなかった、道化は慣れている。
だが、あの厳しいが優しい弟弟子は、それをとても気にしていた。
彼はどこかで、自分を過大評価している。
彼は材料を揃えて物を作るのは得意だし、誰もが驚く素晴らしいものを作り上げる。
だが、ホウ統はその材料の煉瓦や木材の様な基盤の部分の発想を持っている。
円環の計のように、発想勝ちの部分があるのだ。
だからと言って策がみすぼらしいわけでない。
端的にいえば、諸葛亮は内政、ホウ統は軍事に向いている軍師だ。
彼に無い部分を持つ自分を妙に敬愛するから、それがさらに心無い者たちを刺激する。
根も葉もない噂は軍に蔓延し、親しい武将達には心配されてしまい。
自分を特に可愛がる劉備に、とうとう暇を貰ったのだ。
気ままに流れ始めて2カ月。
ずいぶん遠くまで来てしまった。
これ以上先は南方の蛮族、最後の賑やかな街というところで、宿をとって滞在する。
1日は身体を休め、2日目に外に出た。
温かな日差しに春を感じる、良い陽気だ。
昼時で、雑貨を扱う露店の辺りは人が少ない。
声をかけられ、振り返る。
「ひとつ如何かな?」
「ああ・・・・いや、遠慮するよ」
金属の細工物を扱う男に、苦笑する。
綺麗な銀髪を惜しげなく蟠らせて座る彼は、とても容姿が整っていた。
切れ長の瞳はやや灰色がかっていたが、目が悪いならこんな細工は扱えない。
肌も白いし、髪も瞳もそんな調子だから、日光の下で酷く曖昧な存在に見えた。
陽炎に紛れる幻のように、美しく、疑わしい存在。
幻の様な美貌が、笑う。
「まぁ、座りなよ。どうも売れ行きが悪くてね、茶はあるし、嬢ちゃん達から菓子を貰ったが、ちと多くてね」
「そうかい・・・・じゃあ邪魔しようかねぇ」
拒む理由はないし、ちょっと世間話も良いだろう。
噂を集めるばかりでは、勘が鈍る。
「この辺りは穏やかだよ。殿様や将軍方には悪いが、ああいったところじゃ装飾は売れなくてね」
「女官は買うんじゃないのかい?」
ホウ統の言葉に、男は目を瞬かせた。
「あれ、兄さん意外と出が良かったかい?」
意味が分からず首を傾げると、苦笑して茶を渡してくれる。
「いや、ね。茶に誘っても普通にしていたし、買い手のあたりをつけたのがいの一番に女官ときただろう?」
「ああ・・・・・はは、しくじったねぇ。狙ってたのかい?」
「いやいや、偶然さ」
茶は庶民には結構な贅沢だ。
ものによるが、誘いを普通に受け入れたという事は、慣れている可能性が高い。
この国境で女官が買うという軽はずみな発言も失策だった。
が、男は笑って手を振り、茶菓子を懐紙に乗せて渡してくれた。
「ああ、言わないで良いよ。そんな人がここにいるってことは、何かあったんだろう?それにやめちまったんならもう一般庶民さ」
「ふふっ、面白いねぇ」
「そうかい?」
綺麗な顔で屈託なく笑い、ちょっとお調子者だが思慮深い。
どこか劉備や曹操を思わせる大物の器だ。
菓子を口に入れると、甘く優しい味がした。
勿論砂糖などではないだろうが、水飴でも美味いものだ。
咀嚼しつつ、逆に尋ねてみた。
「お前さんは、ここをねぐらにしているのかい?」
「いや、流しだよ。国の中心部には近づかないが」
何か不味い過去があるのかと思ったのを、読まれたらしい。
男がけらけら笑う。
「俺ぁ顔が良いからねぇ、お姫様をかどわかして首を跳ねられるのはごめんだよ」
「やれやれ・・・・調子のいい子だねぇ」
「ははっ」
実際綺麗で、鼻にかけないから、そう言っても嫌味が無い。
それどころか周囲を笑わせる事すら出来そうな明るさだ。
暫く話をして、茶を御馳走になった。
雲行きが怪しくなったと片付け始めるのを手伝うと、頬に雨粒が当たる。
「濡れちまっちゃあ、不味いのかい?」
「いや、このくらいなら大丈夫だよ。布が弾いてる分にはだが・・・・・」
なんとなく、誘ってしまった。
茶の礼だと言って、宿に。
本当に、何の悪意も、やましい気持ちもなかった。
お互いに、微塵も。
でも、薄暗くなった部屋の中で、銀糸が煌めいて。
口布を隔てたままに、口づけられた。
何故、どうして、そんな事は考えなかった。
お互いに孤独に疲れていると分かる。
口布を取り去られて、痣に引きつった口元に視線が這った。
彼は目を瞬かせ、呟いた。
「なぁんだぁ・・・・どんなに酷い傷かと思ったら、これかい・・・・・」
余りに自然で、泣きたいくらい嬉しい言葉。
この醜い痣をこれっぽっちと言い切るのが、嬉しくて。
少し背の高い彼を見上げると、抱き上げて寝台に運んでくれた。
が。
「やぁめた」
「えっ・・・・・」
「分かるよ、初めてなんだろう?」
男も、女もさ。
図星をさされて、頬が熱くなる。
男が笑った。
「いいじゃないか。白百合を手折るの、好きだねぇ」
「あ、あっしは百合なんかじゃ・・・・・」
「ああ、吠えなさんな。接吻で黙らせるぞ?」
鼻頭を擦り合わせられ、思わず黙る。
目の前の灰色の瞳が、優しく細まった。
「俺ぁ直感型なんだ、今決めた。お前さんは、俺の嫁だ」
「・・・・・・はぁ?」
「決ーめた決めた、よし、商品拭き上げて、天気になったら出発だ」
「なんだいそれ・・・・・」
笑いながら、小突く。
でも、この男は馬鹿でない。
そうしたいと思って、こちらも満更でないと知っているから話を進めたのだ。
そうして、時間をかけて信頼を築いて良いと思ってくれた。
身体はそれからでもいいと。
初めて会った、何も知らない、男で、もう若くない、醜い顔の自分。
それでも彼の直感はそう感じたのだ。
ならば一緒に歩こう。
その内にお別れしたって、いいじゃないか。
それから。
二人は国を興していた。
ホウ統を慕っていた者たちが追いかけてきたのもある。
周りの期待と要望を突っぱね続けることは難しく、結局国を作り始めた。
軍師はホウ統、君主は当然、旦那様。
ホウ統を探し出した時に、男は彼を大事にしていたし、ホウ統も幸せそうに笑っていた。
ホウ統を慕うだけあって聡いものが揃っていたから、その男を君主にしても誰も不満を言わなかった。
男の名は、。
字も持たない、年齢不詳のひと。
だが、度量も大きく、皆の意見を公平に聞く耳を持っている。
国はみるみる大きくなっていった。
ホウ統を恩知らずの裏切り者という輩も蜀には多い。
だが、それでも構わない。
と今を走り抜けていきたい。
初めて心の底から渇望し、自分のために策を立てて戦う。
そんなホウ統に適う軍師がいる筈が無い。
魏、呉、蜀は数年かけて傘下に収まり、そして。
国を統一して初めての酒の席。
大物は大物の器を見極める。
三君主もに好感をもったようだった。
大小喬にセクハラして笑い、月英と茶の拘りの話をしては笑う姿。
夏候惇と飲み比べをし、意識はあるが動けない彼を公開お触りプレイに処してから。
彼は、隠居を宣言した。
驚く皆に、彼は簡単に説明した。
自分は元々位に執着はないし、国も纏まったから好きな事をする。
ホウ統と暮らして、帰ってくる彼に茶や食事の準備をしていたいのだと。
意外と女性じみた願望だが、彼はさらに続けた。
ホウ統が士官するのは別段止めない。
自分がどれだけ戦えるか、死地に赴いても帰ってくるかは周知の事実。
自分は次の君主でなく、ホウ統の招集にのみ応じる。
彼が命じれば斥候だろうが噛ませ犬だろうがやるのだと。
今までホウ統に軍事を任せていた彼の主張に、諸葛亮は目を細めた。
初めは兄弟子を取られたようで嫌いだったこの男が、どんなに兄弟子を大事に思っているかは分かっている。
このひとになら、任せても大丈夫だ。
先陣切って、ホウ統とへの祝辞を口にした諸葛亮。
皆もそれにならうが、ホウ統がやめて欲しいと顔を赤くして言う。
矢張り男女でいないし、恥ずかしいらしい。
だが、はいつも通り笑っていた。
ホウ統を抱き寄せて、いつもと同じように。
「ほら、起きな!」
「ううううう・・・・・」
揺すられても一向に起きない。
ホウ統は溜息をついて腰に手を当てた。
出会ってから少しも変わらない美しい顔は、惰眠を貪って緩んでいる。
「あっしはもう行くよ」
「えっ・・・・・朝の一発は?!」
がばっと起きたのに呆れてしまう。
この色情狂は、朝から一発抜いてやらないと一日中じめじめするのだ。
毎朝手でするようになって早2年。
国を興す際中だろうが、この男を我慢させると後でとんでもない事になった。
「ああもう、出しなっ」
「わーい」
いそいそと取り出すものは相当な大物。
未だ恥ずかしさは拭えない行為だが、気にしない事にして、触る。
頬を赤らめているくせに憮然とした表情のホウ統に頬を緩め、扱いてもらう。
毎朝やってもどこかぎこちない手つきが好ましい。
扱かれて軽い溜息をつき、ホウ統を見つめる。
袋もさすらないし、動きも児戯に毛が生えた程度。
それでもどうしようもなく気持ちいい、この人の手だというだけで。
我慢せずに出すと、ホウ統が懐紙でそれを拭う。
くすりと笑い、口づけた。
「行ってらっしゃい」
ホウ統が出て暫くしたら、やおら立ち上がって伸びを。
家の中を簡単に掃除し、ちょっと考えて今日は雑巾がけ。
毎日しなくたって、そう埃がたまるわけでもない、人も来ないし。
洗濯しながら献立を立て、城下に行って娘らをからかって買い物。
昼は軽く食べて、手慰みに金属片を細工して。
小さな花を作り、時計を見れば結構な時間。
前掛けをして台所へ立ち、今日の夕食を。
青菜の粥と、春菊の御浸し。
簡素な食事だが、二人はこのくらいのものを好む。
そう豪勢なものを求めないし、肉だってたまにで良い。
仕上げて暫くすると、独特の足音がした。
戸口に出れば、愛しい人。
出会った時よりほんのちょっとだけ歳をとった目元が好きだ。
「お帰り。桶と手拭を置いてあるから」
「ああ、悪いねぇ。土木の視察に行ったら、晴れが続いていて砂埃が酷くってねぇ」
兜を取って髪をはたいてから家に入るホウ統に続いて家に戻り、一緒に彼の部屋に。
彼が身体を拭うのを眺め、最後に背中を拭いてやる。
「甲斐甲斐しくしなくったって大丈夫だよ」
「好きでやっているからね、取り上げなさんなよ」
苦笑するホウ統に柔らかく笑い、白い背中を拭き上げる。
さっぱりしたら、少しぬるくなった粥を椀によそって、食卓に。
今日あった事を話し、今からの事を話し、昔の事を話して。
ゆっくりと食事をとって、片付けは良いからとホウ統に言って、席を立つ。
冷酒を持って来て彼の前に置くと、小さな杯に一杯くれた。
「お前さんは、下戸でもないのにねぇ」
「うん?ああ・・・・甘味の方が好きだしなぁ・・・・・」
唇をつけた杯に揺れる液体は、透明な癖に苦い。
飲みほして、杯を返す。
「好きな奴が飲んだ方が良いよ」
そう言いつつ、水に香草を浸したのを持ってきて飲む。
彼は割と匂いに拘る。
「・・・・それで?俺ぁ何をすればいいんだい?」
「・・・・・斥候を、ね」
頼みたいんだよ。
酷く辛そうな顔で言うから、笑って茶化す。
「じゃあ、先払いで御褒美をおくれ」
帰ってからでは、駄目なのだ。
帰った自分を見てこの人は立たないほど傷つくから。
だから、例え悲しい顔でも、今。
頷いたホウ統を抱き上げ、寝台に運んだ。
薄暗い部屋で、服も口布も取り上げてしまう。
「ああ、何回見たって飽きのこない身体だねぇ・・・・・」
「そ、そんな事言うもんじゃあ・・・・」
愛おしそうに見つめられて、頬が熱い。
自分よりよほど綺麗な彼に、綺麗と言われた事はない。
可愛い、飽きないとは耳のたこが腐って取れるほど言われているが。
彼は、自分より綺麗な男なんていないからね、なんていう戯れを持ちネタにしているから。
何ともおかしな話だが、そうスタイルを決めてしまうと意外と波風が立たない。
綺麗な癖にお調子者という認識が固定されるのだ。
「唇にさえ滑らかな肌、何とも素敵じゃあないか」
「な、生っ白いだけじゃないか・・・・・」
恥ずかしがるホウ統の耳に口づけ、囁く。
「生白い中に、色がついてるが?」
「っ」
耳まで赤くして、俯くホウ統。
視線が尖りや雄を這いまわっているのが分かる。
「そ、それは、仕方が・・・・」
「色がついているって事ぁ、吸い付いて良いんだろ?」
「えっ、あ、あ、ちょっ・・・・・!」
尖りに吸いつかれ、もじもじと膝が曲がる。
女性ほど感じるわけでもない・・・・・経験が無いから分からないが、そうだと信じたい。
だが、確実に刺激は感じる。
むずむずするような、腰が疼くような。
硬直して胸を吸われているホウ統に厭らしく笑いかけ、ちぅと吸いを強めた。
「んんっ」
「ふふ・・・・・・」
「あ、ぁ・・・・ぁ・・・・・・っ」
舌先でちろちろやると、腰がびくびく跳ねる。
吸ったり舐めたり、息を吹きかけてみたり。
意識をそっちに集中させてとろかせば、雄を握りこんでも抵抗は薄い。
いつまでたっても初心な身体を苦しめぬよう、軽くリズムをとって扱く。
手の込んだことはせずとも、いちいち聞いて確かめぬども。
深い部分で繋がった二人は、まるで意識が通じているように互いを愛撫する。
ホウ統は必死でに縋りつき、首筋や耳を噛んでいた。
は手も唇も使って、ホウ統を味わっている。
奥に指を差し込まれても、ホウ統は驚かなかった。
身体は慣れないし恥ずかしいが、次に何が起こるかはすっかり学習しているから。
ぎこちなく力を抜き、息を吐く。
軽く接吻されて心地が良かった。
後孔で情交する事はまだ抵抗があるが、の望みを叶えていると思うと堪らなく感じる。
どちらの為か分からないほどに、気持ちが良い。
宛がわれるものを感じ、手を伸ばした。
抱っこを強請る子供のような仕草でも、には十分に愛らしいお誘いだ。
背を抱えて抱きしめ、片手で足を折らせ。
ゆっくりと、沈める。
ホウ統は苦しげに呻いたが、直ぐに大人しくなった。
かりが通った後の感覚が好きだと、本人は知らずともは知っている。
奥に飲み込ませていくと、孔が締まって快感が高まる。
しっかり奥まで差し入れ、濃厚な接吻を。
「動くからね」
「ん・・・・・ふっ、ぁは、っ」
淫靡な空気の籠もる暗い部屋の中、何度も愛を確かめ合う。
獣のように、原始的な快楽を追って。
獣より複雑な、愛を抱きながら。
斥候に発ったは、火矢の雨をかいくぐって一人敵陣に乗り込んだ。
大暴れし、捕縛され拷問され、首を跳ねられ。
その混乱の隙を突かれ、確かにその軍勢は壊滅した。
の強さは趙雲2人ではきかない。
首を跳ねられたばらばらの身体を、ホウ統は拾って回った。
誰も何も、言わなかった。
声が出ないが笑って見せる不死者の恋人の首に、ホウ統は軍師の顔で礼を述べただけだった。
そして、家に帰って。
血まみれの着物を着換えていると、その最中がいつも恐ろしくて見る事が出来ない再生を終えた恋人が背後に立った。
何も言えなくて唇を戦かせていると、抱きしめてくれて。
泣いて良いのだと、笑ってくれた。
泣き疲れて眠るホウ統を抱え、は庭に出た。
いつ死ぬか、死ねるかさえ分からないこの身体。
年を数える事をやめ、死のうと躍起になるのをやめ。
いつか自分を置いて逝く恋人を抱いて。
幸せそうに、笑っていた。
***後書***
某様と『国を興しちゃう妄想』を語っていたら、ついつい本気になって妄想してしまった。誰得って、俺得だよ(でしょうね)