【 妖が蒼き手 】
魏延はの手を見るのがあまり好きではない。
色々と、思い出されることがあるからだ。
この手が己が面の皮を幼くして剥ぎ千切り。
練り上げた策を書簡にしたためて間接的にその手は血に塗れて。
魏延の知らぬ男や女を愛撫した。
そして今は此の身体を愛撫する。
それらが一気に頭の中に渦巻いて、目眩を覚えるのだ。
だがその白い手がまた好きでもある。
今、魏延はの手に触れていた。
元々体温の低いの手が霜焼を起こしてしまったので、胡桃の油を塗ってやっているのだ。
は面倒臭がって「放っておけ」と言ったが、白い手が痛々しく赤らみ皸を起こしているのは見ていられない。
温かい手で冷たい手を包み込み、少量の油をゆっくりと擦り込んでいく。
は途中まで不服そうだったが、途中から何ぞ考え事でも始めたようで、窓の外を舞う雪を見つめていた。
物憂げな頬は白く、目は大鴉の様に漆黒に、切れあがっている。
肩も腕も、腰も細く、やはり彼は武人ではないと思った。
だが武人よりも遙かに優れた軍師である。
いつか諸葛亮が零したのを聞いたことがある。
の命が尽きなければ、自分が退いて彼を正軍師に据えたのに、と。
戯れであったろう、酒の席のことだ。
の策は仁義に甚だしく欠ける。
だが目的だけを追及するならばそれは恐ろしい効果を持つ。
魏延はの手を見つめた。
油分を含んで少しだけ艶めき、自分の体温で少しだけ温まった。
この体温が命の焔だったなら。
消えかかるの小さな灯に自分のまだ尽きぬこの炎を移してやれたなら。
同じ時に消えゆくことができたろうに。
妖が蒼き手を見つめながら、魏延はぼんやりと思った。
それが叶わぬ事と知りながら。
考えずにはいられなかった・・・・・・
***後書***
最近色んな外国の詩集を読んでます。
触発されて詩調な散文を書きたくなりました。
魏延は君の手が好きで嫌いだといいなぁ。
ナナシ様から「手」のワードを頂戴いたしました。