【 風琴 】
それは風の強い日。
風に見だされた衣のままに、は外に立っていた。
時刻は夕暮れ。
皆早めの夕餉を摂っていたのだが、はそれを辞退して風の中に立っていた。
皆が不思議に思っていると、疾風が彼の着物の裾を乱す。
その時、唄は始まった。
御殿にて いざ舞いまするは
黒髪の巫女 紫の衣
御殿にて いざ舞いまするは
紺青の夜と 金色の月
杯の中の満月を呑む
月を捕られば 扇が月に
御殿にて いざ舞いまするは
黒髪の巫女 紫の衣
御殿にて いざ舞いまするは
紺青の夜と 金色の月
杯の中の満月を呑む
月を捕られば 扇が月に
緋色の瞳が我を見据える
取り出したる 白銀の太刀
我が息の根を 止めるためよ
どうしてしまおうか この乙女を
緋色の瞳で奴を見据えて
取り出したる 白銀の太刀
奴の息の根 止めるためよ
狂うた鴉がどこかで啼いた
杯の中の満月を呑む
月を捕られば 扇が月に
奏でるは 月光の調べ
虚空に舞った 白銀の太刀
我が血潮にて赤く染まる
花の面(おもて)はいと美し
奏でるは 月光の調べ
虚空に舞った 白銀の太刀
奴の血潮の赤に染まる
狂うた鴉がどこかで啼いた
月は錦の煌き放つ
清き光は狂気に満ちる
闇を従わせ 影となろう
ひらめいたのは 紫の衣
奴の血の香は 伽羅の如し
ひらめいた影 紫の衣
月は錦の煌き放つ
清き光は狂気に満ちる
(『錦の舞』 詞・曲…すずきP 歌…神威がくぽ)
狂乱する風に衣を遊ばせながら、の唄は辺りに響いた。
静かに。
烈しく。
狂気を込めて。
唄い終ると、はただ静かにそこに立っていた。
風の音を聞いているらしい。
詩の意味は何なのだろう?
自身の事なのだろうか?
策を練る己と。
そうでない自身の。
違う人格の同居する一つの身体。
・・・・いや違う。
彼は最初から狂っているのだ。
ただ自分に忠実に、本能のままに生きている。
快楽を求める。
それは策を立てる事であり、また情欲を満たすことでもある。
人に比べて短い睡眠を気の向くままにとり、好ましい分だけ食う。
その破滅的な生き方を唄った詞か。
風を受けて白い肩が見えるを再度見る。
彼はただ其処に在った。
狂ったままで。
静かに、佇んでいた。
***後書***
錦の舞が余りにも素敵過ぎて書いてしまった。
私、歌ネタが大好きです。
気に入った歌はどんどん歌わせたい。
すずきP様、心から尊敬申し上げております、引用をお許しください。
風琴…風が吹くとひとりでに鳴る琴の事です。