【 吾身可愛か父母よ 】
「あぁ、あれがこんな冷たい晩だったなら」
軍議の最中にふと窓の外に目を向けたが、呟く。
まるで自然に零れ落ちたかのような言葉だった。
「何だ何だ?何かあったのか?丁度好いじゃねぇか、それ聞いて茶でも飲もうぜ。もう俺様ぁ飽きてきちまった」
張飛が捲し立てる。
確かに今日の軍議は長引いて皆疲れを覚えてきていた。
はぼんやりと外を見ていた。
舞う雪が蝋燭に煌いて黒い瞳に橙に燃え散る。
女性陣が茶を入れ終ると、は茶に目もくれずに外を見ていた。
「真夏だった。真昼だった。酷く暑い日だった。俺は未だ十まで数えられなかった」
「昔の・・・・話か・・・・・?」
誰かが尋ねる。
は答えない。
「父と母と一緒に走った。戦火の直中から逃れる為に」
は未だ16だ。
幼き日には戦火にもまかれよう。
「走りに走ったが直ぐに止まった。幼子の底無しの体力でも賄えない、心の臓の痛みで」
「・・・・・・・・・・・・」
「血反吐を吐いた。引き摺られたのはたったの2歩か、或いは3歩だったのか?」
何人かが茶を啜る。
母は足を止めてくれたのだろうと思ったから。
だが其れは違う。
「母は腕を振り払って駆け出した。俺は振り解かれた反動で窪みに落ちた。其処は蛆沸く屍の捨て場所だった」
皆の動きが止まる。
何故子を捨てた、父母よ?
「その中を這いずり回って待った。喉の渇きは腐血で癒した。そうして待った。戦火は去った」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どちらも来なかった。『男』も『女』も。唯『師匠』がやってきて中身が腐った俺を抱き上げてくれた」
「水鏡先生ですね・・・・・・」
孔明が呟く。
は堪え切れずに笑いだした。
狂ったように明るく笑うそれ、皆戦慄を覚える。
は笑いながら叫んだ。
「あれが!こんな冬の!晩ならば!静かに凍えて死んで逝けたものを!」
「殿、落ち着いてください」
「あっははははは!死ねばいい!死ねばいい!俺なんぞ死ねばいいのだよ!!!」
姜維の言葉に耳を貸さずに叫ぶと、は突然口を噤んで背を凭れた。
そして最早雪も映さぬ深淵の闇色の瞳が、ゆっくりと瞬く。
「あの時死んでいられたなら・・・・・・・」
切ない響きはどこぞの姫に恋い焦がれるように響いた。
死に焦がれ、だが未だ生を掴んだままの彼の手に残るのは何か。
いや、何も残りはしない。
ただ連れ立って歩く者だけは居る。
絶対に手を離さない恋人が。
それと共に現で業を重ねて同じ処に行きたいが為、彼は生きるのだ。
ひとを、殺すのだ。
***後書***
ナナセ様リク「母親に見捨てられて死体の海に落っこちる」(かなり割愛しております)でした。
いやぁ、30分前に「若きウェルテルの悩み」読んだから書きやッすいw
ウェルテル死ぬって知ってる人は多いと思うけど実は最後結構脳味噌が出ちゃっ(自重)。
エロが最近少ないんですが過去は外せないという事で書きました。
ナナシ様、素敵な過去Thanks!です!