【 簪 】



「魏延、明日は暇かぇ?」

「・・・・・・」

暇、と言うか。

いつも書簡はが取り上げてしまって肩代わりしてくれるから、兵の訓練がなければ何もする事は無い。

が仕上げた書簡を届け、届けた先から他へ書簡を届けたりしている。

女官達は将である御方がなさらずとも私たちがと言ってくれるが、昼寝にも限界があるし、実際間が持たないのでやっている。

だから明日だって暇と言えば暇だ。

訓練も早朝しかない。


「朝早イ訓練、終ワル。後、暇ダ」

「そうかぃ」


じゃあ、昼前に城門に来ないかぇ。

ちょいと出たいんだが護衛が欲しくてなぁ。

嫌なら適当に見つくろうから、良いがね。

ニコ、と笑った顔は眠たげだが、とても綺麗だ。

最中の様に恐ろしい美貌で迫られるのもドキドキするが、こうやって微笑むのも大好きで。


「必ズ、行ク」





「・・・・・・・あぁ、来たか」

・・・・・?」

城門に寄りかかるは、畏まってはいないがいつもよりはきちんと身を繕っていた。

紫の衣は胸部から下しかないが、肩は薄絹で覆って品が良い。

腰は革の幅広なもので締め、女性の装いとは違う事が分かる。

脚は足首まで長く覆われ、覗く左足首にはさり気なく珠が添えられて艶めかしい。

靴は作りこそ簡素だが、丁寧な黒染めで重厚感がある。

普段通りで来てしまった事に引け目を感じたが、は気にしていないようだった。

軽く笑って魏延に口づけ、歩き出す。

追うと、歩調を緩めた。

同じように緩めると、呆れたように溜息をつく。

隣を指差され、ようやっと並べと言っていると理解した。

並んで歩くが、正直変な気分だ。

城自体そう辺鄙な場所ではないが、城下に近づくにつれて、人の目が気になる。

隣のは、左半分を上手く隠して髪を柔らかく纏め、人外魔境の美しさ。

それが視線を集め、自分には奇異の視線が向かない。

代わりに、嫉妬に眼差しを受ける。

流石にいくら鈍くとも、同じ男。

と歩く自分をやっかんでいるのが薄々分かる。

女はに見とれるばかりだが、男は隣の自分に悪意を向ける。

だが、嫌ではない。

何故かは色恋に拙い魏延には分からなかったが。

優越感を感じる程恋愛を心得てさえいないのだ。


「魏延、少し待っていろ」

「?」


頷くと、は傍の果物露店に寄っていた。

待つ間に人の流れを眺めていると、が帰ってくる。

歩き出す様子がなく、買ってきた桃を剥き始めたから、また視線を人の流れに戻す。


「魏延」


呼ばれて見やると、が剥きたての桃を持っていた。

指先で剥いたのか、所々半透明ががって押されていた。


「ドウシタ?」

「何を惚けた事を言っているのか・・・・ほら、食え」


手を出すと、桃を乗せられた。


「朝餉からだいぶたつ。昼まで少しあるからな」

ハ」

「この甘ったるい匂いで十分だ」


言いながら歩き出すから、慌ててついていく。

齧った桃は、瑞々しくてとても甘かった。





昼餉の代わりに軽い点心を食べ歩き、乾燥しているが割と暖かい道を歩く。

人通りは一段落し、露店の店主も少ない客によく構っている。


「この時間が、一番買い物にはいいのさぁ」


くつりと笑うのが、酷く子供っぽく見えた。

いや、違う。

年相応に見えたのだ。

初めてこんな無邪気な顔を見た。

知らなかった一面に、酷くうろたえてしまう。

仮面があって良かった、と思った。


「髪飾リカ」

「あぁ、気に入りが壊れちまってな」


そう言えば、髪を纏めてやると必ず最後に自分で差していた銀の群水仙の簪が壊れていた。

癇癪を起して叩きつけた、と言っていた。

は酷く達観しているから人に当たったりはまずしない。

だが、時折激しい癇癪を起して気が狂ったように暴れる。

物を破壊し、自分自身を傷つける。

簪で済んだのは奇跡に近い。

魏延は、並ぶ簪の一つを取っての髪に当ててみた。

真っ赤な珊瑚の球が幾つも吊り下がったそれは、とても蒼銀髪に映えた。


「おやぁ、恋人に贈物かい?」


煙管を摘まんで紫煙を吐きながら、好々爺の店主がニコニコ笑う。

品はどれも出来の良いもので、かなり高価。

自分達は日用品程度の感覚だが、一般庶民にはかなりの贅沢品だ。

こんな露店で扱ってもそう売れはすまい。


「はは、そうだねぇ、そう売れるもんでもないねぇ」


見透かしたように笑われ、魏延は首を傾げた。

が意地悪く笑う。


「盗品かぇ?」

「まさか」

「ふふ、そうだねぇ、赤月の御隠居が盗人家業はすまいねぇ」

「おや、どうしてそれを?」


吸おうとしていた煙管を離して首を傾げた店主に、は事も無げに答えた。

「この完成度でこの高価な原料の装飾品。扱うのはここらじゃあの店だけだからな。盗品なら直ぐ足がつく。

 そして噂じゃ引退した御隠居が材料を集めて年季の入った技術の装飾品を作ってそれを店にたまに出す。

 城の高位の女官や将の妻はこぞってそれを求める。が、それだけのものを作ると材料の無駄・・・・切れ端が出る。

 捨てるのは赤字が大きすぎるが、店で扱うにゃちと貧相だ。さてどうしたものか」


はにっと笑ってちらと店主を見た。


「そう売れはしないでも、手慰みにゃあなる。技術は衰えぬ、新しい技法を試す機会でもある。万一売れりゃ材料費の足しになる」

「・・・・驚いたね」


目をまんまるくして、店主は苦笑いした。


「面白いねぇ。お前さんみたいな変わり者は店にゃ寄りつかない。だから露店が好きってのもあるねぇ」

「そうかい。まぁ、これだけの品だ。強盗にゃ気をつけな」

「あぁ、そうさね」


二人の話を聞きながら、魏延は商品を片っ端から眺めていた。

そう数は無いし、二人が話しているからゆっくりと見る事が出来た。


「・・・・コレヲ」

「ん?あぁ、そいつぁこの子に似合いそうだねぇ」

「おい、俺はそんな華美なのは・・・・・」

「いいじゃあないか。折角一生懸命選んでくれたんだ。付けておやりな」


不服そうなの髪に、そっと簪を挿す。

白銀の大きな白百合。

美しく繊細な細工で、大きく開いた花がとても美しい。

そして、とても。

に似合っていた。

店主に代金を渡すと、が一本簪を取る。

そしてそれの代金を払った。

こう言っては何だが、到底には似合わない。

品物の質が悪いのではなく、合わないのだ。

だが、黙って懐にしまうから、魏延も黙っていた。


「俺の苦労が分かるかぇ」

「あぁ、こいつはちょいと鈍すぎるねぇ」


苦笑して「でもそこが良いんだろう?」と言う店主に溜息を吐き、は魏延を見た。


「帰ろうかねぇ」





冬の日が暮れるのは早い。

薄暗い路地を歩きながら、魏延はを引き寄せた。

も抵抗はしない。

背後の、足音。


「6人か」

「・・・・・7」


普段なら「お前は耳が良いねぇ」とからかうも、今日は何も言わない。

針筒に手を伸ばすのを、魏延が止めた。


「そっちの男をこっちに渡しな」


掛った声に、魏延が振り返って睨みつける。

言った通り、7人いる。

品の無い笑み、品の無い輝きの刀。

魏延が剣を抜くと、男たちが嘲笑した。


「いい格好しても死んでりゃ世話ないぜぇ?」

「まぁしかし、随分な美人だよなぁ。こんなのにゃ勿体ねぇ」

「俺たちが可愛がってやるよ、こっち来な。ついでに懐のモンも貰ってやるよ」


が、笑った。

魏延は内心溜息を吐いた。

こう愛らしい猫っかぶりの笑みを浮かべる時は大抵何か・・・・・。


「可愛がってもらっても、突っ込むものがそう貧相じゃあ願い下げだ」


あぁ、やっぱり。

一気に空気が張り詰め、男達が二人を囲む。

魏延は神経を張り巡らせた。

幾ら魏延が勇猛な武将でも、を守りつつ7人同時に相手をするのは難しい。

だが、守りたい。

この薄汚い手にが触れられるのが我慢できない。

銀の輝きが、煌めいた。

激しい金属音。

ぶつかったそれによる火花。

薄暗くて見えないが、身体にかかったそれは恐らく血液。

の口から零れるそれとは似て非なるもの。

耳障りな悲鳴を聞きながら、魏延は剣を振り上げていた。

絶命の悲鳴を聞きながら、脳裏を駆け巡る。

一瞬か、いや、長かったのか。

守るのを忘れていた。

触らせたくない、渡したくないという思いでいっぱいだった。

は・・・・無事なのか。

振り返るが、そこに立っている者は誰もいない。

まさか、まさかまさか。

斬り殺して、しまったのでは。


「なぁにをそんなにお探しかぇ」

「・・・・・ッ」


近くの柳の下に佇むを見つけ、魏延は駆け寄った。

すぐさま身体を調べて、怪我がない事を確認する。

よかったと胸をなでおろすと、が頭を掻いた。


「あぁ、本当にもう、イイ男っぷりだ」

「・・・・・・?」

「また」


惚れた。

笑うが余りに綺麗で、魏延もまた、彼に。

心を、奪われていく。





「・・・・・ン・・・・ンムッ・・・」

「は・・・・・」

大好きな接吻を唇が痺れる程に繰り返され、魏延はすっかり腰砕けだった。

濡れた唇を指先でぷにゅと弄られ、首を傾げる。


「かぁわいいねぇ」

「ァ・・・・・」

「ん?もっとかぇ?」

「ン」


素直に頷いて薄く唇を開く魏延にくすっと笑い、は魏延の厚い唇に唇を押し当てた。

舌を絡めてじわじわ誘い出し、自分の口内に誘き出した所で軽く噛みつく。

びくっと震えた魏延の肩と顎を抑えて激しく舌を絡めると、魏延が苦しげに呻いた。


「ンン、ン」

「ふは・・・・・ふふ、そんなにイイかぇ?」

「ゥアッ・・・・!」


いきなり握り込まれ、魏延は上半身の背を寝台に押し付けた。

いつの間に脱がされたのか全く分からない。

綺麗な指が自分の雄の扱く様子は見えないが、見えないが故に勝手に想像してしまう。

幹を扱いている、先の孔を弄っている。


「ア、ア、ア・・・・」


ゆっくりと鈴口を割り開かれ、苦痛と射精感に腰がびくついた。

はいつも堪えなくていいと言う。

堪えさせたい時は根元を縛ってやるからと。

だが、それでも魏延だって男なわけで。

生殖とは別に、雄の本能的に我慢してしまう。

扱く手は巧みだが、形状が形状である以上、動きはそう奇抜ではない。

少しなら我慢できると堪えようとする。

すると、が耳元に唇を寄せた。

駄目だ、そうされたら、陥落すると自分で知っている。


「魏延」

「ヒァァッ!」


冷たくも甘い声音が自分の名を囁くのに、酷く感じた。

断続的に噴き出す白濁は我慢以上に興奮で酷く粘つき、勢いよく噴き出している。

余りの快感に敷布を握る事も忘れ、掻き集めながら脚を痙攣させる。

大の漢が感じ過ぎで女の様に痙攣を起こしているのが堪らなく興奮を煽って、は無意識に舌舐めずりをしていた。

潤滑用の軟膏を指に掬い、胸を甘噛みして意識を逸らしながら差し入れる。


「ゥンッ」


指一本程度で激痛と言う事は無いが、慣れても圧迫感はある。

はっはっと胸を喘がせていると、胸を甘い痺れが、後孔を鈍い痛みが攻めてくる。

耳に届く濡れた音に恥ずかしさを感じながら、痛みから快楽にすり替わる感覚に抵抗が出来ない。

腹に落ちる液体は、先走りだ。

もういい歳で、イッたばかりなのに、もう。

恥ずかしいが、これはが躾けたのだ。

ならば、それでいい。

死ぬまで一緒なのだから、好きなように変えて欲しい。

その代わり、死ぬ時は連れて行って欲しい。

宛がわれる焼楔に、身と心を震わせ、魏延はを見上げた。

仮面を外した顔で。

髪を上げ傷跡を晒した顔を。


「ッアァッ、ァンンッ!!」


ぐぐぐ、と押し開かれ、ひりつく痛みが襲ってくる。

それを堪えて、何とか受け入れた。

腹を満たす男の圧迫感。

胸の尖りが尖り過ぎて痛い。


「ンンッ、ンッ、ンゥンッ」

「魏延・・・・・」

「アッアッ、・・・・ッ」


律動の度に落ちる魏延の先走りを指に取り、舐める。

いやらしく甘ったるい味。


「っふ・・・・・!」

「ンハァァァッ!」


中に吐き出されていく熱い粘液に身が震える。

自分の雄が断続的に射精しているのが分かる。

悲鳴を途切れさせて喘ぐ魏延。

その中の絶妙な蠕動で、射精を終えたばかりのの男根が硬さを持つ。

直ぐに始まる次の情交に、魏延は甘く喘いだ。




すっかり絞りつくされて、くたりと寝台に沈んで眠る魏延。

うつ伏せのその髪を梳き、は執務机から取ってきた簪を魏延の髪に差し入れた。


「・・・・ふふっ、中々似合う」


月明かりに鈍く煌めくそれは。

装飾は無く、簪自体が獣の骨をから削り出された鳥の羽の形。


「俺はものぐさでねぇ」


いつかこの世からあの世に行く時は。

お前が抱えて飛んでおくれな。

そうすりゃあ。

迷子にもならんだろうさぁ・・・・・。





***後書***

長いな・・・・福霧企画でリク【鯨様→男主×魏延。ほのぼのえっち】だったんだが・・・・長いな(二回目)

まぁ、短いよりはいいかなんて勝手な事を思うんですね、うん。