【 遠足企画 】



幽鬼に変わったお願いをされた。

弁当を作って欲しいと。

それ自体はそう可笑しなものではないが、中身を指定されたのだ。

彼の好む食事とは微妙に違う内容。

ご飯は鮭とおかかの半々で、上に海苔。

卵焼きは少し醤油を利かせて。

酢のものは大根が角切りで、かにかまが入ったもの。

ウインナーは、赤。

但しタコさんでは駄目。

端に、栗の渋皮煮。

無理なら、甘露煮で良いと言っていた。

但し二つ入れてくれと。

弁当の甘味にしては少し多過ぎる。

直ぐに、誰かのものをなぞって欲しいのだと分かった。

母ではないだろう。

だが、誰かの味を求めているのだ。

詰め合わせたものを持って、幽鬼の部屋へ行った。

部屋にと言うのを辞退し、彼を真っ直ぐ見つめる。


「これは『レプリカ』です」


貴方様の本当に求めるものとは、絶対に違います。

その言葉に、幽鬼は切なげに笑った。

部屋に入って欲しい、と今度は頼まれたため、入れて貰う。

モスグリーンが基調の部屋の深緑のソファに並んで座り、言葉を待った。

幽鬼は弁当箱を抱えたまま、少し先の床を見詰めていた。


「昔、爺様に『筆下ろしだ』と歓楽街に放り込まれてな」


15の時で『帰りたい』と泣いた。

私の事は・・・・いや、能力は当時周知の事実で、誰も近づいては来なかった。

爺様が待たせていた女もそれは嫌そうだったしな。

逃げ出そうとしたら、声を掛けられた。

安宿の二階から、手を振られたよ。

顔を半分髪で隠した綺麗な人だった。

心が読めるなんて薄気味悪いねぇ、と笑っていたよ。

言葉と裏腹にちっとも気にしていなかった。

逃げ込むようにしてそこに入って、その人を買った。

顔半分は崩れていたよ。


『感染る病じゃあないよ、勿論梅毒でもね』


そう言って又笑うんだ。

女が顔を半分奪われたとは思えない明るさで、とても。

綺麗だと思った。

やんわり教えて貰って、抱いたよ。

とは言え体力も無い私だ、潰れて寝ていたら、翌朝に起こされてな。


『おうちに帰んな、坊』


子供扱いが嬉しかった。

爺様は私を大人として扱ってくれた。

嬉しかった。

あの人は子供扱いしてくれた。

嬉しかった。

別れ際に弁当箱を渡されたんだ。

黒と朱の二段で四角のだった。

中身はお前に頼んだのと一緒だよ。


『久ぁし振りに御台に立ったよ。だぁれも食べさせる子がいなかったから、楽しかったねぇ』


そう言って笑って手を振ってくれた。

ひと月後に尋ねたが、亡くなっていたよ。

病で崩れた顔を疎んだ旦那が連れて行ってしまった子が訪ねてきたそうだ。

子は気にした様子もなく母と慕って、また来ると残して帰ったらしい。

その日の夜に、川に身を投げた。

その身を苦にしたか、この枷になりたくなかったかは今となっては分からない。

ただ、最後に。


『この前の坊が来たら、弁当の感想聞いといておくれなぁ』


と笑っていたのを楼の主人が見たっきりだそうだ。

死体も上がってはいない。


幽鬼はイワンを見て微笑み、弁当の包みを解いた。

蓋を開けて、目を閉じる。


「分かっている。違うと」


だがそれでも。


「懐かしいな」


切なげに笑って、幽鬼は箸をつけた。





わざわざ紙に包んでくれたのは、部屋を訪ねた時に作っていたサンドイッチ。

元々自分に作ったのでなく、彼が食べるためだったそれ。

強請ったのは、彼が食べるものを食べたかったから。

口実は、今から任務の下見に出かけるから持って行きたい。

アルミホイルでよかったのに、直ぐに紙を引っ張りだしてきてくれた。

薄切りのバケット。

薄切りのペッパーハム。

たまごはゆでたまごでなく、いりたまご。

マーガリンがたっぷり塗ってあって、少しブラックペッパーが利いている。

熱い卵を挟んで変色せぬよう、レタスはなし。

彼らしい味付けで、嬉しくなる。

今頃彼も食べているだろうか。

とてもお渡しできるようなものではと言われた。

今からきちんとしたものを作りますからとも。

でも、これが欲しいと、思ったのだ。

一つ奪ってしまったが、まだ二つあった。

伊達男の嗜みと料理もするが、いつか。

彼と並んで、料理してみたい。

それが普通であるように、隣に立ちたい。

叶わぬと思いつつ、サンドイッチを齧る。

あの人の指によって作られたこれを食べてしまうのは勿体ないが。

また、強請ってみようか。

今度部屋を訪ねる時は、フィナンシェでも持って行ってみよう。

そうすれば、心おきなく奪えるだろう。





カワラザキが任務に出る見送りに出たイワンは、飛空艇に乗り込むカワラザキに包みを渡した。


「あの、先の任務から通しでいらっしゃいますし・・・・」


任務から帰って直ぐに次・・・・即ちこの任務。

食事は一日半摂っていない。


「ああ、すまんな」


笑って頭を撫でてやり、包みを受け取る。

まだほんのり温かい。

きっと急いで作ってくれたのだろう。


「大したものでないのが心苦しいのですが・・・・空腹は癒せますから・・・・」


そう言って、飛び立つ艇から離れるひと。

頷いて、ドアを閉める。

飛び立つ窓越しに、小さくなっていくイワンが見えた。

心配そうに、しかし自分を信じた目。

彼が見えなくなって、包みを開けた。

中に入っていたのは、おにぎり。

揺れる飛空艇内で箸を使わないで済むのが有難い。

しらすとわかめの、おにぎり。

重すぎないよう、しかし腹が落ち着くように。

3個入っていた。

あのひとらしい気配りが感じられて、微笑む。

齧ると、良い味だった。

しつこくなく、しらすの旨味も良く。

味わおうと思いつつ、一口齧ると一気に空腹が押し寄せてくる。

結局ろくに噛まずに飲み込んでしまうのを惜しいと思いつつ、たいらげた。

指についた米粒を舐めとって、窓枠に頬杖をつく。

今度は自分が作ってあげよう。

鮭なんかいいかもしれない。





世の中には便利なものがある。

これもその一つだ。

保温ボトル、通称魔法瓶。

昔は水筒型だったが、今は太い筒型のものがある。

中にスープを入れるらしい。

とは言え、使った事の無いこれにスープを入れてみて思った。

こんなにスープばかり飲みたくない。

とは言え固形物を入れるものではない。

だがこれは容量300ミリ。

汁ものにしては多すぎる、しかし弁当としてスープも微妙だ。

捨ててしまおうかと考えていると、手に持ったそれがイワンの目を引きつけた。

渡すと、眺めまわすので「使ってみるが善し」と言って押しつけてしまった。

次の任務が入っていなかったらずっと一緒に居たかったが、仕方がない。

任務から帰ったのは3日後の昼前。

くたくたになって食堂に行こうとしていると、イワンに声を掛けられた。

渡されたのは、例のボトル。

今は重いものも食べたくないが、腹も減っている。

正直スープではと思ったが、しかしそれを軽く超える嬉しさ。

この人が自分の為だけにと思うと、足取りが軽くなる。

自室に戻って、ふたを開けた。

中身は、ワンタンスープ。

ああ、そうか。

別段水ものだけを入れる必要はなかったのだ。

固形物を入れるな、ポタージュも駄目という注意書きに気を取られていたが、こうすれば問題はない。

たっぷり入ったワンタンを匙で救うと、とろりと零れ落ちる。

煮え具合が良い証拠だ。

口に入れると、合挽肉のジューシーで濃厚な味わい。

とろっと溶けるワンタンも良い。

嬉しくなって夢中で食べ、空腹も手伝い貪ってしまう。

これならいくらでも食べられる。

そう思いつつ、最後の一口。

また作ってくれないだろうか。

ああ、その前に。

あの人に似合う白のこれを買ってきておかねば。

それを口実に、せがんでしまおう。





自室に帰ると、弁当箱が置いてあった。

入っても良いと鍵を渡しているのは一人だけだ。

相鍵と言えば甘いが、あの人はまだ自分のものではない。

蓋を取ると、色鮮やかな中身。

人工的な色でなく、自然の野菜や卵の色。

そう言えば、この間からいつも自分を見ていた。

菓子と清涼飲料ばかり口にしているのに気付いたのだろう。

別に健康はそこなっていない。

そんなへまはしない。

太く短く生きる気でいるから、長寿にも興味はない。

食べたいものを食べたいだけ好きに食べ散らかしたいのだ。

どうせ、毎日毎食お前の料理が食べたいと言った所で叶いはしないのだから。

紫蘇ご飯は味わいの割に色に温かみあるが、塩鯖で子供っぽさが緩和される。

里芋煮はいい煮え具合らしくとろりとしていたが、不思議な事に珍しい親芋だ。

茄子の揚げびたしは少し一味の匂いがして食欲をそそる。

里芋を摘まんで口に入れた。

そう日本料理が得意と言うわけでもないのに、とても良く出来ていた。


「ふん・・・・・」


今度、包丁をやろう。

自分が使っている刀匠は武器以外に何故か爪切りと包丁だけは受け負う。

ステンレスと違うから、錆びた時は自分が研いでやればいい。

仮面を外して置き、椅子に座る。

食べ始めようとして、自発的には先ず滅多にしない「いただきます」をして。

箸を取った。





血風連に弁当を作って欲しいと言われた。

何人いるのかと聞いたら、8人分と。

大きな重箱で良いのかと聞けば、そうでなく、と。

ああ、あの無口な主人が言うに言えないで溜息なんぞついているのを見たのだろうな。

木の葉を隠すなら森と言う事だろうか。

微笑ましく思って、引き受けた。

あの人はとても優しいから、忙しい自分に言えなかったのだ。

サロン等で振る舞えばいつだって嬉しそうに料理をつついてくれている。

弁当箱を受け取る時に笑ってしまうのは、一つだけ黒の漆塗りが混じっている事。

彼らは習慣づいて気付いていないようだが。


「ええと・・・・」


あの人は和食が好きだ。

少し辛めのものが良いだろう。

ああ、でも薄味も入れないと舌が飽きるし。

色々考えて、一度焦がしてしまって作り直して。

8人分の弁当を渡すが、取りに来た5人の中に見慣れた口元を見つけて。

微笑ましかった。

唇を僅かに嬉しげな笑みの形に歪めているのが。

他の4人より控え目な笑み。

でも、嬉しさがにじみ出ていて。

作った甲斐があった。

美味しいと感じてもらえればいいなと思って、見送る。

屋敷に戻って鍛錬場に集合する血風連。

彼らは到底8人などと言う数ではない。

元々主の為の事だったし、折角だから分けるかと考えていた。

が、帰ってきた5人は人数まかなえるだけの弁当箱を抱えていた。

いや、数は確かに8個だ。

しかし、容れ物は渡した黒塗りはあれど、他は渡したものでなく、大きな重箱。

わざわざ作ってくれたらしい。


「いつも話し相手になってくれるから、と言ってな」

「ああ、出来たひとだ」

「恐らく我らの数も大体の所把握していたのだろう」


取り敢えず怒鬼に黒塗りを渡し、重箱を開けてみる。

なんとも怒鬼好みの弁当で、主人思いの血風連達の頬がほころんだ。


白飯と沢庵

焼き魚

塩の利いた卵焼き

こんにゃくとおかかの炒め物


何ともシンプルで、しかし味付けは良かった。

魚は甘塩、卵は塩が聞いて美味だ。


「うむ、美味いな」

「ああ、早く怒鬼様の嫁に来て欲しいものだ」


頷きあう部下の話を全く聞いていない怒鬼は、ゆっくりと弁当を味わっていた。

この坊っちゃん気質が部下達を和ませる。


「しっかりした妻と怒鬼様ならつり合いが良い」

「恐らく閨では逆転だがな」





「これは随分・・・・懐かしいな」

子供の弁当そのものだ。

例にもれず、自分もこういった感じのものを好んでいた記憶がある。


そぼろご飯。

茹でたアスパラ。

人参グラッセ。

さつまいものポテトサラダ。

ナポリタン。

からあげ。

林檎。


見た目が鮮やかで、やや炭水化物が多く腹もちが良い。

肉っ気がないとさみしいのを満たす唐揚げ。

そしてナポリタンとサラダが甘めで、デザートが口をさっぱりさせる。


「・・・・・・・」


残月は唐揚げを摘まみあげた。

一口齧り、咀嚼する。

実は弁当の唐揚げを食べた事は殆どない。


『お兄ちゃん、かえっこして?』


だめ?と聞かれて、嫌と言った事はない。

実際唐揚げがなくても良かったし、代わりに自分の好きなナポリタンをくれるのが常だった。

今はもう、昔の話だ。

唐揚げを口に入れてしまい、噛む。

すると、ドアが開く音がした。


「残月様?」

「おや、見つかったか」


笑ってイワンの頭を撫でて脇をすり抜けた男を振り返ると、振り向かずに手を振って歩いて行った。

首を傾げて、自室のキッチンで作っていた弁当を覗き込む。


「あっ・・・・」


思わず、笑ってしまう。

唐揚げの欠けた弁当の蓋を閉め、イワンはそれを包んだ。

今度、あの人にもお弁当を作ろう。





「ああ、すまんな・・・・・」

書類を受け取る樊瑞。

勿論昨夜も完徹だ。

朝食は買って来させた売店のおにぎり。

そろそろサプリメントを飲まないとまずいかもしれない。


「・・・・・樊瑞様」

「言ってくれるな。これだけは仕上げねばならんと知っておろう・・・・」


心配そうなイワンに溜息つきつつ視線を送ると、彼は頷き、しかしそっと包みを差し出した。


「昼には終わられるでしょうから・・・・宜しければ、これをお食べになってそのまま仮眠を・・・・」

「あ、ああ・・・・すまんな」


突然の申し出に驚きつつも、嬉しさが湧く。

退室するイワンを見送り、仕事を片付ける。

次第にペースが上がった。

人参ぶら下げられた馬の様だと思いつつ、こなす。

終わったら、伸びもせずに包みを開いた。

出てきたのは、色こそ地味だが、とてもバランスの良い中華弁当。

炒飯はグリンピースがたっぷりで、どうやら柚子胡椒が入っているらしい。

回鍋肉は塩を控えて胡椒を利かせている。

肉団子は口直しだろう、やや濃いめの甘辛いたれ。

海老チリは辛さを控えて味わい深い。

空腹と言う意味以外でも餓えていた身体に染みわたる『食事』だった。

しみじみ噛みしめていたが、仕事と同じでいつの間にかペースは上がり。

ぺろりと完食。

もう少し食べたいくらいだが、眠るにはちょうどいいだろう。

腹が膨れて睡魔が押し寄せる。

だが、高揚した気分で、暫く眠れそうにない。

寝台に倒れ込み、転がって腹に手を置く。

あのひとが分けてくれたあたたかさを抱いて、目を閉じた。





「ヒィッツだけずるい」

拗ねてみせると、イワンはとても慌てた。

へそを曲げると大変始末に悪いと知っているし、何よりどこか子供の様なセルバンテスを傷つけてしまったと思ったのだ。

必死にフォローするのにまだ拗ねていると、イワンは黙って俯いてしまった。

子供じみている八当たりと分かっている。

だが、彼に関して狭容な自分は、笑う事も、今になって『じゃあ作って』と言う事も出来なくて。

困らせていると分かっている。

なのに、どうしても我儘を言いたくなる。

静かに退室してしまった後に、顔を手で覆った。

馬鹿馬鹿馬鹿!

どうしてあのひとを困らせる!

自分を殴ってやりたい。

でも、そうしたらあのひとが心配する。

唇を噛んで壁を睨んでいると、30分程してノックがあった。

投げ遣りに返事をすると、顔を覗かせたのはイワン。

彼はおずおず包みを差し出した。


「ヒィッツカラルド様のものとは違いますが・・・・」

「えっ・・・・・」


思わず受け取り、急いで開ける。

中に入っていたのは、二切れの海鮮サンド。

レタスと海老が目に綺麗だ。

たっぷり挟まったタルタルソースも食欲をそそる。


「えっと・・・・食べていい?」

「はい」


微笑んでくれるから、そっと口に入れた。

とてもとても、美味しい。

あんなに一方的な八当たりをしたのに、どうにか願いをかなえようとしてくれて。

何でそんなに優しいの?

理由を考えたくなくて、サンドイッチを頬張り続ける。

涙なんて流した事もない。

でも、今は頬を流れて口に入ってるんじゃないかと思った。

濡れた感触さえしない頬を、伝っている筈だ。

じゃなきゃこんなに。

しょっぱい筈がないんだ。





「男ってなんでああも夢見がちなのかしら」

イワンの部屋にきて愚痴るローザが言い寄ってきていた男を派手に張り倒したのは3日前。

随分噂になっている。

綺麗だが性格のきつい彼女を良く知らなかったらしく、勝手な妄想を押し付けて話しかけてきたと。

女の子らしい可愛い顔だよね。

料理上手?

何が得意?

何か作って。

鬱陶しい上、セルバンテスと同じレベルの料理能力のローザは大変不快だったらしい。

料理が出来ないなら働いて一生外食するわよ、と言い切る彼女だが、憧れないわけではないらしいのだ。

いつも自分の料理を食べつつちょっと不服そうなのだ。

美味しいから悔しい、と言っていた。

今日あたり愚痴りに来ると踏んでいたので、昨日の夜中までかかって大量のケーキやタルトを焼いていたイワン。

甘いものをお腹が痛くなるまで食べないと気が晴れないと常々いう彼女に、好きなだけ食べさせるためだ。

買っても構わないのだが、市販品では直ぐに血糖値が上がってしまい、食い詰まる。

甘味料を使って作れば、ほぼ物理的な話で菓子を押し込んで行けるのだ。

相当に腹を立てている友人はたまに見る姿だが、今回は理由が理由だ。

少しばかりダメージを受けている彼女を慰める、ちょっとした工夫。


「ほら、これも」

「今は甘いのが良いの!お弁当なんて・・・・あっ」


なによこれ!

食いついたローザは年相応で可愛いものだ。

目を輝かせて、小さなお菓子の詰め合わせに喜び顕わ。

小さなパンプキンタルトに、ポテトのタルト。

スゥィートポテトも入っている。

ゼリーは可愛い形のが二色。

小さなマカロンはホワイトでマシュマロが挟まり、マドレーヌはオレンジの香りが芳しい。


「かわいいっ」

「ほら、紅茶」

「やたっ」


嬉しそうにぱくつくのに苦笑して茶を飲みつつ、自分の前のタルトもローザに押しやった。





「・・・・・おじさまには、内緒にしてね?」

「ええ、勿論です」

優しく微笑むイワンに、サニーはほっとしたように微笑んだ。

彼女の小さな我儘。


『綺麗な色のお弁当が食べてみたいの』


彼女の弁当は基本樊瑞が作った渋い弁当か、栄養管理に重点を置かれた地味なものばかり。

幼い少女が、外界と切り離されたここと言えども憧れを知るのは当然で。

何で見たかは知らないが、とても可愛くて色が綺麗だったのだと言う。

当然10歳の彼女の説明ではやや曖昧だが、どんな時でも聞き分けの良い彼女がそっと申し出た『自称我儘』は何とも可愛い。

出来る限り、彼女の望みを叶えてあげたかった。

同年代の友人の一人も、愛玩動物も無く。

それでも明るく十傑達を癒す彼女を少しでも喜ばせたかった。

色々考え、オズマなんかに弁当の記憶を聞いたりして。

更に3時間かけて食品売り場を隅から隅まで探索し、献立を考えて。

朝は4時に起き出して。

8時に、サニーに包みを渡した。

可愛い赤のハンカチで包んだ『お弁当』。

サニーはとても喜んで『12時になったら開けても良い?』と聞いた。

はい、と頷くと、きちんと礼を言って駆けて行った。

その小さな後姿を見送って、仕事に戻る。

4時間後、サニーは待ちわびていたお弁当の包みを解いた。


「わぁ・・・・・」


ピンクのでんぶご飯、たまごやき、赤ウインナ、ハムとチーズのキューブ、ピーマンの肉詰め、さくらんぼ。

憧れていたのよりもっと魅力的なものがそこにはあった。

見たものはご飯部分がチキンライスだったが、この綺麗なピンクの方がずっと可愛いと思った。

ハムとチーズだって、こんな風にキューブにしてあるととても嬉しい。

たまごやきも、花の形。

嬉しくて、ひと口ひと口噛みしめた。

食べてしまうのはもったいなかったけれど、とてもおいしい。

また、作って欲しい。

作り方を教えて欲しい。

いつか、作ってあげたい。

いつも自分と父に優しく、愛と慈しみをくれる、大好きなあのひとに。

おべんとうを。





アルベルトは溜息をついた。

昨日の晩にあれだけ必死に許しを請うたのはこれだったのか。

主のいない部屋の中には、片付ける時間が無かったのか、料理の痕跡が色濃い。

でんぶの袋は簡単にクリップで止めただけ。

ハムとチーズを重ねたものの切った端は小皿に乗せられたまま。

卵焼きは真ん中が二か所花形に抜けている。

たまごやきを摘まんで口に入れる。

まだほんの僅かに温かい。

まだそう時間は経っていないのか。

彼自身のものなら、こんなに凝ったものを用意はすまい。

片付けが簡単なサンドイッチでも紙に包んで持って行くだろう。

そして、この材料。

子供が、特に幼女が喜びそうな色遣い。

溜息が出る。

苦笑だ。

昨日はどうやら間接的とはいえ彼を娘に取られてしまったらしい。

娘はあれを憎んではいない。

あれだけ無償の慈しみを与えられれば当たり前と言えるが。

懐いているし、稀に目を三角にして自分に詰めよるのだ。

イワンを、苛めないでください!

何処かに行ってしまってから後悔したって、遅いんですから。

妙に大人びた事を言う娘に呆れたが、それは確かに当たっている。

少し自分の恋愛態度を改めようかとらしくもない事を考え、アルベルトはソファに腰を下ろした。

手には、台所から勝手に持ってきた。

残ったでんぶご飯を寄せ集めて作ってあった、ピンクの。

おにぎり。





***後書***

唐揚げを盗って行った男は恐らく洗濯物もあさって行ったと思います(シリアス台無しな発言)