【 馬鹿企画 】



「イワン君って、嘘下手だよね」

十傑が数人とイワン不在のサロンにて、セルバンテスは不意に口を開いた。

勿論今日のイベント『四月馬鹿』を楽しむためだ。

居るのはレッドだけだが、「損するタイプ」とコメントした。

そこに、イワン到着。

さっと話を切り上げて寛いでいるふりをする男たちに、イワンは少しだけ違和感を覚えて首を傾げた。

何だか、力が入っているというか。

最初に動いたのは、レッドだった。

朝一でイワンが出したほの温かい特製プリンをテーブルに置き、呟く。


「暫く、プリン・・・・・卵類を控えようと思う」

「えっ・・・・・・」


イワンがレッドに駆け寄って、熱を測り始める。

どれだけ卵中毒だと思われているのだろう。

まあ、好物も卵焼きやプリンだが。

レッドはイワンを振りはらったりはせずに、頬を包まれたまま彼を見上げた。

黙って見上げてくる美青年は、仮面があっても矢張り格好良い。

少し頬を染めるイワン。

でも、レッドが決心したのならとそれはそれは愛らしい笑みを浮かべた。


「禁卵宣言ですね」


偶々茶を含んでいたセルバンテスが噴き出した。


「ちょ・・・・・きんた・・・・げほっ」

「だ、大丈夫ですか?」


背をさすってくれるイワンに大丈夫と仕草し、セルバンテスは涙を拭った。

可愛い顔で「きんたまっ」なんて言われると大興奮してしまう。

レッドもちょっと気まずげだ。

そこまで狙ってやったわけではないらしい。

天然とは恐ろしいものだ。

その時、イワンの携帯に着信があった。

前は、彼はサロンで携帯の電源を切っていた。

だが、十傑の手前そうしていたために仕事では酷い叱責を受けていた。

緊急連絡が付かないと。

まさかこれほどイワンが皆のお気に入りになるなんて誰も思っていたため、イワンの扱いはぱっと出で衝撃のアルベルトに取り入った嫌な奴。

彼の傷心や献身を知るまで長くそれは続き、最終的には酷い苛めに。

黙っているイワンがどんな扱いを受けているか十傑が知った時には、彼はすっかり心を痛めつけられていた。

その頃はローザとも仲が悪かったため、彼は正真正銘孤立していたのだ。

何も言わなかったのは、我慢から麻痺になっていたから。

アルベルトが携帯の使用を改めて許可し、イワンの激務が段々と知れていった。

そのうち苛めはおさまって友人も出来たが、良く自殺しなかったものだと思う。

ひとえに「アルベルト様のため」なのが癪だが。

兎角、今イワンは電話を取った。

そして、慌て始める。


「ど、怒鬼様が・・・・・」


迷子になられてしまいました・・・・・。

嘘か本当か判別しにくい。

イワンは必死で場所の特徴を聞いて、それが本部の第5エリアの一角であると割り出した。

慌てて走っていくのを見送り、30分後に帰ってきたイワン。

彼はしっかり怒鬼を回収し、血風連に怒鬼回収の連絡を入れていた。

すると、またもや着信。

幽鬼らしい。

笑顔で話していたイワン、段々顔色が悪くなっていく。


「ええと・・・・・は、その、幽鬼様・・・・いえ」


電話を切ってもそわそわしているのに訪ねてみると、病デレは何とも陰湿なことをやらかしていた。

今、駅のホーム。

お別れの恋人なら良いが、引き籠りだと別の不安を誘う。

昨日まで閉じこもっていたのは下準備だったのかもしれない。

イワンが余りに可哀想なので、お座敷犬を放した。

彼はイワンのためならと駆け出し、素晴らしくも残念な嗅覚で幽鬼と大きな蛾を捕獲していた。

幽鬼が連れていた虫か、フェロモンに手が出て捕獲したかは定かでない、そして知りたいとも思わない。

イワンに甘えて茶を入れて貰っていると、入ってくるヒィッツ。

イワンがポットを放り出して駆け寄る。


「ど、どうされたのですかっ!」

「ん、ああ、これか」


刺された。

メール履歴を電話会社にハックして取ってきた女性がいてな、浮気がばれた。

そこまでするのが凄いが、兎角今は事情より刺し傷。

イワンは慌てていて気付かないようだが、明らかに刃傷が上向き。

片刃のジャックナイフで自分の腹を差すとそうなるとしか言えない。

半泣きのイワンを優しく宥め楽しむ伊達男。

お前の為なら腹を切る、という事か?

正直白くて目に痛い男など見たくないが、可愛いイワンを見るには目に入るのだから仕方があるまい。

手当てが済んで茶を入れ直し始めたイワン。

矢張りヒィッツを気にしているが、そこに十常寺到着。


「ひっ・・・・・・」


イワンがポットを取り落とし、茶の匂いが飛散しイワンの匂いが薄まることを危惧した怒鬼がスライディングで受けとめる。


「毒薬服用、やや失敗」


やや失敗、死ななかった。

それは良い事なのか悪い事なのか。

成功したら、嬉しいが死ぬ。

失敗したら死なないが、失敗は失敗。

セルバンテスはそっと十常寺に近づき、服の襟を引いて覗き込んで見た。

顔や手に出ている蛍光緑の斑点は、そこにはなかった。

顔料系の蛍光ペンって発色が良いんだなぁと思いつつそっと指を外し、イワンに頷く。


「中はもっと酷いね」


軽く共謀しておくと、後で薬がもらえる可能性がある。

怒鬼と十常寺の薬はこの世で最強だ。

十常寺を見て泣きそうなイワンに、さらに追撃。

何故か今日に限って窓から入ってきたカワラザキ。


「ああ、イワン。ここにおったか」


済まんが、退職届の用紙をくれんか。

そろそろ引退しようかと思ってな。

その言葉に、イワンはカワラザキの手を握った。

白い指が、震えている。


「カワラザキ様は、まだお若いです。能力も秀でておられます、今引退為さっては団にとって多大なる損失です!」

「じゃがのぅ、寄る年波には勝てんのでなぁ」

「カワラザキ様・・・・・・」


泣きそうな顔で、イワンが首を振った。


「どうかどうか、イワンの我儘を聞いてくださいませんでしょうか・・・・・」


私に出来る事なら、どんな御奉仕もいたしますから。

御奉仕、は普通にお仕えするという意味なのだが、男どもの腐った頭にはなんとも良い具合の妄想を焚きつけた。

適当なところで引くが吉と心得、カワラザキはそれを快諾。

まだ頑張ろう、お前の為になと格好つけていた。

が、格好がつく漢なのだから仕方がない。

少し落ち着いてきたサロンで、ヒィッツの爪にやすりをかけていたイワン。

本人の希望で今日は硝子鑢。

綺麗にした指先を柔らかい布で拭っていると、またも着信。

取って直ぐ、イワンは携帯を取り落としてドアに走った。


「樊瑞様と、残月様がっ」


逮捕されました・・・・・。

何とも言えない。

国警との戦いなら『逮捕』はされないだろう。

変質者がしくじったか・・・・・?

が、回収された二人はいたって元気。

イワンの話によると、路上で職務質問されてしまったらしかった。

ちゃんと答えたが回答が堂々とした変質者だったので、逮捕。

イワンが拘置状から回収したのだ。

ますます嘘か本当か分からない。

そこに、孔明が入ってくる。


「ああ、此処にいましたか」


探したのですよ、と言われて申し訳なさそうなイワン。

だが、追撃は無い。

どうやら『探した』というのが嘘らしい。

第一、探すなら書類なり殴打武器なり握りしめているはずだ。

今日は丸腰で、心を抉る言葉の武器しか装備していないようだし。

と、言う事で。

此処までじっくり見ていた幻惑は、ちょっと考えてみた。

自分も何か嘘をつきたい。

嘘は得意だが、何かこう、奇抜なのが良い。

彼の記憶に残る様な。

セルバンテスは、イワンに優しく微笑んだ。


「イワン君、あのね」


漏らしちゃったんだけど。

何とも素敵な笑顔で言われ、イワンは首を傾げた。


「あの、何をでしょう」

「いやいや、ここで言わせないでよ」


ちょっと緩んでるのかも。

そう言われ、イワンは複雑そうな顔をした。

小にしろ大にしろ、始末するのは構わない。

だが、セルバンテスの威厳は崩れた気がした。

実際は、普段のスカ将軍っぷりから大崩壊中なのだが、イワンにはセルバンテスが素敵に見えていたから。

今だって、漏らしても素敵なまま。

何ともいい難いが、始末してさしあげねばならない・・・・・のか?

良く分からないが始末セットを持ってきて、セルバンテスが腰を上げるのを待つ。

が、彼は可笑しそうに笑っただけだった。


「いやいや、ごめん、嘘なんだよ」


君の中の私が余りに美化されているからね、ちょっと、格好悪くしておこうかなって。


「格好悪いとこ見せられなくなっちゃったら、苦しいでしょ?」


その言葉に、イワンははっと目を瞬かせ、ふわっと微笑んだ。


「セルバンテス様がどんなに格好悪くても、私は素敵だと思います」


嬉しい事を言ってくれる大好きな人。

引き寄せてキスしようとした時、邪魔が入った。

衝撃波をかわせば、少し疲れた顔のアルベルト。


「イワン」


孕んでいた。

イワンが嬉しそうに駆け寄る。


「そ、そうだったのですか・・・・アルベルト様に押し付けてしまって申し訳なく思っていたのですが・・・・・・」


・・・・・いやいや、話を勝手に組み立てると変な事になるんだが。

アルベルトが男役で、でも孕んだのはアルベルト?

二人とも男で、やっぱり孕んだのはアルベルト?

サロンにセルバンテスのしゃっくりが響いた。

あんまり吃驚して横隔膜が痙攣しているらしい。

イワンが水を差しだすと、それを一気に飲み下した。


「・・・・・名前、決めてる?」


盟友が、ああ、と頷く。


「セルバンテスだ」

「何で私の名前つけるかなっ!?」


想い人と、盟友の子に。

自分の名前。

ノーセンキューどころか拒否したいとしか言えない事だ。

執拗に嫌がる盟友をいなしていたが余りにしつこいため一発くれてやろうと思ったアルベルトは、そこでようやく話しの行き違いに気づいた。

思わず笑ってしまう。

僅かに寂しさを含んだ、笑み。


「ワシが孕むわけがなかろう。こやつもだ」


今のは、こやつが知り合いから押し付けられた蛙の話だ。

2匹持ってきて同じ箱に入れていたが、動かなくなったと泣きそうになっていたから様子を見ていたのだ。

脱力した盟友の背を軽くたたき、脇をすり抜ける。


「出来るものなら、作りたいがな」





夜、イワンは自室で主の言葉を考えていた。

それは優しい言葉だ。

自分となら子を作ってもいい、それくらい本気だと。

そして、双方孕めぬと知っていると。

優しくも切なく、イワンはそっと自分の腹を撫でてみた。

寂しさを感じていると、浴室から主が帰ってくる。


「どうした」

「いいえ」


何も。

微笑むその可愛い笑みが何とも儚く、アルベルトはイワンの顎を掬って口づけた。


「・・・・・貴様のように手がかかるのでは、子など見ていられん」


貴様とて、同じだろう。

互いの世話をするので、手一杯だ。

笑い主の優しさが嬉しくて、縋る。

優しいキスから愛撫に変わり、激しい情交になり。

あまりの激しさに「もう出来ない」と泣いたが。

主は許してはくれなかった。

『嘘なのだろう』と甘く耳を噛まれ、甘い快楽の坩堝に溺れ。

夜が、更けていく。





***後書***

アル様、互いの世話というほどイワンさんの世話をしているんだろうか。