【 死闘企画 】



拘り、譲れない誓い。

それぞれの思いが交錯する、激しい戦い。

護りたいもの、欲するもののために。

死をも顧みず、戦う。





「今日こそは私の勝ちだ」

スーツに学帽、すらっとした立ち姿で構えるのは、無数の針。

物質全てを針と化し、水さえも鋭利なそれへと変化を遂げる彼の能力。

白昼の残月。

いつもの穏やかな部分と相反する、酷く冷たい部分。

破壊に快楽は無い、あるのは義務感のみだ。

同時に感情も入る余地はない。

泣こうが喚こうが、許しを請おうが。

全てを奪われ死んでゆく。

悲鳴もなく、針と化す。

これで私の物だ。

薄ら笑んで針を折る。

すると、後ろからもっともっと恐ろしい声がした。


「残月様、何回目でしょうね・・・・・」


いい加減。


「私の洗濯機を壊すのはやめてください!」

「壊してはいないさ、ちょっと針に」

「同じです!コインランドリーも襲撃していらっしゃるでしょうっ!」

「あの煉獄を放置する事は私の正義が許さんからな」


柳に風で、さらに風が吹いたら桶屋が儲かる残月の脳内。

最終手段に出る。


「・・・・漂白剤を使わせていただきます」

「な・・・・」


残月が言葉を失い、わなわなと震える。

ツンとそっぽを向いて洗濯物を籠に詰め込み、お気に入りの漂白剤も持ち込みでコインランドリーへ行く準備。

それを、残月が引きとめる。


「ま、待ってくれ!漂白剤を使ったらあんなシミやこんなシミが全て・・・・!」

「そうですね」

「そんな・・・・そんな・・・・・・!!」


がっくり膝をつき、残月が両手を見つめた。


「こうなったら、あれを収穫するしかないのか・・・・」


嫌な予感がして、足を止めるイワン。


「あれ・・・・?」

「靴の中敷きだ・・・・もう少し熟成させたかった・・・・・」

「っな・・・・?!」


最近のクリーニング店は、靴やバッグもクリーニングしてくれる。

クリーニング店で扱えば前月にとって全て作物であり、宝物である。

靴の中敷きは怒鬼も欲しがるが、彼は坊っちゃんなので無理に盗りにはこない。

血風連のお諫めもある。

が、残月はそうはいかない。

やや子供っぽい彼は、普段大人なのにキレると中二病を発症する。

死神のくれたノートどころか、書く間を惜しんで自分で殺しに走ってしまう子だ。

いっそその方がましな時もあるが、彼は非常に落ち着いているため、普段はどんなにとり乱しても洗濯物ハンターどまり。

今もそうであり、中二病まで追い込むにはもう少し何か必要だ。


「次の洗濯機は、乾燥機付きにしようかと」

「イワン、嘘だと言ってくれ、お前はそんな悪魔の様な事をいう男ではないはずだ・・・・!」


変質者に悪魔と言われたくないが、もうどうでもいい。

兎角、これ以上洗濯機を破壊されてはたまらない。

毎回弁償はしてくれるが、洗濯機は買うなという注釈つきで迷惑なのだ。


「洗剤も、惜しみなく使わせていただきます」

「そん、な・・・・そん・・・・・あああああああああ!!」


キレた残月が、走り出す。

溜息をついて見送り、コインランドリーに行こうと籠を抱える。

が。


「・・・・・・・・・・・・・・」


籠の中には、何も残っていなかった。





手の中のボトルを見つめる。

そう、これだ。

この所為で自分は苦痛を感じている。

二大勢力があるが、イワンはどうやら霧の細かいリ●ッシュ派。

元祖のファ●リーズは一本も見当たらない。

ああ、こいつの所為で匂いが飛ぶのだ。

シュッとひと吹き、布も空気も香りさわやかだと、ふざけるな。

ぬくもった体臭を吸ったソファのラグも、可愛い尻が敷いていたクッションも。

消臭されてすっかり清々しい香り。

花より柑橘が好きらしい、だがどちらにせよ敵だ。

いざ、参る。

流しに直行し、中身をじゃー。

彼の部屋の中を探しまくって発見した詰め替えも、予備ボトルも、全て無に帰す。

ボトルはその場で叩き割ってしまい、芳香剤もすべて処分。

ああ、すっきりした。

にこやかな笑顔は格好良いのに、やっている事は犯罪だ。

まあ、今さら罪状が一つ増えたってそう変わらない犯罪者なのだが。

さあ、良い匂いの靴でも探そう。

そう思って振り向き、硬直。

天使の笑みだが背後に毘沙門天の加護が見えているイワン。


「何をしておいででしょうか、御説明をお願いします」

「・・・・・・・・・・・・」


考えるが、今さら何を言っても無駄だ。

言い訳は無いと首を振り、靴箱を開ける。

イワンの片眉がぴくっと跳ねた。

彼は大きなボトルを持ってきて、霧吹きに中身を少し注いで水で薄めた。

それを怒鬼の隣から靴箱に突っ込み、ひと吹き。


「?!」

「素晴らしいでしょう、私の知る限り最高の消臭剤です」


ニオイ●ンノ!

可愛い商品名に騙されてはいけない。

犬猫の匂いから排水溝の匂いまで即殺、200mlで1万もする濃縮液。

素晴らしい効き目だ、残るのは清々しい杉の香りだけ。

なんて恐ろしい兵器なんだ・・・・。

怒鬼がイワンを見つめ、ふるふると首を振る。

イワンは笑顔で頷き、靴箱の中に容赦なく噴射した。


「!!!!!!!」

「知りませんっ!私の靴は私が好きにします!!」


追いかけっこをしながら、部屋中消臭。

怒鬼は暫く、落ち込んだと言う。





「またこの季節じゃのう・・・・」

「ああ、毎年恒例だ・・・・」

人事異動にかかった女性から美しい涙と、とびきりの笑顔でもらうお別れの品と手紙。

ヒィッツが、二人合わせて数十通の並べられた封筒に一枚ずつ狙いを定める。


ぱちん、ぱちん、かんっ、ぱちん、かんっ、かんっ・・・・


何枚かに一回は剃刀の刃に当たる。

剃刀レターは特にヒィッツの自慢の指に狙いを定められることが多いが、カワラザキの物にも含まれている。


「うむ、今年は中々元気なのが多かったしのぉ」


かく言うカワラザキも遊んでいるわけではない。

一緒に渡された大小のぬいぐるみやオルゴールを、念動力で慎重に分解。

赤いコードと青いコードは言うに及ばず、全ての仕掛けを止めて解体するのは爆発物だ。


「それ、最新型だろう?解体はともかくセットは相当扱いが大変らしいが・・・・」

「美人で聡明、だが爆弾狂の娘でなぁ」

「・・・・・B班の主任か」

「よく知っておるのう」


あの娘は粉をかけたが振られた覚えがある。

相手がカワラザキでは当たり前だったかと苦笑いし、封を飛ばす。


「お前さんも薬品部の美人とはお別れじゃろう」

「うん?」

「あの娘は西洋人形マニアじゃったからな」

「・・・・意外だな」


あの娘の趣味は知っているが、カワラザキの誘いより自分の変わった容姿を好んだのには呆れてしまう。

西洋人形の山と積まれた彼女の部屋は、露出プレイよりきつかった。

しかし、自分もやられてばかりでないと思うとちょっと嬉しいのも事実。


「私も良い男になったものだ」

「自信は持て、じゃが驕るべからずよ」

「肝に銘じよう」


春先の、地味だが危険で愛憎渦巻く戦い。

同盟を組んでからは、怪我が減ったと言う。





「どうしよう・・・・・」

「ちっ・・・・・・」

レッドはご機嫌斜め。

サニーはそわそわ。

日当たりの良いサロンでレッドは書類整理と、サニーは宿題と戦っている。

しかし、後20分で3時になってしまう。

今日のおやつはプリンなのに、宿題が終わらない。

レッドは何とか終わらせたが、サニーはどうしても掛け算が分からなかった。

九九はやったが、掛け算の初めの項と後の項が何を表しているか説明しなさいと言われて途方に暮れている。

どう言ったらいいか分からないし、3×4は12としか言いようがない。

宿題が終わらないと、イワンのプリンをゆっくり食べられない。

この問題で、最後なのに。

しょんぼりしていると、レッドが席を立つ。

サニーはサロンから出ようと思った。

一緒にいたら、イワンはきっと自分が終わるまでおやつを出さない。

自分のために、レッドを我慢させてしまう。

同時にそれはレッドの忍耐を鍛えることにもなっているのだが、サニーはまだ子供、そんな事を知る筈が無い。

が、目の前に影が差し、意外と綺麗な指がノートを叩く。


「いいか、雀が3羽籠に入っている」

「えっ・・・・は、はい」

「その籠が4つある。3羽の籠が4つ、3×4で12羽雀がいることになる」

「あ・・・・・・」


とても分かりやすいと思った。

実際レッドはもう大人だし、体術も頭も上等だ。

子供に物を教えるくらい造作は無い。


「ふん、分かったならさっさと書かんか」

「はいっ」


かりかりと書きこんで、終わったらテーブルを片づける。

今日のプリンは、何味だろう。

もしサクランボが乗っていたら、レッド様にあげよう。

そう思って、窓際に座り直すレッドを見る。

レッドがふんと鼻を鳴らした。


「ガキから桜坊を取り上げるほど子供で無いわ」


見透かされた事に吃驚したけれど、何だか可笑しくて笑ってしまう。

怖い仕事もする人と薄々知っている、でも。

一番遊んでくれる、意地悪な、大好きな大好きな、お兄ちゃん。





「今年もこの季節か・・・・・」

使い捨ての竹箸は、柔らかな身体を傷つけぬようにという気配り。

使い捨てなのは、矢張り摘まんだ後それで食事はしたくないから。

いざ、出陣。


「頼んだぞ、十常寺」

「是」


助っ人として捕まえたのは十常寺。

自慢の温室に咲き乱れる花の中には、薬品の原材料もある。

つみ放題上限1キロで契約した。

端の方から、二人で回収していくのは、生まれて間もない、お腹一杯葉っぱをむさぼってまるまるした。

青虫。

十常寺は虫くらい平気なので、素手で潰して回っても構わない。

しかし幽鬼が泣いて煩いので、箸でつまんで回収する。

毎年大量の青虫はセルバンテスに引き取られ、しかし世話はすべてイワンに回り。

調理で出る葉っぱの切れ端を入れ、箱を掃除し、蛹のついた紙の棒はすべて別の容器に移して。

彼は毎年立派な色とりどりの蝶を育て上げている。

セルバンテスは世話はしないがまめに観察日記をつけ、大作少年に送っている。

そう言うわけで、途方もない量の青虫を回収するべく、二人で歩きまわる。

歩きまわりつつ薬草に目星をつける十常寺と、ついでに草むしりする幽鬼。

彼らの戦いは、地味で、起伏少なく、過酷である・・・・。





準備は整った。

戦いの幕が上がる。

おもむろに服を脱ぎ、顔にガスマスクをつけ。

自室から飛び出して猛然ダッシュ!!

勿論ガスマスク以外全裸だ、宝物もぼろろんと揺れている。

彼こそが王様、ストリートキング樊瑞!

無言で走るが、髪型と身体付きと足の速さで完全にばれている。

しかし本人がガスマスクを着用しているから、知らなかったとしらをきれば問題はない。

そう言うわけで、治安部署は全員緊急出動。

発砲許可まで出して、全員グレネードを持っている。

ランチャー使いは高台に陣取り、火炎放射機を装備している者までいる。

変質者(ピンク)を殺った者には、金一封と休暇一週間が約束されているのだ。


「いたぞ!!」

「撃て撃て撃て!」


壮絶なバトルは年数回あるが、冬はやはり少ない。

今年最初のストリートキングに興奮しているのか、走りも回避も見事過ぎる。

春には変な人が出るという端的な例だろう。

が、そこに最終兵器登場。

運の悪いイワンが、通路を横切り変質者の射程に。

治安主任が叫んだ。


「ああ、君!そいつを撃ち殺してくれ!」

「えっ・・・・・」


イワンは迷った。

これはどう考えても上司だ。

だが、治安主任の気持ちは痛いほど分かる。

これは、矢張り撃つべきか。

拳銃を取り出すと、変質者が息を荒げてにじり寄ってくる。

一発お見舞いする前に一発犯られるのは目に見えている。

皆が止めようとした瞬間・・・・。


がぎっ


「・・・・・・・・あの」

「えっ・・・・あ、発砲は、あんまりかと・・・・・」


だからって拳銃の柄で殴り倒すのは如何なものか。

相当な衝撃が加わったらしく、変質者はダウン。

大人しそうな顔して凄く大胆、ギャップに萌と恐怖を感じつつ、治安部長は金一封の封筒を彼に渡した。


「休暇は、樊瑞様と話して決めてくれ」





「・・・・・私に休暇は無いんですか・・・・・」

疲れきっている孔明は、現在書類に埋もれている。

色々と問題が多過ぎて、やる事もやらねばならない事も多過ぎて。

何から始めても、詰まる。

仕事と戦うどころか、完全に負け戦だ。

深い溜息をつくが、どうなるものでない。

諦めて書類を手に取ると、ノック。


「どうぞ」

「お手伝いに参りました」


可愛い笑顔の、想い人。

彼だって忙しいのに、合間を縫って手伝いに来てくれた。

毎年そうだが、有難みは薄まるどころか濃くなるばかりだ。

柔い笑みを浮かべて、手ずから茶を入れて余裕を見せ。

一口飲んだら、本気モード。

そのモンスターマシンどころの騒ぎでない上等な頭を惜しみなく回転させ、仕事を片づける。

彼に格好良いところを見せられるし、仕事も早く片付いて一石二鳥。

話しかけても声すら届かぬほどに集中する孔明に微笑み、イワンは済んだ書類を纏めてフォルダに閉じていた。

一段落ついたら、何かお菓子をお持ちせねばと思いながら。





「暑い!」

布団を放り投げ、起き上がる。

豪奢なふかふか羽毛布団は床に落ちたが、どうでもいい。

春の気配は駆け足で近付いてきて、微妙に布団が合わない。

冬布団は暑い、夏布団は寒い。

春秋用は、微妙に暑い。


「もうやだ・・・・・」


元々暑い地方出身で、寒さには弱いが暑さに強いセルバンテス。

どうしようかなぁと考えていると、良い具合に生贄が来てしまう。


「・・・・どうかされましたか?」


盟友から預かってきたらしい酒の瓶を抱えた可愛い人。

一応成人男性とは言え、狙われているこの人を夜更けに自分のところに寄越すなんてどうしたのか。


「あの、アルベルト様が、セルバンテス様にと」

「私に?」


受け取ると、マスカットで造ったワイン。

スパークリングで、よく冷えている。


「まだ、あたたまっていないと思います」

「うん、冷たいけれど・・・・」

「ナイトキャップにと仰っていました」


思わず苦笑する。

あの盟友は自分がこの季節に不眠症を患うと覚えていたのか。

イワンに甘えて開けてもらい、一杯飲み干す。

そして、柔らかな身体を引き寄せてキスを。

・・・・する前に、身体が崩れ落ちた。

イワンは吃驚したように目を瞬かせたが、ボトルに鼻を近づけて呆れてしまった。


「凄い酒精の匂いだな・・・・・」


一体何度か怪しい、高濃度の酒。

気づかなかったのは飲み口が爽やかなのもあろうが、きっと疲れていたのだ。

ちょっと考え、そっとベッドに寝かせ、髪を撫でる。


「お休みなさい、セルバンテス様」


水面下の戦いと牽制の繰り返しを、イワンは知らない。





「ん・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

目の前には、可愛い姿。

まくれたパジャマからおへそ丸出しで、もぞもぞしながら眠っている恋人。

ちょっと嬉しそうに微笑んでいるところを見ると、何かいい夢を見ているのかもしれない。

・・・・と思ったら、甘えたように自分の名を呟いて。

余りに愛らしい姿で眠り続けるのに手を伸ばしたい。

だが、起こすのも可哀想だと思うくらいに気持ち良さそうに眠っている。


「ぁ・・・・アルベルト様・・・・ん、駄目、ですっ・・・・もぅ・・・・」


ああ、どんな夢を見ているのか。

羨ましすぎるぞ、夢の中の自分!

どきどきしながら見つめていると、眉を寄せて身体を捩る。


「ぁ・・・・いけません、そんな・・・・・」


な、なんだ、何をされている?!


「もう、甘えん坊なんですから・・・・」


赤子プレイか・・・・?


「叱られて嬉しそうにするなんて、悪い子ですね・・・・」


女王様・・・・いや、教師か?


「あ、そんな格好・・・・・」


どんな格好なのだ?!

ぐびびっと唾を呑んで、食い入るように見つめ。

理性と本能が死闘を繰り広げる、午前2時20分。





***後書***

全員碌でもない。まともなのは毎度お馴染みのレッドと聖域サニ嬢、珍しく孔明。