【 初心企画 】



「若葉が目に眩しい季節だよねぇ・・・・初心な青さっていうか、若々しく瑞々しいって言うかさ」

目の端を、ライトアップされた遊園地の広場の木々が掠めていく。

やけに嬉しそうに話しかけるセルバンテスは、今しっかりとイワンの腰に腕をまわしている。

が、怒られない。

今は、任務の移動中。

物凄い速度で深夜の高速を疾走中のバイクに、大好きな人と乗っているのだ。

残念ながら運転は好きな人、イワンが行っているが、セルバンテスにしてみればそう大した問題ではない。

ノーヘルで大型バイクに二人乗り、しかもスーツと言うのは大変奇妙だが、彼の運転に絶対の信頼があるから怖くはない。

邪魔をしないようにしていると、イワンがサイドミラーを見た。


「上げます。撒菱をお願いできますか?」

「うん、分かった」


腰から片手を放し、セルバンテスは前方に向かって割と大きな撒菱を投げた。

前方、というのは、後方に撒いても意味の無いくらい近くに追手がいるからだ。

投げたそれは4秒ほど発光するが、イワンはそれが消える前に前輪を上げた。

微妙なバランスで、セルバンテスも乗せたままに、後輪だけで撒菱をよける。

ぎゃりり、と後部の金具が路面を掠めて火花が散った。

前輪を下ろした瞬間一瞬速度が下がったが、後方で派手なクラッシュ音がしたので振り返る。


「うん、成功だよ」

「有難うございます」


まるで全てセルバンテスがやったかのように礼を述べるのも、それが彼の性分と知っているから不快ではない。

余りに格好良い今日の想い人に頬を緩め、少し強めに腰を抱きしめる。


「無事に連れて帰ってね」


想い人は、ちょっと格好良い優しい笑みで『御意に』と言ってくれた。





暖かくなってきた夜の風の中、揺れは多少あってもひどく静かな空。

バーナーの音は激しいが、時折やむし、そう不快で無い。

電線が無いとは言っても闇夜に気球を飛ばすこの人は、一体何なら運転できないのだろうか。

見る限り操縦できないものはなさそうだし、戦闘機もヘリも、新型が出来れば大概彼が一番に免許を取ってしまう。

綺麗な指を眺めていると、それがバーナーを扱い、10秒ほど点火した。

その10秒に浮き上がる白い頬と、疲れていても嫌な顔一つしない彼。

もう少し、否・・・・もっともっと、我儘を言って欲しいのに。

休みたいとか、代わって欲しいとか。

叶えられるかはともかく、ぼやいたり愚痴を言って欲しい。

自分には、黙って聞いてあげる事しか出来ないから。

黙って聞いて、彼に微笑む事は誰より自信があるから。

耳が痛くなる静寂と、時折鳴るバーナーの音と、暖かい外気と、炎からの汗ばむ熱気。

それらが入り混じって、何だか酷く現実味が薄れていく。

ただ、炎に照らされていた人に。

もう少しゆっくり飛ばして欲しいと、強請ってみる。

想い人は、ちょっと格好良い優しい笑みで『御意に』と言ってくれた。





「何故私ではいけないのだ・・・・・」

ぼやくレッドは、自転車の後部に後ろ向きに座ってアイスキャンディを舐めている。

任務帰り、某国支部まであと15キロ。

最後の町は5分ほど前に出発し、今は傾斜が怪しい下り坂。

スピードはどんどん上がっているし、自転車も妙な音がしている。

実はレッドがこぐと言い出した時に、イワンが、限界スピードで下るから、自分が扱った方が壊れにくいと申し出たのだ。

実際、殆ど動かずバランスを取れるレッドが後部で、イワンが自転車の様子を見ながら加減速しているのは非常に理にかなっている。

しかしやっぱり、レッドとしては自分がこぎたい。

甘酸っぱい青春なんて話でなく、イワンを休ませてやりたいのだ。

早く支部に着いて休めるならと、渋々後部に座っているが、イワンは汗だくだ。

暖かくなってきた陽気に加え、照りつける日差しは初夏そのもの。

髪が無い上帽子も被っていない彼は、この乾燥地帯で可愛い禿頭を惜しげなく披露していた。

流石にきつそうだと、この前引っ張り出した夏用マフラーを首から外し、海賊のように被らせてみた。

後ろで括ってぶらぶらさせると、中々可愛い。


「ほれ」

「ん・・・・・有難うございます」


ソーダ味のアイスを齧らせ、また咥え直す。

かじかじと齧りながら、はたと気づく。


「おい、登っていないか?」

「ええ、800m程登りがあります」


言われて振り返ったレッドは、絶句した。

傾斜が13度はある坂。

半端ない傾斜だ。

これを成人男子一人乗せて漕ごうというのか、おまけにこれはママチャリだぞ。

そう言いかけ、溜息をついてアイスを齧る。

がりがり噛んで飲み下し、棒を投げ捨てた。


「帰ったらプリンだからな」

「え・・・・うわっ」


飛び降りたレッドが、自転車を押して本気で走りだす。

凄い勢いで坂を登られ、頂上でスピードが緩むと飛び乗られた。


「ふん、途中でこけるなよ」


笑ってからかうレッド。

想い人は、ちょっと格好良い優しい笑みで『御意に』と言ってくれた。





ウラエヌスはイワンが操縦するロボットだ。

完全に操縦できるのはイワンだけだが、『動かす』となるとカワラザキでもかなりのものだ。

土偶型のウラエヌスは実は突進が主な攻撃であり、銃撃よりも相当破壊力がある。

が、当然だがそれは必殺技で、頻繁には使えない。

主だったものが突撃、そしてそれは必殺技。

つまり、基本的には乗員による手動の射撃や投擲の攻撃なのである。

この微妙な性能に関わらず重宝されるのは、ひとえにイワンがこれを大変に可愛がって、しっかり操縦して役立たせるからだ。

そんなウラエヌスの中に籠城し、砂漠のど真ん中で交戦中のカワラザキとイワン。

ウラエヌスを砦にしているので、相当量の銃弾は積んでいる。

今日の武器は、ショットガン。

相手は、狼を模した探査追尾ロボット。

イワンは一匹ずつ、正確に左目を打ち抜いていた。

カワラザキが念動力で発砲・・・・と言っても生弾丸を弾き飛ばすだけだが・・・・・しても、上手く当たらない。

イワンを見ていると、狙っている場所が少し違う。

聞いてみると、弾を詰め替えながら教えてくれた。


「あれは、右目に高性能センサーが付いていますから」


弾丸を察知できる程に優れているという事を聞き、まじまじと狼を見やる。

イワンは、察知に誤差の出る左目を狙っていたのだ。

いつ気付いた、と問えば、メカばかり弄っているので、なんとなく分かるのですと。

可愛い苦笑いに苦笑を返し、教えてくれるよう頼んでみた。

想い人は、ちょっと格好良い優しい笑みで『御意に』と言ってくれた。





ヘリコプター。

あれの免許は、機種別である。

プロペラ数、構造、装備に多様性のあるヘリは、機種別でもないととても免許が取れないのだ。

そして、BF団一のヘリ操縦技能を持つのは、同僚の傍仕え。

ヘリその他の操縦能力はいっそA級に昇進させていいくらいなのだが、彼の主人が手放さない。

彼自身も主に使えるのが嬉しいらしく、誘いも断っている。

ヘリはおろか、戦闘機、車、飛空艇と、多岐にわたって類稀なる操縦能力を発揮するイワンは、その方面の者にとっては神に近いらしい。

神棚に写真を飾って拝む輩までいるというから、驚く。

あのおとなしい人は意外と飛ばし屋だが、それがまた格好良いらしい。

そういう事を考えながら、幽鬼は物凄く揺れるヘリの中に座っていた。

外は稲光が走る乱気流、おまけに積乱雲の中を飛行中。

外には追手のヘリがいるので、イワンが雲の中に突っ込んで飛ばしているのだ。

これだけの揺れで済むのが凄いという事は、いくら何でも分かる。

同じような状況で追って飛び込んだ機体が次々墜落するのを見た事もある。

イワンを見ると、どこか楽しそうだった。

生き生きとしているというか、子供の様な。

ああ、楽しいのか、と気づく。

カーチェイスや山道を疾走する事に快楽を覚える者もいるし、スピードは人間を虜にする。

彼の技術に絶対の信頼があるから全く構わないが、何だか微笑ましかった。

ぺろ、と口の端を舐めた桃色の舌に口許を緩め、幽鬼は『ゆっくり楽しんでくれ、少し寝る』と言った。

想い人は、ちょっと格好良い優しい笑みで『御意に』と言ってくれた。





山道を疾走する車。

イワンの愛車だが、ネーミングがちょっと笑ってしまう。

可愛いが、自分の名前を付けるなんて子供みたいだ。

微笑ましい、と思いながら、隣を見やる。

イワンと目が合い、優しく微笑んでくれた。

同時に、窓の外に火花が散る。

何気ないように運転しているが、ヘアピンカーブばかりの山道を250kmで走っているのだ。

ドリフトする度に火花が散り、僅かにタイヤの焼ける匂いがする。

イワンは時折太陽の位置を確認しながら、当然のように運転していた。

世の女性が見れば惚れ惚れするような事だと思うが、往々にしてそういう女性は運転者が軽そうな若者の方が喜ぶ。

彼の腰を締めつけるシートベルトに羨ましさなんぞ感じて暇つぶしをしていると、窓の外を鳶が飛んでいた。

ミラーを見れば、崖下が川らしい。

錐揉み状態で縺れあって戦う2匹と、傍を飛ぶ一匹。

あと10羽ほど追加すれば、普段の自分達と同じだと思う。

このひとを我が物にと戦っているが、恐らく叶う事はあるまい。

あるまいが、諦めるにはあまりに惜しい。

諦め悪く引きずってちょっかいをかけるくらいしか出来ないが、構わない。

人形以外に初めて傍に置きたいと願ったひとだ、いつまででも待とう。

帰ったら茶に付き合って欲しい、と願ってみた。

ちょっとぐらい良い思いがしたくて。

イワンはすぐには返事をしなかった。

大量の火花が散って前方が直線になって、イワンが顔を向ける。

自分の安全を優先してくれるのが、嬉しくも悔しい。

想い人は、ちょっと格好良い優しい笑みで『御意に』と言ってくれた。





乾燥した岩場を土煙を上げて走るバギー。

水陸両用の車両は、深さのあまりない川でも、岩場でも、草原でも走れる優れものだ。

代わりにスピードは100も出ないから、道の良い場所では用が無い。

が、残月は割とこれが好きだった。

かなり狭い、戦車の中の様な運転席。

2人乗りで、他の乗員がいる場合は貨物室に乗せる。

それくらい狭い座席で、狭い空間で。

想い人と二人っきり。

かなり音が激しいから、小さな窓の外は恐らくまだ岩場が続いているのだろう。

何かを操縦している時のイワンは、非常に格好良い。

いつもは愛らしさが勝ってしまうが、こういう時は格好良さが前面に出る。

真剣と言うほどもなく、普通に運転している。

が、これは窓が小さく、センサーその他の計器を見て操縦するものだ。

基本的には戦車と同じなのである。

本気でやっても、上手い者で3カ月はかかると言うが、この人は2カ月で取ってしまった。

それも、聞いた話によれば、初めてとった免許。

元々、この人は楽器の修理などを生業にしていたらしい事は聞いた。

噂程度だが、恐らく全くのガセではないだろう。

昔ヒィッツが持ってきたフルートをものの5分で修理してしまった時は、感心したものだ。

今の主に拾われたこのひとは、初めは傍仕えと言っても殆ど仕事が無かった。

年若かった彼の主は今に増して気まぐれで、仕事が終われば花街に直行。

朝はそこからそのまま出勤。

する事が無いイワンはエージェントとしての仕事が増え始め、そして彼の素晴らしい技能が判明する。

先ず、発端はこうだった。

部外の変わり者の科学者が作った戦闘機は、作りも変わっていて、誰も修理が出来ない。

無いと困る機体だが、修理費は足元を見て法外。

科学者は設計図まで渡し、完全に喧嘩を売っていた。

が、ある日、修理中の札が修理済の札に変わっていた。

最後に掃除をしたイワンが呼びつけられたが、彼はその時覚えたての車の整備で、運搬車両の修理程度しか請け負っていなかった。

誰がやったと聞くと、イワンはきょとんとして、ついで顔を真っ青にした。

運搬車両の一部と思って修理してしまったと。

動かしてみたが、確かに動く。

件の科学者を呼びつけて本当に問題が無いか確認すると、彼はまじまじ見つめて言い出した。

幾ら出してもいい、それに加えて10年無償で働いていいから、この男を助手に欲しい。

そう言われても、イワンはまだ仕事が無いと不安定になる程に傷ついている状態。

イワンが懇切丁寧に断ると、男は残念がりながらも了承した。

が、きっちり名刺は渡していた。

それからイワンに注意が向き、孔明が色々とやらせてみ始める。

設計図があれば、彼の素直さが功を奏すのか、非常に正確だ。

改造させれば、使う内容によって限界値を匙加減して勝手が良い。

それらを作る能力があるならと操縦させてみると、これがまた向いていた。

車しか免許を持たなかったイワンが、バギーの免許を2カ月で取った時は誰も信じなかった。

どうせコネだと笑う者もいた。

だが、とある任務で十傑を乗せる事になったイワンの操縦は、その時出撃したバギーのどれより迅速で、素晴らしく。

誰もが目を剥き、感嘆した。

が、イワンは全く鼻にもかけず、帰ってすぐ、休憩を貰ったらバギーの手入れを始めてしまった。

くたくたの全員、十傑含め格納庫で待機しつつ休憩だったのだが、一番疲れているはずのイワンは嬉しそうにバギーの面倒を見ていた。

そこで一番好感をもったのは、今まで何だかもやもやを抱いていたメカニックメンバー。

素人が、と思っていたのは嫉妬にも似ていたが、これらをこうも可愛がるなら話は別だ。

それから話をしてみれば、とても素直で純情、主とは正反対に女遊びなんて出来ないタイプで、メカが大好き。

変かもしれないけれど、今一番綺麗だと思っているのは、ヘリコプター。

女の人より惚れ惚れする美しさだとほっぺをピンクにしながら言うから、皆苦笑だ。

橋や建物と結婚できる国もあるし、お前もひとつヘリと結婚してみるか、なんてからかわれても、イワンは笑っているだけだった。

ぱっと出で機械いじりするやつと言う認識は薄れ、その内仲間に、友人に。

今でも一番仲の良いのは、ローザを除けばメカニックチームだ。

時折皆で酒を飲んだりもするし、イワンの所属部署は名目上『メカニック』となっている。

どんなに十傑に気に入られても、B級エージェント、メカニックのまま。

それが一番楽しいのだとこっそり話して笑うイワンは、33歳の今でもメカニックたちのアイドルだ。

変な意味でなく、弄り甲斐があると言う意味で。

若いメカニックたちは、青年も娘も、噂の独り歩きするイワンに過剰な期待を抱いて来る。

会うと拍子抜けするが、それがお高くとまった嫌味なやつより何十倍も素敵だと思うようだ。

何気なさそうに機体の面倒を見ていたり、動きは天性のメカニック。

それがまた『メカニックの神、イワンさん伝説』に拍車をかけるらしい。

小市民な彼はそれに尻の座りの悪さを感じているようだが、何だか微笑ましい。

計器を使って近くの探査を始めたイワンに、残月は煙管が無くてさびしい口元を撫でた。

キスのひとつも強請りたいが、此処は妥協しようか。

口寂しくて仕方ない、行儀が悪いと分かっているが、タイピンを貸してくれないか。

イワンは初め意味が分からなかったようだが、残月が煙管の金属部分を軽く噛む癖があるのを思い出し、苦笑する。

白い指がタイピンを外し、ハンカチで拭おうとする。

取り上げて咥え、自分のタイピンを差し出した。

邪魔だろうから止めておく事をお勧めするなんて笑って見せる残月。

想い人は、ちょっと格好良い優しい笑みで『御意に』と言ってくれた。





大型飛空艇に乗っている樊瑞は、窓の外を眺めていた。

もうかれこれ一日半飛ばしているが、イワンは交代する気配が無い。

自分も出来なくはない、彼に比べてだいぶ劣るが。

そう疲れてはいないし、代わってもいいのだが。

そう思って操縦席を覗き、苦笑する。

イワンは嬉しそうに操縦していた。

騒ぐわけでもないが、微笑んだ口元が嬉しそうだ。

男子は何故か車やメカが好きという傾向があり、このひとのそんな部分を垣間見た気がした。

そっと入って、隣に座っても気づかない。

やっぱり疲れているのもあるのかと思うが、取り上げるには余りに楽しそうだ。

苦笑して眺めていると、イワンが操縦桿を握る。

何だかいけないものを握らせているようだなんて不埒な事を考えて楽しんでいると、イワンが片手で握ったまま他の計器に触る。

握った手は無意識に上下していて、益々いけない感じがする。

自分のはこれよりもう少し大きいが、十分目の保養になって楽しい。

が、矢張りそろそろ交代した方が良いだろう、

可哀想だが、身体はもう限界なのが分かる。

集中力はそう落ちていないようだが、何より自分が見ていられなかった。

イワンの後ろから手を伸ばして自動操縦に切り替える。

揺れが酷くなって速度も落ちたが、きょとんとするイワンを膝に抱えて操縦席に乗った。

シートベルトなんて無くとも大丈夫なのが十傑だ。


「少し寝るか?」


目をぱちぱちさせて、ふるふると首を振るイワンは、やはりかなり疲れているようだ。

咄嗟の返事もないし、まるで子供のようだ。

恐らく相当気を張っていて、今も強張っていうのだろう。

胸に縋らせ背を叩いてやると、段々と落ち着き始める。

が、どこかおかしい。

よく様子を見ると、どうやら目が赤い。

まさかと計器を見れば、飛行距離がかなり長い。

自動に切り替えて眠る事もしなかったかと呆れつつ、赤子にするように背を叩く。

段々と眠気と平常心を取り戻したイワンの口に指を差し入れると、大人しく吸い始める。

相当眠たいのだと察し、口の中を軽く混ぜてやる。

眠れと言うと、イワンは寝ぼけているままだったが、返事をした。

妖しくも美しく、おぼろげな印象のままに。

想い人は、ちょっと格好良い優しい笑みで『御意に』と言ってくれた。





「結構しつこいな」

潜水艦独特の圧迫感を感じながら、ヒィッツはイワンの後ろからソナーを覗き込んだ。

機雷が阿呆のようにある海域での追いかけっこは約2時間続いているが、イワンは特に疲弊した様子もない。

可愛い笑顔で、見上げてくれる。


「迎撃しても、よろしいでしょうか」

「ん?ああ」


イワンと二人きりで潜水艦、しかも追手がかかるなんて初めてのヒィッツ。

頷き許可を出すと、イワンが嬉しそうに笑う。

お座りくださいと言われて座ると、潜水艦は急旋回。


「ふふふ、後悔するぞ・・・・・」


呟きがいつもに無い高揚を内包していて意外に思っていると、イワンがとても悪い笑みを浮かべる。

優しげな彼も悪の結社の一人だと思い出させる、それは悪くて格好良い笑み。


「私の自慢のこの子を試すにはいい機会だ」


悦に入ってしまっている彼も、矢張りメカニックなのだなぁと思う。

ミサイルで迎撃し、岩場をくぐって先回りしては沈没させる手際は大したものだ。

大したものだが、そんなに楽しいのだろうか。

ちょっと興味を持っていると、イワンが視線に気づいて振り返る。


「・・・・・押されてみますか?」


ミサイル。

楽しそうだと思って頷くと、イワンが今と指示を出してくれる。

4発ほど撃ってみたが、面白いと言えば面白い。

面白いが、そこまでハマらない。

考えてみれば、自分は人間を細切れにする方が好きだし、彼は逆にこういったメカや武器で大破壊するのが気持ちいいのかもしれない。

楽しかったと頭を撫で、今度は楽しそうなイワンを楽しく観察させてもらう。

操縦桿をさばく手も相当に器用だし、次々と打ち落とされていく潜水艦は最新型。

彼が可愛がるこの艦は、それよりかなり型が古い。

急がないからこれで出たが、他の者が操縦するのであれば、この艦では危なかったかもしれない。

全て撃ち落とし、機雷を器用に避けて帰路に着く。

ちょっと興奮気味の想い人の肩に両手を置いて軽く揉み、頭のてっぺんに顎を軽く乗せる。

またいつかやらせてくれと強請ると、くすくすと笑う。

想い人は、ちょっと格好良い優しい笑みで『御意に』と言ってくれた。





「わあ、凄い!」

「いえ、こういった事は得意ですから・・・・」

一輪車に乗ってその場に留まるイワンに、サニーが目をキラキラさせる。

バランス感覚の飛び抜けたイワンは一輪車に乗るくらい造作は無いし、曲芸師の様な事だって出来る。

バランスを取って具合を確かめるのを兼ねてその場でぐりぐりと回転すると、サニーの黄色い声。

ちょっと恥ずかしいが、嬉しい。

でもやっぱり、恥ずかしい。

が、次の瞬間にこけそうになった。


「イワンが操縦できないのは、お父様だけなのね!」

「なっ・・・・・・・」


危うく倒れそうになったのを立て直し、サニーを見つめてしまう。

彼女はきょとんとしたまま愛らしく首を傾げた。


「違うの?」

「はあ・・・・・いえ・・・・・ええと・・・・・」


操縦と言うか、主は操作するものではない。

恋人をうまく扱うと言う意味でも、イワンは非常に不器用だ。

事故らないようにお諫めするだけで、彼が跳ねられている気がしないでもない。

しかし、アルベルトはいつだってイワンに夢中。

娘からしてみればまごう事なく父はこのひとに首ったけであり、格好つけているがいつだってそわそわしているのだ。

だが、残念な事に彼女はまだ10歳。

夢見る乙女は、お話の中の王子様と自分の父の違いが良く分からない。

我儘なおじさんと認識は出来ても、大人の秘密の時間までそれを発揮して性的拷問を科しているなんて、夢にも思っていないのだ。


「そうだ、ちょっと待っていてね!」

「は、はあ」


待てと言われ、一輪車に乗ったまま待つ事20分。

その辺をくるくる回っていると、サニーが戻ってきた。

手には、小さなカード。


「はい、免許証」

「めん・・・・・・っ」


イワンの写真はどれかから切り抜いたのか、小さな横顔。

少女らしい丁寧な文字で書かれた年齢や名前、そして一番上には。


『アルベルトうんてんめんきょしょう』


何だか微笑ましくて、とても恥ずかしくて、頬が熱い。

サニーはとても嬉しそうに笑って、ちゃんと持っていないと運転できないのよと言ってくれた。

父の想い人は、ちょっと格好良い優しい笑みで『御意に』と言ってくれた。





恋人の持ち物から面白いものを発見したアルベルト。

恐らく作ったのは自分の娘だろうが、自分に運転免許があるとは知らなかった。

操縦できるならいくらでもやらせたいが、あれは甘えさえしない。

操縦なんて100年待っても出来ないだろう。

パイロット連中には神と崇められる恋人はその自覚も薄く、奢らない。

それがまた好感をあげるが、あいつらは憧れをもち過ぎて手を出さない。

どちらかと言えば『所詮メカニック』と侮っているエージェントの方が手を出す傾向にある。

それもあれに恋慕してというものは兎も角、圧倒的に多いのが『衝撃のアルベルトを夢中にさせる身体の具合を確かめたい』というもの。

確かにあれは相当に具合が良いが、別にそうだから手元に置いているわけではない。

ないが、確かに身体は生半可な女で適わない具合だ。

尻も、技術も、表情も垂涎もの。

もしそれらが露見すれば、益々虫が寄ってくる。

今だってローザが回収しないと無理強いする輩がいるのに、これ以上になったら収拾がつかない。

浴室から出る音に顔をあげると、恋人が恥ずかしそうにしながら立っていた。

直ぐに脱ぐ事になるのに、まるで鎧のようにきっちりとパジャマを着る恋人。

ちょっと燃える。

呼びつけて接吻をすると、イワンが小さく呻いて目を閉じる。

この仕草だけで、酷く昂ぶる。

意図するかはともかく、これの一挙一動で自分は動いているのだ。

膝に上げて、わざと腰を擦り付ける。

昂ぶった硬いものをごりごりと擦りつけられ、未だ柔らかい雄が反応する。

今日は何だかそういう気分で、抱かせろ、と強請って了承をとってみた。

未だに初々しく、恋に関して初心者マークの恋人は、ちょっと恥ずかしそうな優しい笑みで『御意に』と言ってくれた。





***後書***

BF団伝説のひと、オロシャのイワン33歳。彼に運転できないものは結論から言うと『ありません』。