【 幽鬼の夢 】
「お帰りなさいませ」
愛らしい微笑みに頷き、館に入る男。
蔦が絡むが品の良い館は、二人以外に誰もいない。
漂う葉巻の煙が、ふわりと散っていく。
「お風邪を召されますよ」
笑ってコートを預かってくれる。
少し濡れていた。
「温かいお茶をお持ちしますから」
ソファに座って外を眺めると、5年前と変わらぬ景色。
あの激闘の果てに、全てが崩壊した日。
否、彼も知らぬままに、全てが瓦解した日。
「どうぞ」
温かい茶は、少し濃いめのイングリッシュブレックファースト。
砂糖もミルクもなしなのに、えぐみが少なく香り高い。
手を伸ばした茶菓子は、ブルードネージュ。
さくりとした歯触りが心地よい。
でも、味はあまり分からない。
もったいないが、仕方がない事。
葉巻で馬鹿になった口の中は苦みが残るばかり。
吸えぬ煙草を吸うようになって、5年。
彼の目が潰れてから、5年。
9人になった十傑が消えた優しい人を探すようになって、5年。
この人をここに閉じ込めて、5年。
尊大な同僚を人知れず殺して、5年。
酷いものだ。
視力を失った彼を騙して、この館に閉じ込めて。
毎夜の如くに、偽りの愛を。
私は、この人を愛する。
本当に、心から、誰よりも。
この人は、5年前から摩り替わった主をそうと知らずに愛している。
本当に、心から、誰よりも。
永遠に絡み合わない心。
絡み合う身体。
悲しかったのは初めだけだ。
涙ももう長く流していない。
出かけてくると言うと、イワンは壁や物に触りながら移動して、さっきのと違う乾いたコートを渡してくれた。
一度本部に戻って書類を提出する。
漂う煙の香りに、すれ違った爺様が、苦笑する。
「衝撃のを思い出すのぅ」
あれは、銘柄が違ったが。
目を見開き、振り返る。
爺様はもう歩きだしていた。
それほど些細な、何気ない言葉。
銘柄が違うなんていう筈がない。
だってこれは、あの人に買ってこさせた。
それだけは知らぬからどうしようもないと、余り得意でない声真似で、衝撃のの声音を使い。
命じたのだ。
屋敷に走って、探した。
イワンは窓際に立っていた。
愛らしい笑みで、迎えてくれて。
「お帰りなさいませ」
ゆうきさま。
【 残月の夢 】
「残月様・・・・・?」
きょとんとしているイワンに、苦笑する。
「似合わないか?」
「いえ・・・・・私がしますのに・・・・・」
視線の先には、生卵。
何か作るのだと思ったイワンは申し出たが、残月は軽く笑って首を振った。
「いや、それより私を世話してくれ」
性格には、息子だが。
その言葉に、イワンが頬を真っ赤に染めて軽く睨んでくる。
「お、お戯れが過ぎます」
「おや、振られてしまったか」
笑う顔が一瞬、酷く寂しげに見えた。
はっとして、手を伸ばす。
「残月様っ」
「ん?」
服を掴んでから、我に返る。
こんな自分に何が出来ると言うのだ。
相手は末席とは言え十傑、おこがましいにも程がある。
第一、どんなに自分が想ったところで・・・・・・。
悲しくなって、手を離す。
不敬を謝る事も忘れて、逃げ出した。
残月は茫然とそれを見ていたが、はっとして追った。
何故、あんな顔をした。
そんな捨てられた犬のような顔で、何故。
縋るように、見上げたのだ。
走って捕まえ、問う。
問うと言うには強すぎる口調だ。
普段の冷静さを欠き、年相応に若い浅慮な詰問。
通る者が視線を寄越しても、どうでもいい。
どうして、どうして。
期待が抑えられない。
想ってくれているのか、少しでも。
・・・・愛してくれているのか・・・・!
イワンは残月を振り払った。
我に返って、イワンを掴んでいた手を見つめる。
が、暖かな腕に包まれた。
優しい体温と、甘い匂い。
「そんなに怖いお顔で怒鳴られると、怖いです・・・・・」
「イワン・・・・・・」
甘えるように、でも、恐怖も拭えぬままに声が震えていて。
やっと手に入った人に、ずっと抱いてもらっていた。
部屋に帰るのも、一緒で。
きちんと気持ちを伝えあって、少し休んで。
自室に帰ると言うのを引きとめた。
手順を間違えていると言えばそうだ。
心を確かめたら、信頼を築くもの。
身体はそれから。
分かっていても、矢張り欲しかった。
恋がれて追い求めたものが、今目の前にあるのだ。
触れても嫌悪されないと分かっているのに。
逃がす事なんて、出来よう筈がなかった。
引き寄せ、抱きしめる。
唇を吸って、何度も舌を絡めた。
たっぷり可愛がり、身体を開かせ。
身を繋げて。
3度付き合って貰い、二人して眠った。
それから頻繁に情を交わしたが、残月は段々悶々とし始めていた。
実は、彼には変わった趣味がある。
異物挿入が、好きなのだ。
入れてはいけないものを入れてみたいという願望。
日に日に苛々し始めた残月を、イワンは心配していた。
そしてある日、とうとう。
残月の我慢が、限界に。
イワンを拘束し、縛り上げ。
後孔を解して。
その時点で顔が薄ら寒い笑みだ。
顔が綺麗なだけに、危機迫った笑みが一種異様で。
一度台所に消えた彼は色々なものを持ってきた。
そして、医療器具というか、クスコで孔を開かせて。
卵を、割り始めた。
何か恐ろしい事が始まるのだとだけ感じ取ったが、イワンは抵抗できなかった。
きっと、残月がこんな事になったのは、我慢のし過ぎだ。
こういう変な事がしたかったのを、我慢していたから爆発したのだ。
我慢していたのは、きっと自分の為。
だから、今度は自分が我慢しよう。
そう思い、唾を呑んで残月を見つめる。
残月はボウルに割った卵5個を開いた孔に入れた。
「ひぐっ」
ずろろっと入ってきた生卵は、卵黄がごろごろして気持ちが悪い。
締めれば潰れるだろうが、にゅるにゅる動いて上手く出来そうにない。
すると、残月はそこに粉を入れた。
瓶からして、塩。
そして、クスコを引き抜いて。
ゆっくりと犯し始める。
イワンの腰が強張った。
「ぅあ、ぁぁ・・・・・・」
卵黄がつぶれていくのが分かる。
涙が出そうなのを我慢していると、奥まで突きあげられた。
悲鳴を上げるが、突きは激しさを増す。
「や、やめてっ、たまご、たまごがっ・・・・・」
「ああ、掻き混ぜておかんとな・・・・・っ」
一度精を放って、残月は男根を引き抜いた。
イワンの体を持ち上げ、膝立ちに支える。
くたりとしていたイワンは、不穏な音に下を見て絶句した。
「ひっ・・・・・!」
ホットプレート。
出来ていくのは、自分の中で掻き混ぜられた卵焼き。
余りの異常さに腰が抜けるが、支えられていてへたり込めない。
今の今まで犯されていた孔はとろりと卵を零し、止まらない。
泣きながら許しを乞うたが、残月は聞かず、その上。
それを、食べてしまった。
イワンはあまりの恐ろしさに泣きじゃくっている。
我慢しようと思ったが、我慢できるものと出来ないものがある。
残月の無機質な声が問うた。
「これが私の性癖だ。何とも不気味だろう?」
さあ、早く罵って嫌いだと言ってくれ。
でなければもっとするぞ。
それは残酷な宣告のようで真逆だ。
お前が嫌う行為を強いたくないから。
捨ててくれ。
手に入れたがゆえの苦悩に、イワンは泣き濡れた顔を上げた。
そして、綺麗な顔を苦悩に歪める青年を引き寄せて頭を抱く。
「それでも貴方が大好きです、残月様・・・・・・」
こんな自分をそれでも包んでくれる、優しすぎる恋人を。
一生かけて、愛し守ろうと、思った。