【 夫婦企画 】
起き上がって伸びをする。
ぼさぼさになった髪を左手で掻き上げる。
右手は愛するひとが大事そうに手で包んでいた。
起こしに来て眠ってしまったらしい。
ベッドに上体を預け床に崩れてしまっているのに苦笑する。
無防備な姿。
耳を撫でると、小さく呻く。
それが挿入の痛みに耐える時の声に似ていて、思わず目を逸らしてしまった。
だがそろそろと視線を戻して耳を触る。
結婚してだいぶ経つのだが、まだ子は授かっていない。
もし万が一自分と同じような力を持った子が生まれても、このひととなら育てていける。
どんな子でも構わないが、欲を言えばこのひとに似て優しい子が良い。
もっと言えば女の子。
それにはまず前提となる行為が必要だ。
昨日も無理をさせたし、そのせいでこんなところで眠り込んでしまったのだろうが、その辺りは気にしない。
首筋を辿ると、薄く目が開いた。
柔く微笑んだ顔が愛らしい。
「お早うございます・・・・幽鬼様・・・・」
キッチンに立つひとに近付き、背後から抱き竦める。
困ったように笑われて、子供扱いするなと口を尖らせる。
手元を覗き込むと、たまごやきを焼いていた。
切れ端を摘んで口に入れる。
甘い。
白い首に口づけて、肩に顎を乗せた。
まだか、と聞くと、もう少しですからと言われた。
祝言をあげて何年も経つのに、未だ子は授からない。
あんなに注ぎ込んでいるのにとカフェエプロンに包まれた腹を撫でる。
笑う気配。
「子供は貴方様で手一杯ですよ・・・・レッド様・・・・」
自分より幾分華奢な腕が布団を運んでいる。
近づいて手から奪うと、大丈夫だからと言い募る。
その額を軽くこづいて黙らせ、竿に干した。
祝言からもう大分経つが、子を授かる気配はない。
血筋に重きを置く自分に遠慮して、このひとは中で出すのを頑なに嫌がる。
何度かはしてみたが、酷く泣かれた。
ぼーっとしていると、背に寄り添われる。
すきです、と小さく呟くのが聞こえた。
こんなにも愛しいひと。
このひととの子でなければいらぬ。
血が絶えたところで構うものか。
今し方干した布団を取り、手を引く。
布団を床に放り、柔らかなそれに沈める。
恥ずかしそうにまなじりが染まった。
「夜までお待ちください・・・・怒鬼様・・・・」
並んで洗い物を片付けながら、愛するひとを盗み見る。
手慣れた仕草でグラスを洗う指。
流れ落ちる白い泡。
もう結婚して随分と経つが、子は授かっていない。
別に不満はない。
行為を拒まれている訳でもないし、出来ないようにしているわけでもない。
まあ家族が出来るというのがどんな感覚か分からないから何とも言い難い面もあるのだが。
くすりと笑うと、きょとんと見つめてくる。
頬に飛んだ泡。
伝う白濁と重なって、鼓動が重く響いた。
指で拭い、瞼に口づける。
擽ったそうに身を竦めるのを捕まえ、意地悪く囁いた。
我慢出来ん。今すぐ欲しい。
みるみる真っ赤になって逃げようとするのが可愛くて、強く腕に閉じ込めた。
諦めたように小さく息を吐き、頬をピンクにして見上げられた。
「お手柔らかに願います・・・・ヒィッツカラルド様・・・・」
本から顔を上げると、洗濯物を畳んでいた。
何か考えながらのようで時折止まる手。
大方夕食の献立でも考えているのだろう。
キャベツが半玉ある、と言ってみる。
洗濯物から離れた指が顎に添えられ、キャベツが半玉と反芻する。
しかし自分と中途半端に会話しているのは気づいていないのだろう。
いつも一生懸命な、可愛いひと。
あ、と唇が動く。
ロールキャベツ、と呟いた。
楽しみだと言うと、はっとしたように目を瞬かせてこちらを向いた。
恥ずかしげに頬を染め、照れたように笑う。
結婚して一年以上経つが、子は授かっていない。
そう頻繁にする訳でもないが、少なくはないわけで。
どうせ授かるならもう少し後でいい。
未だ抜け切らぬ新婚気分を引きずっていたい。
何となく目が合った夜に求め合うのが好きだ。
視線を絡め、笑む。
意味深に煙管を撫でると、赤くなって俯いてしまって。
「意地が悪いです・・・・残月様・・・・」
棚に手を伸ばす姿をさっきから観察している。
もう少し。
二センチ足りない。
必死になって取ろうとしているのはクッキー型を入れた箱。
どうせならフロランタンが良いと思ってあそこに上げてみた。
可愛いひとは自分で仕舞ったと思い込んでいるらしい。
下から取れない物を上に置ける筈が無いのに。
そんな少し抜けたところが可愛いと思いながら、ソファを立つ。
背中に張りついて腕を伸ばした。
自分の方が少し背が高いから。
嬉しそうに箱に伸ばされた手から、それを遠ざける。
フロランタンじゃ駄目かなあ。
粘るが、首を縦には振ってくれない。
じゃあさ、君を食べさせて。
囁くと、困った顔をする。
結婚してもう随分経つ。
未だ子は授かっていないが。
毎晩のように愛し、ついばみ、注ぎ込んでいるのに。
不思議だが別に構わないと思っている。
焦ることはないし、別に子が為せなければ愛が成立しないわけではない。
大好きなこのひとを力一杯愛したい。
そして一生懸命愛してくれるこのひととずっと一緒にいたい。
ぎゅっと抱き締めて頬摺りすると、擽ったそうに笑う。
大好きだよ、と言うと、恥ずかしそうに微笑んでくれた。
「お慕いしています・・・・セルバンテス様・・・・」
長く連れ添ったが、ついぞ子は授からなかった。
自分より遥かに年若いひとの寝顔に頬を緩める。
この優しいひとはとても心を痛めてくれた。
自分が子を望んでいると知っていたから。
だがそれは小さな生き物自体が欲しかったのではない。
このひととの子が欲しかったのだ。
駄目だったのは仕方がない。
それに子を授からなかったのはこのひとも同じ。
子供好きなのに、可哀想な事をした。
頬を撫でると、薄く目を開く。
起こした事を謝ろうとすると、手を伸ばされる。
あたたかい指が手を握る。
「ごめんなさい・・・・カワラザキ様・・・・」
茶を啜り、俯く顔を覗き込む。
もじりと目を逸らす顔は真っ赤だ。
茶を勧めると、戸惑いに瞳を揺らす。
結婚して随分と長くなる。
年の離れた若いひと。
問題があるとすれば自分の方が怪しいが、子は授かっていない。
そろそろ時間も迫りつつあるから本腰入れ始めたのは最近になってからだ。
しかし一向に気配はないため、そういう方向に体質改善をはかる薬を就寝前に二人して服用している。
飲みにくいから茶に溶いているが、このひとが躊躇するのは味ではない。
その後に起こる衝動を気にしているのだ。
乱れる事を恥じる可愛いひと。
奥床しさに笑むと、諦めて茶に口をつけるのが目に入った。
飲み切る前に、湯呑みは布団に落ちた。
染みが広がる。
濡れた瞳が泣きそうに歪んで見つめてくる。
「たすけてください・・・・十常寺様・・・・」
ベッドに腰掛け、サイドテーブルに手帳を開いているひと。
結婚当初から互いに忙しかった。
顔さえ見れぬ日も珍しくはない。
だが、ベッドは一緒だ。
帰れる日は必ず一緒に眠る。
起きて待つ約束はしていない。
寄り添って眠れれば良いのだ。
ペンを持つ手に手を重ねると、振り返って微笑んでくれる。
柔らかい唇に口づけると、嬉しそうに細まる瞳。
子は授かっていない。
欲しくないわけではない。
このひとは非常に忙しい。
恐らく面倒が見れないだろう。
優しいこのひとは自分の勝手で子を産みはしない。
慈しめると誓ってでないと産まないだろう。
少し淋しいが仕方がない事。
せめてその為の行為で確かめ合いたい。
抱き上げ組み敷くと、怖ず怖ず抱きついてきた。
耳に柔らかな吐息が掛かる。
誓い、覚悟を決めたと囁かれた。
「ですからどうか・・・・樊瑞様・・・・」
三ヶ月前の雨の夜、何も言わずに従者は消えた。
探せど待てど見つからず。
募る苛立ちと焦燥感。
任務先の閑散とした片田舎で、アルベルトはぼんやりと葉巻を吸っていた。
ちらつく白い雪。
道脇に咲く白い花。
擦れ違う白いコート。
弾かれたように振り返る。
間違いない。
まごう筈が無い。
葉巻を投げ捨て走る。
白いコートに包まれた肩を掴む。
久方ぶりに見た、従者の顔。
それがみるみる強張った。
手を振りほどき逃げようとする。
名を呼んだ。
抱き締めようとすると僅かに身を丸める。
腹を庇うように。
まさか。
腕を掴み上げさせる。
少し膨らんだ腹。
誰の子だ。
父親は誰だ。
逃げたのはその為か。
そんなもの始末してくれる。
腹に触れようとすると振り払われた。
腹を両腕で庇い辛そうに笑う、従者兼恋人。
「父親は貴方様です・・・・アルベルト様・・・・」
起き上がり、頭を振る。
馬鹿な夢だった。
甘い甘い夢だった。
決して叶わぬ、甘美で残酷な夢だった・・・・・。
***後書***
今回のルール…身籠る話題。章の末尾…「〜…、○○様…」。
良い夫婦の日に合わせてみたが、十傑の妄想が痛過ぎた。
分かってると思いますが全員夢オチです。本当に。産めませんから。