【御主人様のお気に召すまま‐002】
「おい」
背後から声を掛けられ、イワンは姿勢を正して振り返った。
「何でしょうか、レッド様」
短い一声だけでちゃんと自分と気付いた事に、レッドは喉を低く鳴らした。
そして目の前の実直そうな青年を揶揄い始める。
レッドが構うのは気に入った人間だけだ。
「聞いたぞ。とうとうあの偏屈な主をおとしたそうだな」
「は・・・?・・・・・・っ」
一瞬意味をはかりかね、次いでその意味を理解したイワンは可哀想な程真っ赤になった。
「あ、あの、あれは」
「次の日腰が立たない程に可愛がられたのだろう?」
するり、とレッドの手がイワンの腰を撫でる。
嫌な気配に思わず後ずさったイワンだったが、レッドは厭らしい笑みを浮かべて近づいてくる。
押し返すのも失礼かと戸惑った一瞬に抱きすくめられ、耳を舌先で撫でられた。
「っん」
「くく・・・・中々良い声だ」
耳の縁を往復する舌の感触に、イワンは唇を噛み締めて震えていた。
レッドが面白そうにそれを見遣る。
「ちょっと揶揄うつもりだったが・・・・・気が変わった」
フッと足が浮く感覚。
抱き上げられたのだと理解して、イワンは慌てた。
彼としてはレッドの遊びに付き合いたくはない。
だが拒絶出来るような相手でもない。
イワンが葛藤している間に、レッドは自室のドアを蹴り開けていた。
「可愛がってやろう」
寝室に直行し、イワンをぽいとベッドに放る。
スプリングの効いたベッドに身体が沈み込んだ。
慌てて起き上がろうとすると、レッドが上から押さえ付けてくる。
「そうつれなくするな。衝撃のに操立てする訳でもあるまい」
「っ・・・・・・」
思わず言葉を詰まらせたイワンに、レッドが面白そうに片眉を上げる。
「ふっ・・・・・想像以上に可愛げがある」
呟くように言い、レッドはイワンの首筋に舌を這わせた。
温い舌が這う感覚に鳥肌が立ち、反射的に払い除けようとする。
するとレッドはいとも簡単にその手首を捕まえ、ベッドに縫い止めた。
「クク・・・・貴様を抱いたと知ったら衝撃のは怒り狂うだろうな」
愉しげに言い、レッドはイワンの鼻先を噛んだ。
主もそうしていたのを思い出し、イワンは眉をひそめる。
主にされたそれとは違い、不快だったからだ。
「お止め下さい!」
じたばたと暴れて抵抗すると、レッドが苦無を取り出す。
それで上着とシャツを無造作に切り裂かれて、イワンは思わず動きを止めた。
レッドがくつくつと笑う。
「抵抗しないのか?たかが切り傷が恐ろしい訳でもあるまい?・・・・・あぁ、それとも」
傷の理由を大好きな主様に問われるのが怖いのか?
核心を突いたその言葉に、イワンは思わずレッドを睨み付けた。
「アルベルト様は私ごときで心乱される方ではありません!」
自分で言った言葉が胸に刄となって突き刺さる。
レッドが初めて笑みを嗤いから微笑いに変えた。
「・・・・泣くな」
「泣いてなどっ・・・・・!」
ヒステリックに叫んだイワンを、レッドは柔らかく抱き締めた。
「・・・・私は忍だ」
「・・・・・・・存じております」
「忍は道具、死んだとて誰も心動かさぬ」
レッドはその気性に似合わぬ優しさでイワンに柔らかく口づけた。
柔い唇を食み、舌を絡めて吸い上げる。
イワンの身体がひくりと跳ねた。
唇を離して濡れた唇を舐めてやると、イワンの濡れた瞳と目が合った。
「傷の舐め合いとは言わん。酬われぬ者同士慰め合うのもいいだろう?」
レッドの言葉に、イワンは首を横に振った。
「例え忍が道具であったとしても」
「・・・・・・・・・・」
「それが優秀であれば愛されます。貴方様のように」
イワンの言葉にレッドは溜息を吐いて笑った。
「甘言には靡かぬか」
呟くように言い、レッドは目を細めた。
黒い瞳に狂暴な光が宿る。
「まぁいい。そうやって傷心を強がって隠す姿も悪くない」
レッドの手がイワンの白い肌を這う。
胸の突起をくりくりと弄ると、イワンの身体がぴくっと跳ねた。
「レッド様・・・・・!」
嫌がる姿を楽しげに見遣る。
暴れるのを片手と右足で封じ、胸の尖りに吸い付いた。
「っあ・・・・・・」
ゾクゾクとした痺れが走り、小さく声が漏れる。
「嫌・・・・」
泣きそうな声で嫌がる姿に精神的快感を覚え、レッドはイワンのベルトに手を掛けた。
その時。
ガァンッ!
ドアが吹き飛んで破片が室内に飛び散る。
レッドは素早く窓際に移動し軽く舌打ちした。
「チッ・・・・・お迎えのようだな」
ひらり、と窓の外に飛び出す。
ドアの破壊されようで分かる主の気配に、イワンの恐怖が募った。
「イワン」
「は・・・・・・い・・・・・・・・」
呼ばれた声は思いの外穏やかだった。
泣きそうになるのを舌先を強く噛んで堪えて、主を見上げる。
「貴様を道具と思った事はない」
「・・・・・・お聞きに・・・・・・・」
唇を噛んで俯いた従者に、アルベルトは上着を脱いだ。
白い肌を剥き出しにされたその身体に、ぬくもりの残る上着を掛けてやる。
抱き上げ、驚く従者が何か言う前にその唇を吸って塞ぐ。
従者を抱えたまま部屋の外に踏み出した。
「貴様は不安なのだろう」
「・・・・・っ」
俯く従者を抱いたまま廊下を進む。
身を震わせる従者に問う。
「形が欲しいなら何度でもくれてやると言った筈だ。何ならセルバンテスの前で長々と接吻でもしてやろう」
主の言葉に、イワンは驚いて首を振った。
「・・・・お心を・・・・疑っているわけでは・・・・・」
「違うな」
渡り廊下で、風が軽くアルベルトの前髪を乱した。
「心では曖昧過ぎる・・・・・・」
少しばかり強い風がアルベルトの言葉を遮る。
だが唇の動きでそれは伝わった。
イワンは頬を染め、僅かに微笑んだ。
心のどこかで痛みを感じながら。
主を惑わせ、愛した女性を裏切るような真似をさせている事に苦痛を覚えながら。
「私も・・・・・お慕いしております」
その言葉に頷くと、アルベルトは悠々と屋敷まで戻った。
降ろしてほしいという従者の願いを無視し、屋敷の彼に宛がっている部屋の前でやっと降ろしてやる。
「・・・・・11時に部屋に来い」
「はい・・・・・」
頬を染めて頷いたイワンを見遣り、葉巻に火を点けながら踵を返す。
時計は今九時を指している。
イワンは時計から視線を外すともう一度頬を火照らせた。
「失礼致します」
静かにドアを開けて、従者が入ってくる。
アルベルトはアクバビットの揺れるグラスを置いた。
澄んだ氷がカラン、と音をたてる。
アルベルトは椅子を立って従者に近づき、彼を抱き上げてベッドに降ろした。
「小僧に何をされた」
アルベルトの言葉に、イワンは思わず目を伏せた。
だが主に逆らうような事はせず、おとなしく口を開く。
「口と胸を・・・・・吸われました・・・・・・」
アルベルトは鼻を鳴らし、従者のスーツを脱がせた。
ワイシャツから出た部分の首に、これ見よがしな痕を付ける。
「隠す事は許さん」
隠されては意味がない。
そう呟くと、アルベルトは従者のシャツの釦に手を掛けた。
プチプチと外し、白い肌を晒させる。
その左胸が赤くなっている事に気付き、アルベルトはそこを指先でなぞった。
「これはどうした」
「その・・・・・そこはレッド様に・・・・・ですから・・・・・・」
答えに、口端を歪める。
「触れられた所を赤剥けになるまで擦ったか。中々可愛い事をする」
そう言うと、アルベルトは赤くなった皮膚に舌を這わせた。
ひりつく感覚に、イワンが眉をひそめる。
何度か舌を往復させた後、アルベルトは痛々しく腫れてしまった尖りに吸い付いた。
「ぁっ・・・・・!」
ゾクゾクする痛みと快感に、イワンの口から声が洩れる。
慌てて口を覆おうとする手を縫い止め、尚も尖りを舐めねぶる。
断続的に上がる声。
「ぁ、ぁんっ、く、ふ・・・・・」
「貴様の声も・・・・肌も・・・・・些か甘過ぎるな」
だが嫌いではない。
イワンの耳元で囁くと、彼はかぁっと肌を染めた。
誉められているのとも揶揄われているのとも違うし、怒るのも礼を言うのもおかしい。
どうすればいいのか分からずに困った顔をしていると、頬を撫でられる。
主に視線を向けると、葉巻の薫りのする親指で唇を辿られた。
それの意味する要求に、薄く唇を開く。
ちらちら赤い舌が覗き、妙に色っぽい。
唇を重ねると一瞬閉じかけるが、おずおずと唇を開いて震える舌を差し出した。
未だ二、三度情を交わしただけだが、素直な従者は教えた事を忠実に守ろうとする。
口づけの時に舌を引かない事、差し出す事を命じたときは泣きそうになって顔を赤らめていたが、今は従順にそれを行っている。
アルベルトは従者の目元を撫で、口づけを深くした。
唇を柔らかくしゃぶり、舌を濃厚に絡ませる。
くちゅりと音が立つと、イワンが小さく鼻を鳴らした。
「んん・・・・・」
アルベルトの逞しい腕に抱き込まれたまま、イワンは身を震わせていた。
彼は基本的に快感に弱い。
女性との付き合いも希薄だったようで、あまり経験はなさそうだった。
何より、こう感じやすいのと、何となく男が構いたくなる様子。
女性と付き合うより男性に付き従わされている方が、彼には悪いが似合っている。
散々吸った唇を離すと、つぅと銀糸が二人を繋いだ。
それはすぐに途切れて消えたが、アルベルトは従者の濡れた唇を一舐めし、ワイシャツを脱がせてベルトに手を掛けた。
「アルベルト様」
「今日はよい」
奉仕しようとするのをベッドに縫い止め、アルベルトは従者のスラックスに手を入れた。
キスだけで頭をもたげ始めている雄を大きな手で撫でると、眦を染めて腰を軽く捩る。
それにさえ男を誘う色気が滲んでいて、アルベルトはそっと手の中の雄を握り込んだ。
「ぁっ」
武骨な手の感触に、イワンが小さく声を上げる。
蜜が滲んだ先端を軽く擦られて、イワンは恥ずかしさに顔を覆った。
「あっ、ぁあっ」
高い声が耳に心地よい。
顔を覆うのは癖のようにやめないのだが、その奥床しさがもどかしくまた好ましい。
イワンの雄が完全に立ち上がると、彼のスラックスを足から引き抜いた。
慌てて脚を閉じようとするが、間にアルベルトがいるために叶わない。
恥ずかしさに震えていると、アルベルトがスーツを脱ぎ捨てる。
イワンは主の手がベッドサイドのオイルを取るのを見て、ぎゅっと目を閉じた。
今から行われる行為が恥ずかしくて仕方がないのだ。
だが何度手を煩わせたくないから自分でする、と言ってもアルベルトは聞いてくれない。
勿論イワンの身体が蕾のように綻んでいくのが楽しみの一環だからなのだが。
「力を抜け」
主の言葉に今日も抵抗を諦め、イワンはゆっくりと息を吐いた。
アルベルトは瓶を傾けてオイルを指に絡ませると、温まるのを待ってから従者の秘所に触れた。
「っ・・・・・・」
ぬるりとした感触に窄まろうとするそこにゆっくりと指を押し入れると、小さく呻く。
元々受け入れる器官ではないのだから辛かろうと思うが、従者は決して拒絶はしない。
その理由を問う程不粋でもなく。
アルベルトは滑りの良い指で中を探った。
熱い肉襞が絡み付き、それ専用である筈の女性の中より具合がいいとさえ思える。
指を増やす時は流石に痛むらしく、僅かに眉をひそめる。
が、それは致し方ないと言えよう。
アルベルトの指は日々衝撃波にさらされているだけあって、かなりゴツい。
仕草が優美なのであまり気付かないが、太く節くれだっているのである。
それを三本も受け入れるのはやはり痛みを伴うが、それ以上の質量を受け入れるのだから、よく慣らしておかなければ後が辛いだろう。
「ぁ・・・・・!」
十分に慣らしてずるりと引き出すと、イワンの身体がぶるりと震える。
その身体を抱き締め、アルベルトは従者の後孔に雄を押し当てた。
アルベルトの視線に、イワンがコクンと頷く。
ズッ
「ぁ・・・・っんぁ・・・・・!」
抑えた悲鳴を上げる従者を強く抱き、しっかりと奥まで収める。
交ざり合って頭に響く鼓動。
「貴様はワシの所有物だ・・・・だが道具ではない」
その言葉に、イワンは涙の浮かんだ目で主を見た。
辛さの治まらぬ中、はにかんだように笑ってみせる。
「アルベルト様・・・・・・」
その可愛らしさたるや。
アルベルトは深く口づけながら腰を揺すった。
悲鳴は口づけに呑まれて消え、イワンの目の端から涙が零れる。
唇を離すと、甘く擦れた声が己を呼んだ。
「ア、ル、ベルト、様・・・・・・」
ゆっくりと大きく腰を打ち付けてやると、艶やかな声が上がる。
声に誘われるように腰を使うと、白い肢体がびくびく跳ねた。
「ぁあ・・・・っ」
泣きそうな声に、雄としての本能が煽られる。
ぐっと深く突き上げてやると、従者は白濁を吐き出して一層高く鳴いた。
後孔が強く締まり、男根に絡み付く。
その快感の波に攫われるままに熱い飛末を叩きつける。
「アル、ベルト・・・・様・・・・・・」
かすれた甘い声が、やはり耳に心地よかった。
「イワン」
掛けられた声に、イワンは思わず硬直した。
だが何とか振り返る。
立っていたのはぶっすりとした・・・・・片目がパンダ印の痣になっているレッド。
驚いたイワンが駆け寄ると、レッドはつんとそっぽを向いた。
「貴様の主にやられたのだ」
「は・・・・・アルベルト様に?」
きょとんとするイワンに溜息を吐くと、レッドはにやりと笑って彼の腰を引き寄せた。
「首筋、葉巻と貴様を好む虫に刺されているぞ?」
そう言ってイワンの左目の傷に口づけると、颯爽と消えてしまった。
後に残ったのは、茫然と立ち尽くすイワンだけ。
偶然後ろから歩いてきたアルベルトがもしこれを目にしていたなら・・・・・明日、レッドは両目ともパンダ印になっているだろう。
***後書***
レッドはイワンさんが大好き。本能的に求めます。
今回の狙いはぬくもり残る上着を着せて貰う事。ああいうのってなんかこう・・・ぐっとくる。
凶暴な剣八サン、ドMなウォッカ、奥ゆかしいイワンさん・・・・一致点が見られないな。好みの基準が何なのか。