【 御主人様のお気に召すまま-010 】
「イワン、悪いんだがこれを見ていてくれないか」
ヒィッツカラルドに呼び出されたイワンは、彼の自室のオーブンの前に立っていた。
「マドレーヌですか?」
「あぁ」
よくよく聞くと、今日は休暇で久し振りに菓子など焼いてみたのだという。
だが次の任務を共同で行うレッドが明日の打ち合せの都合が悪くなり、今から少し時間を取らなければならなくなったらしい。
「はい、承知いたしました」
「すまんな、焼き上がったら・・・・・いや、私よりよっぽど料理の得意なお前に注意する必要もないか」
苦笑して上着を取るヒィッツ。
イワンが微笑む。
「いってらっしゃいませ」
ヒィッツを見送って、イワンはオーブンの番を始めた。
「ああ、焼き上がったようだな」
二時間程で帰ってきたヒィッツが、上着を脱ぐ。
イワンはそれを自然な動きで受け取りハンガーにかけた。
「粗熱も取れた頃です」
「そのようだな。まあ味見していけ」
言いながら皿を取り出したヒィッツに、イワンは辞退したものの押し切られてしまった。
せめて給仕くらいはと思ったのだが、笑って座っているように言われてしまった。
どうも危ない猟奇嗜好の軽い男に見られがちな彼だが、実際は料理など多趣味で、恋愛は遊びでもスマートだ。
イワンも嫌いではない。
「ほら」
「あ、有難うございます・・・・・」
目の前に置かれた皿には綺麗な貝の形のマドレーヌが二つのり、クリームが添えられている。
ヒィッツがフォークを取ったのに続いてフォークを取る。
「頂きます」
フォークの通りなめらかなマドレーヌは、とても美味だった。
イワンの顔が綻ぶ。
「とても美味しいです」
「それは良かった」
七分立てのクリームを掬って口に運ぶ。
少し口の端に付いてしまい、思わず舌先で舐め取った。
「ふふ」
「?」
「主のものもそうやって飲み込むのか?」
ヒィッツの言わんとする事を計りかね、イワンは首を傾げた。
だが理解した瞬間顔を真っ赤に染め上げる。
「ひ、ヒィッツカラルド様」
「何だ、やる事はやってもまるで乙女の恥じらいだな」
にやにやしながらコーヒーに口をつけるヒィッツ。
イワンは軽く俯き、小さく溜息を吐いた。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・?」
どこか悩むような様子に、ヒィッツはカップを手にしたまま問い掛ける。
「どうした?」
話の流れとイワンの性格から、恐らく彼の気難しい主の事であるのは想像にかたくない。
だが、思い返した話題に彼を悩ませるものはあっただろうか。
乙女のような恥じらいが嫌いな男も少ないし、イワンに口淫させるのもきっと楽しいだろう。
恥じらいつつも積極的に奉仕してくれるはずだ。
だがそこで思い当たった可能性に、ヒィッツは口元を歪めた。
「まさかイかせられないのか?」
「!」
頬を染めて勢い良く顔を上げたイワンに、思わず苦笑してしまう。
まあ彼の技術も問題だろうが、あのアルベルトが簡単に落ちるとは思えない。
「ふむ」
少し考え、ヒィッツはイワンを手招いた。
「ここに座れ」
「?はい」
ヒィッツの前に膝を着くと、彼の自慢の指が差し出される。
それは鳴らすために組まれているのではなく、揃えて差し出された。
「くわえてみろ」
「は・・・・・・・・?」
「教えてやる」
ニィと笑ったヒィッツに、イワンは驚いて首を振った。
「ヒィッツカラルド様のご自慢の指を口になど・・・・・・・」
「まあいいじゃないか」
有無を言わせず口をこじ開けられて、指を含まされる。
イワンも諦めるしかない。
それにヒィッツはレッドの様に他意があるわけではなさそうだった。
・・・・・・・・多少意地の悪い顔だが。
「裏・・・・指の腹を舐めてみろ」
「ん・・・・・・」
素直に舌を這わせる。
彼の仕草は子供がキャンディを舐めるのとまるで一緒だった。
ヒィッツがくつりと笑う。
「成程。これではな」
興奮は煽られるが身体は、と言う事だ。
男の身体は気分や気持ちと直結している面があるが、こんな幼い奉仕は興奮より罪悪感を刺激してしまうだろう。
「舌で指紋をなぞるように・・・・・実際は指紋はないが、まぁ感覚として覚えておけ」
「ふ・・・・・・・・・・」
元々指先が器用なイワンは舌も中々器用で、ヒィッツの少し意地の悪い要求にも言葉どおりに舌を這わせた。
苦しいのか潤んだ瞳と紅潮した頬、鼻に浮いた汗の玉。
従順で直向きな姿勢は男の暗い部分を喚び覚ましてしまう。
だがヒィッツはそれが自分の物ではない事を知っている。
分は弁えているつもりだ。
だが少しくらい楽しませてもらってもいいだろう。
「ん、ふ・・・・・・・・・」
「そうそう、それで先の方を吸え」
「んっ・・・・・・・・・・」
吸い方は柔らかい。
「もう少し強く・・・・そうだ」
は、と唇を離したイワンの濡れた唇に目を奪われる。
だがそれを巧く隠して笑い、ヒィッツはイワンの頭を撫でた。
「ご、ご教授有難うございました・・・・・・・・」
上目遣いで礼を述べるイワン。
からかわれても気付かないのは間抜けというより可愛かった。
「どういたしまして」
「あの」
「何だ」
「ご奉仕させて頂けませんか・・・・・」
主のベッドに縫い止められて服を乱されたイワンは、控え目に申し出た。
身体をいじり回されるのが嫌とか言う訳ではなく、純粋にイワンもアルベルトに愛撫を返したかったのである。
「・・・・・・・・よかろう」
ベッドに腰掛けたアルベルトの前にイワンが膝をつく。
何回しても直視できないのは主の雄を取り出す時だ。
ずしりと質量のあるものは天を突き、ふわふわと滲んだ蜜の匂いがする。
女人でもないのにそれだけで腰が疼いてしまって、イワンは酷く羞恥を覚えるのだ。
「失礼します・・・・・・」
微妙に目を逸らして、ピンクの舌で舐め始める。
だが今日はそれだけではない。
少し蜜を舐め取ると、イワンは舌を仕舞ってそっと先端に口づけた。
頬を桃色に染めてそれを繰り返す。
アルベルトの雄が少し動いた。
「アルベルト様・・・・・・・」
吐息に混ぜるように呟いて、すりっと頬摺りする。
かなり興奮してきた雄は蜜を先端の窪みに溜めていた。
イワンは目を閉じてそれを口に迎え入れる。
「ん・・・・・・・」
熱くなっている雄に水分を取られるが、キツい男の味に直ぐ唾液が溢れてくる。
先走りの味に涎を垂らしているようで恥ずかしかった。
「はむ、ふ・・・・・・・・」
裏に舌を這わせる。
指紋を、と言われたのを思い出しながら辿ると、裏筋に舌先が当たった。
全ては含めない大きな雄だが、裏筋を舐めるとピクピクと動く。
嬉しくなってもっと行為に没頭する。
今日覚えたばかりの手管で、イワンは心を込めて奉仕した。
「んむ、は・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・イワン」
「ぁっ」
アルベルトの膝に添えていた手を取られてベッドに上げられる。
無意識に口淋しい顔をしたイワンは酷く色っぽく、アルベルトは内心舌を巻いた。
どうせ誰かに要らぬ事を吹き込まれたのだろうが、これては長くもたない。
だが・・・・・・・・・・。
「よろしくありませんでしたか・・・・・・・?」
酷くしょげた様子で言われて、アルベルトは小さく溜息を吐いた。
「このまま続けてどうなるか分からぬ程子供ではあるまい。それともお前は男の欲を飲み下せるのか?」
アルベルトはイワンには大概甘い。
気難しいし、機嫌を損ねたら無視も怒鳴りもするが、そうでなければやはり恋人を大事に扱っている。
「アルベルト様のものなら・・・・・・・・」
頬を染め上げて恥ずかしげに答えるイワン。
アルベルトはイワンの手を放して身を起こした。
「・・・・・・・続けろ」
また目の前にイワンが膝まづく。
あたたかな口での愛撫はこの間やらせた時よりも格段に良い。
「・・・・・・・・・出すぞ」
「ん・・・・・・」
イワンの唇が先端に吸い付く。
口内を満たした粘液を、イワンは一度口を離してぎゅっと飲み込んだ。
初めて体験したその味は美味しいとは言えないが、アルベルトの味だと思うと心が満たされる。
「あ」
目の前の雄に視線を戻すと、残りの蜜が幹を伝っていた。
慌てて舌で掬うと、イワンの大きな鼻が雄に触れて残滓の糸を引く。
量が多く年齢の割にとても濃いものは何度も付着し、酷くイワンの顔を汚した。
それに酷く興奮する。
「あの・・・・・・・・・」
イワンの顔を注視していると、控え目に声を掛けられた。
そこでやっと、己の雄がまた力を取り戻している事に気付く。
アルベルトはくくっと笑ってイワンをベッドに引き上げた。
「誰に教わった」
「その・・・・・ヒィッツカラルド様です・・・・・・・・」
素直に吐いたところを見ると、実地ではないらしい。
となると指だとか言うことだろうが、あの男が自慢の指を濡らした事に些か驚く。
指が鳴らない状態にあることをあの男は何より嫌うのだ。
「お前はどこまで・・・・・いや、何でもない」
珍しく言葉を切った主に、イワンが不思議そうに首を傾げた。
そのつもりもないのに男を誘う恋人は正直頭が痛いが、それは追々どうにかするとして。
「んっ・・・・・・!」
スラックスの上から触れたイワンの雄は、既に硬くなっていた。
スラックスを慣れた手つきで奪い取り、ベッドの下に放る。
興奮を露にしたものを擦ってやると、イワンが小さく鳴いた。
「あっ、あ・・・・・・・・!」
蜜が滴り、指を濡らす。
オイルを使わずとも良いくらいに濡れてしまったので、アルベルトはそのまま指を差し込んだ。
「は、ぅっ・・・・・・」
いつもより急性に指を潜らせると、イワンが少し身じろいだ。
痛いのかと思ったが、雄は萎える様子もなく、益々蜜を零している。
「男をくわえて興奮するとはな・・・・・・・・」
「っ」
イワンが居たたまれない様子で身を縮める。
アルベルトのものをくわえて身体が熱くなっているのは事実だった。
「だが悪くない・・・・・・・」
指が引き抜かれて、イワンの腰がぴくっと跳ねる。
いつになく急いた様子で足を抱え上げられ、息を整える間もなく貫かれる。
衝撃に口をはくはくさせていると、吐息まで奪うように口づけられて舌を絡ませられた。
「ふ、ふっ、ん」
唇を奪われたまま揺すり上げられ、酸欠と快楽で頭に霞が掛かる。
自分の最奥が主を淫らにしゃぶっているのがありありと感じられて、イワンは涙を滲ませて頬を赤らめた。
「ふぅ、っん・・・・・・・・・!」
「く・・・・・・・・」
反動で離れた唇が糸を引く。
体内に注ぎ込まれる熱に身を震わせながら、イワンは小さく喉を鳴らした。
「衝撃の」
廊下で呼び止められたが、アルベルトはペースを崩さずに歩いている。
隣に並んだヒィッツは気にした様子もなく、にやにや笑っている。
「どうだ、昨夜は楽しめたか?」
「・・・・くだらん」
切り捨てる。
が、ヒィッツは愉快そうに笑った。
「実にからかい甲斐がある男だ。私の指であんな顔が見られる日が来るとは思わなかった」
大概驚いた顔で真っ二つだからな、と言って、ヒィッツは少しアルベルトに顔を向けた。
「イワンがお前に首っ丈でなければつまんでいたところだ」
あんな淫らな顔で鉄壁のガードだからな、と言われて、アルベルトは小さく笑う。
余裕の笑みだった。
「・・・・・・・余計なことは吹き込むな」
警告を残して歩いて行くアルベルトに、立ち止まったヒィッツは挑戦的に笑った。
「大した自信だが・・・・・それはどうかな?」
***後書***
イワンさん、騙されてる。
ヒィッツさんは色男でカコイイと信じたい。
へたれとか指パッチンとか最下級とか言われてもいい人(?)だと思う。