【 御主人様のお気に召すまま-103 】
「絶対こっちの方が良いよ。間違った用途に、って言うところが何ともこう」
力説する盟友の手には電気マッサージ器・・・・通称電マと、パッド式のマッサージ器。
アルベルトは眉をひそめた。
「ローターと何が違う」
「君って何でそう単純な考え方なのかな」
ちっちっと指を振る盟友と飲み始めて2時間、良い感じに酔っているのかもしれない。
「回転ドアで不必要にぐるぐるする様な、用途からややずれた感じが何とも言えないんだよ」
マッサージ器でマッサージはするけれど、お汁が出ちゃうようなとこ。
そういうね。
「いけなさと恥じらいと心もとなさが良いんじゃあないか!」
「・・・・そう言う題名の歌が無かったか?」
「男の健全な夢を詰め込み過ぎたあのアニメは今は良いんだよ!」
アニメを大作少年と並んで見るのが想像に易い。
ひと口酒を含んで飲み下す。
今日は、たまに悪酔いを求めて飲みたくなるラム酒だ。
エグさと刺々しい粗悪なアルコールが心地よい。
「それで?」
「震動するこれを見ながらイワン君の艶姿を妄想するのって中々良いんだ」
実際しないのか・・・・したら殺すが何ともさもしい。
そう思っていると、セルバンテスが呆れたように手を振る。
「あのね、私だって鬼じゃないんだ。イワン君が特に嫌がる系統の事はしたくない」
「・・・・・特に嫌がる?」
「こっちは興奮しても所詮マッサージ器当ててるだけだから冷静なんだよ?」
自分が淫具でもないもので乱れているのをじっと見られたら、きっと酷く泣くよ。
「お互い夢中とか、そう言う雰囲気にのまれてるとかならまだしも、これはあんまり可哀想だよ」
だから、妄想。
笑って見せるのが強がりで無く優しい笑顔なのに僅かに心が毛羽立った。
何をしても許される、許される事で愛を確認する。
そんな己とは違うのだと。
レッドですら最近はおとなしい。
カワラザキだって強引で意地の悪い癖に、必ず逃げ道を残してやる。
幽鬼もそうだ、追い詰めながら逃がす事を忘れない。
ヒィッツだって退き時を弁えている。
腹が立つ。
いや、もしかしたら悔しいのか。
それよりもどかしいと言う方が正しいかもしれない。
上手く噛み合わぬゆえに、焦っている。
甘えないのなら甘えさせろと詰め寄って強制している。
あれはそれでいいと本気で思うのだろう。
そうして、心が悲鳴を上げている。
それでいいと信じたまま、疲れて擦り切れて行く。
その果てにあるのは破滅だ。
壊れた従者を抱いて己も壊れて行くのが目に見える。
それでいい、と思っていた。
だが、最近少し欲が出ている。
ほんの僅かでも、この甘い時間を引き延ばしたい。
優しく、してやりたい。
舌の上で転がる酒とは違う苦味を感じ、小さく鼻を鳴らした。
イワンは主の部屋で到底似合わぬものを発見して首を傾げた。
電気マッサージ器と、パッド式のマッサージ器。
手に取ってみるが、全く普遍的なそれだ。
言ってもらえれば、マッサージ位するのに。
主に触れる事が出来るのは、とても嬉しいのに。
時折情事中、背中に爪を立ててしまうのは自覚している。
もしかして、もしかして。
触るのは好きでも、触られるのは、嫌だったのか。
どうしよう、いつも縋ってしまっている。
鬱陶しい程にしがみついている気がする。
酷く主に気後れしている従者の思考は、直ぐに不安に塗れていった。
どうしよう、不快な思いをさせた。
恐怖すら感じ始め、イワンは怯えながら部屋を掃除していた。
早く終わらせて逃げ出したい。
震える手で掃除を終わらせ、部屋から駆けだす。
ただ、怖くて不安で仕方がなかった。
2日前から従者の様子がおかしい。
触れるのを酷く遠慮・・・・いや、避けている。
こちらが触れれば怯えたように一瞬見上げ、何も無いと微笑むのは引き攣り。
怯えているのが、手に取るように分かる。
いくら考えても原因に思い当たらない。
だが、唐突に思い至った考えにぞっとした。
「・・・・・愛想が尽きたのか」
瞬きすら出来ない。
目が乾いて行くのが分かるが、動けない。
口が一気に渇き、次いで唾液が溢れ始める。
緊張で息がしづらい。
頬をあたたかく鉄錆び臭いものが伝っていった。
目の血管が切れたのすらどうでもよかった。
赤く染まる視界は血液より澱んだ色だ。
確かめたい、確かめねば。
何をしても許されるのを、もう一度。
「アルベルト様?」
部屋の前に佇む主に駆け寄る。
この寒い廊下に立たせていたのを申し訳なく思って謝ろうとすると、鍵を毟り取られて開けた部屋に放り込まれた。
見上げた先の瞳、左の白目が真っ赤に染まっている事に驚く。
頬を伝うのは血液だ。
吃驚して見上げていると、赤い瞳と境界が曖昧な目が細まる。
「・・・・・・・・・」
絡み合う視線は酷く冷たかった。
心配と、強迫観念じみた確認ではそうあるより他は無い。
服を裂くように毟って突き倒し、ひっくり返してうつぶせで床に押し付ける。
パッド式の電気マッサージ器を臀部に張りつけた。
心臓から遠いここならば、相当出力を上げても問題は無い。
「あっ!」
電源を入れれば、電流が流れて尻たぶが引き攣る。
揉まれている錯覚を起こす刺激に、イワンの頬が赤らんだ。
「あ、アルベルト様?」
「嫌か」
戸惑いがちに頷くイワンに、酷薄に目を細めた。
嫌な行為を、許すのか?
電マのスイッチを入れ、仰向けに返して腕を上げさせた。
震動の激しいそれを、左の脇に押し当てる。
「ゃっ、ん!」
薄い皮膚に包まれた筋肉や骨に伝わる振動に、手をぎゅっと握る。
本当は、しがみつきたかった。
それを我慢して、ただただ手を握り締める。
「んぁ、ふ」
右に左にと時折入れ替えて刺激され、腰が捩れる。
脇に電マを当てられて感じているなんて恥ずかしい。
なのに、隠す事を許してはもらえなかった。
当てたままにスラックスを剥ぎ取られ、緩く立っているものをまじまじと眺められる。
主の冷めた目に涙が滲んだ。
私は、貴方様にとって換えの利く玩具でしかないのですか?
貴方様のお気に上手く召すよう振る舞えないから、壊すように遊ぶのですか?
そんな思いに涙が出ても、抵抗なんて出来なかった。
甘えるのがうまく出来ない。
なら、何でも我慢して捧げていたい。
どうかどうか、それで私の愛を汲んで頂けないでしょうか。
心がどんなに痛めつけられても、身体は反応する。
初めてからこうなるまで仕込んだ男に弄られれば、当然だった。
「ぁっ!」
胸の尖りに押し付けられて腰が跳ね上がる。
捩りそうな身体を必死に堪えて差し出した。
じんじんする尖りは細かな震動で痺れ始め、雄はぽたぽた濡れていく。
羞恥で頭が変になりそうだった。
いっそ壊れて何も分からなくなってしまった方が良いかもしれない。
痴女のように淫行をねだって溺れていればきっと気に召すのだ。
飽きたら捨ててくれたって、壊れた自分は何も分からないのだ。
袋の裏の窪みに押し付けられ、喉が引き攣った音を立てた。
腰が痙攣し、蜜が慎み無く垂れていくのが分かる。
涙で潤んだ視界の主を見詰め、手をきつく握る。
気付いた主はそれは不快そうにし、脚を開かせた。
窄まりに押し当てられ、とうとう我慢出来ずに激しく身を捩る。
跳ね上がって痙攣する腰を押さえつけられて押しつけられ、気が狂ったように暴れた。
限界に近付いて行く心。
最後に残る糸が切れようとした瞬間、場に不似合い過ぎる音が響き渡った。
ガコーン・・・・・がらんがらん・・・・ことん
余りの事に二人とも動きが止まって呆然としてしまう。
アルベルトの頭に勢いよく落ちかかったもの。
大きな金ダライ。
動けない二人をべっと引き剥がす華奢な手。
「本当、いい加減にして頂戴!」
盆で無い、ハロウィンで無い、百語りもしていない。
なのに、亡き奥方。
ぷんすこ怒って目を吊り上げ、イワンを引きずってベッドに上げる。
「三娘・・・・様・・・・・?」
イワンの身体にシーツを掛け、三娘はきっとアルベルトを睨みつけた。
「エッチな本の読み過ぎだわ、本当最低!」
狂犬の所以は狂ったように吠えるのとマシンガントークが似ていたからだ。
仮にも旦那に罵詈雑言を浴びせかけ、イワンを大事そうに抱きしめる。
「そんな酷い事したら、逃げちゃうじゃない!」
「・・・・・逃げる程の度胸は無い」
「馬鹿ね!身体の話じゃないわ、心よ!」
怒りに燃える瞳が、真っ赤に染まった目を射抜く。
「貴方が両極端な態度だからよ!そんな不安定な愛なんか信じろっていうの迷惑!」
迷惑、と言われて流石にアルベルトも眉をひそめる。
「お前に何が分かるのだ!愛し方だってそう変えてはおらん!」
「馬鹿じゃないの?!違う人間に同じ愛なんか押し付けて成立するわけ無いじゃない!」
「・・・・・・っ」
言葉に詰まったアルベルトに、三娘の追撃がかかる。
「私は貴方に突っかかって甘え倒せる女よ、でもこの奥ゆかしい人がうまく甘えられないで苦しんでるの分からないの?!」
「そんな事・・・・!」
「分かってるって言うならその口縫い付けて差し上げるわ!イワンさんもうぼろぼろなのよ!」
「まだ・・・・・」
「何勘違いしてるのか知らないけど、貴方そんなに魅力的じゃないわ!」
ふんと鼻を鳴らす三娘。
「イワンさんは甘えられないから許す事で愛を示しているのよ。こういうタイプは、壊れた方が楽って思い始めちゃうんだから」
「何を馬鹿な・・・・・」
「あら、そう?じゃあイワンさんに聞いてみれば?」
二人の視線に、イワンは力無く俯き、唯首を横に振った。
それが示す答えは火を見るより明らかだ。
アルベルトがぐっと詰まると、イワンはとうとう泣き出してしまった。
子供のようにべそをかいているイワンを優しく抱きしめてあやす三娘。
「うん、うん、よく我慢したわね。もう大丈夫よ。いっぱいいっぱい泣いて良いから、我慢しちゃ駄目よ」
「ひっ、ひぐっ、う・・・・!」
イワンの頬を涙を優しく拭う三娘。
茫然としているアルベルトを放って、三娘はイワンの不安を優しく引きだした。
「どうして、触れるのをためらったの?」
「ぁる、べ、と、さま、は、触れられるのが、おきら、い、で・・・・!」
「・・・・・・・だって」
「・・・・・初耳だ」
「肩も、揉ませて、もら、え、な・・・・」
えぐえぐしてつっかえながら必死に言うイワンに、三娘は苦笑した。
「イワンさん・・・・・・マッサージ器を普通に使う男じゃないわ、この男」
「えっ・・・・・」
吃驚して見詰めると、三娘はとても愛らしく微笑んだ。
「あのね、男って基本的にものを考える時はいやらしい方向なの」
「おい・・・・・」
「あら、違う?私に変なもの使わなかっただけ、今皺寄せが来てるんじゃない?」
アルベルトの制止を簡単にポイして、三娘はイワンの頭を撫でた。
「ね、不安な時はちょっと拒んでみたらいいわ」
「そ、そんな・・・・・」
「それで、慌てだしたら、貴方に嫌われたと思って焦ってる証拠。貴方に嫌われたくないって思っている証」
ね、と優しく微笑まれ、イワンは鼻を啜って頷いた。
眦と鼻頭が赤らんで可愛い。
「ちょっと強気になれるおまじないしておくから」
おでこを合わせて、呟くように。
「貴方はとても、魅力的よ」
微笑んでくれる人が主の妻である事も忘れ、イワンは縋りついて泣いていた。
泣きじゃくる恋人が妻の腕の中で眠ってしまった事に複雑な思いを抱きながら、アルベルトは溜息をついてソファに座った。
三娘がそっぽを向く。
「ふんだ。自業自得よ」
「・・・・・・煩い」
何で妻に縋って泣くのに自分は駄目なのか。
悶々としていると、三娘が笑う。
「だから、分からない?」
縋るのを気後れしてしまう程、彼にとって貴方は素敵な存在なのよ。
思わず妻を見返すが、彼女は従者を優しく抱きしめて寝かせるだけで、もう何も言わなかった。
「・・・・・・ちっ」
「舌打ちするとガラが悪いわよ。元々悪者顔なんだから自重しなさい」
***後書***
三娘さんがナチュラルに話に入ってきてる・・・・!