【 御主人様のお気に召すまま-106 】
「親愛の印だよ!」
そう言って握らされた冷たい硝子。
薄い青が美しい。
目盛は白銀に煌めき、作りは頑丈。
「・・・・・そう言った趣味は基本的にない」
「いやいやいや、ハマるから」
盗撮する気満々の男は、普段の盗撮では物足りなくなったらしい。
自分の好みの行為を見たいという期待の瞳。
「我慢してぷるぷるしてるのって可愛いんだから!」
イワン君なら尚更だよ!
力説する盟友にちょっと考えてしまう。
黙って受け取って、部屋に帰る。
と、ベッドメイクを済ませて出てきたイワンとちょうどはち合わせた。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
無言。
どちらの目もアルベルトの右手・・・・正確には握りしめられた硝子浣腸器に行っている。
そろそろと後ずさり始めた従者の腕を掴む。
「何故逃げる」
「あ、あの・・・・・」
先程まで検査でしたから、お望みの様な行為は・・・・
つまり、腹の中に何も入っていないと言う事。
毎回勝手に見ている従者の手帳を思い返せば、今日の検査の為に2日前から断食だった筈だ。
水分は薬品を混ぜて多量に取るよう指示が書いてあった。
「・・・・・それで構わん」
「い、いえ、本当に・・・・・!」
嫌がるイワンを引きずっていく。
イワンが余りに許しすぎるため、アルベルトは感覚がかなり麻痺している。
イワンは諦めてついていった。
粗相をしても内容物は出ないし、望む行為がまさにそれなのだからそれでいいのだろう。
ベッドに上げようとするのをそれだけはと懇願して床にしてもらった。
のろのろ服を脱ぎ、床に這いながら涙ぐむ。
愛は、感じる。
自分には過ぎる程の激しく深い愛を惜しげなく注いでもらっている。
ただ、それは本当に『過ぎて』いて辛い。
溺れて死んでしまいそうだ。
なのに主はそれに気づかずに水の中に頭を押さえつけるように、また愛を注ぐのだ。
唇を噛んで目を閉じ、腰を上げる。
アルベルトは生理食塩水を作って浣腸器に吸い上げていた。
400mlのそれを満たし、ピンクに染まった尻に手を掛ける。
「んっ・・・・・」
ちゅく、と差し入れられて尻がびくつく。
細いからそう痛くは無いが、冷たい。
ぐっと押しつけられ、息を飲む。
「ぅぁ、あ・・・・・!」
ぢゅううぅ、と注入される水に、床についていた肘が崩れた。
圧迫感に早くなる呼吸。
苦しさと、食塩水の刺激に腰が揺らめいた。
ちゅくんと抜かれ、差し入れられる指。
人差し指か中指だろうが、それが酷く熱く感じた。
「あぁ、あ・・・・」
身体が震えて止まらない。
苦しい、出したい、我慢出来ない。
2日間安静にさせられていたのも手伝って、一気に活動を始めた中は激しく動いていた。
ぐるる、と鳴る音に唇を笑ませ、アルベルトは指で中を掻き混ぜた。
ビクン、と白い尻が跳ねる。
「ふぅ、く・・・・ぁ・・・・!」
「辛いか」
指から逃れようと前のめりになる身体を引き戻して深く入れる。
中の肉襞が激しく絡みついて蠕動した。
「い、ぁ、ぁは、ぁ・・・・・!」
嫌がって振り立てられる尻を掴む。
力を入れて押しだしてくるから、出るに任せて抜けそうになると押しこむ。
「ひぐっ!」
潰れた悲鳴。
悶え苦しむ身体。
口から涎を零して身を捩るのを眺める。
拷問も場合によっては行う男は、引き時は弁えているつもりだった。
だが、それは限界ぎりぎりの判断でしかない。
ドアが吹き飛んだので目を向けると、息弾ませる盟友。
「ちょっと!そこまでしてどうするの!」
「まだ大丈夫だろう」
「君何してるの?拷問?違うでしょ?」
言われて従者を見やれば、真っ青な顔で痙攣している。
引き抜くと、こぽこぽと食塩水を排出しながら失禁した。
セルバンテスが力無いイワンを抱き上げる。
「今回は私も悪かったけど、君も反省した方が良いよ」
呆れ切った目に、黙って視線を逸らす。
そのまま暫く、座っていた。
「・・・・・居なくなった?」
病室から姿を消したイワン。
どうせ十傑の誰かが攫って行ったのだろうとたかを括っていたアルベルトはサロンで絶句した。
誰も匿っていないと言う。
第一皆で自分に「イワンをどこへやった」と詰め寄るのだから本当だ。
一気に血の気が引き、手当たりしだい探し回る。
だが、本部はのどこにもいない。
支部に行ったか問い合わせても「いいえ」の返事ばかり。
初めに湧いたのは怒りだった。
裏切られたと、飼い犬に手を噛まれたと。
次は殺意だった。
逃げるのなら殺してやると。
だが、冷静になると初めて自分の非に気づいた。
あれだけ苛烈な折檻じみた情交を強いて、よく今まで我慢したものだ。
呆然とするアルベルトは、1週間食事すら忘れてイワンの事だけを考えていた。
愛らしい笑顔や泣き顔が段々とぼやけ、侮蔑の冷たい表情しか浮かばない。
実際にそんな表情見た事は無い。
無いが故に、自分でどんどん恐怖に拍車をかけていく。
水もほとんど飲まず、薄暗い自室で座ったまま。
段々とどうでもよくなってきて、宿敵に勝負を吹っ掛けに行こうと思った。
そのまま、死んでしまっていいと。
思った。
あれを解放してやれば、自分さえ消滅すれば。
十傑のもとに戻ってまた生きていけるだろう。
幸せそうに、笑って。
「陽志、これ何とかしてくれ・・・・」
帰ってきた旦那に、陽志はぼうろを噛み砕きながら首を傾げた。
茶を啜って流し込み、戴宗の顔を見やる。
「どうしたんだい、男前になって」
「浮気じゃねえって」
引っかき傷だらけの旦那にけらけら笑って、陽志は旦那の抱えた大きな袋を開けた。
「ありゃ、どうしたんだい、これ」
「病人着で、裸足で、ボケっと歩いてたから声をかけたんだが」
ちぃとアルベルトの悪口言ってからかったら、目ぇ吊り上げて怒ってな。
引っ掻いて噛みついて大暴れして、泣きだしちまった。
拗ねてる様だが、ちっと控えめ過ぎらぁな。
そう言って二人して袋を覗き込む。
戴宗の電撃で気絶しているイワン。
涙に濡れた眦と、荒れた唇。
少し青白く艶の悪い肌。
なのに、その病的な白と唇の赤が一種異様に色っぽい。
「ふーん・・・・何かあったね、こりゃ」
「だろうなぁ・・・・・」
やれやれと座り、戴宗は陽志の飲みかけの茶を啜った。
「茶くらい淹れな」
「あー、いいだろぉ」
「やれやれ・・・・貸しな。新しく淹れるついでにあんたのも淹れてやるから」
「お、悪いな」
嬉しそうな旦那から湯呑を受け取り、台所に行く陽志。
「それ袋から出しときな。怪我はさせてないんだろ?」
「そんな事したら元帥達に何されるか・・・・考えたくねぇなぁ」
「そこで衝撃のの名前が出ない所がねぇ」
熱々の烏龍茶を淹れる陽志の言葉に、戴宗は顎に手を当て唸った。
「実際元帥とか、張良様ンとこ行った方が幸せだと思うんだよなぁ」
「・・・・・・・まぁ、ねぇ」
旦那が袋から引っ張り出したイワンの頭を膝に乗せようとして、自分の膝がかなり高い事に気づき、陽志はイワンを抱き起した。
「あんな我儘オヤジのどこが良いんだ?」
「少なくともあんたより渋いのは間違いないね」
短い衣服から青磁の肌を惜しげなく晒して胡坐を組み、そこにイワンを横抱きにする。
逞しいぐらい豊かな胸に寄りかからせて、背をとんとんと叩いた。
「妖婦と野獣」
「煩いね」
けらけら笑って軽口叩く戴宗の額を小突き、陽志はイワンの身体を温めるように抱いていた。
「変だねぇ。大作とは違うし、もう到底子供って年でもないのにさ」
「まぁ、いっつもは十傑の母親代わりだが、この人は誰も頼れねぇしなぁ・・・・」
不安定に見えると二人して言う。
疲れ切った顔を見ていると、瞼が震えた。
「ん・・・・・」
「お、起きたか?」
覗きこんだ戴宗に、イワンの目が瞬いた。
次いできりきりと吊り上がり、爪を立てて手を振り上げる。
「はいはい、どうどう」
「放せっ!アルベルト様は、アルベルト様はっ!」
「あぁあぁ、分かったから。そう癇癪を起こすのはやめな」
宥める陽志に、イワンは黙って手を降ろした。
やけに素直だと思っていると、今度は俯いてしまう。
「・・・・・最初はあの方が悪いと思った。だが、違う。私がつけ上がっていたんだ。あの方の隣に立っている気になっていたんだ」
「・・・・あんた・・・・・」
「私が悪いんだ。何か望むなんて分不相応だ。どんな扱いでもお傍に置いて頂けるなら・・・・・」
「なら、何で逃げ出した?」
戴宗の言葉に、イワンは傷ついた目で睨みつけた。
虚勢だった。
「逃げてなんか・・・・!」
「病人着で、裸足で、何の武器も持たずに。任務か?休日か?」
畳みかける戴宗に、イワンは唇を噛んだ。
「・・・・・私が我慢していれば」
「それは何か?あいつに同情してんのか?」
「なっ・・・・・」
予想をはるかに超える言葉に、イワンは絶句した。
あの方を憐れむなんて。
「そうだろ?恋人が我慢ばっかりしてんの気付かない馬鹿男なら尽くしてりゃいい。だがあいつはそこまで駄目じゃねえ」
仮にも俺の、ライバルを張る男は。
「あれで相当度量は大きい。お前が甘えて甘えて甘え倒したって、喜ぶだけで怒りはしねぇ」
まぁ、周りの胸焼けとあいつが調子に乗るのを考えたら、程々にするべきだろうけどな。
そう言って笑う戴宗に、陽志が苦笑する。
「そんな男のライバルは頼りがいがイマイチだけどねぇ」
「うぇ?!何でだ?髭か?髭で渋さが要るのか?!」
「鬱陶しい揉みあげで十分だよ。あんた伸ばした所で美髭公にゃならないんだから」
笑って軽口叩き合う夫婦がとても生き生きしていて。
羨ましいと、思った。
黙って陽志の服を握り締めて、胸に額を押し付ける。
「おぉ、大胆だな」
「私が女って認識も薄そうだねぇ」
笑う夫婦に、顔があげられなかった。
何だか、泣きそうだったから。
「あ・・・・・・」
それから2日後。
面倒な事になるからと陽志と戴宗の部屋に匿われていたイワンは、ノックにドアを開けた。
戴宗から、4回ノックをされたら出ていいと言われていた。
陽志は必ず4回叩く癖があるし、自分は自室の戸なんか叩かないからと。
開けた先に佇んでいたのは、初めて自分から顔を見る事を拒んだ主だった。
泣きそうになって、我慢しようとする。
でも、思い直して。
スーツが汚れるのも邪険にされるのも覚悟で、縋って泣いた。
わんわん泣いている間、アルベルトは黙ってイワンの身体を抱いていた。
胸元を濡らしていくあたたかい水。
従者が我慢していたものに初めて実感がわいた。
「・・・・・・・・」
「貴方様が、悪いのですからっ・・・・・反省なさってくださいっ」
この2日でやっと一般的な感覚に戻りつつあったイワン。
主を優先するあまり見えなくなっていたもの。
怒りを、少しの拗ねをぶつける。
「私は、悪くありませんっ」
「あぁ・・・・悪かった」
「えっ・・・・・」
吃驚した顔で見つめてくる従者に、眉根が寄る。
「何だ」
「今・・・・・・」
「悪かったと言った」
口をぱくぱくさせて呆然としている従者に、ちょっと不満を感じた。
確かに自分は大概謝らない質だが、恋人に我を張る気は無い。
「・・・・・・帰ってくる気はあるのか」
「あ・・・・・は、はい!」
頷くイワンに優しく口づけ、アルベルトはイワンを抱き上げた。
角を曲がると、宿敵とその嫁がニヤニヤしている。
「お迎えか?」
「貴様が知らせてきたのだろう。だが」
礼は言っておく。
そう言って擦りぬけて行く宿敵を見送り、夫婦はにやついたまま視線を交わした。
「帰ったら2時間以内に一発」
「2時間は我慢に三万」
***後書***
宿敵とその嫁も結構好き。