【 御主人様のお気に召すまま-109 】
血風連の鍛錬中、怒鬼は薬を調合していた。
趣味とも言える調合は、毎回狙いと違うものが出来ている気がする。
が、効果が素晴らしいため誰もミスったと気付かない、いや、気付いてくれない。
微妙に落ち込む度に黙って労いの菓子を差し出してくれる人しか、知らないのだ。
苦笑にも似た愛らしい笑みを驚きに変えたくて、毎回新しい試み。
その度に素晴らしい、自分の予想と75度ほどずれたものが出来上がる。
諦めることなく、暇さえあれば調合しているため、薬品棚は常に満杯だ。
今日も、あの人の為に胃薬を作ったら出来上がったのは昏倒薬。
鼠で実験したが、1時間きっかり昏睡だ。
狙っても作れないだろうに、作者も不思議な薬。
仕舞おうとして、今日はまだ御台から湯気が上がっていることに気付いた。
あの人の事だ、今日は休みと聞き及んでいるから、凝った事をして遅れているのだろう。
瞬間頭をよぎった考え。
手の中の粉薬。
元々おっとりした坊っちゃん気質の怒鬼は余りえげつない事はしない。
がっつくこともない。
だが、十傑と言う変人集団の一部ではある。
優しげに微笑み、茶を淹れ。
一方に、粉薬投入。
匂いも味も無いので、後は知らん顔。
自分が贈った薄緑の前掛けをしたまま菓子を運んでくれる人に、首を傾げて微笑んだ。
イワンはもう調合を終えている事に気づいて、しかし謝る事は思い留まり、ただ微笑して座り、菓子を置いた。
今日は、大福の様だった。
だが、御台の湯気の割に余り温かい様子は無い。
木匙で切って見て、笑みが零れる。
求肥の中に、冷たいアイスクリーム。
似たような菓子もあるが、わざわざ作ってくれたらしい。
庭の雪景色を見ながら、口に運ぶ。
隣のひとも雪を見ていたが、その唇に湯呑を運ぶのが見えた。
皿を置くと、湯呑が落ちた。
それを難なく受け止め、倒れる体も受け止めて。
縁側に、力無い艶めかしさを存分に堪能できるよう、寝かせる。
上から下まで眺めるが、しどけない色気は生半可ではない。
これが33の男と言うのがどうにも不思議だ。
頬に指を這わせれば、ほんの僅かに冷えた滑らかな肌。
髭が薄いのを気にしているらしいことは聞いたが、頭髪含め体毛が酷く薄い。
腕も脚も、手入れした女の肌より肌触りが良いと思う。
火鉢の傍で、薄赤に照らされる白い肌。
明るい縁側で全裸にされても、意識のない身体はくたりと横たわるだけ。
溜飲と笑いに喉を鳴らし、首筋に鼻先を埋めた。
甘く心地よい体臭。
いい匂いだ、と思う。
すんすんと匂いを嗅いで、左の耳を頬で前倒しに。
耳の後ろの臭腺でさえ、強い匂いはしない。
少し残念だが、肺腑一杯に吸い込んだ。
もぬけの部屋の様な無機質さとは違う、まだ温かい体臭。
目を細め、腕を上げさせる。
益々白い腋に鼻先を近付け、存分に匂いを楽しむ。
が、やはり強い匂いはしない。
生暖かい甘い匂いが鼻先を擽る程度だ。
もっと、鼻を突く鋭い体臭が欲しいのに。
手を上げさせて交互に匂いを嗅いだが、やはり利き手の方が動くからか、匂いが濃い。
もう少し中年になればもっと強く匂いがするかもしれないと浮つきつつ、体温が下がり過ぎないように腕を下ろさせる。
今度は、臍。
可愛いくぼみに鼻先を突っ込んで小刻みな呼吸で匂いを嗅いだ。
が、今度は石鹸の匂いしかしない。
少し石鹸が残っていたのかと思うくらい、石鹸の匂いしか。
残念に思いつつ、脚を持ち上げる。
膝裏・・・・薄い。
靴下脱ぎたての足の土踏まず・・・・余り強くない。
革靴脱ぎたてなのにな、と思いつつ、指を開かせて間の匂いを嗅いだ。
僅かに匂いは濃くなったが、いい匂いしかしない。
幻滅するような異臭の方が興奮するのにな、とますます残念だが、薄い匂いを嗅ぎまくるのも悪くないと思いなおす。
両足の指全部の間の匂いを嗅いでみたが、そう長い事やっていては時間がない。
思い切り脚を押し開き、項垂れた雄に鼻先を擦り寄せた。
が、よく考えたら十傑の襲撃に逃げ惑うイワンは、小水でも個室に鍵をかけてしまう。
上から覗くのもいるが、背中に張り付いて覗きこまれるよりはましなのだろう。
昨今多い男性方の様に、座って用を足してしまうと血風連から聞いた。
しかも、塵紙で先を拭ってしまうのだと。
乾いた小水の匂いを期待した自分は酷く落ち込んだ覚えがあるが、個人の意向は致し方ない。
実際今鼻先にあるものも、相当鼻の良い自分に余り匂いを感じさせない。
が、昨日の夜から今まで全く厠に行かないはずもない。
その事実だけで、かなり興奮した。
わざわざ指で持ち上げ、鈴口の匂いを嗅ぐ。
このひとの男の匂いに、口元が緩んだ。
鼻を鳴らしてたっぷり吸引し、さてそろそろメインイベント。
脚を折らせて晒した窄まり。
見た限り奇麗で非常にがっかりするが、個人の意向だ。
鼻先をくっつけて、犬の様に匂いを嗅ぐ。
排泄物の匂いがしないので萎えそうになったが、代わりに厭らしい粘膜の匂い。
少し広げて皮膚と粘膜の境を晒し、深く息を吸い込んだ。
痛いほど勃起するような、生の匂い。
濡れた肉管を伝い落ちる粘液を妄想しながら、息を荒げて匂いを嗅いだ。
気が済むなどと言う事も無いのに、ましてや足りないくらいなのに。
時間が来る、来てしまう。
次に期待しよう、任務明けで風呂に入る前が良い、そう思って服を着せる。
すっかり溶けてしまったアイス大福を口に入れて飲み下す。
膝に火鉢傍の猫のうち灰色の一匹を乗せた。
硬い棒の目隠しに乗せられて迷惑そうだが、大人しい老猫は黙って丸くなってくれた。
あぁ、起きる気配がする。
次の任務は、いつだろうか。
風呂に入れぬものだろうか。
最低一週間は身体を拭わないでほしい。
目覚めの気配色濃いイワンの頬を撫で、怒鬼は薄らと微笑んだ。
***後書***
超気持ち悪いって人と、同意する人に分かれると思います。100話超えてやっと怒鬼の性癖が判明(悲しい結果に)