【 御主人様のお気に召すまま-011 】
不法投棄、という言葉がある。
臭いモノにはフタ、という言葉もある。
これを合わせると開かずの間、というものが出来上がる。
「・・・・・・ふぅ」
ウラエヌスを整備していたイワンは背のボードでその下から抜け出した。
鼻の頭は勿論、頬にもオイルが付いている。
慣れているのでその独特の匂いに咳き込むと言うような事は無いが、あまり嬉しい状態でもない。
作業用の手袋を外しながら、イワンは周りを見回した。
工具はさほど散らかっていない。
先に機体から掻き取ったオイルや燃料のカスを破棄した方が肺には優しそうだった。
額の汗を袖で拭う。
ワイシャツの上に作業用の上着を着ていたので硬い布が少し痛かった。
取り敢えず大量のゴミを入れたアルミ製の箱を引きずって、イワンはラボの端まで歩いて行った。
ここには海と直結した部分があり、普段は蓋がしてある。
メカニック達は結構ゴミの処分に此処を使っている。
咎める者もいないし、組織の秘密が含まれない一般的な廃棄物なら捨ててもかまわないのだ。
「・・・・・・・・・あまりいい事ではないと思うんだが」
ぼやきながら、イワンは蓋を開けた。
彼は人一倍忙しい身だ。
たかがゴミの重さを計ったり書類を書いて捨てたと報告するのは正直しんどい。
が。
「?!」
蓋をわきに置こうとした瞬間、身体をものすごい勢いで引っ張られる。
声を上げる間もなく、イワンはその中に引きずり込まれていた。
「っ・・・・・・・けほっ・・・・・・」
引っ張り込まれた先は真っ暗だった。
潮とオイル等の臭いが混じってかなり酷い。
だが当然あるはずのヘドロ系のものはなかった。
代わりに・・・・・・
「・・・・・・?」
ヌルッとしてぶよぶよしたものの上に居る事が分かる。
ヘドロよりはましな気もするが、何となく気持ち悪い。
それもその筈、これは欧米人が物凄く敬遠する軟体動物・・・・即ち「蛸」だったのだ。
しかも有害物質をしこたま食い散らかして巨大化している。
ゆうにワゴン車ぐらいはあった。
が、幸か不幸か、イワンは暗がりのせいでこれを見ずに済んだ。
見たら失神していたかもしれない。
何故欧米人はあんなにタコを毛嫌い・・・・いやいい。
兎角、イワンは得体のしれないものの上に居るという認識だけで済んだ。
それはそれで非常に気味が悪いし怖いものだが。
しかしだ。
突然頭の上に乗っかられて黙っている生き物は少ない。
蛸もそうだったようで、それは足を頭の上のイワンに絡ませた。
べちゃ、と吸盤が額や頭を這いまわる。
イワンは鳥肌が立つのを感じた。
あんまりびっくりして声も出ない。
蛸は暫くイワンを撫でまわしていた。
イワンの顔は粘液でどろどろだ。
「っ誰かいないか・・・・っ?!」
思わず上を見上げて叫んだが、蛸にはそれが不快だったらしい。
口の中に容赦なく足を突っ込まれる。
顔を背けても追われて、イワンはこみ上げる吐き気に苦しんだ。
「ん、ぐ・・・・・・・・・!」
思わず噛みつくと、腕を捩じり上げられた。
服を滅茶苦茶に引っ張られて、丈夫な作業用の上着は兎も角、ワイシャツが破れる。
上着は羽織っていただけだったため、暗い中に白い肌が浮かんだ。
スラックスの裾から入った足が、脹脛を伝って登る
下着の中に侵入されて、イワンは力いっぱい身を捩った。
「んんーっ!」
グチュリ、と侵入してくる「何か」に、イワンは怯えた。
見開いた眼に涙が浮かぶ。
粘液を纏ってはいても手加減を知らないそれによる苦痛は大きく、イワンの下半身は半ば麻痺しかけていた。
腸壁に吸いつく吸盤に、吐き気が強まった。
その時。
「イワン!」
「触んないで!」
サロンの外で放たれた酷く攻撃的な声に、ヒィッツが詩集から顔を上げた。
「誰ぞ振られたか?」
「セクハラだったら困るよね」
けらけら笑うセルバンテス。
だが他人事と思っていた皆は、サロンのドアが蹴り開けられた事に振り向いた。
レッドなら分かるが、それは一人の娘だったのだ。
「アルベルト様!」
ローザである。
だが彼女の細い肩が支えているのは・・・・。
「イワン君?!」
意識を失っている様子の彼にセルバンテスが駆け寄る。
が、ローザはその手がイワンに触れるのを阻んだ。
「・・・・・・・・・・アルベルト様に」
その瞳が真剣で、セルバンテスは一瞬の逡巡の後、盟友を呼びに自ら窓の縁を蹴った。
「・・・・・・・・・何があった」
此処までしか運べなかったと小さく謝った娘に、アルベルトが問う。
ローザははきはきと端的に、状況を説明した。
「ウラエヌスのラボに廃棄物の捨て場があります。そこに大蛸がいて、引きずり込まれていました」
「見ていたのか」
「いえ」
ローザの顔が忌々しげに歪んだ。
「C級エージェントが騒いでいました。狼狽えるばかりで何の手立ても講じず」
「・・・・・・・・・・」
目を細めたアルベルトを、ローザが見上げる。
その顔は微妙に頬が染まっていた。
「あの、切り落としてしまったので、入ったままです」
「・・・・・・・・・・・・・・?」
「蛸の、足なんですけれど」
ローザはこの程度で恥ずかしがるような娘ではない。
頬が染まった理由に思い至り、アルベルトは小さく笑った。
「よくやった」
「は、はい!」
イワンを抱えたまま去ってゆくアルベルトを、ローザはほっとしながら見送った。
「ん・・・・・・っ・・・・・・・・」
粘液塗れの服を脱がせる。
イワンは依然目を覚まさないから抵抗されないので非常にやりやすかった。
「ひ、ぁ・・・・・・・・・・・・」
が、身体は嫌悪と快楽の配線が接触不良を起こしているらしい。
嫌がるそぶりを見せるのに、声は甘い。
裸に剥いて晒された、吸盤が目に鮮やか過ぎる蛸の足を咥え込んだ、痛々しくも不気味で尚且つどうしようもなく淫猥な後孔。
さてどうしたものかと思ったが、取り敢えず蛸の足を引き出しにかかる。
が。
「ひぅっ」
・・・・・どうやら物凄く痛かったらしい。
喉を引き攣らせて、ガタガタの肘を後ろ手に、イワンが若干緩慢ながら跳び起きる。
「あ・・・・・・え・・・・・・?」
「ローザが連れてきた」
混乱しているイワンに言い放ち、アルベルトはイワンの上半身を強引にシーツに押し付けた。
イワンに無体を働こうなどと思ってはいない。
ただ・・・・自分が今何を咥え込まされているかをイワンに認識させるのが可哀想に思えたからだ。
「いっ・・・・」
「堪えろ」
慎重に指を差し入れて、吸盤を剥がす。
イワンは怯えていた。
震えていた。
泣いていた。
だが弱音は一切吐かなかった。
目を固く閉ざして、身体を震わせて。
耐えた。
「・・・・・・・・・・・・もういいぞ」
「ぁ・・・・・・・・」
胸を喘がせながら、イワンは目を開けた。
アルベルトがその頭を胸に抱く。
「アルベルト様・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
頭を這う生温かい感覚に、イワンはびくっと体を竦ませた。
だが、それが先程のものとは違うことを理解してほっとし・・・・かけて息をとめた。
「あ、の・・・・・・・?」
抱かれた胸が微かに震えている。
主が笑っているのに気づいて、イワンは恐る恐る顔を上げた。
「貴様は何でもかんでも誘惑して歩く」
「誘・・・・っ?!」
絶句したイワンに笑いながら、アルベルトはその鷲鼻に鼻先をつけた。
「脚を自分で抱えろ」
「っ・・・・・・・!」
「拒む事は許さん」
主の瞳に宿る光に少しだけ怒りの色を認め、イワンはきゅっと喉を鳴らした。
ぎゅぅっと目を閉じて脚を折り、腿の裏を手で支える。
身体に乗りあげられて、イワンはそっと体の力を抜いた。
熱く硬いモノが押し当てられる。
「んんっ・・・・・・!」
身体の内部を犯されている事は同じはずなのに、どうしようもなく幸福だ。
内部を突かれ掻き回されながら、イワンは身体を跳ねさせた。
腿の裏に爪が食い込む。
「ひっ、ひぁ・・・・・・・・・!」
ぐちゅぐちゅと響く音に頬を染めながら、イワンは主を見詰めた。
涙が滲んできちんとは見えないが、ちゃんと自分を見てくれていた。
口づけがないのは仕置きなのだと言う事も、分かった。
何かは分からないが、また自分は失態を犯したらしい。
アルベルトの唇が、こめかみを軽く吸う。
「貴様は・・・・・・・・・」
雄のむせ返るような匂いを感じながら、イワンは背中から主に抱きしめられていた。
葉巻の香りが鼻先を擽る。
「あの・・・・・・・・」
「ローザがお前の肌に赤面していたぞ」
「は・・・・・・・・・・・・?」
全く以て意味が分かっていないイワンに、アルベルトはいつになく意地悪く囁いた。
そう、この男が機嫌を損ねていたのは蛸などと言う下等生物にではなく、ローザを赤面させたイワンに対して。
「貴様が蛸に・・・・・・・・」
「蛸?」
あ。
***後書***
やっちゃったアル様。
珍しくアル様が格好悪い、てかやらしい。
どうして欧米人は蛸をあんなに(以下略)