【 御主人様のお気に召すまま-111 】



「失礼しま・・・・・・」

樊瑞の執務室に一歩踏み込んだイワンは、言葉を失った。

目の前にいる樊瑞は普段通り、まったく普通にしている。

堂々たる風格である必要があるかは不明だが、思い切り堂々と水を飲んでいる。

手には、錠剤タイプの胃薬。

自分の粉とは違う、いや問題はそこじゃなくて。

いつものピンクマントに、いつものスーツ。

まったくもって普通。

なのに、チャック全開。

いや、それだけならいい。

トイレに行って閉め忘れただけという可能性もある。

だが、下着を押し下げて全開のチャックからぼろろんと出ているもの。

自慢なのだろうか、確かに相当な大物だが、いやこんな自慢をされても。

日の光差し込む明るい室内で露出狂と遭遇するとは思わなかった。

そのまま席に着く樊瑞。

何故か今日の机は中間管理職まっしぐらのスチール机。

いつもの重厚な木製は脇に追いやられ、冷たそうな色の金属がど真ん中に。

当然形状は職員室にある事務机なので、こちらからもろ出し状態のものが見えている。

みっともないと言うには余りに堂々としていて、なんだかこっちが間違っている気までしてくる。

客観的に見れば悲しすぎる現実で、ライバルを張る静かなる中条が見たら真似をするかもしれない。

恥ずかしいと鉄扇で顔を隠す呉学人を見たいがために。

しかし、そこは中条がまともなところだ。

呉学人の恥ずかしがる姿が見たいのであって、彼は割合正常だ。

だが、樊瑞はそうはいかない。

見せることに意義があるのだ。

見られて興奮するのではない、見せていることに興奮するのだ。

洗濯物ハンターといい戦いをしそうな変態だが、最近まで隠していた。

隠していたというか、温めて温めて、いつ見せようかと考えては勃起していた。

そして、夜道より真昼間の執務室で露出した方が良いと判断したのだ。

酷く戸惑っているイワンに見せびらかしているという事実。

あぁ、何とも興奮する。

ぴくぴくし始めた男根にぎょっとする顔がなんとも可愛い。


「どうした?」

「いえ、あの」


何かおかしいか、と首を傾げて見せれば、ほっぺたをピンクにしてしまう。

全力ではいと頷けばいいのに、出来ないでいるひと。

力を持ち始めた大きな男根をちらと見て、イワンは仕事を始めた樊瑞に声をかけた。


「あの・・・・・・チャックが開いて、出てしまっておられます」

「何がだ?」


ペンを走らせながら言う樊瑞。

机の上だけ見れば十分素敵なおじさまなのに、机の下が視界に入ると一気に幻滅する。

しかしイワンに幻滅する暇はない。

何とかしないと、誰か来たらこの樊瑞を見せてしまう。

一体幾つ辞表が提出されることか。


「あの・・・・・・」


ペニス、が・・・・・・。

耳まで真っ赤なくせに、俯きは軽い。

視線は逸れているし、言い方が気に食わなかった。


「すまん、中国語か日本語辺りで言ってくれ」


どうもカタカナ語に弱くてな。

世界共通語に近い生殖器を指す名詞を思い切り無視った樊瑞。

イワンの目が泣きそうになっている。


「お、おちん、ちん、です・・・・・・」

「そうか」


内心は堪らんなと興奮して、口ではさらりと流す。

仕事を続ける樊瑞に、イワンが戸惑う。

すると、樊瑞は事も無げに言った。


「今手が離せんのでな、仕舞っておいてくれ」

「仕舞っ・・・・・」


唖然とするイワンに目もくれない樊瑞。

見せている興奮に未だちんぴく中だ。

時折、ももっと動くそれに、イワンは本気で泣きそうだった。

恥ずかしくて仕方がない。

自分が出しているより余程・・・・・いや、それはないが。

兎角、露出して勃起を始めている男根を仕舞えと言われているのだ。

早く仕舞わないと、入らなくなってしまう。

中でテントを張るならまだ何とかなるが、外で大きくなったものを押し込むなんて無理だ。

ぎゅっと唾を飲んで覚悟を決め、樊瑞の前に膝をつく。

頭上から聞こえるペンが滑る音に集中したまま、失礼しますと断った。

そろ、と手を伸ばして掬い上げる。

すると、突然びくびくっと大きくなる。

びっくりして手を引っ込めると、完全に立ってしまったものは鈴口を開閉させながら先走りを滲ませた。

鼻を突く男の臭気に、思わず息が詰まる。

必死で頭を働かせるが、どうすればいいのか分からない。

何とか、萎えてもらわないと。


「・・・・・残月様が、世界から洗剤が消えればいいと仰っていました」

「そうか」


言ってはみたが、まったく効果はない。

だが、イワンもめげない。


「セルバンテス様は、腸内洗浄は廃止すべきだと」

「うむ、そうだな」


同意をもらってしまったが、諦めない。


「カワラザキ様は、妊娠中の女性の胸を弄るのに夢中になった時期があったと」

「そうか、儂も初耳だ」


流された。

妊娠中の女性に悪戯する鬼に動じない!

流産させるような人ではないが、それ即ち絶賛不倫中ということなのに!


「十常寺様は、シスター服の上から緊縛して為さるのがお好きだそうです」

「む・・・・それはどうかと思うな」


やった、と思ったのだが、手の中のものが益々力強くなった。


「シスター服まで着せたなら、緊縛するより輪姦した方がいい」

「っ・・・・・・」


このバチアタリ!と叫びそうなのをぐっとこらえる。

イワンだって神なぞ信じていないが、神を信じて祈る女性を寄ってたかって凌辱するなんて!

主を一途に思うイワンも寄ってたかってセクハラされている事に彼自身が気付かないのがなんとも不憫だ。

重ねられないのが悲しい。


「う・・・・・ひ、ヒィッツカラルド様は、女王様衣装を着せて」

「責め苛むらしいな。Sをしばくのに興奮するのもいいが、儂はもっと大人しい気質のを限界まで虐める方が好い」


暗にイワンのことを言っているのだが、イワンは全然気づかない。

手に勃起した男根を掴んだまま、泣きそうになっている。


「怒鬼様は、身体の匂いを嗅ぐのがお好きで・・・・・」

「うむ、中々いい趣味だ」

「幽鬼様は、相手を精神的に拘束し追い詰めて・・・・」

「あぁ、一度はやってみたいが、精神感応できんからな」

「孔明様は、スパンキングが」

「それもいい考えだ。座れぬほど尻を叩きまくって乗せ、腰砕けにさせてしまうのが何とも言えん。

 下生えに当たる肌の痛みに泣くほどであればなお良いな」

「アルベルト様は、SMがお好きですが」

「認識が間違っておろう。あれは好きなのでなく出来るようになりたいと躍起になって試みておるだけだ」

「うぅ・・・・・・・」


言う事が尽きてしまった。

残っているのは、レッドだけ。


「・・・・・レッド様が」


お前の肌は、子猫と同じだ。

やわく震えて、庇護欲を掻き立てる。

と仰っていました。

思い出して、ちょっと頬が染まってしまう。

あの綺麗な顔で、全然照れないで、それが事実だからと。

甘くもなく、普通に。

でも、後ろから抱き締めて耳に囁いて。

女性でも、まして娘の年でもないのに、俯いて耳を赤くすることしかできなかった。

セルバンテスのようにふざけてくれればいいのに、真っ直ぐな瞳だから何も言えない。

純情なイワンが恥ずかしがっても意地悪をするどころか不思議そうで。

腕から逃げ出したのは、一昨日。


「・・・・・・あれ?」


手の中のものが完全に萎えている。

相当幻滅したらしい。

変態の思考には同意できても、純愛には萎えるらしい。

この機会逃がすまじ、とスラックスの中に男根を押し込み、下着で包んでチャックをじー。

さっさと逃げ出してしまう。

執務室からこの世の終わりのような胃もたれの溜息の音が聞こえたが、放っておいた。

さっさと手を洗って、卵を沢山買いに行った。

任務から帰ったレッドが、いつもの膝枕の後に大量のプリンを手ずから食べさせて貰うのは、また別の話。





***後書***

マント・・・・コートと似たようなもの・・・・コートのおっさん・・・・・よしっ、露出狂属性つけちゃうよ!!(連想が酷い)