【 御主人様のお気に召すまま-113 】



アルベルトは元々はノーマル志向だ。

イワンの色んな姿を見たいとエスカレートしているのは否めないが、基本は普通のセックスが好きらしい。

たまには、初心に戻るべきだろう。

と言うか、久しぶりに普通も興奮しそうだ。

そんな不健康な思いから、ベッドメイクに来たイワンを捕獲。

慌てふためく恋人からは石鹸の匂いがした。

やや残念だとは思うが、某体臭興奮癖の男よりはその趣味が薄いアルベルト。

第一、普通を求めるなら風呂ぐらいは許してやらねば。

頬を桃色にして見つめてくるイワンの顎を掬って、時間をかけて唇をしゃぶった。

涎塗れになっていくのが何とも良い。

自分の体液を塗りつけるのが好きだ。

葉巻の味に戦慄く唇の愛らしさの唇をゆがめて、益々しつこく唇に構う。

ぽってり色づき熱っぽくなってやっと離すと、イワンはくたんとベッドに沈んでしまった。

やけにへたるのが早いが、元々この純情気質だってノーマルな人間だ。

すっかり腰砕けなのだろう。

機嫌が上昇するアルベルト。

一方イワンも、苦しさに胸を喘がせながらとても幸せだった。

甘い甘い、愛撫。

力強く抱かれ、唇を舐めしゃぶられて。

愛されているのを噛みしめられる、心地よさ。

連日の激務でかなり体はきついし、正直反応も鈍っていると思う。

でも、嬉しくて仕方がなくて、思わず手を伸ばしてすり寄った。

抱き返されて幸福感に酔う。

潤んだ目で見つめると、主は酷く格好良く笑って服を脱ぎ捨てた。

露わになる逞しい男の体。

軽く弾む息が抑えられない。

服を脱がされて、それすら気持ちがよかった。

雄をやんわり扱かれ、それで誤魔化すように後孔を解される。

柔らかくなってきたところでゆっくりと挿入され、背が反った。

酷く気持ちが良い。

起ちは甘いが、十分満たされる。

締まりは悪くない筈だから、中を押し広げる男根を感じながら腰を揺らめかせた。

気持ち良くなってほしくて、必死に腰を揺らす。

中を満たす精液に、精液が噴き零れてしまう。

恥ずかしいけれど、気持ちが良い。

が、主は酷く不満そうだった。

確かに、いつもほど全力疾走感はないが、そんなに気に召さなかったのか。

必死に主の意向を知ろうとするイワンに対し、アルベルトは釈然としなさを感じていた。

いつもより、立ちが悪い。

自分はいつでもどこでもビンビンでいける。

が、今日のイワンの精液の量はやや少ないし、薄い。

それが不満だ。

第一、今だって自分の心を探ろうと必死な目で見つめている。

いつもはそんな余裕がない。

涙も少ない、声も抑え気味、実に不満だ。

気を取り直そうかと思ったが、やめた。

いつも通りに可愛がってやろう。

そうすれば、いつも通り乱れるはずだ。

意思疎通が不十分な主従。

結局朝まで変態的なセックスを強いられたイワン。

だが、泣き叫び声をあげても、やはり立ちがイマイチ。

込み上げてくる理不尽な怒りが理不尽とすら気付かずに、アルベルトはぐったりした従者を放りだした。

ドロドロに汚れた体にシーツを掛けて出て行ってしまったのだ。

出すもの出して放り出すなんて最悪だが、起きたイワンは黙ってそれを始末した。

ただただ、主の機嫌を損ねたのが悲しかった。

そして始まる、恒例の悪循環。

放っておけばいいのに、イワンはアルベルトの機嫌の回復を試みた。

媚びるのでなく、しかし機嫌をうまくとろうと頑張った。

なのに、鬱陶しそうにされるばかり。

2日ほどでイワンは焦燥を使い切り、無気力になってしまった。

十傑の世話も仕事もこなすが、主に構ってもらえない時間はただぼんやりしている。

込み上げてくるのは怒りでなく、涙ばかり。

どうにも我慢できなくて、仏頂面の主の部屋を飛び出した。

本部の廊下に、主に見咎められぬ場所に走り、泣いた。

大声もあげられぬほどに悲しかった。

涙を流していると、声を掛けられる。

振り返ると、レッドが驚いた顔をした。

余程酷い顔なのだろう。

笑って謝ろうとするのに、口が引き攣って笑えない。

頭を下げて逃げ出そうとすると、手を取られた。

掴まれた腕を引くと、引き寄せられる。

頬に薄い唇が当たって、涙が吸われた。

ちゅ、ちゅ、と吸われて、少し染みる。

連日泣いてばかりで、頬に小さな赤切れが出来ていた。

ぺろ、と舐められて、今まで何とか堪えていたものが崩れた。

縋って、声をあげて泣いた。

頭を撫でられて、身体を支えられ。

ただただ、泣くことだけを。

すっかり泣き疲れて崩れるように眠ってしまったイワンを、レッドは部屋に運んだ。

衝撃的だった。

あんなに強いひとが、こんなに泣いた。

それはそれは悲痛な声で、大声すらあげられぬほどに神経を高ぶらせて。

ソファに寝かせ、いつもしてもらっているように膝枕をした。

しゃくりが落ち着いてくるのに安堵したが、近づいてくる気配に神経が尖る。

ノックに応えなかったが、勝手に開けられた。


「ありゃ、すっかり懐いちゃって」


どうするの、なんてお気楽に笑っている男の隣に、不機嫌そうに葉巻をかじる姿。

大方お気楽な盟友に連れてこられたのだろう。

だが、自尊心が空より高い男は、従者が自分に常に夢中でなければ気が済まない。

それに二人は気付かなかった。

ただただ、大好きな人に笑ってほしいと思っていた。

誰も、イワンの事を考えていなかった。

笑ってほしいとか、夢中でいろとか。

焦っていた、準備が甘かった。

目を覚ましたイワンが主に侮蔑の視線をもらい、どんなに傷つくかなんて考えもしなかった。


「アバズレが。暫くレッドに媚びているがいい」





あの言葉を受けたイワンは、また泣いた。

だが、それは静かな涙だった。

固まった二人と止める気もない男の間をすり抜け、姿を消した。

聞き及んだ九傑から総攻撃をもらい、呆れ返る策士から嫌みたっぷりにイワンの激務を聞かされたアルベルト。

聞いて初めて口が開いた。

塞がる筈がない。

そんな仕事をこなして自分の世話をし、夜に付き合わされ。

自分の時間はおろか、睡眠時間だって満足にとれもしない。

いつもでないと聞いた。

だが時折あると。

全然気づかなかった。

この十数年の間に一体どれだけ苦しい思いをさせた?

慌てて国警に飛んで行った。

移動中はずっとどうすればいいか考えていた。

甘かったと、思い知った。

行った先には、従者はおらず。

勝手に探しても、聞いても、いない。

本部に帰って手当たり次第探し回っても、いない。

一気に血の気が引いた。

先ずした事は、備品の確認。

これを調べないと、イワンが現金を持っているかも武器を所持しているかもわからない。

身を切り売りされるのが怖い。

処女性も貞操も絶対とは言わない。

それより、恐ろしいのは。

あの優しく純な恋人が身を切り売りしてどんなに傷つくかという事だ。

壊れてしまうかもしれない。

犯されながら発狂した笑い声を立てているかもしれない。

あまりの恐怖に、瞬きも出来ない。

備品を問い合わせた結果、イワンが触れるものでなくなったものは、スーツがひとそろい。

今着ているものだけだ。

着の身着のまま、何も持たずにどこをふらふらしているのかと思うと身体が冷える。

一度冷静になるべきだ、と自室に足を向け、アルベルトは廊下で立ち止った。

窓の外、館の門に。

寄り添うような、人影。

窓を開け、確認する。

身を切るような寒風の中、従者はただこちらを見上げていた。

自分など見ていない。

酷い男など。

ただ、恋い慕う主の、あの言葉を投げつける前の、我儘で尊大な男を幻視のように見つめ。

頬に涙を伝わせていた。

可哀想で可哀想で、そしてどうしようもなく愛らしくて。

窓から飛び出して、走った。

駆け寄って抱きしめ、キスを。

瞬間、手が出た。

怯えた顔で、自分を突き飛ばす恋人。

そしてその行動自体が信じられぬのか茫然と自分の手を見つめ、その場に座り込んでしまった、

一瞬迷ったが、抱き上げて、自室に連れ帰る。

冷たい身体を暖炉の傍のソファに座らせ、温かい茶を入れる。

イワンは一挙一動を怯えたように見つめていた。

いつ触れられるかわからぬと警戒していた。

悲しいどころか自分の情けなさに落胆していると、イワンは小さく体を丸めて向こうを向いた。

それは拗ねなどではなく、拒絶だった。





仕事に出ているイワンは至って普通だった。

だが、アルベルトに触れられるのを酷く怖がった。

触れたくて手を伸ばして向けられる怯えの目に、また手を引っ込めるしか出来ないアルベルト。

だが、とうとう我慢できずに、自室で二人きりの時に抱きしめた。

他意なく、いやらしい思いもなく、ただ抱きしめただけだ。

イワンは激しく暴れた。

最初は押さえつけて抱きしめていたが、あまりの狂乱ぶりに手を離す。

狂ったように引っ掻いて暴れ、意味のわからぬ叫びをほとばしらせて抵抗する姿は凄まじかった。

手を離すと、部屋を飛び出して逃げ出した。

流石に今回は放っておくわけにはいかないと追うが、捕まえればまた狂ったように大暴れするばかり。

とうとうセルバンテスを呼んで取り押さえたが、セルバンテスもびっくりするほどにイワンは人との接触を拒んだ。

触るなと叫んで暴れるのが酷く、絶対に触らないとやわく忍耐強く懐柔し、やっと大人しくなったのだ。

これは絶対に正常な状態でないと医務室に連れて行けば、案の定。

完全に人間不信だった。

それも、不感症のおまけまでついて。

いや、そう言うとやや語弊がある。

セルバンテスが気長に少しづつ話を引っ張りだすと、イワンは素直に白状した。

触られて、感じたら、また言われるから。

あの言葉が相当こたえたらしかった。

アルベルトにしてみれば馬鹿とか阿呆とそう変わらぬあれが、イワンには大変ショックだったのだ。

だから、何も触りたくないと思いつめてしまった。

言葉自体で不感症を引き起こし、言葉に対する恐れで人間不信を起こしているのだ。

セルバンテスがふざけても絶対に触らせないのは強情を通り越して一種異様だ。

潔癖症の嫌悪感よりひどい。

触られることは彼にとって罪科なのだ。

浅はかな自分が如何に馬鹿者かを思い知ったが、アルベルトは珍しく癇癪を起さなかった。

張りつめた精神を和らげる薬も併用しながら、イワンを愛した。

かなり強い精神向上薬を使ったため、イワンは割と早く平常を取り戻した。

だが、今度はアルベルトに触られるのだけを怖がり始めた。

大好きだから、慕っているから、一番感じるのだと。

その可愛くもいじらしい言葉に、苦笑して頬に指先を触れさせる。

それだけで引き攣る愛らしい口元。

ゆっくりと口づけると、嫌がって顔を背けた。

顎を掴んだりはせず、自分が移動して追う。

何度も何度も唇を吸われるうち、イワンはついこの間の、でもとても遠い記憶を思い出した。

あの、甘い愛撫。

愛されている感じがした、あの。

ぽろ、と涙が落ちる。

アルベルトは黙ってそれを吸い取った。

何を考えているかは、何故か分からぬが予想がついた。

寂しい懐かしそうな瞳。

愛に飢えた目。

可哀想になって、何度も何度も口づけた。

精一杯甘く、優しく、心をこめて。

次第に緩む唇の舌を指し入れ、甘い口内を味わって。

抱きしめた。


「・・・・・怯えるな」

「・・・・・・・・・」

「悪いとすれば、ワシだ」


言い聞かせ、強張った体を開かせていく。

解すように肌をさすり、温めるように抱き。

時間をかけて、ひとつになった。

いつもはくねる腰は、揺れるだけだ。

自分のために、揺らしているのだ。

項垂れたままの雄をしごいても、何の反応もない。

奥を突いても、ふひゅ、と苦しげな空気を零すだけ。

骨が軋むほどに抱いて、中に出した。

それにさえ感じないのが、悲しかった。





「・・・・・とかいうことが絶対近いうちに起ると思うんだよね」

アイスのカモミールティを飲みながら、セルバンテスはイワンを見た。

今日は激務で疲れているのを知っているから、盟友のベッドメイクに行こうとしているのを掻っ攫ったのだ。

最初にピッチャーにたっぷりカモミールティを作ってもらって、今は二人でゆっくりしている。

アルベルト様が、と言うから『私の事はどうでもいいの?』と嘘泣きしたのだ。

嘘泣きと丸わかりなのに付き合ってくれる優しいひとが、やっぱり大好きだ。

白い指が結露のついたグラスを包む。

可愛い唇がストローを咥えてお茶をすする。

白い喉の目立たぬ喉仏が、上下する。

やっぱりいいなぁ、なんて思っていると、イワンは席を立った。

そして、セルバンテスの膝に乗ってくる。

しな垂れかかって、身をすりよせて。


「セルバンテス様・・・・・・」

「・・・・・イワン君・・・・?」


酔っているわけではない。

酒のような、くらくらする吐息。

思わず、ネクタイを掴んで引き寄せた。





「・・・・・・何の真似だ」

「うん、超痛い」

額に衝撃波をいただいたセルバンテス。

何製か疑問が残るが、割れてはいない頭。

寝ぼけてサロンで隣の盟友のネクタイを引っ張ってしまった。

たとえ衝撃波をもらっても、髭の盟友にキスするのを止めてくれたのに感激に近い安堵をおぼえた。


「ありがとう、もうちょっとで一生どころか三生もののトラウマうけるところだった」

「あぁ、ワシもだ」


一瞬冷や汗が出た、と言いながら座り直すアルベルト。

いつもなら冷やかす八傑がいやに静かで一点を見ている事に気付き、二人はそちらに目を向けた。


「「あ゛」」


ドアを開けた状態で、固まっているイワン。


「ジャストタイム!!」

「シンキングターイム!」

「ディスイズアペーン!!」


意味不明な囃し飛び交う中、盟友組はイワンに追いすがった。


「違う違う違う!本当に違う!」


必死で首を振るセルバンテスに、イワンはやんわり微笑んだ。


「いえ・・・・・アルベルト様は魅力的な方ですし・・・・」

「そこおかしいから!男としての魅力だよね?!そうだって言っておくれ!!」

「もちろん男性としての魅力ですが・・・・」

「よかった!でもこんな38歳の髭で毛髪量が異様に多い男抱きたくない!!」

「抱く気か?!どちらにせよワシも願い下げだ!!」

「私だってどっちにしろ嫌だよ!私は常に突っ込んでいたいんだ!!」

「貴様は一人二役ボケ突っ込み型だ!省スペース多機能的な!」

「何その一昔前の味の変わるガムみたいな言い方!!」

「ならば言い方を変えてやろう、貴様はガムでなくチューイングキャンディだ!!締りの無さがぴったりだろうが!」

「ちょ、なにそれっ!!何とか言ってよイワン君!!」

「言ってやれイワン!!」


二人してイワンに振る。

イワンはちょっと首を傾げて微笑んだ。


「お二人は、するめいかです」

「・・・・・・あの?」

「はい?」


可愛い笑顔に何も言えない。

イワンにしてみれば、噛めば噛むほど味が出る的な褒め言葉だったのだが、少し天然すぎて無理があった。

盟友組は「・・・・・そっかぁ」で済ませたが、その日の入浴は長かったという。


「イカ臭いのか・・・・・・」

「香水変えてみたんだけどなぁ・・・・・」





***後書***

話が二転三転し、最終的にはおまたのにおいの話という最低な結果に!!