【 御主人様のお気に召すまま-116 】
サロンのスクリーンは日曜7時半から30分使えない。
理由は簡単、レッドが独占しているのだ。
セルバンテスも10時前からやんちゃな将軍モノを見るが、時折寝過ごす。
レッドは前日からサロンのソファに泊り込んでいる。
この気合の違いだが、見る内容。
「天に轟け地に騒げ!探検ジャー参上!!」
・・・・年々悪化していく、戦隊モノ。
彼はそれでも見続ける。
団に入って十傑になってからの習慣らしいが、早起きは三文の徳ともいう。
イワンが片付けを始める事が多いのだ。
花金なんて悪の結社にはないが、何故か土曜が休みに当たる人間が多い。
日曜出勤でも、人数が集まればどんちゃん騒ぎを始める十傑。
仕事もこなすから問題ないが、はっきり言って始末が最高に悪い。
酒瓶が散乱したサロンを、日曜早起きしたイワンが片付けるのはもう当たり前。
たとえどんなに、酔っ払い大虎になった主にいびり倒されようとも、生真面目なイワンは惨状を放置できないのだ。
初めの頃はレッドの邪魔かと8時30分まで待っていたが、その内朝食を作るようになって、一緒に見てみたり。
今じゃ、レッドに膝枕して一緒に朝ご飯。
折り目正しいイワンがここまでなるのに数年かかった。
レッドの気の長さも大したものである。
今日も今日とて、一緒に朝ご飯。
レッドは非常に渋々だが、この日は簡単につまめるものが良いと言っている。
見ながら、手でも食べられるような。
零したり放置するなら子供と一緒だが、そういうところだけは妙にちゃんとしている。
今も、寝転んでというのが難ありだが、膝枕でスクリーンを見つつ、サンドイッチを食べている。
今日は、レッド御希望の納豆サンド。
最初は大変気持ちが悪かったのだが、慣れた。
食べろと言われて我慢して口に入れたのが最初だが、味は美味しい。
レッドからすれば、あの世界最強の缶詰シュールストレミングの方が嫌だと言う。
缶詰の中で醗酵していく魚など絶対に嫌だと。
ちょっと考えてみたが、レッドがよく焼くくさやだって醗酵してつぎ足されていく汁に魚をつけるのに、と思った。
だが、納豆や梅干しが駄目な人もいる。
特に日本食は独特だから好き嫌いが分かれるもの。
それに、ヨーグルトの親戚だと思えば我慢できないでもない。
余談だが、レッドはパン耳がないサンドイッチを嫌う。
耳で中身が出ないようブロックしたいらしい。
そこで、破れると大惨事な納豆サンドのために、完全な耳を用意した。
パン屋で売っている、切り落とし。
怒られるかとも思ったが、出したら大変喜ばれた。
それ以来、日曜の朝は、本部内の開店前のパン屋に行く事にしている。
大変悪いのだけれどと事情を話すと、看板娘は快く了承してくれた。
が、可愛らしいがちょっと変わっているその娘は、新品で綺麗に洗ってあるからとトイレのきゅっぽんを持ってきた。
それを毎回イワンの頭に押し付け、かぽかぽしてはとても喜んでいる。
何でも禿頭が好きなのだが、ふさふさばかり寄ってきて良い感じのつるつるは逃がしてしまうのだと言う。
言っている事はとてつもなく変なのだが、可愛い顔が寂しそうなのでついついそのままに。
毎回かっぽんかっぽんされて複雑だが、嬉しそうだからいいだろう。
と、言う事で、レッド御所望のパン耳サンドが、日曜恒例。
たまに別のものを挟んでみても、文句は言われていない。
もぎゅもぎゅと食べながら戦隊モノを見ている。
『はははっ、正義は勝つ!』
決め台詞と共に、キック炸裂。
レッドはサンドイッチをもぐもぐしながら頷いていた。
なんだか可愛いと思う。
とても優れた能力で、年も10違わない青年だ。
だが、とても子供じみた部分がある。
もう、叶わない昔の夢。
叶わなくても、十分幸せだけれど。
子供が、欲しかった。
サニーもとても大切だ、でも。
男の子が、欲しかった。
儚い苦笑を浮かべ、イワンはサンドイッチを齧った。
苦いのはひき割り納豆だからだと思いたい。
こんなに主に心を割いてもらって、まだ望むなんて呆れてしまう。
縁を切ったとはいえ実の子がいるアルベルトは考えつきもしないだろう。
血を残そうと言う男の本能を仕舞いこんで抱かれるイワンの、小さな願い。
叶わなくてもいいと思っているから表立たないとはいえ、イワンが何も望みを持たないわけではない。
寂しそうな笑みを浮かべた口元。
レッドはそれをちらと横目で見た。
気付いたのは、さっきだ。
CM中に目を上げたら、そんな顔で。
何を考えているかなんてわからない。
察するのは不得意だ。
なら、掻き回してうやむやにしてやればいい。
そうして、また。
騒がしい日常に押し込んでやれば。
「・・・・・お前はハタキで戦え」
「へ?」
「ハタキで戦って、登場は『メカなら何でも扱えます!オロシャのイワン参上!』」
「・・・・・ふふっ」
笑って、サンドイッチを置く。
不器用な心遣いが嬉しい。
髪を梳いて、笑う。
「では、残月様は?」
「貴方の後ろに黒い影、洗濯物ハンター残月!」
「樊瑞様は?」
「裏路地に潜む悪魔、露出狂樊瑞!」
「十常寺様なら?」
「月に代わって緊縛よ、緊縛師十常寺!」
「では、カワラザキ様だったら?」
「現役夜の帝王、ゴッドハンドカワラザキ!」
「怒鬼様でしたら?」
「直系の血にかけて、臭気マニア怒鬼!」
「幽鬼様は?」
「舐めないと興奮しない、ヤンデレ幽鬼!」
「ヒィッツ様なら?」
「切れないのはこんにゃくだけ、真空馬鹿ヒィッツカラルド!」
「セルバンテス様は?」
「見た目は変人、中身は変態、浣腸オタクセルバンテス!」
「アルベルト様は?」
「専攻は帝王学、帝王気質アルベルト!」
「ふふっ」
イワンは笑っていた。
可愛い顔で、笑っていた。
今、笑っている。
なのに、顔にはあたたかい雨が降りかかってきて。
塩辛くて。
段々笑みが崩れて、やっぱり泣いた。
ただ、頬を撫でて拭ってみたけれど、どうしようもない。
髪を梳く指が、震えていた。
何か手に入らぬものが突然欲しくなったのだろう。
この優しい手と涙と、顔を見れば、なんとなくわかる。
つい、口を突いて出た。
「だったら、拵えれば良かろう」
パン屋の娘と話しているのも知っている。
あの娘が、一途すぎるイワンに仄かな思いを早々に諦めたのも。
本気でそうしたいなら、アルベルトからイワンと娘くらい守ってやれる。
黙っていればそうそうばれない筈だし、隠しておけばいい。
自分の庵をくれてやってもいい。
そこに隠して、休暇だけ帰れば。
レッドは確かにイワンが好きだ。
愛と言うならそれは愛だし、愛を求めてもいる。
だが、イワンが望むものを奪って強いることは出来ないのだ。
だから、妻と子と、ついでに自分を愛してほしい。
ついででも良いから、愛してほしい。
アルベルトのもとに居てはイワンはよそ見する暇もない。
女と子供にうつつを抜かし、自分に気づけ。
アルベルトから守ってやるから、自分は処女性にこだわって折檻などしないから。
だが、イワンは泣きながら首を振るだけだった。
アルベルト様がいらっしゃればいいのですと、呟いて。
それは本音だろう。
だが、それで諦められるなら人間などとうに絶滅している。
本能に付随した狂おしい願い。
いつもは隠れているそれは、イワンに牙をむいている。
苦しめている。
可哀想になって、黙って手を伸ばした。
「・・・・・あと数年したら」
私の子を育てるか。
驚いて目をまたたかせるイワンに、レッドは感慨なく続けた。
「私の里は忍の里だ。有能な子を拵えるための親近婚も珍しくない。子が欲しいと言えばいくらでも女のあてはある」
お前のために、男子を拵えてやってもいいのだ。
お前の子でないが、寂しさは埋まる。
レッドの言葉に、イワンは悲しそうに首を振った。
分かっている。
レッドは本気だ。
これはレッドの優しさだ。
だが、彼は分からないのだ。
彼もまたそう生まれたから。
親に必要とされない苦痛が、分からないのだ。
イワンはレッドの顔を見つめ、精一杯笑って見せた。
「私は、皆様のお世話ができれば十分です」
精一杯の強がりに、レッドは自分が何か酷い事を言ったと知った。
だが、初めにアルベルトを裏切って子を拵えろとそそのかした時より悲しそうなのはなぜだろう。
何がそんなに悲しいのか。
自分の子なら、そこそこ優秀だと思うが。
気に入らなければ、処分すればいいのに。
いくらでも、欲しいだけ拵えてやるのに。
レッドの悲しい優しさを噛みしめ、イワンは涙を拭った。
「来週は、何のサンドイッチにしましょうか」
レッドは少し考え、納豆サンドと言った。
***後書***
ギャグから入って、シリアス落ち。意外性だけで進んでいる。