【 御主人様のお気に召すまま-012 】
任務先でアルベルトが負傷した。
イワンは本部で仕事をしていたが、主が帰還したと聞いて医務室へ向かった。
大したことはなかったらしいが頭を打ったと聞いている。
(ご無事で良かった・・・・・)
それだけに安堵しながら、イワンはノックして医務室に入った。
だが、主の瞳は昔よりもっと冷たく。
「セルバンテス、知り合いか」
アルベルトの言葉に、場が凍った。
詳しく調べた結果、アルベルトからは「イワン」だけが抜け落ちているらしい。
セルバンテスがイワンについて説明しようとしたが「B級エージェントの事などどうでもいい」と切り捨てられてしまった。
・・・・イワンはそれを知っている。
だが「何でもお申し付け下さい」と微笑んで傍に控えたのだ。
健気で、健気すぎて。
痛い。
セルバンテスが煩いので人前ではやらなかったが、屋敷の廊下で背を殴られた事もあった。
落としたカップの破片で指を抉られた。
それでもイワンは主の為に献身した。
だがそれは・・・・思い出して欲しい等という甘い感情からではなかった。
彼はそうして己の心を守っていたのだ・・・・・・・。
「イワン」
サロンで言葉と共に投げられた缶コーヒー。
まだ温かい。
レッドはにやにや笑っている。
「コーヒーでしたらお煎れしますが・・・・・」
「要らん。それはお前が飲め」
「はあ・・・・・」
今すぐにと言外に言われて、イワンはプルトップを引いてそれを口にした。
二口飲むと、レッドがいやに真剣な目で見ていることに気付く。
「あの・・・・・?」
「よく温めた醤油など口に出来るな」
その言葉に、ヒィッツが眉をひそめる。
「レッド、お前は何でそう言う・・・・・・」
「まだ気づかんのか」
冷えた声。
「醤油など平然と飲める訳がなかろう。こいつは味覚が機能しておらんのだ」
「「「!」」」
はっと息を呑んだイワンを皆が見る。
「いつからだ?二日前には指から血を流して歩いていたな。痛覚も駄目か。醤油の匂いも分からんか?嗅覚も駄目だな。
第一甘くした缶の細工に気付かん。貴様は死ぬ迄主に仕える気だろうが・・・・・もう」
身体が生きる事を拒否しているのが分かっているか?
「・・・・・!」
セルバンテスは思わずイワンから目を背けた。
彼は優しく笑っていた。
「それでも・・・・・・お側に」
それがイワンの出した答えだった。
それからイワンの衰弱は早かった。
もう胃は食事を受け付けない。
水でも吐いてしまう。
眠ることも少ない。
いつ倒れてもおかしくない状態で、イワンはアルベルトに仕えていた。
十傑衆達は皆心配してくれた。
あの向こうっ気の強いローザには泣かれた。
それでもイワンは微笑んでいた。
それがアルベルトの神経を逆撫でする。
・・・そして最悪のシナリオへと・・・・歯車は回りだす・・・・・・。
「失礼します」
綺麗にアイロンがかけられたシーツを手に、イワンが部屋に入る。
殴ろうが蹴ろうが無視しようが怒鳴りつけようが、怯えもせず微笑んで仕える男は正直頭がおかしいのではないかとアルベルトは思う。
アルベルトにはイワンの身体が壊れかけている事が伝えられていないのだ。
それはイワンが十傑衆達に頭を下げて・・・・・床に手をついて頼んだ結果だ。
セルバンテスや樊瑞は猛反対したし、優しい幽鬼もそれはと渋った。
だがイワンの必死の懇願に負けて、皆折れた。
レッドには馬鹿だな、と言われた。
それでも良かった。
アルベルトの役に立ちたかった。
それでしかもう・・・・・イワンは自分の存在を確認出来なくなっていたのだ。
「・・・・・・・・・・」
立ち回るイワンの脚に靴先を引っ掛ける。
転んで手をついたイワンを見下ろし、アルベルトは冷たい声で命じた。
「スラックスと下着を脱いで四つん這いになれ」
「・・・・・・はい」
主の命令に、イワンは素直に従った。
服を脱ぎ落としていく姿を見ながら、アルベルトは葉巻に火を点けた。
この男に執着している人間が多いのには気付いていた。
レッドなどはそういう目でさえ見ているらしい。
だがこの男は自分についてくる。
それならば自分がこれをどう扱おうと構わないはずだ。
そう思った時に目に入ったものに、アルベルトは眉をひそめた。
内腿の際どい部分に、一枚の花弁。
女が付けるような場所ではない。
この男を女として扱った男が付けたとしか考えられない。
膝をついたイワンに近付く。
紫煙を吐いてふくらはぎを踏み付けた。
「それはどうした」
主の視線の先にあるものに気付き、イワンは僅かに顔を強ばらせた。
だが何事もなかったかのように「ぶつけました」と答える。
今の主にこれをつけたのが貴方様ですと伝える事がどうしても出来なかったからだ。
だがアルベルトはそんな事は知らない。
その手が葉巻を持ち直す。
「ならばこれは消して構わぬな」
「・・・・!」
じゅぅ、と火種が押しつけられる。
皮膚が焼ける嫌な臭いがした。
イワンは目を閉じて耐えていた。
柔らかく白い内腿は痙攣を起こしていたが、彼は悲鳴ひとつあげはしなかった。
左の臀部を蹴り付けられ、前に肘をついた体勢で倒れる。
「男に媚を売る貴様にはこれで十分だろう」
「ぃっ・・・・・・・・!」
濡れてさえいない最奥に入ってくる硬い感触に、イワンは思わず息を詰めた。
ぐいっと押し込まれて、喉が引きつる。
「ほう・・・・・随分慣れているようだな」
嘲笑を含んだ声に、イワンは涙が滲むのを抑えられなかった。
痛々しく震える肩に何故か苛立ち、アルベルトは手にした二本目のそれ・・・・万年筆をイワンの後孔にねじ込んだ。
流石に二本は上手くくわえられずに、ぷつりと音がして血が流れる。
白い脚を伝う赤い流れ。
目に鮮やかなそれを見ながら、アルベルトは机の万年筆をもう二本取った。
手の内でそれを弄ぶ。
「床に血が付いた」
「申し訳・・・・・・」
「舐め取れ」
命令に、イワンは少し身体を移動させて床に口を付けた。
その背後に、アルベルトが近づく。
頭を下げた所為で上がった臀部に、万年筆を滑らせる。
一気に二本押し当てると、イワンの身体が強ばった。
「っあ、あ、ひっ・・・・・・・・!」
力任せにねじ込むと、イワンの身体が前に逃れようとする。
その脚を掴んで引き戻すと、プツプツと肉が裂ける音がした。
血に染まった下半身を一瞥し、言い放つ。
「二度と顔を見せるな」
その時酷く綺麗な音を立てて壊れたのは、イワンの手が無意識に足を払ったランプシェードと・・・・・・・彼の、心だった。
「・・・・・・・何の真似だ」
会うなり頬を殴り付けられ、アルベルトは怒りに目を吊り上げている盟友を睨んだ。
だがセルバンテスは怯まない。
「君はイワン君を何だと思っているんだい?!」
アルベルトの部屋の前で血だらけのイワンが発見されたのは今朝だ。
意識はなく、怪我は惨かった。
後孔は万年筆を噛まされたままだった。
医務室に運ばれたがまだ目は覚まさない。
「イワン君は君の玩具ではないんだよ?!」
「ならば誰の玩具だ?」
嘲笑うかのように発せられた声。
「あれは中々慣れていたようだ。どこの男に媚を売っていた?」
「っ」
セルバンテスの顔が歪む。
それは怒りではなく・・・・・・・。
「・・・・・君が、イワン君を抱いていたんだよ」
時間が、止まった。
「何・・・・?」
「イワン君の故郷があの事故で崩れ去った時、君は彼に手を差し伸べた。・・・・・程なく君達は惹かれあった。
君の我儘な気分次第の態度に付き合えたのはイワン君だけだ。
君がイワン君を好きになるのは自然でも、イワン君が君を好きになるのは正直意外だったよ。
でも君は思いを伝え、イワン君はそれに応え・・・・・・君達は結ばれた」
「馬鹿な」
「なら聞くけれど」
君に付きっきりのイワン君の肌に誰が触れられるんだい?
アルベルトは額を押さえた。
「・・・・・・っ」
「アルベルト?」
酷く頭が痛い。
記憶の断片がフラッシュバックする。
白い脚。
血。
悲しげな顔。
柔らかい笑み。
頬を染めて微笑んで。
―アルベルト様―
「!」
「アルベ・・・・・・」
「・・・・・・イワンは何処だ」
しっかりした「イワン」という言葉に、セルバンテスは息を呑んだ。
「君、記憶が」
「何処だ」
記憶が戻った事にほっとしながら、セルバンテスはアルベルトを伴って医務室に向かったのだが。
「イワン君?」
ベッドの上で一心不乱に花瓶から取った白い薔薇の花弁をむしっているイワンには、もう言葉は届かなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
差し出されたぐちゃぐちゃの花弁を受け取る。
もう何度目だろう。
イワンは花瓶から花を取っては引きむしってぐちゃぐちゃに揉み砕いてしまう。
花が無い時は総てに上の空。
アルベルトが名を呼んだ時だけ反応して酷く幸せそうに笑う。
「・・・・・・イワン」
嬉しげにあどけなく笑う従者の頬を親指で撫でる。
食事を嫌がるので栄養補給は点滴だが、毎日通えばもう屋敷に連れて帰っても良いと言われ・・・・・いや言わせた。
アルベルトは自分が死ぬまでイワンを傍に置くつもりだった。
壊れていようが構わない。
抱けなくてもいい。
イワンが「お側に」と望んだように、アルベルトもまたイワンと共にありたいのだ。
「・・・・・・帰るか」
イワンをシーツごと抱き上げて、アルベルトは優しく笑った。
任務中はローザかセルバンテスにイワンを任せ、それ以外はずっと、アルベルトはイワンを傍に置いていた。
椅子に座ったまま、花を台無しにして戯れる従者を眺める。
不思議と飽きは来なかった。
イワンが望むままに色とりどりの花を与え、それが散らかるのを見ている。
生来の気質からか、イワンは暴れたりしない。
セルバンテスに抱かれて医務室に行くのは若干嫌がるらしいが、おとなしいものだ。
声も殆ど発しない。
唯、食事を取らせようとすると酷く嫌がって逃げ出す。
逃走したイワンを物置の隅で発見するまで二時間も掛かった。
水も嫌がるが、ローザが飲ませようとした折に、変わり果てた友人に思わず泣いた時はおとなしく飲んだ。
優しい彼らしい。
「・・・・・・・・・?」
花を握り締めたまま、イワンが自分を見ている事に気付いて、アルベルトは物思いをやめた。
イワンが花をぽいと放り出す。
「・・・・・どうした」
「・・・・・・・・・・・・・・?」
アルベルトの前に膝立ちになり、手を伸ばす。
その白い手がアルベルトの雄に布越しに触れる。
「・・・・・・・?」
不思議そうに撫でている姿に欲情する。
溜まった欲求に軽く立ち上がっていたのを不思議に思ったらしいが、先も言った様に「溜まって」いる時にそんな事をされるのは正直きつい。
だが嗜めたところで幼子に聞き分けは求められない。
恋人の無邪気な動作に反応を示した雄をさてどうしたものかと思っていると、イワンは小首を傾げて見上げてきた。
それに我慢が利かなくなる。
「・・・・・・・・・・」
「?」
手を取って膝の上にまたがらせる。
少し高い位置から見つめてくる従者の無垢な瞳に、罪悪感と興奮が刺激された。
「・・・ん・・・・・・・」
口づけると少し身体が竦み、小さく吐息を漏らす。
舌を絡ませるたびに身じろぐのが子供っぽい。
「ん」
ワイシャツの釦を外して中に手を差し入れた。
指先で突起を転がすと、身体がひくっと跳ねる。
「・・・・・・・・・・」
「?」
目元を染めながらも、不思議そうな視線は変わらない。
まるで子供と同じ仕草。
それは彼の雄に触れても、最奥をまさぐっても変わらなかった。
怪我も完治していないから痛い筈だが、主の指に血を絡ませながら、そこは柔らかく指を締め付けていた。
「イワン」
指を引き抜いて、スラックスを下げさせる。
自身を取り出して押し当てると、びっくりしたのか下を覗き込んで腰を浮かせた。
その顔を上げさせて口づける。
「ん、ん」
息苦しさに嫌々をする頭を押さえて吐息を奪い、力が抜け始めた身体を支える。
くたりと力が抜けたのを見計らって唇を離し、ゆっくりと腰を下ろさせた。
「ぁ!」
怯えて縋り付き、アルベルトの肩口に顔を埋めるイワン。
身体の中に響く他人の鼓動。
「イワン・・・・・・・・・」
腰を揺すると、イワンが震える。
柔く責め立てると、小さく鳴いた。
何も分からない幼子をいつもの調子で攻めたてはせず、最小限の動きで互いの吐精を促す。
熱を吐き出して意識を飛ばしたイワンを抱き留める。
が。
その肩越しに、酷く機嫌の悪い顔で窓枠に片足を掛けたまま己を睨んでいる盟友を認め、アルベルトは額に手を当てた。
「・・・・・・信じられないね。傷も治っていない上心も真っさらなイワン君を!」
「・・・・落ちつ」
「君何したのか分かっているのかい?!子供どころか子猫に手を出したようなものなんだよ?!」
「喧しい!分かっておるわ!」
「だったら・・・・・!」
「・・・・・・・ん」
イワンが身じろぐ。
だが二人は気付かない。
その時怒りが頂点に達したアルベルトがキレる。
「子猫だろうが何だろうがこやつはワシのものだ!こやつが死ぬまで手放さんしワシが先に逝くなら殺してくれる!」
鼓膜を打った言葉に、イワンの心が熱を持つ。
それは粉々に壊れた心の破片を包み込んだ。
「アルベルト様・・・・・・?」
擦れた声に、言い争いが止む。
「イワ・・・・」
セルバンテスの言葉が終わらぬ内に、イワンは強く抱き締められていた。
「・・・・馬鹿者が」
「・・・・・・申し訳ありません」
不機嫌でいて柔らかな声で言う主に、イワンも柔らかく返す。
「只今戻りました」
引き寄せられて唇を奪われる。
が、それに酔い掛けたときにはっと思い出し、イワンはあわてて身を離した。
振り返ると、にやにやしているセルバンテス。
「イワン君、ちょっとお尻見えてるよ?」
慌てて後ろ裾を押さえたイワンに、盟友二人は声を立てて笑った。
かえってきた日常がどんなにか幸福だと、噛み締めながら。
***後書***
好きキャラが精神的にめためたに傷つくのが大好き過ぎる。
アルベルト様流石にそれはまずい。
バンテスおじさんも言ってたが子猫状態のイワンに手を出すってどうよ。
それは鬼畜と呼ぶべきなのか変態と呼ぶべきなのかわからないんですけど。。。