【 御主人様のお気に召すまま-120 】



「お茶は如何なさいますか?セルバンテス様」

「・・・・・ごめん、イワン君、要らない。っていうか無理」

後ずさるセルバンテスは今しがたサロンに来たばかり。

話を聞きつけてから来た十傑は既に薄気味悪い歓迎を受けて何とか頑張っている。

が、イワン君好き好きやらしい事させて、の幻惑は大変これが堪えた。

目の前で小首を傾げて微笑むのは盟友だ、髭の38歳。

だが、中身は純情可憐な禿頭鷲鼻の33歳。

あんまりだ、何でこんな事になってしまったんだ。

断ってもイワンは優しく微笑むだけ。

見てくれは尊大帝王。

優しい微笑みは確かに格好良いが非常に薄気味悪かった。

偽物というより化物と言うべきだと思う。


「これじゃあ立つものも立たないよ、寧ろ萎える!!」


以下中身の名で話を進めるが、イワンは大変驚いたようだった。


「あの、セルバンテス様はアルベルト様の事を・・・・・?」

「違う違う違う違うから!私はイワン君を抱きたいの!!」


鷲鼻で可愛い、純情可憐なイワン君が!

大声で宣言するセルバンテスに、イワンがうろたえる。


「わ、私の身体は今アルベルト様がっ・・・・・」

「それも違うんだよ・・・・!」


幻惑はがっくり膝をつき、その後立ちあがってソファまで歩いて座り込んでしまった。

どうやらじっくり語る気らしい。


「あのね、イワン君、座って」

「は、はい・・・・・」


膝を揃えてちょこんと座るのが盟友の姿であるのに非常に違和感を覚える。

が、出来るだけ気にしないようにした。


「まず、私が好きなのはイワン君」

「あ、有難うございます・・・・・」

「ふたつめ、いくら私が遊び方が激しくても男はイワン君以外興味なし」

「こ、光栄です」

「みっつ、可愛いイワン君の姿でも、中身がアルベルトの身体には立ちそうにない」

「は、はあ・・・・・」

「そしてよっつめ、私は君を悲しませたくないんだよ」


君を抱いたとして、確かに肉体的には不義にならないよ。

でも、君は心に傷を負う。

主を裏切ったのだと自分を責めるだろう。

それにね。


「10000歩譲って君の心が入ったアルベルトの身体を奪ったとして、君は矢張り悲しむだろう」

「そ、それは・・・・・・」

「悪い事ではないよ、寧ろいつも我慢ばかりの君のささやかな願いだ、良い事だと思う」


アルベルトも女遊びは控えているし、男に身体を許せば君を裏切る形になる。


「君が入ったアルベルトを抱けば、君はきっと壊れてしまうよ」


泣いて泣いて、きっと。

言わないけれど、怖い事になる。

私が世界で一番恐れている事が起きる。


「ねぇ、イワン君」


真剣な瞳に、イワンは少し俯いた。


「私は、君が好きだよ」

「セルバンテス様・・・・・・」


優しく甘酸っぱい空気だが、光景はむさい盟友組の見つめ合い。

気味が悪い。

そこに入ってくるイワン・・・・の姿のアルベルト。

その光景に何の感慨も覚えない帝王は従者の愛にすっかり浸かりきって安心しているのに気付いていない。

セルバンテスに歩み寄る、尊大な仕草のイワン。

そんなのも可愛いと思う8人と、そんな仕草を中身もイワンに戻ってからやって欲しいと思っている伊達男が一人。

ご期待に応え頑張って尊大な態度をとるイワンを、いびって泣かせようと言う男は始末に悪い。

アルベルトが顎をしゃくった。


「セルバンテス、顔の刺青は自分でやったと言ったな」

「え・・・・・うん、そうだよ」


邪眼使いは身体の一部を切り開いて骨に誓いを刻むからね。

それは単に私の出身地方の魔眼持ちがやる風習で、他の地域がやらないって知らなかったからやっちゃったんだけど。

私は一人で幽閉されていたから、鏡で見えて扱いやすい頬骨に刻みつけたんだ。

その傷の上から刺青を彫りつけたんだよ。

全部一人でやったから、あんまり洒落た事は出来なかったんだけれどね。

事も無げに語られる、誰一人知らなかった彼の思い出。

思い出と言うには余りに寂しい。

だが、彼はそれが当然と受け止めていて。

悲しいと知りながら、当然と。

強い人だ。

だから、ほったらかしの大作に構っていたのだ。

袂を分かった今でも、大作とたまに遊んでいるのは黙認。

父親をセルバンテスに殺された大作が、その後初めて連絡を寄越したのは電信で、それも『アイタイ』だけだったらしい。

セルバンテスは一瞬迷い、だが彼に会いに行った。

詰られることも覚悟で、殺されるわけにはいかないが殺す覚悟は無く。

会った時、大作は黙って俯いていた。

セルバンテスは何も言わずにただ待った。

駆け寄ってくる大作に防御は取らなかった。

刺されても知れている。

それに、刺されるくらいでは軽すぎる罪を犯したのは分かっていたから。

大作はセルバンテスにしがみついて泣いた。

吃驚して呆然としていると、更に激しく泣いた。

膝をついて背をあやしてやると、大作は洟と涙でぐちゃぐちゃの顔で『どっちも大好きだ』と言った。

泣きながら、気持ちをぶちまけた。

構ってくれない、誕生日すら覚えてくれはしない父はそれでも好きだった。

いつだって構ってくれて、誕生日にはプレゼントとメッセージカードをくれるセルバンテスはとてもとても大好きだった。

子供は酷く聡い。

それが懐柔でありながら、彼の本当の優しさと知っていた。

それが自分の様な幼少期の寂しさを味あわせたくないという感情からでも、大作にはとても嬉しかったのだ。

愛情に飢えていた彼は、本当にセルバンテスを『家族』だと思っていて。

疎遠な父と、近しいセルバンテスが選べない。

父を奪ったと分かっていながら、嫌いになれない。

セルバンテスは大作の言葉に泣きそうになっていた。

我慢したが、とても嬉しくて涙がこぼれそうだった。

選ばなくていいじゃない。選んだ時に、私をどうするか決めればいいんだよ。

大作にそう言ってしまったのは何故だろう。

もっと上手い事を言えばよかったのに。

でも、本心だから。

後悔は、していない。

それから、たまに会っている。

孔明は呆れていたが、誰も咎めはしなかった。

懐かしさを噛みしめて、盟友を見やる。


「それで?刺青がどうかしたの?」

「ああ・・・・彫ろうかと思ってな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


あった当初は似た者同士で反発した盟友。

互いの容姿をけなし合いまくり、刺青など下品だと言われたのは今でも覚えている。

意味が分からないと見やれば、明るいサロンでサービス脱衣を始めるアルベルト(身体はイワン)

見ていると、従者にも自分にも身体のコンプレックスを感じない帝王は、後ろを向いて振り返った。

セルバンテスの前には可愛い桃尻。

そこに手を当て、セルバンテスを見やるアルベルト。


「戻る前に、アルベルト専用入り口と彫りつけ・・・・・・」

「あんまり我儘言うと、イワン君が入った君の身体犯すよ?」


笑顔が怖くて思わず黙る。

目も笑っているのに底知れぬ恐怖感。

幻惑が溜息を吐いて頭を振った。


「いや、第一ね・・・・・・」


君、私にお尻触られるの我慢できるの?

私は君のお尻触るの我慢出来ない。

そんな事するくらいならイワン君のひとりえっち隠し撮り総集編捨てる。


「セルバンテス様、ぜひ彫りつけてください!」


速攻で、刺青彫られても捨てて貰えるならと判断したイワンが余りに哀れだ。

が、アルベルトはイワンをじとっと見やった。

自分の顔がこんな悪そうな顔を出来るとは知らなかったと思いながら、何でしょうかとお伺いを立てる。

すると、アルベルトは葉巻を取り出し、火をつけようとしてやめた。


「いつのだ」

「え・・・・・?」

「自慰は禁じている筈だ」


しまった、と思ってももう遅い。

後ずさるイワン。

セルバンテスは思い出したら会いたくなった大作少年に電話をかけている。

アルベルトに見やられ、指で3日前と仕草する。

益々つり上がるアルベルトの眉。

そして間の悪い事に戻ってしまう心と体。

怯えきった『これぞイワン!』という顔で後ずさる従者を捕獲する。


「お許しください、どうか、どうかっ」

「許さん。何故そんな事をした」

「そ、それは・・・・・・」


何故って我慢出来なかったからに決まっている。

なのに問い詰められ、イワンは恥ずかしさと情けなさで泣きだしてしまった。

掴まれた手をひいて嫌がるが、執拗に問われる。

イワンはとうとう、全て投げ捨てて叫んだ。


「お気に召すままに振る舞われるのは確かに私は幸福です、ですが、私は人形ではありません!!」


はっとして手を離す。

イワンは激しく泣いていた。

セルバンテスは話が終わって切っていた携帯を畳んで仕舞った。

固まっている盟友を見やる。


「大作くんも何回か博士に言ったね。私は傍仕えに1回。イワン君よく十年も我慢したよ」


勝手に扱われて放り出される寂しさを知っている。

私は貴方の人形じゃない。

嗜好や服装をとやかく言って、こうしろああしろと言って。

こちらが話しかけても「お前なら大丈夫」、こちらを見もしない。

そんな寂しさが分からない男が初めて気付いた。

我慢に我慢を重ねた末の叫びに、愕然と。


「・・・・・・放っておいたわけでは・・・・・」

「・・・・・すみません、取り乱しました」


失言でしたと呟くイワンの目は寂しさを殺そうと躍起になっていた。

それは無意識に『貴方には何も期待してはいけない』という思いを内包している。

服を纏って出て行くのを追って、抱きしめた。

ドアが風で締まる。

誰もいない廊下。

イワンは小さく震えていた。


「聞く事を拒む事は許さん」


耳を塞ごうとする手を壁に押さえつけ、目を合わせる。

小さく首を振るイワンに、何度も何度も繰り返す。


「愛している・・・・・・」


10程も言わぬうちに、イワンは呵責に耐えきれず意識を手放した。

三娘やサニーを裏切らせたのだという思いに押しつぶされて。

自分を思う余りに愛を受ける事を拒絶する恋人。

可愛く、そして。

寂しかった。





***後書***

ギャグから入ってシリアス落ちが最近多い気がする。何だろう、風邪引いたかな?ウイルスって怖い(←)