【 御主人様のお気に召すまま-134 】
社交界については100話ほど前で語ったが。
裏社交界はいくつも存在するわけだ。
そして、今日は久しぶりに。
主従に、白羽の矢が立った。
「ねえ、トレードしませんか?」
声を掛けられ、アルベルトは振り返った。
今回のパーティは、何とも独特の空気が漂っていた。
見目は、前回ほどエグくは無い。
一人ひとり連れ歩く『犬』はみな、多かれ少なかれ服を纏っている。
多頭飼いもいれば、1匹しかつれていないのもいる。
そして、今日は催し。
トレード、と言って犬を交換していき様子を見て、最終的に手元に残ったものが欲しければ飼い主と交渉。
要らなければ、返品だ。
アルベルトは男の連れている『犬』を見てみた。
男はどうもイワンの変わった風貌を面白がっているらしく、連れているのは綺麗な雌犬ばかり。
他を見れば子犬や雄犬もままいるが、イワンのようにぱっと見では何が良いのかよくわからないものは他にいない。
「・・・・・よかろう」
「有難う」
少し考え、落ち着いた雰囲気の女を選んだ。
良く躾けられている彼女は、黙ってついてくる。
「おいで、怖くないから」
茶化すように言って手を伸ばす男に、イワンは黙って連れられた。
一瞬主・・・・今はまだ返品されるかわからないから一応主であるアルベルトを目で追う。
そして、振り返りかけ、やめた。
計算してはいない、それゆえ酷く直向きさが伺え、思わず息を呑んだ。
一瞬、この綺麗ですらない犬が。
酷く、美しく感じた。
歩きながら、男は周りから向けられる視線が段々心地よくなっていた。
あんな変なものを交換するとは物好きな。
そう言われたって全く気にならない。
こんなに綺麗なんだからと悠々歩く。
他は適当にトレードしていたが、イワンだけは手放さなかった。
イワン、とは聞いたのではない。
首輪のプレートだ。
この犬は唖だと聞いている。
実際は十常寺特製の薬で呻き声しか出ないよう喉を強張らせているのだが、男が知る由は無い。
喋らない犬を伴って、歩く。
他のはトレードして交渉したり、兎角始末が終わってゲージの中に返した。
イワンだけは、もう少し連れ歩きたいと思い、バーの方に足を向けた。
「devilをおくれ」
「はい」
バーテンはまだ若い。
主催者の自慢の可愛らしい青年だ。
手際良くカクテルを作ったが、不意にイワンが声を出した。
小さく唸り、首を振る。
どうしたのかと思ってバーテンと顔を見合わせる。
すると、バーテンが小さく声を上げた。
「あっ・・・・・・」
彼が掴もうとしていたのは、白のミントリキュール。
イワンが指差したのは、緑のミントリキュール。
「ご、ごめんなさい・・・・・」
照れ笑う顔は愛らしい、でも、それよりイワンが気になった。
「君、カクテル作れるの?」
「・・・・・・・・・・」
こく、と頷く。
柔く微笑んだ愛らしさに、バーテンも隣の客もぽかんとしている。
犬たちは、嫉妬の目を。
イワンが自然な動作でカウンターに入り、二種のリキュールでそれぞれカクテルを作った。
まったく同じ材料で、リキュールが色違い。
緑で、デビル。
白で、スティンガー。
作る動作は手慣れて優雅。
雌犬しか興味ないのはともかく、両方いける口が何人か興味を示して集まり始める。
イワンは不思議と彼らの嗜好を判断する。
お任せ、何て意地悪を言うと、必ずそれが気に入る様なものを作る。
味の好みはもちろん分かるはずがない、だが、見た目から分かるのだろう。
赤毛の男には、茶目っ気たっぷりで『ロブ-ロイ』を。
英雄的な赤毛の海賊の名を冠す。
なんとも妖しい美女がねだれば『young-kui-fee』を。
女は何とも気に入った様子だった。
世辞といえ、無言のカクテルなら心地よくしかない。
作ったデビルは飼い主候補に、スティンガーは隣の男。
流石に、毒舌家の意味を含むカクテルを差しだされて苦笑している。
そこで不意に、イワンが顔を上げた。
その視線の先には、今の主人。
女と戯れる姿に、ほんのり笑って寂しげに俯く。
その、ぞっとするような憂鬱の色。
主が死ねと言えば死ぬような、忠誠。
恋焦がれる主に手放される自嘲。
余りに憂鬱でぞぞっとする色気。
直ぐにトレードを申し込まれ、断るが食い下がられる。
イワンはカウンターから出て後ろに控えていた。
何とか一時休憩になったのは、30分後。
一度何か飲もうじゃないかと逃げ切った。
同じメンバーのまま、カクテルを。
だが、イワンは今は作っていない。
皆の執着の視線を一身に集めながら、白く優美な指でピアノを奏でていた。
プロ顔負けの技術で、やんわりと微笑んで。
カクテルと音楽という何とも不思議な特技だ。
帰ってきたイワンに、皆色々と話しかける。
勿論喋れぬイワンは柔く笑うだけだが。
少し得意だが、矢張り疲れた。
シガレットを出す。
咥えてジッポを点けようとしたが、その前に火は着いた。
軽く吸っていたところに、何とも上手につけられた火。
視線の先には、白い指と可愛いピンクのジッポ。
何故その色かは不明だが、彼の柔らかい仕草には赤や銀より似合っている。
「・・・・・・・・君は、本当に素敵だね」
視線の先で、犬が柔らかく笑った。
最終交渉に応じなかったアルベルト。
今日はもぐり込んで部下と接触するだけが目的だったから、イワンが視線を集めている間に簡単に済んだ。
視線を集める恋人は、カクテルも、ピアノも、煙草の火も、一つ一つ洗練されている。
元々向いているのもあろうが、自分に仕えて長いのもある。
自慢の恋人が、皆に欲しがられる。
確かに下賤な人間どもだ、だが欲しい気持ちに変わりは無い。
その上、十傑と違って退けるのは容易い。
やはり、恋人は素晴らしい。
最後までイワンを連れていた男は、あっさり引き下がった。
『こんな素晴らしいもの、手放すはずがないからね』
弁えた物言いだ、あの日オムレツを食べた後の盟友の顔を思い出す。
イワンを連れて、ヘリに。
今日はローザも来ている。
彼女は関係ある別任務で、ここからはイワンとローザが交代で操縦桿を握るらしい。
軽い機体で割と自動が多いから、弟子は一念発起して操縦を覚えたと言っていた。
相当従者に迷惑をかけたのは想像に易いが、弟子と従者は仲が良いようだ。
が、生憎の天気で上空が乱気流。
途中までで根を上げたローザから交代したイワンが飛ばしたが、これ以上は危険と頭を下げられた。
構わないと言えば、後部の簡易救護室を開けるから休んで欲しいと。
一夜はこの地で明かす事になりそうだ。
暫く待って行ってみると、片付けられて簡易ベッドには毛布。
弟子はさっきまで騒ぎまくっていたからそういう意味で疲れていようが、任務はそうでもなかったと楽しそうに話していた。
従者は隠しているが、酷く気疲れしている。
元々欲望の視線に心労を覚えるタイプだし、小心者・・・・というより小市民。
抱いて寝たいと思ったが、弟子の手前そういうわけにいかない。
自分も弟子も気にしないし、弟子は面白がるだろうが、従者が。
泣いて許しを請うだろう。
溜息をつき、横になる。
可愛い顔を思い出してぼんやりしていると、ノック。
「アルベルト様っ、お届けものです」
生ものですので、お早めにお召し上がりください。
弟子にそう言われて見やれば、服をいい感じに乱されてデコレートされた恋人が慌てていて。
弟子は引っ込んでしまって、そのうえ向こうで電話中。
不敬罪ギリギリだが、気遣いと知っているから逆に褒めてやりたい。
従者はいやに静かだが、それはもうすぐ抜ける薬が今一番効いているから。
小さなうめきしか出ない、愛らしい口。
本当の犬のようだ。
躾けられて、軽く唸る事しか出来ない犬。
来いと命じると、首を振る。
酷く後ろを気にしているから、もう一度命じた。
恥より命令を取ったイワンは、おずおずとアルベルトに近づいた。
アルベルトに腕を引かれて、前かがみに腰を折る。
「声も出ぬのだ、ワシもそう声を上げる気は無い」
かまわんだろう・・・・。
酷く官能を刺激する男の声。
目の前の白い耳が仄かに染まっていく。
自分の声だけでこんなにも愛らしい反応を返すのが嬉しい。
「イワン・・・・・・」
「くぅぐ、きゅぐ・・・・・・」
喉を引きつらせ、イワンが見つめてくる。
とろりと濡れた瞳に映る自分は、酷く悪い顔をしていた。
今から花を散らさんとする極悪人が、笑っている。
引き寄せ、組み敷く。
救護ベッドは何とか二人を乗せている。
重さに関しては全く問題が無い。
まずは、引き結ばれた唇から。
吸いついて舐め、油断を誘う。
合わせ目に捩じ込まず、何度も舌先で擽る。
薄らと開いても、舌は入れない。
下唇を吸って、甘く噛んだ。
「んん・・・・・・・」
喉を鳴らしてもがくのが可愛い。
相変わらずキスに弱い。
快楽には敏感だが、かなり激しいセックスまで耐える身体。
感触も申し分のない、極上の。
半端になっている服を引きむしって下に散らかし、首筋を伝わせて舐め下ろしていく。
不安げな吐息は、声が出ぬ違和感か。
その分安心させるように、名を呼んだ。
その度に舌先の身体が震え、喜びを伝える。
直向きで愛らしい。
自分にはとてももったいない、良く出来た犬だ。
乳も出ぬ、膨らんでさえいない胸を揉みながら、反対の尖りを吸う。
舐める方が感じると知りながら、吸引の欲望に逆らえなかった。
夢中でしゃぶりついて吸うと、身体を捩って泣き声を上げる。
呻き声でしかないが、完全に泣きが入っていた。
「きゅぅ、くぅ、ぅくぅ・・・・・・」
ああ、ああ、なんとも愛らしい。
我慢がきかない、もっと舌で味わいたい。
色んな所を隅々まで舐めて触って愛し、入れてはいけないところに男根を刺して愛したい。
行為だけ見れば後孔に対する折檻でしかないが、そこに情を伴えば話は別だ。
動物で言うなら交尾だが、生殖の意味は無いからやはりそれも違う。
愛しているから、身体をつなげたいのだ。
口に指なんて言う生易しさでなく、生殖器を粘膜に包まれたい。
従者は自分に突っ込む気は無いらしいし、口で疑似的にさせてもひどく恥かしがる。
そして、後孔を男根で折檻されて、イってしまう。
その顔だけでも、相当感じる。
目の前で見ていれば、軽く扱くだけで足りるくらいに。
身体に対する性折檻が愛ゆえと許されているのが嬉しい。
甘い呻きで喘ぐ恋人に口づけ、下を探った。
舌を小さく吐いて、混ざった唾液を必死に飲む姿。
もう必死でついてくるどころか引きずられるほど遅れがちになり、ぷるぷる身を震わせて感じるしか出来ないでいる。
舐め濡らした指を差し込むと、ぎゅうと締めつけられた。
声が出なくて上手く力が抜けなかったらしい。
宥めるように腹を撫でて、奥に。
指を圧迫する肉は何とも言えぬ淫らさと熱さで、濡れも申し分ない。
指で掻き混ぜると、脚が引きつる。
段々夢中になり、興奮した息子を放り出し、指で悪戯する事に没頭する。
快感に涙を滲ませた眦や、潤みきった目。
赤らんだ頬と、何も音を出せずに開閉する甘そうな唇。
何度も指で中を突き、柔らかい肉壁をなぞりあげる。
腰を跳ねさせていたイワンが、首を振って縋ってくる。
「あ、ぅ、ぇう、あ、ぅあ・・・・・」
人間は聞き取れなかった音を脳内で補完する能力がある。
それは経験と状況などから類推されるためたまに不具合を生じるものだが、今絶対に。
名前を、呼んだ。
突然欲望が抑えられなくなって、脚を押し開いてあてがう。
様子も見ずに突き刺していくと、苦しげな呻きと例えようない幸福の溜息。
乱暴に腰を揺すっても、イワンは甘く鳴いていた。
大好きな御主人様にたくさん可愛がられて、嬉しそうに。
「あら、おかえり。っていうか、朝帰り?」
「・・・・・若い娘がそんな事を言わない」
翌朝主の腕から抜けたイワンは、操縦席に戻った。
ローザはまだ寝ぼけているので操縦は危険だ。
アルベルトは寝ていても揺れぐらいでベッドから落ちはしない。
「あんたもうちょっと休めばよかったのに」
「いや・・・・・アルベルト様をきちんと休ませて差し上げたいんだ・・・・・」
休んでいただきたいとは言わなかった。
その言い回しに微妙に含まれるものを感じ、ローザが苦笑する。
「あーあ、本当に忠犬ね。あたしもそんな男欲しい」
「お前な・・・・下僕が欲しいなら買ってくれば良いだろう」
そうじゃないと言いつのるローザに呆れつつ、ヘリを飛ばす。
「兎角、今日は飛ばすからな」
「ちょ・・・・あんた元々飛ばし屋なのに、飛ばすって・・・・・」
顔に似合わぬ絶叫が上がったが、あの神業飛行では仕方が無いと思う。
思うが、それが普通の操縦者と、ものともせずに爆睡中の男では、同意は得られもしなかったが。
「いやあぁぁぁぁぁ!死ぬぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
***後書***
イワンさんを自慢したくて仕方が無い・・・・私が!