【 御主人様のお気に召すまま-135 】



「君に謝らなければならない事があるんだ」

付き合いの長い盟友のいやに真摯な瞳に、思わず葉巻に伸ばした手を止めた。

灰皿に置いたままの葉巻から、くゆる煙が部屋に薫る。

セルバンテスが、目を閉じて俯いた。


「・・・・・イワン君に、ね」


幻惑をかけてしまったんだ。

とても酷い、幻惑を。

彼の大事な記憶を封じ込めて。

まっさらにして。

偽物の記憶を信じさせて。


「殴るなら、殴ってくれて構わない」


でも、私はもう。

我慢、出来なかった。

疲れたように呟く男に、殴る事は出来なかった。

どんなにこの男が自分の恋人を想っているかは知っている。

愛しているのも、執着しているのも、貪りたくて堪らぬのも。

一瞬で『殴れない』と判断したのは、自分とて同じ穴の狢だからだ。


「・・・・・それで、イワンは」

「連れてくるよう頼んでいるよ」


ドアの外の気配は、従者と弟子。

入ってきたイワンが、ローザを振り切ってセルバンテスに駆け寄る。

嬉しそうに笑い、愛らしい唇が開き。


「おじちゃ!」

「またやったのか貴様はぁっ!!」


考えていたのと全然違う状況に、思わず手が出た。


「殴ってくれて構わないよ!イワン君の記憶だってちゃんと書き変えたんだからっ」

「っ・・・・・・・」


一瞬息を呑み怯むと、セルバンテスは高らかに言い放った。


「イワン君、赤ちゃんは?」

「こうのとりさんがはこんでくるのっ!」


ああ、何て阿呆な盟友なんだ。

この為だけに従者を呼びつけ、仕事を奪って日程を空けさせたのか。

今だって、コウノトリを信じています発言に悶絶して勃起している。

中身だけ子供に戻ったイワンは、嬉しそうにセルバンテスによじ登って膝に座っている。


「おじちゃ、ローザお姉ちゃんは、苺のタルトが好きなんだよ!」

「へぇ、そうなんだ。イワン君も好きかな?」

「ううん、イワンはケーキ食べてにこにこしてるローザお姉ちゃんが好き!」


一瞬気まずい空気。

だが、ローザは素早かった。


「でも、おじちゃはもっと好きでしょ?」

「えっと・・・・・んー・・・・おじちゃもね、大好きだよ」


選べないの、と笑う顔は犯罪級の愛らしさ。

大人の身体でこんなにあどけない顔をされると何とも可愛い。


「ねぇ、おじちゃ。とりさんはイワンにもあかちゃんくれる?」


あどけない問いに、男2人の顔が一瞬曇る。

彼のささやかな願いを握りつぶすしか、自分の願いを叶える術は無い。


「・・・・・いつか、ね」

「じゃあ、良い子で待ってる」


嬉しそうに笑うのが切なくて、見ていられなくて。

ぎゅっと抱きしめて、見ないように。





「おじちゃ、おやすみなさいしにきた!」

アルベルトとの死闘(じゃんけん)の末にイワンを屋敷に持って帰ったセルバンテス。

もし手を出したら去勢されていいですと誓ってやっとお許しが出たのだ。

まぁ、相手が寝ぼけた自分に自信がなかったのもあるが。


「はい、じゃあおやすみのちゅうね」

「ちゅう?」


きょとんとする唇に軽く口づけ、頭をなでる。

戻るまで彼に、甘い夢を、優しくも儚い希望を。


「いっぱいいっぱいちゅうしてると、いつか赤ちゃんが来るんだよ」

「ふーん・・・・・」


そっかぁ、と嬉しそうに唇に触っている彼を微笑ましく眺め、彼を部屋に連れていく。

布団をかけて、もう一度キスをして。

おやすみなさいを。





「おじちゃ、おじちゃはあかちゃんいないの?」

翌日アルベルトに預けられたイワンは、床に座っておとなしく本を読んでいた。

が、この怖そうなおじさんと話をしたいらしい。

しきりに話しかける。

アルベルトはどう扱っていいか分からず問いにだけ答えていた。


「居る」

「おんなのこ?」

「ああ」


イワンはちょっと考えているようだった。


「あかちゃんは、赤ちゃんのお母さんとお願いして、とりさんに連れてきてもらうの?」

「・・・・・ああ」


まともに性教育する気になれなかったので頷くと、イワンは本を閉じてしまった。


「お部屋に帰る」





夕方。

もう一度アルベルトのところに行こうとしていたイワンは、廊下でそれを偶然見た。

綺麗な女性と、アルベルトのキス。

それは内容を聞けば分かる、普段の彼なら聞かずとも。

どうか一度の思い出をと強請られたキスと。

でも、何も知らない子供の頭は、勝手に情報を組み合わせてしまった。

ちゅうしたら子供が来る。

赤ちゃんは、おかあさんと鳥さんにお願いする。

アルベルトおじちゃは、あのひとと赤ちゃんをもらう。

何だか、悲しいと思った。

自分では駄目なのだ。

とぼとぼと帰っていると、声をかけられた。

気分が下降して早足で自室へ向かっていたアルベルトが追いついたのだ。

酷く悲しそうな顔の従者に問うと、今まで我慢していたのか泣き出してしまった。

抱き上げ連れ帰れば、赤ん坊を拵える相手がいるのだろうと。

意味が分からずさらに問えば、むきになった子供は自分だってセルバンテスとの子供が出来るのだと言ってきた。

一瞬で頭に血が上り、イワンをベッドに放り出して電話。

セルバンテスを問い詰めれば、苦笑われた。

キスで子供が出来ると言う戯言を信じているらしい。

さっきのを見ていたのかと得心が行き、電話を切って溜息をつく。


「イワン、接吻では子は出来ん」

「・・・・・・えっ」


じゃあどうするの、と真っすぐに見つめられ、しまったと思ったがもう遅い。

大ぶりな瞳で見つめられては、誤魔化せない。

仕方ないので、服を脱がせる。


「良いか、貴様は男だ、男には突起の生殖器がある」


言いながら、可愛い雄を指差す。


「これを女の生殖器に入れるが、女は孔がありその中にはめ込む」

「・・・・・そんなの嘘だもん」


疑り深いと言うより、適当な事を言われていると怒っている目。


「こんなぷにゃぷにゃしたのはいらないもん」

「・・・・・・・・」


溜息をつき、掴む。


「これを、こうして」

「や、やだ、おじちゃ、いた・・・・・ぁんっ」


軽く扱くと、我慢を知らない身体は直ぐに反応してきた。

蜜をぽたぽた零し、鈴口をぱっくり開いて感じている。


「ゃ、やめて、おじちゃ・・・・おしっ、こ・・・・・」

「そのまま出せ」

「だ、め・・・・・んっ!」


ぴゅっと噴いたものは割と濃かった。

盟友とは寝ていなそうだ。


「これが、赤子のもとだ」


荒い息をつきぐったりしているイワンは聞いているのかいないのか。

でも、やはり色っぽい。

第一、何も知らない従者の初めてを奪ったのに変わりは無いのだ。

気分が高揚して、調子に乗ってしまう。


「ここに・・・・・」

「ゃ、だめっ、そこ、きたないからっ」


嫌がって尻を振るのも誘惑でしかない。

可愛い桃尻を掴んで指を差し入れる。


「あ、あ、あ、お、お尻の中、ゆび・・・・・」

「ああ、こうすると」

「ひぁんっ」


気持ちが良かろうが。

くつりと笑って弄りまわすと、イワンが面白いように鳴く。

可愛い姿と泣き声を暫く楽しんだが、そろそろいいだろう。


「力を抜け」

「ひぃ、ふ・・・・・・っあぐ!」


指を抜かれて息をついた瞬間、手慣れた男はねじ込んできた。

が、イワンは状況を理解した瞬間絶叫して暴れた。


「いゃああっ!おじちゃ、おじちゃどこっ?!助けて、たすけてっ!!」

「っ・・・・・落ち着かんか!」

「助けてぇっ!!」



泣き叫ぶ度に食い千切られそうに締められて大層な痛みだが、中は絡みが最高だ。

後ろからの行為でイワンの顔は見えないが、負担は少ないはず。

取り敢えず簡単に済ませて出し、引き抜いたところで、盟友が突入してきた。

目があった瞬間、殴られた。


「君、最ッ低だね!!」


ベッドから叩き落とされ、カチンときて起き上がって見たものに絶句した。

余りの恐怖に痙攣を起こし、口端には僅かに泡さえ吹いている従者。

呼吸は明らかにおかしなリズムを刻み、うわごとのように助けを求めていた。


「イワン君、もう大丈夫だから、助けに来たからね」


盟友に救護され、意識を取り戻した従者が泣きじゃくってしがみつく姿を見て。

流石にしまったと、思った。





「おじちゃ、あそぼ」

セルバンテスの膝で笑う従者は、2日前から自分の半径3メートル以内に入らない。

イワンの中での認識は、セルバンテスが助けに来てくれた王子様、アルベルトがうそつきの悪いやつで酷い事をする怖い男。

近づきたくもないらしいが、セルバンテスがいれば一緒の部屋にいるくらいはする。


「いいよ、何して遊ぼうか」

「おじちゃは何が良い?」

「うーん、じゃあ、お絵かきが良いなぁ」


分かった、とスケッチブックを取りに行く従者が自然な動きで自分を3メートル避けたのに落胆してしまう。

どうすればいいのか。

悶々としている盟友に、流石のセルバンテスもちょっと罪悪感を感じた。

確かにこの男がしたのはレイプと同義だが、自分にも原因はある。


「ねぇ、イワン君、アルベルトのお膝に乗ってごらん」

「・・・・・・・・・・・いや・・・・・」

「お願い、おじさんのお願いだよ」


優しいイワンは、黙ってアルベルトの膝に乗った。

このチャンスを逃すものかと、アルベルトが食いつく。


「な、何かして欲しい事は、あるか・・・・・・?」


イワンの瞳が、一瞬揺らぐ。

目も合わせず、彼は呟いた。


「・・・・・ちゅうして」


意外な言葉に盟友と顔を見合わせる。

が、キスをすると段々機嫌が直ってきた。

何度も何度も繰り返すと、彼はすっかり機嫌を直して膝から降り、大人しくお絵かきを始める。

やっと機嫌が直った、機嫌が直ってよかった。

そんな思考が浅はかなんて二人とも気付かないままに、2日3日と過ぎていく。

イワンはやけに嬉しそうだった。

特に窓の外を、見ている時。

偶然通りかかった樊瑞が、何をしているのかと尋ねて。

彼の言葉に、時間が止まる。


「あかちゃん、待ってる」


アルベルトおじちゃは、あのひとと赤ちゃんをもらうの。

イワンは駄目だけど、ちゅうはしてもらったから赤ちゃんが来るんだよ。

赤ちゃんと二人で、暮らすの。

如何に残酷な事実かを思い知る。

永遠に来ない赤子を待って幸せそうな彼。

背筋が凍る。

嘘とばれたら、彼はきっと酷く傷つく。

でも、そんな事を樊瑞が知るはずもなく。

キスで赤子は出来ないと言ってしまった。

イワンの手から、カップが落ちる。

苦笑する樊瑞に嘘が感じられなくて。

ココアが、絨毯に染みた。


「・・・・・・そっか」


それ以上何も言わず、泣きもせず。

彼は、部屋を出て行った。





そこで腑抜けた盟友を置いて、アルベルトはイワンを追った。

部屋に帰った従者は、スケッチブックを破っていた。

籠を下げた、鳥の絵だった。

何枚も何枚も、破って。

静かに泣いていた。

抱きしめて、言い聞かせる。

確かに子は出来ないと。

でも愛していると。

恋人も子供も、自分が兼ねるから。

捨てないで欲しいと。

イワンが涙の残るままに、あどけなく笑った。





「・・・・とうとうそこまで」

「黙れ」

何故か裁縫の腕はそのままのイワンお手製の赤子セット。

カエルの帽子、ピンクのよだれかけ。

彼がセルバンテスに強請ったのは、がらがらとベビーベッド。

つまり、現在アルベルトはベビーベッドにみっしり詰まってカエルの帽子でピンクのよだれかけ。

左手にガラガラ。

もう変態とかいう以前の問題だが、これは彼の愛の形だ、いやそういう意味でなく!

イワンは嬉しそうにアルベルトにおもゆを食べさせている。

何とも泣けるが、同時に笑いもこみ上げる。


「おじちゃ、おしめ変えるねっ」

「おし・・・・待て、流石にそれはっ・・・・・」


じぃ、と見つめられ、黙って項垂れ、力なく頷く。

おしめをされていく盟友も若いころに比べて柔らかくなったというか、恋に溺れているなぁと思うセルバンテスだった。





***後書***

最終的な光景は本当、地獄だと思う。