【 御主人様のお気に召すまま-140 】



栄養剤。

それは人類の偉大な発明だ。

締め切り前の漫画家にネタ神様より有難いそれ。

ネーム段階では話が別だが。

そして、仕事明けの十傑。

某作戦の書類整理まで終了し、今夜飲むために。

午後三時現在、栄養ドリンクで乾杯中。





それよりも眠ったほうが良いんじゃないかと思いつつ、イワンは十傑にお茶を入れていた。

十常寺が配り歩く小瓶は、どれも怪しげ。

しかしきちんとした報酬のもと制作されているため、ちゃんとした薬品・・・・らしい。

レッドが受け取って一気するのは、『子供用』の手書きラベル眩しいドリンク剤。

レッドは元々薬品類が効かない身体だが、栄養剤などは覿面に効いてしまうため、子供用でないとテンションが上がり過ぎてしまうのだ。


「ああ・・・・・効く・・・・・・」


言葉は完全におっさんだが、今回は書類整理も頑張った彼。

余りやる気のない仕事を頑張った分お疲れだ。

イワンは少し考え、炭酸水にオレンジピールを僅かに混ぜて出した。

カフェインと一緒にとっては子供用の意味が無い。


「ああ、悪い」


礼を言う時点で相当参っていると見ていい。

まぁ、今夜呑み倒す気概があるから心配はしないが。

やんわり微笑んで頷くと、隣の怒鬼が蓋を開けて匂いを嗅いでいる。

彼のはスナッフ用の匂い型。

彼以外に使う人間がいるのかあいまいなのは、リフレッシュすらしなさそうな変な匂いの所為だ。

今日は何の匂いなのかと思っていると、怒鬼は成分表示を見て頷いている。

幽鬼がそれを見やる。


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・冷蔵庫から発掘した古漬けの匂いらしいな」

「ああ・・・・・確かにそういった感じです」


たまにレッドの冷蔵庫を整理させて貰うと、古漬けがややヤバい匂いを醸している場合がある。

元々変わった匂いの漬物が、馴染みのない国籍の人間の鼻にまで『ヤバそう』と伝える。

それが、可哀想な古漬け。

漬け汁から上げられて半端にタッパーに入れられたために、発酵から腐食に移行してしまったもの。

怒鬼はしきりに瓶の匂いを嗅いでいる。

変わった性癖だが、元気になっていっているからいいのだろう。

彼のお楽しみの邪魔をせぬように、冷たい氷水を置いておく。

その隣の幽鬼は、いつもに増して悪い顔色で瓶を掴んでいた。

手の中の瓶、ラベルは『黒蝮』

赤蝮ならよくあるが、黒。

どう考えても、彼の持ち物の揶揄。

彼自身は気にも留めない、同僚も。

しかしイワンはちょっと恥ずかしいと思っている。

見る度一瞬考えてしまうから。

幽鬼がその思考を読んで蝮を元気にさせているのを誰も知らない。

中身より名前勝ちの逸品だ。

幽鬼の前にはノンカフェインのボトル茶をグラスに注いで、置いておく。


「今回は酷かったな・・・・・」


お疲れモードの伊達男が握りしめるは、『しこびたんD』

自分でするなら女を引っ掛ける伊達男だが、実はたまには想い人をおかずにしていたりする。

初めて十常寺に渡されて目があった時は一瞬火花が散ったが、狸相手に本気で切れたって仕方が無い。

暖簾に腕押しの男だから。

最近は慣れたし、この味も効果も自分にぴったりだ。

徹夜明けでも元気に妄想できる程のクリアな脳内。

興奮剤より効くからギンギンだ。

まぁ、余計侘しいとも言えるが。

疲れた溜息がどちらの意味かすら知らないイワンは、お疲れ伊達男の前にそっとミントティを置いておいた。

そして、一番不安な男に目を向ける。


「・・・・あの・・・・・」


排水は、飲まない方が・・・・。


「いや、十傑はこのくらいでヘバらんよ」


さわやかな笑顔で、手には濁色の液体。

白濁のやや透明なそれは、フローラルな香りを醸している。

そう、柔軟剤の。

洗濯機から奪ってきたのは、洗濯排水。

飲まないでください、医師に相談してください、と書いてある液が混じった排水を、一気。

退治してやった的な笑顔は格好良いのに、何だかひどく怖かった。

排水と洗いあがった洗濯物を合わせれば洗濯物かもしれないが、いや・・・・・。

考えるのは、やめよう。

十常寺に栄養剤を頼まない残月だが、イワンが十常寺に頼んでいるのが中和剤。

界面活性剤で十傑の一人が死んだなんて笑えないし泣けない。

ソーダ味の薬剤をそっと置いて、牛乳を取り出す。

良い具合に冷えたそれを大きなグラスに入れ、氷もストローもなしで、手渡し。

カワラザキの、栄養剤。

栄養剤というより彼の習慣だが、疲れた時には牛乳を呑む彼。

確かに総合的な栄養バランスは素晴らしいし、乳糖の分解酵素が無くておなかがごろごろする人でもない。

イワンもよく牛乳を飲むから、美味しいのはどことか話したりもする。

それと一緒に、お前の乳が飲みたいと軽くセクハラもされるが。

引きが鮮やかで軽いタッチのため嫌悪感を与えない神業だ。

グラスいっぱいの牛乳を一気する豪快さに惚れぼれしつつ、茶の甘さ引き立つ玉露も淹れておいた。

頭を撫でられて、恥ずかしいけれど嬉しくもある。


「はぁ・・・・カワラザキがこんな責務を何十年もこなしたのを尊敬するぞ・・・・」


完全無欠のグロッキー樊瑞。

リーダー責務の過酷さをここ数年で痛感しているが、代わりになりそうなのがいない。

十傑全員が遊び人過ぎるのだ。

たまにとうとうぶっ倒れると、軟弱者と叱りつつ御老体が出陣。

びしびし十傑に指示を出し孔明と渡り合うのを見ると、矢張り自分はまだまだ若造なのだと思う。

自分がやるより明らかに統制が取れていると落ち込むが、それを叱られた事がある。

軍師は仕える主にのみ非を謝る。

他の者にはこれが最善だったと言う顔をする。

これ以外に策は無かったと思っていないと、策も立てられないし戦えない。

リーダーは、誰にも弱音を吐くものではない。

非は認め、新たな方向を提示し、引いていくもの。

反省も弱音も、自分以外に聞かせてはならない。

何とも尤もで、しっかりとした意識だ。

曖昧さが自分にさえない男だからこそ、あの過酷な時代にリーダーを務められたのだろう。

今と違い、能力が混然し、十傑とエージェントの差異が少なく。

今ほど十傑が突出していなかったゆえの、混乱。

孔明の前任の、浅慮。

その時代を駆け抜けるどころか引っ張り、その上子供まで育て上げ。

矢張り、凄いと思いながら。

手にした『幼女の聖水』を飲んだ。

素敵な顔で残念な薬品を飲む樊瑞にも慣れているイワンは、ちょっと考えてジャスミンティを冷やして置いておいた。


「まぁ、樊瑞の性格だからやれるんじゃない?」


私だったら、遊び始めちゃうし。

お花見したいとかプールに行きたいとか言ってどこか行ってしまう男にリーダーを任せる組織があるのかはいささか疑問だが。

とは言え、セルバンテスもやる時はやる。

オイルダラーとしての手腕は素晴らしいし、やんわりしながら真綿を口に詰め込んで締め殺していくのは評判だ。

経営者向けの精神ではある、リーダーには向かないが。

危惧されるのは常識の無さより変態加減だろう。

イワンの尻を追いかけまわして毎日元気なのだ。

追いかけまわされるイワンも毎日激務だ。

何もしていないアルベルトが一番気疲れしている。

元気いっぱいの幻惑は大作少年と遊びまくり、イワンに構い倒し、盟友と泥酔し、過酷な仕事も難なくこなす。

いつもは忘れがちだが、実はとても格好良い素敵なおじさまなのだ。

今も、素敵な笑顔で手にした『浣腸汁』を飲みほしている。

きっと彼がお笑い感覚で見ているAV紹介の表記に刺激されて名前を付けてしまったのだろう。

気合の入った印刷ロゴ。

残月御用達の本部印刷部署は、最近十傑お墨付きと評判である。

幻惑には何か言うと食いついてきて丸め込まれてしまうので、彼の好きな『みっくすじゅーすぅ』を缶でおいておく。

彼が飲む数少ない缶飲料だが、イワンはこの不思議な味に戸惑ってしまう。

変ではないが、やっぱりこう・・・・不思議な味としか。

その隣の主を見ると、葉巻を出しもせずにソファにグダグダ蟠っている。

素敵なおじさまが台無しだが、イワンの純情フィルターを通すと格好良い王子・・・・・否、王様になるのだから素晴らしい。

疲れてしまった王様に、そっと紅茶を。

目があったので、聞いてみる。


「栄養剤をお願いされなかったのですか?」

「ああ」


今夜『イワン汁』を飲む予定だからな。

栄養剤は日に何種も飲んではいかんらしい。

本気で殺してやりたい羨ましい発言。

あれもこれも飲みたいし、ごっくんしてもらうのも良いかもしれない。

妄想甚だしい十傑は元気そのもの。

イワンは頬を染めて溜息をついたが、視線の先に見慣れた瓶を持つ十常寺を見つけて首を傾げた。

十常寺が鼻で笑う。


「自作より、市販品」


第●類ですらない清涼飲料『ちおびた』を飲む十常寺。

心頭滅却とかプラシーボとかいろいろと考えてみたが、それよりも。

変な音がしている、十傑のおなか。

毎度のことながら心配になり、トイレットペーパーを補充しに行った。


「・・・・いつも思うが、薬の所為なのか不摂生なのか分からんな」

「どっちでもいいからっ・・・・ああもう、他のトイレ行ってくる!!」





***後書***

十傑もお腹くらい壊すと思う(残月以外)