【 御主人様のお気に召すまま-142 】



「イワン君、遊んでー・・・・」

春眠暁を覚えなくてとろろんとしたサロンの中、眠たくなりつつ元気一杯の幻惑が強請る。

イワンが苦笑してその目を閉じさせた。

この狂眼の瞼に触れる事が出来る、たった一人のひと。

心地が良くて目を閉じた瞬間、思いついた。


「あっ、あれやりたい!『殿様ごっこ』」


殿様ごっこなんていう遊び、誰も知らない。

だが、幻惑は寝とぼけた頭で必死に説明していた。

どうやら、目隠し鬼の事らしい。

確かに時代劇で目隠し鬼の後に腰元と、ああ、そんな、ご無体な、あーれぇー、というのも見るが。

それを殿様ごっこと括ると良い殿様に怒られると思う。

で、どうやらそれをやりたいらしい。

イワンは少し考えた。

綺麗な着物に身を包む褐色がかった肌のおじさま・・・・んー、悪くない。


「宜しいのでは?」

「ハイ決定!」


すぐさまカワラザキが部屋にダッシュ。

爺様は割と脚が遅い。

腕力は素手でグリズリーと戦えるほどあるが、脚は踏ん張りは利いても早くはない。

・・・・まあ、常人に比べれば非常識に早いのだが。

それが20秒後に帰ってきて、てきぱきとイワンの服を脱がせる。

殿様コスプレでもさせるのかと思ったら。


「えっ・・・・・」


着つけられた、豪奢な着物。


「わ、私が追われるのですか・・・・?」

「えっ・・・・私がお着物着ると思ったの?」

「はい」


お綺麗だと、思ったのですが。

その一言で、幻惑は方向転換。

ついでに言うと、十傑も総方向転換。

イワンの御着物を袴に着替えさせ、自分たちは痛々しい女装。

もう目も当てられない大惨事だが、皆本気だ。


「さあ、目隠し・・・・・したらちょっとあれかなぁ」


じゃ、目隠しはナシ!

勝手にルール改編、イワンはサロンからスタート、アルベルトの部屋まで走る。

途中には十傑が!

はたして無事に辿りつけるのか?!





「鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪」

「えっ・・・・・・」

振り返ると、相当背の高い美女。

結構ごついが、服を上手く着ているので意外と綺麗だ。

伊達男、美女に変身。

黒いドレスはスリットが大胆に入り、しかし丈はロング。

伊達男はムダ毛まで処理を怠らず、逞しい美脚が眩しくも悲しい。

でも綺麗だなぁ、と見ていると、肩を覆う広めのファーで口許を覆うヒィッツ。

軽く、デコピンされる。


「どこを見ている?」

「えっ・・・・あ、ご、ごめんなさいっ」


女性の脚を見つめてしまったように謝るのが可愛くて仕方が無い。

からかってやりたくなる。


「まぁ、そう言うな。お前も元々はノーマルだ、格好だけでも少しはましだろう?」

「そ、そのようなことは・・・・・」


どぎまぎするのが可笑しい。

こんな男の女装に恥ずかしがるのが純情すぎる。

が、イワンはほっぺたをピンクにして拗ねてしまった。


「ヒィッツカラルド様は、容姿が整っておいでなのですから・・・・・」


どうせ、私以外の通りがかりも、誘惑しておいででしょう。

余りにも見当外れの言葉に、思わず口が開いてしまう。

ルージュがきらめく唇がいつもの斜な笑みに歪み、アイシャドウの入った白い目元も歪む。


「お前は本当に、面白いな」


格好だけでなく中身も素敵なヒィッツから、捕まえましたのハンコ。

ほっぺたにちゅう一つ。





次に遭ったのは、無言の和風美人。

だが、ちょっと、いやかなり。

ごつい。

完全に日々武道を嗜む身体付き、血風連によって飾られた身体は、巴御前じゃあ済まないだろう。

がっちり美人だが、イワンは綺麗に女性用の袴を着こなし、薙刀まで持ってがっつり化粧をした男が綺麗だと思った。

こう言うと彼の頭が心配だが、実は見た目かなり綺麗なのは間違いない。

ただ、ごつくてやや男っぽく、凛々しさ有り余るだけで・・・・。

口紅は品の良い赤、袴の朱と相まって華やかだ。

白粉は白い上との境界を曖昧にしつつ、美しい透明感。

綺麗だな、お人形さんみたいだな。

そう思ってまじまじ見ていると、お人形さんが微笑んで首を傾げる。

何だか、頬が熱い。

綺麗なお人形さんに、子供の頃は憧れたわけで。

何だかとても、恥ずかしい。

もじもじして俯くと、顎を掬われ、頬に接吻。

捕まえましたの、ハンコ。





続いては、天岩戸から出陣してきた幽鬼。

彼は悩んだ末、ブラウスとロングスカート。

でも、意外と綺麗だ。

流石に男と分かるが、幽姫でもいけるかもしれな・・・・いや無理か。

彼が意外と普通の服をチョイスしたのが驚きだ。

そして、今回は狙ったわけではない。

ただ、子供の頃、こんな人だったのでないかと勝手に思っていた。

ブラウスは白で、スカートは黒のロング。

何故そう思ったのかすら分からない、モカシンのパンプスで。

ゆうき、おいで。

むかえにきたから。

ほら。

おかあさんよ。

儚い望みをずっと引きずっていたのを、爺様は知っていた。

でも一度だって何も言わなかった。

あの優しい育ての親はきっと嬉しくは無かったはずなのに。

でも、やっぱりそこが爺様だ。

だから、爺様が大好きだ。

少しほの白い顔の、僅かに笑んだ顔。

イワンの視界に一瞬、よく似た面差しの女性が閃いた。

それは願望だったかもしれない、同時に何かの偶然だったかもしれない。

でもきっと、幽鬼の母親は。

こんな服が似合ったのではないかと、思った。

綺麗だけれど、どこか普遍的な感じを受ける彼の女装。

でも、とても素敵だと思った。

少しだけ位置の悪い小さなブローチを直してあげると、軽いキス。

仄かなピンクの口紅が、頬に浮かんだ。





「ああ、来たか」

「こんにちわ・・・・」

「?」

通り過ぎる動きは演技ではない。

自分を酷く気にしているが、どうも。

白昼の残月と、認識していないらしい。

苦笑して、いつもの煙管を取り出す。

そこで初めて、イワンが気付いた。


「え・・・・あっ!」

「ふふっ、そんなに変わったか?」


とても綺麗な女性は、すっきりした薄手のロングセーターに、短いデニムスカート。

ベルトは存在感十分で、脚は紺のトレンカ。

靴は、青系のぺたパン。

ちょっと見ただけでは、単なるモデルにしか見えない。

着方がうまいのか、ごつく見えない。

今時の、でも流行を追い求めたり変わった衣装が好きでないタイプの装い。

可愛いし、洗練されている。


「何人か話しかけてきたが、何とも物好きだ」

「はあ・・・・・・」


生返事のイワンは、まじまじと残月を見つめている。

綺麗な金髪に手を伸ばし、流石に失礼と思い至って引っ込める。

が、残月は笑って手を引き、触らせてくれた。


「地毛だよ。後ろのは付け毛だがね」

「ええ・・・・輝きが違います」


自然に零れ落ちた言葉と、とても嬉しそうな笑み。

もしかして、昔。

故郷が崩れ落ちる前に。


「誰かと、暮らしていたのか・・・・・?」

「え・・・・?」


はっとして、何でもないと煙管を噛んだ。

何を言ったってもう遅いのだ、戻らないのだ。

彼が愛した女性は、良くも悪くも戻りはしない。

知る必要なんて、ない。

綺麗に笑い、イワンにデートを強請る。

が、恥ずかしがって駆けていってしまった。

追いかけて捕まえ、振り返るその頬にキス。


「忘れものだ」





「おお、来たか」

「遅し」

「す、すみません・・・・・」

慣れない衣装で歩いているイワンは、分を弁えて補給ポイントに志願した爺様二人のもとへ到着していた。

冷えたウーロン茶を有難く頂いて、一口。

程良く冷えていておいしい。


「御二人は、参加されなかったのですね」


無邪気な言葉に、視線を交わし苦笑する。


「分が悪し」

「さすがにのう」

「そうですか・・・・?」


ちょっと見て見たかったですと可愛い事を言われ、一瞬迷った。

が、理性がそれを押し留めた。

柔く笑い、イワンを引っ張って頬にキス。

両側からのそれは美女からでなく、年齢不詳の元気な爺様から。

でも、嫌ではなくて、微笑んでしまう。

下心はあっても、笑顔の前では大人しい爺様二人。

ちょっと、休憩。





「樊瑞様っ、お部屋にお戻りくださいっ!」

「うん?」

セーラー服のおじさまが残念過ぎて願い出るが、当人は全く気付いていない。

可愛いおさげをピコピコさせて、サニーに編んでもらったと自慢する始末。

せめて剃るかストッキングを穿けばいいのに、根っこがびょんびょんでた大根ががっつり出ている。

その上何を思ったか丈は膝上。

目が潰れる勢いだ。

だが、イワンは頬を染めて駄目と可愛く叱るばかり。

試しに手を掴んで暑苦しい腿に触れさせれば、はしたないと怒られた。

はしたないと言うか、中身は40過ぎのおっさんなのだが。

しかし、廊下に正座させられお説教開始。

セーラー服のスカートは膝下であるべきとか、巻くとプリーツが崩れるんだとか。

アイロンかけるお母さんは大変なんだとか、寝る時に布団の下に敷いておきなさいとか。

そんなに短くしたいんなら、穿くなとか。

おじさんが喜ぶからそれでいいでしょ!と叱られた。

確かにそうだ、間違っている。

スカートは膝下でないと、脚の形が分かってしまう。

棒のような子供の脚が良いのだ、女の脚はいらん。

プリーツが崩れる?論外だ。

アイロンは確かに大変だし、布団の下に敷いておくのは良い考えだ、寝相はやや心配だが。

そして、穿くなと?

穿かないのは大いに賛成だが、おっさんが寄ってきても嬉しくない。

素直に、謝る。

イワンは頷いてよしよししてくれた。

だが、これだけは言っておかねばなるまい。


「靴下止めは、どうやって外すのだ?」


毛がくっついて、物凄く痛いんだが。

樊瑞の靴下を検分したイワンは、真剣に悩んだ。

恐らく靴下どめののりを知らないおじさまは、小さなボトル一本が一回分と思ったのだろう。

脚の先から、足首の上まで、びっちり張り付いている。


「・・・・恐らく、抜けてしまいます」


ですが、脱毛により露出面が増えるのではないでしょうか。

元気づけるための精一杯の努力の一言に、樊瑞は酷く感動した。

うん、それなら致し方あるまい。

歯を食いしばってびりびり剥ぎ取るおじさま。

涙目のままにやったぞという笑顔でもらったキス。

ちょっと、切なかった。





「えっ・・・・あ・・・・・」

「・・・・・な、なんだ・・・・・」

廊下で遭遇した、美人くのいち。

声ですぐに分かるが、黙っていれば意外と分からない。

身体を幾重にも巻いた忍び装束は、漆黒。

髪と混じる帯状の紐は多量に絡み、暗器の煌めきが時折光る。


「ど、どうせ似合わんというのだろうが」

「えっ・・・・・」

「ふん・・・・参加せんと遅れを取るからやっただけだ」


拗ねてしまった大きな子供は、どうやら綺麗に化けているのを分かっていないらしい。

まあ、自分の容姿なんて彼は検分しないから仕方がないが。

きっと水白粉を塗って油紙を当てて刷いたのだろう。

とても透明感がある、ほの白い肌。

唇はきっと、天然の蜂蜜。

仄かな甘い匂いが鼻腔を擽る。

簡素な化粧だが、とても綺麗だった。

しょげてしまっているレッドを抱きしめ、とてもお綺麗ですよと。

昔、愛した人にしたように。

貴方は、とても綺麗ですよ。

甘く切ない記憶を捕まえ、無理矢理に箱に押し込んだ。

泣いてしまう、駄目だ、泣くな。

でも、やっぱりあの甘い声が耳を擽っていく。

頬を伝った滴に、蜂蜜の香りの唇が触れる。


「・・・・・お前も、綺麗だ」


たとえどんなに、傷ついても。

お前はあまりに美しい。





「待ってたよっ!!」

「お待たせしました・・・・・」

ちょっと赤くなった目元を冷やしていたら、遅くなってしまった。

目の前には、さっき想像した通り、溌剌とした美人。

だが衣装はジプシー系だ。

赤の美しい衣装は露出も多いが裾の閃きもたっぷりで、サンダルの足首に添えられた金糸の紐が美しい。

惚れぼれしながら見ていると、嬉しそうに笑う。

髭もそのままなのに、何だか違和感が無い。

とても不思議な、女装姿。

グロスで艶めく唇は形よく、化粧はかなり濃い。

が、人懐っこさと品の良さで嫌な感じはしなかった。


「ねえ、見て見て」

「?」


鼻歌を歌って、セルバンテスがステップを踏む。

優雅な舞はとても慣れていて、洗練されていた。

初めて見たそれに目を瞬かせていると、笑われる。


「どう?結構いいでしょ?」


大作君にも、見せたんだ。

その言葉に、胸が熱くなる。

彼の大事な大作少年と同じ扱いである嬉しさ。

同時に押し寄せる、切なさ。

優しい彼はそれで良いと言うけれど、辛い恋なんて嬉しいはずが無い。

でも、彼は諦めるくらいなら死んだ方が良いのだと笑うのだ。

手を伸ばし、頬を包んでおでこを合わせる。


「・・・・・有難うございます」


とてもとても、嬉しいです。

貴方の言葉が、貴方の愛が。

嬉しくて、辛い。

嗚咽を堪え震える頬に、そっと。

唇が触れた。





「やっとついた・・・・・」

最終目的地、アルベルトの部屋。

ゴールに設定した以上入室許可は取らなくて良いと言われている。

が、ドアを押しあけると何時間悩んだのか、まだ着替え中。

それも、パンストを履こうと言うところ。

取り敢えず、これだけは伝えなければならない。


「アルベルト様」


パンティストッキングは、ぱんつを穿いてから穿くものです。

知らなかった帝王は、パンティとつくからと思い切り生装備しようとしていた。

樊瑞が見たら真似をしてしまう。

が、どうやら既に何枚か駄目にしているらしい。

これは穿かせないと日が暮れると判断し、イワンはとりあえずアルベルトに下着を穿くよう願った。

素直に穿いた帝王に座ってもらい、かしずいて脚をもち、そっとストッキングをはかせる。

伝線しないよう気をつけつつ、腿まで上げ、立ってもらって、綺麗に。

よし、と出ていこうとすると、捕獲された。


「どこへ行く」


まだ、終わってはおらんぞ。

そう言われ、やっぱり誤魔化せなかったと涙を呑み、待つ。

出来あがったのは、女王様ですらないいつもの帝王。

ブラウスは形が女性物だが、サイズがデカイ、そしてそれにがっつり詰まっている筋肉質な身体。

スラックスも形は女性物だが、脚にはミラクルにフィットしない。

完全に、可哀想な状態。

その上、化粧は見るに堪えないどころか言うに堪えない大惨事。

考えつつ、手直しする。

何とか見れる、我慢すれば、という程度に漕ぎ着け、主に鏡を渡す。

アルベルトはそこそこ気に召した様子だった。

これだけ頑張って気に召さなかったらやけ食いしてしまうが。

ご機嫌の主に押し倒され、女装の38歳(髭)に恐怖体験するイワン。

一番格好良い主が、一番格好良いから。

一番女装が向かないお人だった。





***後書***

誰にでも似合うものじゃないが、誰がやっても良い。それが女装。私も毎日女装(?)