【 御主人様のお気に召すまま-144 】
とある任務の帰り、イワンはヘリを絶海の孤島に降ろした。
理由は簡単、機体に不具合を感じたからだ。
計器の一つが作動していない。
無視しても良かったが、長年メカばかり相手にしていたために培われた『勘』が警鐘を鳴らした。
これは、駄目だ。
何か、不味い事が起こっている。
とある組織への突入メンバーの送りだけ、帰りは別の人間が担当する。
そのため急ぐ必要はないし、今も自分ひとり。
高価な機体を自分などと心中させては組織に損失があると考え、観念して着陸させたのだ。
実際は彼がいなくなる損失がBF団にとって最大の痛手なのだが、彼はそれを分かっていない。
降り立った島は、小さなものだった。
30分あれば散策出来てしまうし、砂浜と僅かな木が生えるばかりの綺麗な島。
逆を言えば、何もない。
もしヘリが駄目だった場合、救援を待つ間結構苦労しそうだ。
取り敢えず、制御盤を開けてみよう。
そう考えていたら、お腹が鳴った。
ちょっと考え、飴玉を取り出す。
大きな飴玉は、セルバンテスがくれたもの。
遭難したら舐めるんだよなんて笑っていたけれど、実際それに近い事になっている。
苦笑いして、制御盤を開ける。
危うく飴を噴きだしそうになった。
「ぎー!」
兎。
いや、非常に可哀想な兎か。
毛がまだらに抜け、ネズミのように見えなくもない。
が、よく考えたら兎は鳴かないし、手を使って遊ばない。
どう優しめに見ても、その生き物は制御盤の中のコードを千切って結んで遊びまくっていた。
「こら」
「ぎっ」
つまみ上げて砂浜に降ろすと、彼はきょとんとして、次いで怒りだした。
まるで当然の権利を侵害されたように怒っている。
イワンは普段から十傑のおもりで鍛えられているため、動物や子供の行動で怒ったりはまずしない。
やったところで無意味だ、分からない事を言っても仕方ない。
分からせたければ、気長に教えるべきなのだ。
まさにおかあさん気質だが、イワンはそれに気づいていない。
制御盤に頭を突っ込んだが、やはり駄目そうだ。
備え付けられた救援信号を発信し、制御盤を締めようとしてやめる。
どう控えめに見ても、この機体は中をごっそり換えないと駄目だろう。
悪戯っぽく笑って、禿兎に目をやる。
「内緒だぞ?」
「ぎ?」
「ふふっ」
つまみ上げ、制御盤の中に入れてやる。
彼はまたきょとんとイワンを見つめたが、直ぐに中を破壊し始めた。
それはもう、嬉しそうに、無邪気に。
可愛くて可笑しくて、飽きもせずに見ている。
小さなそれは、かなりパワフルに暴れて回っていた。
すっかり中を破壊する前に日が落ち始めたので、一度離れて、機体に積んでいる野営用の固形燃料を出す。
傍の砂浜で火をつけ、機体に戻って禿兎を摘まみ上げる。
「ほら、おいで」
「ぎー?」
夜は矢張り僅かに寒い春先。
焚火の前に座る。
温かな火に当たっていると、禿兎がまた機体に戻っていった。
苦笑するが、程なく戻ってきてしまった。
不思議に思っていると、彼は小さなボロ袋を引きずってきた。
開けて取り出したのは、何故か昔の空軍のフライトジャケット。
どこの国かも分からないほど年季が入った、とても小さいもの。
彼はそれをイワンに差し出してくれた。
嬉しいが、流石に着れない。
有難うと言って、膝にかける。
すると今度は、中に頭を突っ込んで探し物。
出てきたのは、キャンディ。
大玉で、恐らく苺味。
中には二つ入っていたようで、一個差し出してくれた。
もう一度礼を言って、口に入れる。
甘酸っぱい、苺味。
小さな禿兎は、身体に対して結構な大きさの飴玉を嬉しそうにごりごりやっていた。
すっかり食べてしまったから、ちょっと考えて持っていた檸檬味のを差し出してみた。
禿兎が嬉しそうに食べ始めるのを見ながら、そのほにょほにょの薄ら禿げた体毛を撫でてやる。
飴を食べながら、それはイワンの膝に移動した。
ちょんと座って、腹にもたれて飴を。
何とも可愛い。
威張って飴玉を食べ、お腹がいっぱいになったらうとうと。
温かなそれを膝に乗せたまま、イワンもうとうとし始める。
波の音が、心地よい夜だった。
次の日、固形食糧と水を少し摂って、また禿兎を制御盤にぽい。
覗いて笑っていると、何か気配がした。
さっと拳銃を取り出して身構えるが、何もいない。
緊張しながらそっと脚を踏み出す。
その瞬間、脚を掬われひっくり返った。
砂浜が盛り上がって小山のようになり、砂がざらざら流れ落ち。
何かが、いる。
「っ」
発砲したが、硬質な音を立てて跳ね返された。
砂宿借。
この辺りに、例の惨事の後から出没し始めた大ヤドカリだ。
それがシズマドライブと関係があるかは賛否両論分かれるが、兎角これは大変丈夫でタフな生き物。
おまけに、脚がハサミの間に引っ掛かってしまった。
大きな身体のはさみには人間から見ても隙間があり、上手くそこにかかったのだ。
もし綺麗に合わさる部分だったら、切断されていただろう。
冷や汗をかきながら、蹴りをお見舞いする。
当然この硬い殻に効くほどの威力は無いが、やらないよりはましだ。
が、もう一方のはさみが近づいてくる。
ばらばらにして食べる気らしい。
もがくが、脚は外れそうにない。
一瞬主の顔が過ったが、振り払った。
まだ死ねない、あの方を一人になんて出来ない。
脚を折る覚悟で蹴りを準備すると、ひゅっと目の前を何かが横切った。
そう間をおかず、ヤドカリが激しくもがき始める。
放り出され、受け身を取って砂浜に転がる。
呼吸を整えながら見ると、ヤドカリの色んな所から薄緑の体液が滲み始める。
その内に動かなくなった。
生きてはいる様なので、後ろから殻の中に拳銃を突っ込み、数発発砲。
完全に絶命したのを確認し、声をかける。
「もう、いいから」
「ぎ」
出てきたのは、例の禿兎。
彼は機械と同じように、殻の中で大暴れして助けてくれたのだ。
「有難う、助かった」
「ぎ」
頑張った彼にもう一個、檸檬味の飴玉を。
こびりつく緑の体液を拭いてやり、また制御盤に入れてやる。
「遊んでおいで」
逞しいイワンは、レッドから貰った護身用出刃包丁でヤドカリを解体して、調理してしまった。
大丈夫、ヤシガニと一緒だし、火を通して赤くなったら食べられるから。
そういう大胆な考えと類稀なる度胸のもとに、巨大なヤシガ二をひたすら消費。
禿兎は、茹で汁を好んで飲んでいた。
救援が来るまでの一週間をのんびり過ごし、禿兎はBF団最新ヘリを心行くまで破壊して堪能。
もうすぐ着くと電波の悪い無線で連絡され、禿兎にさよならを。
彼は少し寂しそうだったが、イワンを大層気に入っているらしく、空軍ジャケットをくれた。
少し考え、時計を見る。
確か、針と糸はあったし、解体していい服も・・・・。
「ちょっと、待ってくれるか?」
後日、イワンは新聞を見て笑ってしまった。
某国上空で起こる、機械の不具合の話。
新聞の一面で得意げにふんぞり返る禿兎のような姿。
高速飛行中の硝子越しに、戦闘機の翼に座っている彼のフライトジャケットの形は、BF団のもの。
背中にピカピカの小さなリュックを背負って、中から少し見えるのは黄色い飴玉。
ああ、そうか。
グリム童話の妖精の仕業と飛行機乗りたちがこぞって話し、フレムリンビールを呑んで笑いあう。
彼こそが、今を生きる悪戯妖精。
グレムリンだったのか。
何だか嬉しくて、新聞を切り抜いて。
可愛い禿兎の写真を、写真立てに入れておいた。
写真を隠さないよう彼がくれたジャケットをかけ、すっかり修理された例の機体の中にはこっそり飴玉を。
グレムリンよけでなく。
彼のおやつになるように。
***後書***
上空3000m以下に出現するのがグレムリン。それより高いところはスパンデュールと言って区別します(無駄知識)