【 御主人様のお気に召すまま-145 】
「貴方に言いたい事があるの」
真昼間のサロンに現れた亡き奥方は、愛らしい顔を苦悩に歪めていた。
「もう、我慢できない。貴方は絶対に間違っているわ」
「・・・・・・・・またその話か」
一応聞く姿勢を見せるアルベルトに、三娘が真直ぐな目を向ける。
「大きければいいってものじゃないのよ」
「・・・・・別に拘りは無い。だがお前に同意は出来ん」
非常に何の話か分かりにくい。
アレの話かとも思ったが、それにしてはちょっと返事がおかしい。
疑問に思ったセルバンテスが、聞いてみる。
「何の話?」
「「良い身体の話」」
「おっぱい?」
さらに問うと、三娘は頷きアルベルトは首を振った。
二人の間に火花が散る。
「いい?おっぱいが大きくて、お尻が大きい、それって安産型ってだけだわ」
「乳、尻、太腿はボリュームが無いといかん」
「何言ってるの?おっぱいもお尻も人の好みなの、でもね、脚はそれじゃ駄目なのよ」
「細いばかりの脚は好かん」
「私もよ。脚は旬のハマチの如くぶりっとしてなきゃ駄目なの!!」
言いきった三娘に、アルベルトが片眉を上げる。
「ハマチとは大きく出たな、足元を見て見ろ」
アルベルトの挑発を、三娘が鼻で笑う。
「私はししゃも脚よ、貧相な。でもウエストが自慢なの」
「まあ、悪くはない。全てはバランスだ」
その言葉に、三娘がにっこり笑って首を傾げる。
「あらぁ、鏡で全身ごらんになっては?」
アルベルトの眉の端が引き攣る。
「・・・・・筋肉だ」
「そうね、鳩の胸肉美味しいものね」
ぴきーん。
空気が凍り、両者の間に雷鳴が走る。
アルベルトが立ち上がり、三娘をまじまじ見る。
「まあ、あれだ。まな板どころか洗濯板の胸も悪くはなかった」
びきっ。
「貴方のウエスト、私も危機感を感じる締まりだもの。男性だから確かにしっかりはしてるけど・・・・頼りないわ」
むかっ。
「桃が理想のところ蜜柑尻のお前に言われたくはない。青蜜柑の蒙古班は消えたのか?」
一触即発の二人。
だが、次の言葉で突然急展開を見せた。
「肉質が柔らかいのは駄目なのよ、私はぽよぷよでそれなりに良かったかもしれないけど、いい身体じゃないわ」
「好きずきと言っておろうが。それはそれの良さがあるのだ。だが良い身体ならやはりむちぶりっとしておらんとな」
頷きあい、さらに話が進む。
「貴方の希望がちちしりふともも、私は脚。総合すると、スリーサイズの誤差と足回りが・・・・・」
計算機引っ張り出して二人で計算し始める。
紙を探してきて書きこみ、下書き。
二人で話す姿は何だか仲の良い友人のようにも見える。
「できたっ!」
「貸せ。持ちにくかろう」
広げられた模造紙は壁に貼られてしまった。
そして、今度はそれを参考に大量の写真を引っ張り出す。
女子諸君は知っていると思うが、頭と上半身、下半身が切り分けられた冊子のぬり絵を御存知だろうか。
要は、着せ替え出来る塗り絵なのである。
今でもたまに見かけるそれの如く、「胸」「胴」「尻」「脚」に分けられた写真の山。
引っ張り出してああでもないこうでもないと照らし合わせ、最終的に二人のお気に召したものが張り出された。
全てC級エージェントの写真だから、全員全身タイツ。
しかし、貼り合わせたそれはどこかで見たような身体になっている。
十常寺がそれに近づき、定規とメジャーを取り出した。
「露特工、此処に」
「は、はい」
ちちしりふともも!と叫んでいた夫婦にお茶を渡し、イワンは十常寺に駆け寄った。
十常寺は写真を定規で測り、ついでイワンの身体を計測。
そして計算機を操作し、頷く。
「露特工の身体付きと、誤差2%」
「ああ、矢張りな」
得意げなアルベルトは兎も角、キュンキュンしている奥方は如何なものか。
そう思っていると、三娘がはふっと溜息をつく。
「魅惑の身体って、素敵・・・・・」
ね、ちょっと見せて!
そう言われ、ぎょっとする。
今より見せろという事は、脱げというのに他ならない。
「い、いけません、奥方様が・・・・・」
「どうして?私の身体も触らせてあげるから!」
益々どうしような状態だ。
まるでヘレンケラーの髪切り事件のように「私も触っていいから!」と無邪気な奥方。
その頭を、アルベルトが小突く。
「やめんか」
「なぁによう」
「貴様もイワンもワシ以外に肌を晒す事は許さん。どちらもワシの物だ」
「はぁ・・・・まさに帝王よね」
呆れたように、でもちょっとだけ嬉しそうに笑って、三娘はイワンに抱きついた。
「ねえ、寂しくなったら遊びましょうね」
ネコ同士にゃんにゃん遊ぶくらい、浮気じゃないもの。
「洋服着てたって、いいのよ?」
笑顔は愛らしいのに、しっぽが尖がっている気がする。
アルベルトが葉巻に火をつけた。
「こやつも大概手癖は悪いぞ。男でも女でも、食い散らかして歩く」
「何よ、私は手だけだけだから良いの!」
ゴットハンドがもう一人でてきそうな気配。
どれだけ手癖が悪いのか。
「女の子は可愛いし、イワンさんも可愛いし、そろそろ春だし、良い時代よね!」
「話がおかしいぞ」
「いいんですー」
笑う三娘が、イワンの頬を包んで顔を合わせた。
「苛められたら、呼んでね」
直ぐ助けに来てあげるから、我慢しちゃだめよ。
愛らしく過激な女性がアルベルトに似合う理由が垣間見えて、皆苦笑を禁じ得ない。
イワンは柔らかく笑って、頷いた。
「大丈夫です、それもアルベルト様のお気持ちですから」
でも、どうしても我慢できない時は。
「お菓子を作って鬱憤を晴らしますから、是非食べにいらしてくださいね」
「ふふっ、楽しみにしてるわ」
嬉しそうに笑って、三娘は日光に溶けるように消えた。
アルベルトがイワンを抱き寄せる。
「・・・・・浮気は許さんぞ」
「はい」
明るいサロンにも、出てくる幽霊。
蜜の夜にも、箪笥の陰に暗視スコープ装備で座っていたりするのかもしれない。
***後書***
ちちしりふともも、と叫びたい(君が好きとかじゃない)