【 御主人様のお気に召すまま-147 】
孔明は新しい医療ポスターに目を通していた。
爽やかに微笑む怒鬼が、三節昆を担いで風に髪をなびかせる姿は確かにかなり格好良い。
だが、大きくプリントされた文字は『身体香る丸薬、金犀丸!』である。
何も知らない娘達は喜ぶかもしれないが、性癖を知っていると全く買う気にならない。
この男は花の香りより蒸れた靴の臭いを愛する男だから。
黙ってそれを置き、次のポスター。
幽鬼が爽やかに微笑んでいる。
何があったのか心配なくらい爽やかだ、きっと相当無理をしている。
そう思ったが、思い直した。
もしかしたら宣伝している薬を服用したのかもしれない。
見出しは『気持ち良くなる粉薬』だ。
原材料から精製まで、BF団薬剤チームが開発した素晴らしい薬品、断じて脳がやられる違法薬物ではない。
まぁ、新薬だからその内違法になる可能性もあるが。
早い話が精神向上薬なのに、幽鬼が爽やかに笑んでいるだけで効果が途方もなく誇張されている。
実際は想い人に髪を梳かしてもらってご機嫌なだけかもしれないのに。
溜息をつき、次のポスター。
レッド。
仮面をつけていても相当格好良い事が分かる彼の顔が大写し。
これはきっと盗難に遭うと思った。
タイトルは『おねしょに一発、鶏冠シップ!』
彼がおねしょというより、彼は容赦なくこれを張って回るというイメージ戦略だろう。
鶏のぴらぴらに質感から色まで一緒のそれを、子供の口に突っ込んで上あごに張り付けたって平気な男だ。
子供に厳しいのでなく子供と同じ精神構造だから、対等に苛めてしまう。
ガキ大将より性質が悪い男は、よくサニーと本気で遊んで罰ゲームをさせている。
サニー嬢が小さな手をそっと開いた中から、丸まっていたのを解放して這い出てきた大量の団子虫。
くすぐったいと笑う可愛い顔に一番驚いたのは誰だろう。
間違っても実父ではないが、おじ様二人はかなり驚いていた。
頭を振ってそれをめくると、大写しの怪しい仮面。
仮面組を連チャン仕掛けにする鬱陶しさは何とかならないだろうか。
どちらも素顔が美丈夫なのが益々腹が立つ。
仮面の残月の右には、縦書きでニキビ薬の宣伝。
イワン以外にまともに素顔を見た事のない男は、一応十代、そして美形。
ニキビには間違っても縁がなさそうだし、ニコ中の男にはビタミン剤の宣伝の方が似合っている。
が、十代の者にとっては矢張り共感が得やすいかもしれない。
洗濯物ハンターでも、異物挿入に大興奮しても、怪しい仮面でも、学帽被って煙管でも。
イメージ戦略に一番効果を奏しているのは、美形のミステリアスな最年少十傑という事実。
どうせこの男は結婚できないだろうし、離婚の裁判の前に寝取った寝取らないで同僚ともめそうだ。
『貴方の肌も洗いたての洗濯物の如く!』という見出しにこの男はどれだけ涙を呑んだかという事を考えると、少しだけすっとした。
もう一枚めくると、伊達男の色気溢れる立ち姿。
単純に真空派という能力の彼は軽んじられて見られるが、それ以外の部分を合わせれば、けして十傑最下級という事はない。
人の心を擽り、乙女心を惑わせ、舌先三寸も使わずに人をきりきり舞いさせる。
簡単にではなく、彼も入念に立ち回る、それ故隙の無いチェスのように人間が動き、彼はその間を歩き回っている。
作戦の司令官としても抜かりなく、書類もきっちり仕上げ、期日も出来得る限りは守る男だ。
スタイルを崩したくない、格好をつけたいという思いでも、あれだけやれれば大したものだ。
そんな彼が宣伝するのは、ニコチンパッチ。
実は喫煙する、ヒィッツカラルド。
相当苛々していたり煮詰まっていないと吸わないが、一度始めるとチェーンスモーカーに。
一本二本から20、30、灰皿から溢れても知らん顔。
当然だが、話しかければ指パチの刑だ。
イワンがてきぱき手伝って、仕事を終えたヒィッツを風呂に押し込むまで続く。
風呂で粗方匂いを落とすと、伊達男もやや人心地つくらしい。
口の中が酷いとぼやき歯磨きして、激痛。
普段控えているから炎症は酷いもので、でも口臭なんて我慢できない。
綺麗に歯を磨いて、うがいにデンタルリンス。
そうしても、身体中にしみつく煙草の匂い。
ヒィッツを風呂に押し込んでから部屋を掃除したイワンも、消臭剤をかけた部屋の中も、気づけば煙の匂い。
そうしてやっと、自分が苛々していたのだと気づくのだ。
何か作るからとイワンを風呂に押し込んで、窓を開けてもう一度消臭。
そして、台所に立つ。
疲れていても、頭は起きていて眠れない。
丁寧に落ち着かせるように調理し、風呂上がりの湯気が美味しそうな想い人と一緒に食事。
そんな甘酸っぱい伊達男は、その後1週間ほどニコパチを愛用するのだ。
知っていれば確かに説得力があるが、知らなければピンとこない。
ピンと来そうな一番のアテは、禁煙する気すらない葉巻虫だ。
ポスターをめくると、その下は十常寺。
ダイエット薬品だが、この年齢不詳の狸爺を使った時点で失敗臭い。
何でもかんでも命を吹き込む男は、肥満で死んだって生き返りそうですらある。
本人も格好良いすらっとした身体になりたいなんて、間違ったって微塵も思わないだろう。
それに、こんな薬品売りつけるより、この男を研究した方が良いと思う。
イワンのプリンは特にレッドが好み、同様に十傑それぞれ好みがある。
しかしこの男は基本的にイワンの菓子ならなんでもカモン!
プリンを出されても、葛きりでも、お汁粉だって。
かしゃん、かしゃん、と椀子蕎麦のように一定のリズムで皿が積まれていくのだ。
物理を無視して腹の中に菓子を詰め込み、最後はいつだって『露特工の菓子は美味につき』。
どうせ最後は可愛いイワンを食べちゃいたいんでしょうと突っ込んでやりたい。
そんな暴挙を繰り返しても、小太りの域を出ないこの身体。
いったい何で出来ているのやら。
椅子に座りなおして茶をすする孔明。
次の一枚にはカワラザキ。
『あの頃の栄光をもう一度!勃起向上薬!』と書いてあるが、正直この男は薬なしでも十分元気だ。
薬なんて与えたら100人斬りを敢行しかねない。
そんな事をされたら、花街は機能が停止するし、人事異動をかけないと女達の仁義なき戦いが始まる。
元気な爺は毎週花街に繰り出してはとっかえひっかえして遊び倒し、身体検査の前は控えろと言っても聞かない。
昨晩遊んでこの濃さかというものを提出するが、正直検尿レベルの紙コップで提出されると困る。
小さめの紙コップになみなみ入った精液より、それを製造する睾丸に神秘を感じる医者も多い。
女医の中には胸を高鳴らせる者もいるようだが。
頭痛を感じながら、次を。
『あの素晴らしい髪をもう一度』
そんな見出しと、黒々艶艶、鬱陶しいほどに多い毛髪量の38歳。
さして興味が無かったのか、投げやりに葉巻を吸っている。
それがまた様になるのだから何とも腹が立った。
毎朝寝癖に悪戦苦闘しているらしいが、ざまあみろだ。
櫛を折って癇癪を起し、最終的にはイワンに髪を整えさせる。
身支度を頭のてっぺんから足の先までまかせっきりの男の胸ポケットにでんでん虫のハンカチを発見した時は思わず馬鹿にした笑いが漏れた。
孔明の馬鹿にした微笑の腹立たしさは生半可ではなく、しかし自分のハンカチに気付いたアルベルト。
どうやら来ていた娘のが混ざっていて、従者は気付かずそれを渡したようだった。
が、恥を掻いたアルベルトは割と冷静だった。
皆に可愛いと馬鹿にされたが怒鳴らず、黙って立ちあがり。
イワンを引きずって、出て行ってしまった。
幻惑所有のカメラで覗けば、まあなんとも残酷な性折檻。
どれだけ怒っていたのかが分かるそれは、快楽責めに他ならない。
イワンに例のハンカチで目隠しをして、身体中舐めまわすところからスタート。
嫌がるのを押さえ、足先から指の間、臍も腋も、耳も。
雄も後孔も容赦なく舐めまわし、唾液まみれに。
その上可愛い窄みに指を突っ込んで弄りながら舐め続け、イワンが泣き叫んでもやめない。
ハンカチがすっかり涙で染みて、余りにも激しく泣いたせいで彼は鼻血を出してしまい。
喉まで破ってしまった。
正確には気管に裂傷が出来たのだが、胃液が逆流したのとは訳が違う。
助けを求めて死に物狂いで叫んだ者がそう言う傷を負う事は多々あるが、遭難もしていない室内でだ。
どれだけ嫌だったかが分かる。
口から血の泡を吐いて、鼻からとめどなく血を流す姿は異様を軽く超えて戦慄する。
慌てて止めに走った幻惑が盟友を殴り倒してやめさせたが、帝王は静かにキレていたため、まだイワンの状態に気が付いていなかった。
やっと気づき、慌てて医務室に連れて行き、結局全治10日。
勿論その間は禁欲、退院しても20日は禁止と言われるほどだった。
自分の想い人にやった所業に思い出しムカつきで、鼻に画鋲を刺してやる。
黒眼にも刺してやり、次のポスター。
『清く正しく、美しく』
選挙かと思う見出しと、胡散臭い笑顔。
セルバンテスの胸のあたりを覆うロゴは『コンドーム使用推進委員会』。
確かに今現在、やりたい盛りの38歳おじさま。
宣伝的な絵にはなる、なるが、説得力はない。
第一、浣腸マニアだ。
コンドームを着ける必要が余りない気がする。
後始末とか感染症というなら考えものだが、BF団内の花街はちゃんと管理されている。
任務で傷を負って、それでも団に属したいと花街を選ぶものもいる、外部の娼館からの引き抜きもある。
だがそこに入った時点で団内の『花街統括部署』の管理が入り、定期的に病気が無いかのチェックやピルの配布が行われるのだ。
無法地帯を作れば内部崩壊が始まると孔明が始めたが、中々良い仕組みになっている。
そう言うわけで、十傑始めやりたい放題。
もちろん男娼もいるから、抱くも抱かせるもアリ。
女性も結構遊んでいる。
皆商売熱心だし、美人も多い。
盟友組も若い頃は遊び倒したが、片方が最近自重中。
勿論恋人が出来たからだが、おかげで片割れはつまらないらしい。
仲を取り持ったくせに、やっぱり好きで諦められない。
好きな人のためにくっつけたけど、やっぱり諦められない。
ちょっかいを出して、鷹の目で狙っているのだ。
一度くっつければ、幻想は消える。
別れた後に攫えば、もしかしたらの甘い夢を残さずに、自分が一番良いと証明できるのだ。
だから、最近幻惑は想い人へのちょっかいの比率と、女遊びの比率を調整している。
イワンが構わないと遊び、構うと遊ばない。
そうされれば、やはり気にしてしまうのが人情だ。
全く性格の悪い男である。
あの男の行きつけの娼館で伝説のように囁かれる『超絶口淫技巧のイワンさん』の噂もあるが、聞かなかった事にしている。
また何かやらかしたとしても、知るものか。
もう一枚めくると、可愛い姿。
ちょっと緊張しているのか、ぎこちない。
でも、それがまた何とも可愛い。
勿論宣伝は胃薬。
彼の激務は有名だから、この胃薬の宣伝は説得力がありそうだ。
神経性胃炎にも!なんて素敵過ぎる。
そして、最後の一枚。
これが問題なのだ。
薬品部から原案を押しつけられ、見出しを頼まれた。
薬品リストを見るが、この男・・・・・樊瑞に必要そうなものは見当たらない。
良く出来たリーダーだし、真面目に働くし。
馬車馬の如くこき使っても、使われている事に気づかずに真剣にやる。
素敵な横顔を見つめ、少し考え。
油性マジックで、『馬鹿につける薬はありません』と書いておいた。
***後書***
管理職と司令部の仲が悪い端的な例。