【 御主人様のお気に召すまま-149 】



「見て見て見てっ!すっごくいいもの拾っちゃった!」

興奮気味でサロンに駆けこんできたセルバンテス。

彼が差し出す手には特に何もない。

が、レッドが怒鳴った。


「ばっ・・・・馬鹿か貴様っ!」

「欲しがってもあげないよ?」

「いらんわ!」


他の人間には、セルバンテスが持っているものが見えない。

レッドに見える何かは、いったい何なのか。


「・・・・馬鹿にだけ見えるアイテムか?」


ヒィッツが幽鬼に振ると、幽鬼は首を傾げた。


「一定以上にテンションが上がる事ができる人間だけに見える何かじゃないか?」


怒鬼を見やると、彼は黙って頷いた。

残月が紫煙を吐く。


「馬鹿には見えない洗濯物か・・・・?」

「白昼のは見えるのか?」

「いいや?」


残月は自分を変質者と認めている、事実彼は変質者だ。

だが、馬鹿という割に彼は非常に知識が深い。

得意になるわけでもないし、謙遜でもない。

彼は気分で生きているから、気分によって馬鹿になったり何も言わずに微笑んだりなのだ。


「普通の人間には見えないとか・・・・」

「極度の純愛か変態かという事だったら、白昼のが弾かれる理由が分からん」

「・・・・成人指定とかか?」


一瞬時間が止まり、若人組が残月を見やる。

彼は爽やかに微笑んで、煙管を軽く噛んだ。


「早く大人になりたいものだ」

「・・・・永遠の19歳でいた方が世のためだろうな・・・・」


通常なら迷惑な永遠の●歳も、この男に関しては適用されない。

寧ろ二十歳で解禁されるものに不安を感じる。


「色々付着した下着は20歳からと決めていてね」


ああ、そうですか。

幻惑と仲良くしてくれ。

断じて白く厭らしい汁の話で無いのは、表情から分かる。

スカ将軍と組んで楽しい変態ライフを送ってくれ。


「兎角、あの手は何を・・・・・」


言いかけた幽鬼の目が、日光に煌めく何かを発見。

生ぬるく笑う。


「幻惑の」

「うん?」

「白昼のに処理してもらうと持ち歩きやすいぞ」


とても迷惑な助言。

勿論イワンにとって迷惑な。

若人組に見せびらかされた、美しい銀糸。


「アルベルトの部屋に落ちてたんだ!他に心当たりないから、今DNA判定にかけてきたんだよ!」


完全に想い人のものと証明された、美しい銀の陰毛。

それは大興奮するしかないだろう、特に変態歴が年齢を超えて前世に食い込む男ならば尚更に。


「でね、イワン君に何かお礼がしたいなって!」


・・・・なんて迷惑な話だろうか。

求めてもいないお礼、第一それよりその毛を捨てて欲しい。

勝手に拾って勝手にお礼なんて、性質の悪い鶴だ、頭が鳥だ。


「何かね、料理・・・・・」

「絶対やめろ」


口を挟んだ盟友に、セルバンテスが不服そうな顔をする。

アルベルトが嫌そうに見やった。


「貴様の調理でイワンがどれだけ働かねばならんと思っている」

「あ、アルベルト様、私はセルバンテスのためであれば、そのくらい・・・・・」


優しい彼の言葉に嘘はない。

嘘はないが、彼が感じなくとも周りは不満。

彼の主は特に不満。


「貴様は料理の神に見放されているのだ」


三娘もそうだったが、センスが無い。

言い切られ、セルバンテスが唇を尖らせる。


「何でそう言う事言うかな、やってみなきゃ分からないだろう?」

「じゃあ、やってみるか?」


口を挟んだのはヒィッツカラルド。

彼はサロンの冷蔵庫から色々と発掘し、セルバンテスに手を洗わせた。

カフェエプロンをつけた素敵なおじさまは、背後の伊達男に指示されつつ料理開始。

卵を割る。

殻が入った音がした。

牛乳を計量して入れる。

真剣に計っている時点で如何に料理の勘が無いかが押し計れてしまう。

砂糖を入れる。

手が震えている。

茶漉しで漉す端から卵液が流れ出ている。

耐熱カップに注いで、湯を張ったフライパンで蒸す事10分。

最高に可哀想な見た目の、すが入ったプリン。

伊達男はそれにカラメル代わりの黒蜜をかけさせ、証拠を隠ぺい。

黒蜜もかなり焦げている感があるが、セルバンテスにしてみれば奇跡の逸品だ。


「うわ、凄い。ヒィッツカラルドの指示通りでちゃんと出来たよ!」

「ああ・・・・あれだけつきっきりで指示してこれなのが私としては悲しいが」


微妙に落ち込んでいるヒィッツに、今度は幽鬼がトライ。

勿論指示を出す方の話だ。

セルバンテスに指示を出し、枝豆を房から摘出。

鍋に水とともにかけ、煮る。

つまみを食べる時と基本動作は一緒だから、何とかなっている。

そして砂糖を投入。

しかし、目分量で良いと言ったら瓶をひっくりかえして大量に投入しまった。

砂糖まみれの鍋に顔が引き攣る。

ヒィッツが助言した。


「馬鹿でも出来るからと言って、馬鹿を舐めてはいけないな」

「えっ、何か悪かった?」


甘い方がおいしいでしょ、何て言っているが、正直限度とか常識というものがある。

水を足させて豆に浸透させて誤魔化しつつ、へらで潰す。

半殺しにしろと言ったら拳を構えたので、矢張り馬鹿は舐めてはいけないと思った。


「半殺しは半分つぶした状態の事ですよ」


可愛い妖精さんが助言してくれて、助かった。

甘い枝豆が飛び散った部屋の掃除なんて誰もしない。

強いて言うなら妖精さんがするだけだ。

温かい煮豆をラップに包んで薄い板状に形成。

荒熱を取って冷凍室に入れ、次の先生は怒鬼。

彼は先程のプリンのうちの一個を取り、パンを取り出すよう指示。

食パンを取り出すと、プリンを崩せと。

スプーンでがちゃがちゃ掻き混ぜ、パンに広げる。

実際は材料からしてフレンチトーストになるのだろうが、名前を考えるとプリンチトーストか。

トースターに入れれば、甘い匂いが香る。

その間に、ヒィッツ再挑戦。

プリンすら無謀という事を学習し、彼は簡単なつまみに趣旨変えした。

セルバンテスが食べたがって買ってあったカニカマを出させ、卵を割らせる。

卵黄を取らせるのに大騒ぎ、破くこと8個、割る時点で失敗は7個。

計15個の犠牲卵を出し、漸く卵黄のみの摘出に成功した。

かなり疲れてしまったが、醤油を2滴入れさせて卵黄を溶かせる。

カニカマを細く裂いて、並べておく。

それを一度折って、綺麗に器に入れればカニソーメン。

イカソーメンはこの男には無理だ。

生まれて初めてややまともそうなものが出来たセルバンテスは、非常に喜んだ。

そして迷惑な事に、イワンに食べて欲しいと強請る。

イワンは嬉しそうに頷いて、ちゃんと食べてくれた。

ちょっと苦いプリンも、甘すぎのずんだバーも。

C級グルメなプリンチトーストも、前者3つに合わないカニソーメンも。

美味しい?と聞くと、イワンは優しく微笑んだ。


「美味しいですし、お気持ちがとても嬉しいです」


きちんと食べてから、御馳走様をして。

イワンはセルバンテスに向き直った。


「でも、それは返してください」


それ。

陰毛。

セルバンテスが優しく笑う。


「・・・・・ごめんね、それは出来な」

「フロランタンはお好きですか?」

「う・・・・・・」


イワンの切り札はフロランタン。

美味しいお菓子と、魅惑の陰毛。

どうしよう、どうすればいい?

苦悩していると、イワンは立ちあがってサロンのドアへ。


「お決めになれないのであれば、私は買い物に行ってまいります」


11人分のフロランタンを作りますので。

11人分、サニーと孔明と、セルバンテス以外の十傑。

セルバンテスが追いすがる。


「分かった!返す!」

「そうですか」


微笑んで受け取る。

ジッポを出して焼き捨てれば、荒い呼吸の音。

悲しみでなく、興奮の音。

全員が見た先には、鼻息が透明な捕食者の呼吸音並みの怒鬼。

蛋白質が焼け焦げる匂いに堪らなく興奮しているらしい。

イワンは堪りかねてサロンから駆けだした。

十傑が怒鬼を見やる。


「・・・・・良かったね」


しゅごしゅご鼻を鳴らしながら頷くイケメンも、矢張り十傑の一角を担う変態なのである。





***後書***

犬も歩けば棒に当たる、怒鬼もたまにはオチになる。