【 御主人様のお気に召すまま-016 】



「樊瑞様、お茶をどうぞ」

「あ、ああ、すまぬな・・・・・・・」

差し出されたジャスミン茶はとても上手に煎れられており、適温。

口にすると、優しい花の薫りがする。


「美味いな」


樊瑞が微笑むと、イワンはとても嬉しそうに頬を染めた。

何も言わないところが奥床しい。


「何でもお申し付けください」


・・・・・気付いた方は多いはずだ。

そう、混世魔王樊・・・・いやもういい、このクソオヤジは札を使ってイワンの記憶を書き替えてしまったのだ。

いや、彼の残り少ない名誉の為に言っておけば、これは事故だ。

昔サニーが幼い時分に「さにーはぱぱのおよめさんになるの!」と言いだしたため衝動的に「樊瑞に惚れる札」を作っ・・・・何だか泣けてきた。

まあそれが偶々開いた古い本に挟まっていて。

風で飛び。

樊瑞の書類整理の手伝いをしていたイワンにぺたり・・・・・と言うわけだ。

幸いな事に日暮れの頃には切れる効果だ。

一生ものだったらアルベルトに殺されている・・・・・どちらにしても。

だが一応確認。


「その・・・・・・アルベルトの事はどう思っている?」

「とても素晴らしい方です。お仕え出来て嬉しく思っています」


・・・・・・まったく照れていない。

矢張り今のイワンは・・・・・・・。


「では、わしの事は」

「あ、あの・・・・・・・」


お慕い、しています・・・・・・・・・。

蚊の鳴くような声で、俯いて。

恥ずかしそうに言う姿は襲ってくれと言わんばかりだ。


「ご迷惑だとは分かっています。多くは望みません、ただどうか・・・・・・・」


お側に置いてください・・・・・・。

不安げな顔と泣きそうな声。

思わず手を伸ばし、頬を撫でる。


「追い払ったりはせん。そんな子供のような顔をするな」

「はい・・・・・・・・・」


安心したのか恥ずかしげに頷く。

照れた顔が可愛い。


(何故衝撃の周りには可愛いむす・・・・・人間が集まるのだろうか)


サニー然り、イワン然り。

あの俺様気質のアルベルトに懐くサニーと、いつ何時も微笑んで仕えるイワン。

・・・・・・・・・ま、世の中には不思議な事はある。

取り敢えず。


「イワン、こっちへ来い」

「はい」


寄ってきたイワンを抱き上げ、向かい合わせで膝に座らせる。

少しくらい楽しんでも罰は当たるまい。

イワンが身じろぎ、椅子がきしりと小さな音を立てた。


「あの・・・・・・・・?」

「嫌か?」

「い、嫌ではありませんが、樊瑞様の執務が・・・・・・・・」


頬を染めて恥じらいながら、嬉しさを隠し執務の心配をする。

何ともいじらしいではないか!


「・・・・・・・・・・・」


頬に手を添え、親指でイワンの眉を撫でる。

まなじりを軽く擦って唇をなぞると、イワンがそっと手を取った。


「あの、今はどうか・・・・・ご容赦を・・・・・・・・・」

「あ、ああ、すまん、つい・・・・・・・・・・」

「夜、に」


ご奉仕致しますから・・・・・・・・。

視線をやや斜め下にずらして恥じらう姿に、思わず唾を飲む。

が。


「・・・・・・・・面白い事をしているな」


底冷えする声にはっとドアを見る。

そこには書類片手のアルベルトが立っていた・・・・・・・・・。





「貴様が誰のものか教えてやろう」

我に返った樊瑞の弁明も聞かずに、アルベルトはイワンの腕を掴み自室に引きずって行った。

着けば着いたで直ぐ様ベッドに押し倒し、服を引き裂く。

だがイワンの性格を忘れてはいけない。

一途で、直向き。

主には逆らわないが、樊瑞を裏切りもしない。

それ即ち。


「・・・・残念だったな」

「・・・・・・・・っ!」


イワンの口に差し込まれたアルベルトの指からは、真っ赤な血が滴っていた。

イワンが何の躊躇いもなく自らの命を絶とうとしたことがわかる。


「そんなに樊瑞が恋しいか」


アルベルトの言葉に、イワンが顔を歪める。

この上なく腹立たしい。

だが、逃げようと藻掻く腕を頭上に押さえ付けた時に気付く。


「・・・・・・・成る程な」


イワンの手の甲に紙切れが張り付いている。

どう見ても樊瑞の札だ。

だが場所と斜めになった張り付き方からして、恐らくは不測の事態だったのだろう。

アルベルトは漸く機嫌を直した。

これを発見しなければイワンの顔に葉巻を押し当てているところだ。

実際アルベルトはイワンの顔が焼けようと気にしない。

それが「イワン」である限り、アルベルトにとって大切である事に変わりはないのだ。

だが愛らしく笑うのが気に入っているのも事実。

アルベルトは札の端に爪を立てた。

・・・・・・・・・全く剥げない。

少し考え、アルベルトはまた行為を再開した。

おかしな趣味はないつもりだが、たまにはイワンを泣かせたい。


「泣いて樊瑞を呼ぶか?」


ニィと笑った顔はとても凶悪でいて酷く格好良い。

アルベルトはイワンの口の中を指でなぶりながら、耳に唇を寄せた。


「呼ばんのか?」

「っ・・・・・・・・・」


イワンの口から指を引き出す。

だがイワンは戸惑うように視線を逸らした。


「樊瑞、様・・・・・・・」


震える声で呟いたイワンのワイシャツを開く。

小さな尖りに吸い付くと、びくりと身体が跳ねた。


「っ・・・・・・・・!」


ねとりと舌を這わせると、歯の根が合わぬ音がする。

怖いのか、不快なのか。

それとも・・・・・・・・・・。


「あっ」

「くく・・・・・・・身体が先に樊瑞を裏切ったな」


反応を示す雄をスラックス越しに指でなぞる。

意地悪く目を細めると、イワンの顔が泣きそうに歪んだ。


「嫌・・・・・・・・」


男の闇を刺激する仕草だ。

泣きそうな顔で、震える声で、嫌だと。

アルベルトはイワンの喉に舌を這わせた。

主に反抗できずに唯震える身体。

軽く噛み付くと、怯えたように息を呑む。


「アルベルト様、おやめくださ・・・・・・・・・」


縋るように見つめるイワンを見ながら、アルベルトはわざと音を立ててイワンのベルトのバックルを外した。

スラックスを脱がせると、立ち上がっている雄に指を絡める。


「あっ、あ、や」

「嫌ならいかねば良い」

「ひぅっ」


イワンの好いところばかりを責め立てながら、アルベルトが意地の悪い事を言う。

イワンは濡れた瞳でアルベルトを見返した。

その切ない瞳に欲情する。


「あ・・・・・・・・・・・っ」


最奥に指を差し入れられ、イワンが小さく声を上げた。

最奥は拒むように激しく締まり、指を拒絶する。

それを無理矢理開かせると、内壁が絡み付いてくる。


「あ・・・・・・・ん、んっ」


中指を大きく抜き差ししてやると、イワンが息を詰めた。

アルベルトがくつりと笑って指を抜く。


「精々樊瑞を呼んで泣き叫べ」

「っあ・・・・・・・・・!」


ぎちぎちぎちっと肉の擦れる音がして、イワンの中にアルベルトが入り込む。

身体は覚えていても心が拒絶している今、それはイワンに大きな苦痛を与えた。


「ゃ・・・・・樊、瑞、様・・・・・・・」


思わず呼んだイワンの腰を掴み、激しく突き上げる。


「あっ、ぃ、いた、ぁ・・・・・・・・・・!」


奥の柔いところを突き上げられて、イワンが涙を零す。

だが容赦はしない。


「くく、そんなに樊瑞が好きか」

「っ・・・・・・あ・・・・・・・・」


激しい突き上げが一転、腰を密着させたまま動かなくなる。

イワンの最奥がひくひくとアルベルトを締め付けた。


「物欲しげな顔だな。・・・・・・・・欲しければくれてやろう」


ただし。


「ワシに愛を誓え。その口で」


樊瑞を裏切れ・・・・・・・・。

甘い誘惑に、イワンの身体が震えた。


「・・・・・・・・お好きになさってください」


イワンは屈しなかった。

顔を背けて目を閉じる。

アルベルトが、嗤った。

身体を跳ねさせて自分を受け入れる従者を見ながら、アルベルトは至極機嫌がよかった。

イワンの今日の言動は、普段己に対するもの。

つまり、アルベルトを裏切るくらいなら舌を噛み、適わなくとも心は渡さない。

それが己に対する場合、自身で見る事は不可能だ。

他の男の名というのが癪だが、まあいいだろう。

アルベルトは機嫌よく笑って、イワンの奥に熱を吐き出した。





「・・・・・・・・・・・で?」

日没で正気に戻ったイワンを伴い、アルベルトは先程の書類片手に樊瑞を訪ねていた。

樊瑞はイワンが居なくなったために半端なく大変になった書類を片付けながら白状した。


「・・・・・・・・・昔サニーが「パパのおよめさんになる!」ときかなくてな」

「子供の戯言に札を作ったのか貴様」


呆れたアルベルトに、樊瑞が溜息を吐く。

だがちょっと困っているイワンに気付いて顔を上げた。


「どうした」

「いえ・・・・札でどなたかを好きになったとしても、例えば傍にいたのがアルベルト様であれば、サニー様は・・・・・」

「ああ、大丈夫だ。あれはわしに・・・・・・・」

「ほう?」

地の底を這うような声に、二人の背筋が伸びる。

今の今までイワンもアルベルトも「樊瑞を」好きになる札だとは思っていなかった。


「貴様に父と呼ばれるのは真っ平ごめんだ」


静かにキレた声と共に、中々お目にかかれない威力の衝撃派が炸裂した。





***後書***

ちょ、魔王w

どんだけサニーちゃん好きなんですかロリコン魔王。

そして連れてかれたイワンさんは放置?

いやいや、おっかけようとしたら仕事が来たんですってば。