【 御主人様のお気に召すまま-019 】



ニャー。

小さな鳴き声に、サニーは辺りを見回した。

猫の声だ。暫く探していると、木の下に猫を発見した。

真っ白な短毛の猫は、びっしょりと濡れていた。

先程まで降っていた雨にやられたのだろうか?


「大丈夫?」


抱き上げても猫は暴れなかった。

小さく震えながらサニーの胸に納まっている。


「もう大丈夫」


優しく撫でると、猫はもう一度小さく鳴いた。





「気持ちいい?」

あたたかな湯を掛けてやり、一緒に身体を温める。

猫は恥ずかしげに俯いていた。

幼いとは言え女性の裸体に恥じらっているように見える。


「ふふ、おませな猫ちゃん」


湯槽の中でサニーに抱かれ、猫はまた小さく鳴いた。





「貴方、目はどうしたの?」

猫の左目にかぶさる傷跡を撫で、サニーは問い掛けた。

猫は小さく首を傾げている。


「痛くない?」


喉を擽ってやると、くるくると喉を鳴らす。

見つけた時から付けていた小さなネクタイを巻いた姿はとても可愛い。


「お腹、すかない?」


暫く猫を撫でて、サニーは立ち上がった。

皿に温く温めたミルクを注いで、置いてやる。

猫は暫くサニーとミルクを見比べていたが、小さく鳴いてミルクを飲み始めた。


「美味しい?」


サニーが聞くと、猫は一度顔を上げて小さく鳴いた。





「ん・・・・・猫ちゃん・・・・・・・・・」

夜にサニーに抱かれて眠っていた猫は、するりと腕を抜け出した。

足音を立てずにドアから出て、この館の主人の元へ向かう。

少しドアを開けておいてくれる彼の名は、樊瑞。

彼は執務をしていたが、猫が入ってきたのに気付いて手を止めた。


「ああ、すまんな。あまりにも羨ましそうに猫を見つめていたものでなぁ」

「ニャー」


・・・・そう、この猫、イワンなのだ。

淋しそうなサニーの為に、一日だけの友達。

まさか一日だけ猫を捕まえて放り出すわけにもいかないので、札を使ってイワンを猫に変えたのだ。


「今戻そう」


イワンのネクタイの巻きに沿って隠していた細長い札を剥がす。

が、雨と入浴によって破れ易くなっていた札の剥ぎ取りは敢えなく失敗。

樊瑞が札の濡れに気付かないほど疲れていたのが災いした。

半端に解けた術により、イワンの身体も完全には戻らない。

それどころか「猫」の部分に侵食された部分まであった。

身体は耳と尾を残し、人身。

心は猫。

猫耳をぴくっと動かし、しっぽがひゅんと風を切る。

その手は目にも留まらぬ速さで樊瑞の顔面を捉えた。


ばりっ。





「にゃ・・・・・・・・・」

目の前にワイシャツ一枚で座り込んだ従者を見ながら、アルベルトはスティンガーのグラスを傾けていた。

首筋に残る破けた札が、事情を語る。

猫そのものの動きで従者が窓から飛び込んできたときには思わずむせてしまった。

真っ白な肌を惜しげなく晒し、伸びやかな四肢を伸ばし。

立ち姿は猫の美しさを損なわず。

兎角何とかワイシャツを着せた。

イワンは少し嫌がった。

ズボンは引っ掻かれそうになって断念した。

と言うかかじられてまで着せる必要はない。

本人が嫌だというのだから、こちらもそれを楽しめばいい。

歩き回って本棚や戸棚を見ているイワンを眺め、アルベルトは唇を笑みの形に歪めた。

尻尾が動くたびに白い尻がちらちら見える。

太腿は視線で犯し放題だ。


「にゃ?」


視線に気付いたイワンが振り返る。

アルベルトと一定の距離を取って座った。

面白くて眺めていると、丸めた手で顔を洗い始める。

ぺろっと指を舐める仕草が可愛らしい。

イワンは小さく喉を鳴らした。

くぅ、とお腹が音を立てる。

アルベルトは少し考えて、小皿にミルクを注いだ。

殆ど飲まないがミルク割りのカクテル用に冷やしてあったものだ。

それを床に置く。

イワンは少し警戒していたが、ややあってそれに口をつけた。

床に置いた、のがミソだ。

猫は手など使わない。

這って頭を下げれば当然腰が上がる。

少し上がった時点で、ワイシャツは背中側に滑り落ちた。

ゆらゆらと揺れる尻尾。


「腹は膨れたか?」


皿を舐める従者に問うと、彼は顔を上げた。

アルベルトの喉が鳴る。

イワンは不思議そうに主を見つめていた。

ミルク塗れの、その顔で。


「猫相手では弁解できんが・・・・・・・・」


半人半猫ならばまぁ許されん事もなかろう。

物凄く勝手な都合をつけ、アルベルトはイワンに近づいた。

顔を洗うその首の後ろを軽く掴む。


「にゃ・・・・・・?」


イワンは暴れなかった。

実はこの首の後ろを軽く掴むという行為は猫をめろめろにしてしまう。

酷く心地いいのだそうだ。

実際試すのは初めてだったが、イワンは喉をくるくる言わせてうっとりしている。

その身体を抱き上げてベッドに下ろし、また繰り返す。

完全にめろめろ状態にしてから、アルベルトはイワンに覆いかぶさった。

噛まれると獣は警戒する。

舐めるのは親愛の情だ。

ゆっくりと首筋を舐め上げる。

そのまま耳の裏に舌を這わせると、イワンが小さくにゃあと鳴いた。

震える身体を撫で回すと、誘うようにくねる。

舌を這わせたまま、下に舐め下ろす。

鎖骨のくぼみを舐めると、びくっと身体が震えた。


「にゃ・・・・・・・・・・」


濡れた瞳と目を合わせたまま、胸の尖りに舌を這わせる。

息を弾ませながら見つめてくるイワンに目を細め、ちゅっと吸う。


「にゃあっ」


びくんっと身体が跳ねる。

シーツに爪が食い込む音がした。


「にゃぁ、にゃ、にゃっ」


強弱をつけて吸うと、イワンが悲鳴を上げる。

尖りを吸いながら雄に手を伸ばすと、そこは既にとろとろだった。


「にゃんっ」


くちゅくちゅと扱いてやると、切なげに喘ぐ。


「にゃぁ、にゃ・・・・・・・」


一度いかせようかと迷いながらの手淫は甘い。

いくにいけなくて、イワンが腰をくねらせる。

その誘うような動きに、思わず口の端が上がる。


「名を呼んでみろ」

「にゃ・・・・・・・?」

「アルベルト、だ」


無茶な事を言っている男に、猫は身体を震わせた。

猫は猫だ。

喋れないし、我慢も知らない。

いかせてほしい一心で、男の言わんとする事を理解しようと目を瞬かせる。


「にゃ、ぁ、にゃ」


喘ぎながらの切れ切れの鳴き声。

それは名をかたどりはしなかったが、アルベルトの気は済んだ。


「にゃぅっ」


蜜に濡れた武骨な指を差し入れられて、イワンの腰がびくつく。

くちゅくちゅと抜き差しすると、色付いた腿が震えた。


「にゃ・・・・・・・」


潤んだ瞳がアルベルトを見つめる。

アルベルトがいきり立ったものを取り出すと、イワンは脚を開いた。

僅かに、だが。

獣のようにはしたなく求めればいいものをと思うが、これがイワンなのだから仕方あるまい。


「にゃ・・・・・・・・」


イワンが手を伸ばしてしがみついてくる。

この辺は素直だ。

熱くたかぶるものをくぷりと差し入れると、イワンの爪が背に食い込む。

構わず奥まで突き進むと、イワンの耳がぴくぴく動いた。


「にゃぁ、にゃっ、にゃあぁっ!」


激しく突かれて、イワンの目から涙が散る。

だが震える雄は力を失ってはいない。


「にゃあっ!」


腹の中に熱い奔流を注ぎ込まれ、イワンは熱を吐き出した。

ひくつく身体にアルベルトの手が這う。

が、次の瞬間。


ばりっ。





「不様な事この上ないな」

レッドの嘲笑を浴び、樊瑞は思い切り不機嫌だった。

顔面を縦に走る、爪痕。

理由を説明しても栓ないので、不覚だったことにしている。

だが。


「っアルベルト、どうしたんだい、それ・・・・・・・・・」


サロンに入ってきた盟友の顔面に斜めに走る傷跡に、セルバンテスはぎょっとした。

だがアルベルトは飄々として一言。


「イワンにやられた」


皆が絶句する。

あのイワンがアルベルトに歯向かった・・・・・・?

しかも顔面を思い切り引っ掻いて?

いや、それ以前にイワンをそこまでさせる何かをしたのか・・・・・・。

憶測が憶測を呼んで頭の中は破廉恥な無法地帯だ。

日々逞しくなってきた幽鬼もちょっと妄想している。

今はアルベルトのベッドで眠るイワンが主の顔を見たら・・・・・首を吊ってしまう様な、気がする。





***後書***

にゃんこににゃんにゃんするアル様(黙れ)。