【 御主人様のお気に召すまま-030 】
「怒鬼様」
奥床しさを損なわない嬉しげな笑みで見上げられ、怒鬼は無言でイワンの耳を撫でた。
怒鬼や幽鬼、稀にはレッドも薬品を調合する事がある。
レッドは攻撃系・・・・・即ち火薬爆薬の類が多く、幽鬼は毒や麻痺などの神経系が多い。
だが怒鬼が得意とするのは回復や解毒の効果があるものが過半数である。
しかし。
「過半数」という事は半数以下の割合で他の何かがあるわけである。
この辺は彼の気分によるため、効果抜群のニキビ薬の場合もあれば、効果超絶の媚薬の場合もある。
因みに本日は「記憶の混濁」を引き起こす薬を調合してみた。
そこに次の任務の詳細書類を届けに来たのがイワンである。
自ら茶まで煎れる主を、茶菓子を吟味する主を見て血風連は素早い連携をはかった。
イワンに調合したてのそれを盛ってしまったのである。
物腰低く主であるアルベルトに忠実なイワンは血風連にも好まれており、たまに話もする。
まぁ早い話数人がかりで「大丈夫だから!」と言い包めたのである。
結果、記憶の混線を起こしてしまったイワンはアルベルトが主である事を忘れてしまった。
怒鬼に対する好感度も若干上がっているようだが・・・・・。
「・・・・・・・・・・」
時折見せる、憂いのような表情。
酷く寂しげだが、同時に匂い立つ色気がある。
言うなれば、夫を亡くし喪に服す未亡人のような・・・・・無意識に「主」を探す仕草。
怒鬼はそっとイワンの手を取った。
ピアノの鍵盤が似合う白い指に指を絡める。
「あの」
「・・・・・・・・・」
戸惑うイワンの額に軽く口づけ、怒鬼はイワンの手を引いた。
結局サロンに連れていかれ「これが主なのだ」と教えられた。
機嫌悪そうに葉巻をふかす男は威圧感があり近寄りがたい。
しかし恐怖はあまり無く、気付いたら自然に紅茶を煎れていた。
コーヒーでも烏龍茶でもなく、少し濃いめのイングリッシュブレックファーストを。
十傑に笑われてとても恥ずかしかったが、何故か不思議と嫌ではなかった。
今もそうだ。
クリーニングに出していたワイシャツやスーツも手が自然にクロゼットにかけていく。
「・・・・・・・待て」
「はい」
主の部屋を出ようとして、止められた。
「それもここだ」
「え・・・・・?」
葉巻を挟んだまま指されたのはイワンの腕にかかったままのワイシャツ二枚。
それはイワンのものだが、情事の後に着せるために二、三枚部屋に置いているものだ。
だがイワンは目を瞬かせて戸惑う仕草を見せた。
しかし結局言われるままにそれを仕舞い、部屋を後にする。
アルベルトはその仕草の意味が分からなかったのだが。
「君それ素でやったの?」
「何がだ」
夜半訪ねてきたセルバンテスの土産・・・・・白のスパークリングワインを飲みながら話していると、呆れたように言われた。
眉間に皺を寄せて睨むと、盟友は脚を組み替えてワインを一口飲んだ。
「イワン君は君の事を憶えていないんだよ?ましてや君との関係なんてね。仕える主の部屋に主以外の男のワイシャツ・・・・・しかも自分のだ。そりゃ戸惑うよねぇ」
「・・・・・・・・・・・・」
「戻るまでは控えたほうが良いよ?私は記憶を無くした恋人をレイプするような盟友は持っていないから」
イワンはたっぷりと湯のはられたバスタブに膝を抱えて沈んでいた。
少しだけ檸檬のバスオイルを垂らしてある。
二十分前からずっと、彼は堂々巡りの自問自答を繰り返していた。
脳裏を掠めて悩ませるのは、自分のワイシャツの行方。
「私のワイシャツなどどうされるのだろう・・・・・・」
レッドやヒィッツなら「匂いを嗅ぎつつ・・・・・・」などと薄ら寒い意見を提供してくれるだろうが、生憎イワンはそういう発想が無い。
「むせるようなアルコールを飲まされるとか・・・・・」
しかし自分がむせるようなものは度数の観点から言えば無い。
消毒液くらいだ。
味でいけば中国酒は若干厳しいが、あの主が飲むようには見えない。
「んー・・・・・・・」
膝の上に置いた手に頬を乗せる。
答えは当分出そうに無かった。
「おい、昨日はどうだった。受け入れたのか、無理強いか」
「はい?」
にやにやするレッドに聞かれ、イワンはきょとんと見返した。
「・・・・・・まさか手を出さんかったのか」
僅かに口を開けてアルベルトを見たレッド。
アルベルトは無視して葉巻に火を点けた。
レッドはちっと舌打ちして「腰抜け」と吐き捨て、無造作に掴んだ紙幣を幽鬼に投げつけた。
ヒィッツは枚数を数えて渡した。
・・・・・・賭けていたらしい。
だが幽鬼はそれを放置していた。
イワンが固まっている事に気付いたからだ。
「イワン?」
イワンの肩がびくっと跳ねる。
困惑と、戸惑いとがない交ぜになった表情。
「あの・・・・・私は・・・・・・」
「なんだ、主に脚を開いていたのが信じられんのか?」
「レッド!」
樊瑞が嗜めたが、天性の口の悪さはその程度でとまらない。
「貴様は主に喜んで身体を開き腰を振ったのだ。身体は男を覚えているぞ?もう男に犯されねば達せまい」
一文字に引き結ばれていたイワンの唇の端が引きつる。
右手が左肩を抱いて、脚が自然にあとずさる。
「そん、な」
イワンは俯いて歯を噛み締めた。
「・・・・・・・失礼します」
サロンから逃げ出したイワンは部屋に籠もっていた。
ベッドの壁ぎわに座り込み、シーツに包まる。
そうでもしていないと、道徳観念や自尊心に傷を受けた今、平静を保ってはいられなかった。
「男性に・・・・・抱かれていたなんて・・・・・・・・」
じわりと涙が滲んでくる。
確かにアルベルトは魅力的だが、それは男性としての理想像のようなものだ。
「私は・・・・・・・・・」
シーツのわだかまる膝に顔を埋め、イワンは目を閉じた。
もう何も、考えたくない。
「ん・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
小さく丸まって眠る従者の耳を撫でる。
サロンでは追わぬ方が良いと判断したが、まさか思い詰めて・・・・・・と思い部屋に来てしまった。
来てしまった、と言う割には鍵は破壊してしまったのだが。
「・・・・・・・・・・・」
考えなかったわけではない。
ただ、薄れていたのだ。
イワンが欠片も見せぬから。
黙って微笑むから。
どんなにか傷ついた自尊心を抱えてもアルベルトを受け入れ決して拒みはしないから。
「・・・・・・・・愛している」
眠る従者の耳を軽く噛む。
逃れるように傾いた身体を支え、静かにベッドに横たえた。
「ぅ・・・・・・ん・・・・・」
薄く開いた唇に唇を重ねる。
柔くしゃぶると苦しいのか嫌がる素振りを見せた。
「ん・・・・・・はぁ・・・・」
唾液に濡れた唇。
首筋に弱く吸い付くとぴくんと身体が震えた。
「ん・・・・ぃや・・・・・・」
「嫌、か・・・・・」
口端に苦い笑いを乗せ、ワイシャツの釦を外す。
白い胸部に口づける。
淡い胸の尖りに舌を這わせると、擽ったそうに身を捩った。
それを軽く押さえ付けて吸い付く。
「ひんっ」
ちゅ、ちゅっと強弱をつけて吸ってやると、首が嫌々と振られる。
「ぁ、っ・・・・・・・っ?」
「・・・・・目が覚めたか」
調子に乗って悪戯していたとは思えない不遜な態度だ。
イワンは数度瞬きを繰り返し、咄嗟に逃げを打った。
背中からのしかかられて身体が強ばる。
「・・・・・嫌ならば言え」
「っ・・・・・・・!」
「言わぬなら続けるぞ」
アルベルトの言葉に、イワンは泣きそうな顔で背後の男を見上げた。
「怖、い、です・・・・・・・」
ぐっとくる仕草にぐぐっとくる言葉。
アルベルトは薄く笑んでイワンの唇に口づけた。
「・・・・・・酷くはせん」
どう結論づけたかは聞くまい。
それは男としての吟持とつけた折り合いなのだから。
それでもなお主に応えたいという狂おしい慕情に溺れたい。
彼が与える以上にこの想いを、狂気を孕んだ愛を刻みたいのだ。
ワイシャツをぎりぎりと引き裂いて背を露出させ、なめらかな肌に吸い付いた。
小刻みに震える肌を唇に感じ、アルベルトはイワンの項に口づけた。
「力を抜け」
「は、い・・・・・・・」
喉まで引きつるくらい怖い癖に、拒まない。
アルベルトはたっぷり時間を掛けてイワンの背中を愛撫した。
少しきつく吸ったが跡が残る程ではない。
「はぁ・・・・・・は・・・・・・・」
必死に唾液と吐息を飲み込むイワンに苦笑し、アルベルトは彼のスラックスを脱がせた。
膝まで引き下ろし、尻たぶを押し広げる。
ひくんと動いた窄まりを舐め上げると、イワンがぎょっとしたように振り返った。
「そん、な、駄目です、っいや・・・・・・っ!」
聞かずに尖らせた舌先をぐりっと挿れる。
イワンが悲鳴を上げた。
「ぅあ、あっ、や・・・・・・!」
クチクチッと舌で掻き回してやると、孔はひくついて舌に応える。
動きは指で好いところを突いてやったときに似ていた。
ちゅくっと舌を引き抜きぺろりと舌なめずりすると、アルベルトは舌に力を入れて再びねじ込んだ。
嫌がる身体を押さえ付け、襞はもとより腸液に濡れた内壁まで舐め上げる。
「ひっ・・・・・・!」
舌先に感じる肉は暖かく、少し甘い。
実際は体液なのだからもっと現実的な味なのだろうが、アルベルトはそれを甘いと認識した。
「ぅん、っぅ、ぁ」
ちゅぐちゅぐと中を舐められ、イワンの背に汗が浮く。
抵抗もままならなくなると、アルベルトは手を離して後孔を舌と指とでなぶり始めた。
指を引っ掛けて拡げたうえに舐められ、腰が跳ね上がる。
「ぅ、ふ、っく」
えぐえぐとシーツに涙を擦り付けていると、アルベルトが背に乗り上げてきた。
臀部に当たる熱い男根に、イワンは小さく震える吐息を吐き出した。
「そのまま力を抜いていろ」
「はぃ・・・・・・・」
「声も堪えるな」
耳に揃った歯列が食い込み、後孔がゆっくりと開かれる。
先も含み切らぬ内にずきんと痛みが走り、イワンは小さく声を上げたのだが。
「ぁ・・・・・・っあ、あぁああぁっ・・・・・・・・!」
指を噛まされて閉じられない口から甘い悲鳴がほとばしる。
唾液まみれの後孔に摩擦による痛みは殆どなかったが、絶対的な質量に押し拡げられる痛みは慣ていてもかなりのあるし、押し込まれれば声くらいでよう。
「んっ、んくっ、ふ・・・・・く・・・・・・」
ひくつく自身の後孔に息が詰まり、イワンはシーツを手繰った。
その手に少しだけ大きな手が重なる。
指を絡めて強く握られ、イワンは無意識に微笑んでいた。
その愛らしい所為が男を煽る。
「ぁ、っぁあ、ぅあ」
左手を重ね合わせたままの突き上げに、掴まれた腰が軋んだ。
激しく出入りする男根は硬くそそり立ち、イワンの柔らかな内壁を抉る。
「あっあ、あ・・・・・!」
前立腺の神経の固まりを攻め立てられるのに耐え切れず、イワンは熱を吐き出した。
硬い肉槍の表面が少し沈む程の激しい締め付けがくる。
締まった肉の輪に扱かれる快楽に、アルベルトも奥に突き込んで吐き出す。
長い射精の間数回突くと、イワンが泣き声を上げた。
「アルベ、ル、ト、様・・・・・っ」
「嘘臭」
「嘘などついておらん」
アルベルトの部屋にてモスコミュールを飲みながら言い合う盟友の話題は「無理強いだったかどうか」である。
アルベルトは同意の上だったと言い張り、セルバンテスはそれを信じない。
「じゃあもし本当だったらアイスランドの別荘あげるよ。島ごと。付近三島含め」
「後悔するぞ」
「大丈夫だと思うねぇ。・・・・・イワン君どっちだい?」
本日はバーテンとして延々モスコミュールやワインクーラーを作っていたイワンは、羞恥プレイどころではない問いに、泣きそうな顔で首を振る他なかった。
***後書***
実はお風呂やベッドでお膝を抱えてその上にほっぺぎゅってするイワンさんが書きたかったんです。