【御主人様のお気に召すまま-035】
「・・・・・・・・・・!」
「・・・・・!・・・・・・・・」
「!」
サロンのど真ん中の椅子に座らされたイワンは、真剣に論争している十傑を見て首を傾げた。
何故か出勤するなり科学班に捕獲され、錠剤を飲まされた。
飲まされたというか、飲んだ。
彼らの必死の形相と勢いに。
これは十傑の誰かが一枚噛んだんだろうなと思っていたら、飲んで直ぐにゴツいヘッドフォンを着けさせられた。
今も大音量でパッフェルベルのカノンが流れている。
それ以外何も聞こえない。
漸く話がついた(らしい)のは音楽が七周してからだった。
やたら楽しそうなレッドや自信ありげな顔のヒィッツ、何故かのど飴の袋を抱えているセルバンテス。
物凄く嫌な予感を感じながら、イワンは近づいてきた怒鬼を見上げた。
男の指だがきちんと手入れされた手が、優しくヘッドフォンを外す。
「あの・・・・・・」
不安げなイワンに怒鬼は頷き、ホワイトボードを取り出した。
《順繰りに喋る。楽に》
書かれても。
筆談とは言え長く勤めて初めて怒鬼と会話を成立させた気がする。
取り敢えず頷くと、頭を撫でられた。
《私のものにべたべた触るな。死にたいか》
語尾にわざわざドクロマークを書いて難癖つけるレッドもこのルールに従うらしく、ホワイトボードで筆談だ。
《兎角喋らん貴様は失格なのだ。さっさと退け!》
怒鬼はもう一度イワンに目を向け、唇で額に触れて離れた。
普通にデコちゅした怒鬼に手裏剣が飛ぶ。
が、かなりいい加減に投げたようであっさり躱された。
退いた怒鬼に鼻を鳴らし、レッドはペンを走らせた。
《さっさといかんか、真空馬鹿》
「そんなに真っ二つにされたいか」
むっとしたように言ったヒィッツに、イワンは少しむず痒いような感覚を覚えた。
落ち着かないような、そわそわするような。
目を泳がせるイワンに気付き、ヒィッツは彼に近づいた。
「どうした?」
「っ・・・・・・・いえ」
何だか気恥ずかしくて、ヒィッツを正面から見る事が出来ない。
少し俯き、そろっと上目で見ると、ヒィッツが笑った。
紳士的なスマートな笑み。
「イワン」
慌てて俯くと、ヒィッツがまた笑う気配がした。
頭を撫でられる。
「ルールその3、お前の名を呼んだらターンは終了だ」
中々可愛らしい恥じらいだったな。
そう言って、ヒィッツは口をつぐんだ。
ゲーム自体の趣旨を尋ねようとすると、今度は幽鬼が口を開く。
「別段悪意のある事ではない。ただ声を聞いてくれ」
幽鬼の言葉に、イワンはどぎまぎしながら頷いた。
さっきよりもっとドキドキする。
心音が煩い、指先がそわそわと動く。
「イワン」
名を呼ばれて硬直してしまい、慌てて俯く。
幽鬼が苦笑した。
「矢張り愛らしいな」
「さっさと引っ込め」
幽鬼を睨んで前に出たのはレッド。
その気短で攻撃的な一言に感じる筈の無い好感を覚えて心が震える。
ふわっと桜色に染まった頬と戸惑い恥じらう可憐さ。
十傑の視線が集中する中、レッドが甘く囁く。
「そんなに私の声が好きか」
甘く優しく、ではない。
甘く冷たい声が耳を這うたびに益々赤面してしまう。
レッドはイワンの顎を掬い上向かせた。
出来得る最大限の優しい笑み。
「イワン・・・・・・・・」
元々顔と腕だけはいいこの忍者、イワンの頬がかぁぁっと桜から薔薇の色に変わる。
イワンから離れ、レッドは自信満々でペンを取った。
《ふっ、私が勝ちそうだな》
《口説き文句に重点を置く勝負なら私が勝っている》
《・・・・私は口下手だしな・・・》
負け惜しみなヒィッツと、諦めモードの幽鬼。
小さく笑う声がした。
「付き合わせて済まないな」
「い、いえ・・・・・・・」
紫煙を吐いて苦笑している残月の声が耳を擽る。
歳の割に落ち着き過ぎの気もする声に安心感を覚え、イワンは恥ずかしそうに微笑んだ。
抜け切らぬ頬の熱に薄紅に色付いた頬とあいまった奥床しい笑み。
余りに愛らしい。
《くたばれ若年寄り》
《むしろ仮面組2人がうざい》
口の悪いレッドと乗じてレッドに悪態つくヒィッツ。
残月が肩を竦める。
「ルールはルール。出来れば私の声でもう一度白百合のように笑ってくれ・・・・・イワン」
イワンは少し戸惑ったが、優しい残月に微笑み返した。
先より幾分落ち着いたのか、とても優しい笑み。
残月がイワンの頬を撫でて離れる。
「・・・・・・・若さより落ち着きを好むと見えるが如何に」
十常寺に尋ねられ、イワンは咄嗟に返事が出来なかった。
口をはくはくさせ、何とか絞り出す。
「あの、っ、落ち着いた声は、好き、です」
「では」
この声は如何に。
イワンは頬を染めて俯いた。
残月とはまた違う、本当に年月を経た落ち着き。
なのに胸がどうしようもなくさざめく。
「十常寺様のお声も、素敵、です・・・・・・・・」
つっかえながら言ったイワンに、十常寺が近づく。
耳元で「イワン」と言われた。
いつもの「露特工」ではない事にドキドキしてしまう。
《狸汁にして食ってやる》
《では私が刻もう》
《狸は寄生中がいる》
《・・・・・・・・・・》
鍋とお玉の絵まで付けたレッドに、悪乗りしたヒィッツ。
真面目に応対する幽鬼が悲しい。
と言うか無言をわざわざ大量の点で表す怒鬼が・・・・・・・。
「やれやれ、わっぱとはいえ二十も過ぎた男が吠えるのは見苦しいぞ?」
笑うカワラザキに若人(白昼除外)組がホワイトボードを綺麗にする。
カワラザキはイワンに目を向けた。
「まあ、気楽にな」
宥めるような声はとても重みがある。
長く十傑衆を率い、檄を飛ばした声。
それは今穏やかにイワンの耳に流れ込む。
「す、すみません・・・・お気遣いを・・・・・・・」
僅かに震える声。
胸がときめいて上手く口が動かない。
必死に喋ろうとすると、カワラザキがイワンの頭に手を置く。
「無理をして喋ることはない」
人の世界に傷ついた幽鬼を育てた、重みのある言葉。
イワンはぎこちなく頷いた。
「良い子じゃな、イワン」
何だか擽ったいが、嫌ではない。
カワラザキは微笑み頷いて口をつぐんだ。
「む・・・・・儂はそう良い声でもないし、余り期待は出来んな・・・・・・」
もそもそと呟いた声は樊瑞だ。
「まあ生まれ持ったものや好みなどどうしようも・・・・・・・」
耳に入る魔王の独り言に、イワンは俯いてしまっていた。
何か気に障ったのかと目を向ける樊瑞。
気付いたイワンが少し顔を上げた。
困った顔をしている。
どうしていいのか分からずに彷徨う目は涙に潤んでいた。
「す、すまん。そんなに不快か」
泣きそうに潤んだ目に、思わず謝る。
イワンが小さく首を振り、まなじりを染めた。
「イワン・・・・・・?」
《ターン終了(笑)》
(笑)をつけたレッドを誰も責めはすまい。
墓穴を掘ったのは魔王自身だ。
むぐ、と黙る樊瑞。
何だか悪い事をしてしまったような気がしながら見ていると、イワンの前に影が差す。
「イーワーンー君ーw」
びっくりして顔を上げると、滅茶苦茶楽しそうなセルバンテス。
手を取られて思わず立ち上がる。
「可愛いなぁ可愛いなぁっ!ドキドキしながらほっぺたをピンクにして目をうるうるさせて・・・・・って、どうしたの?」
手を預けたままぺたんと座り込んでしまったイワンに首を傾げる。
イワンは泣きそうに眉根を寄せた。
「腰が、抜けてしまっ・・・・・・・・」
間。
十五秒後、セルバンテスはテンション上がり過ぎでわなわな震えながらイワンを抱き締めた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!可愛いぃっ!」
ただでさえハイテンションな男がフィーバーかかったテンションは半端ない。
そこにいるだけで通報される雰囲気だ。
不審も甚だしい。
セルバンテスはイワンを胸板に抱え込み、清らな香りの肌に顔を埋めた。
「私の妻にならないかい?!絶対に大事にするから、ね、イワン君!」
《終了》
《時間ですよお客さん》
《お触りは禁止》
《・・・・・・・・・・・・・・・》
思わず名を呼んだセルバンテスに、若人(白昼除外)組がペンをきゅっきゅ言わせる。
どこのキャバクラだ。
セルバンテスは全く気にせず、イワンの額に唇を押しつけた。
「考えておいてくれたまえ!」
手を振って離れたセルバンテスに、イワンは自分のワイシャツの胸元を掴んだ。
心臓に負荷が掛かりすぎて今にも活動停止しそうだ。
「・・・・・・・皆さん少しは落ち着かれたらどうですかな」
上からな言葉と共に抱き上げられ、イワンは目の前の男を見つめた。
策士、孔明。
頭脳だけで戦う男に軽々抱き上げられ、イワンは目を瞬かせた。
視線に気付いた孔明が意地悪そうに笑う。
「軽過ぎますな。私でも抱き上げられる」
耳元で囁かれ、イワンは身体をびくりと竦ませた。
椅子に座らされ、優しく笑まれる。
「機敏な貴方の働きはいつも助かります」
誉められているのに身体が竦んでしまう。
いや、竦むと言うよりびくついてしまう。
「おや、私の声も捨てたものではありませんな」
くすりと小さく笑い、孔明はイワンの目の高さに腰を折った。
「オロシャのイワン」
びくんと跳ねた身体に満足気に羽扇を揺らし、孔明はイワンから離れた。
緊張が解けて安堵の息が漏れる。
「イワン」
耳を打った主の声に、イワンは息を止めた。
突然動きの止まったイワンに視線が集まる。
「・・・・・・・・・っ」
椅子の上に膝を抱えて身を丸めてしまったイワン。
左足を動かしたレッドを、幽鬼が止める。
「何だ」
「余り苛めてやるな・・・・・・」
「別に苛め・・・・・・・」
ずば抜けた嗅覚の鼻先に、馴染みのある香りが届く。
レッドは一瞬驚いた顔をしたが、次いで底意地悪く唇を歪めた。
「声だけでイッたのか」
揺れる細い肩。
可愛くていじらしくて、厭らしい。
身を縮めるイワンを堪能する十傑。
アルベルトは葉巻の吸い口を噛んだ。
本気で腹が立っていたら噛み潰している。
男を煽るのには閉口するが、己の声に激しく感じるのは余りに可愛い。
アルベルトはさっさとイワンを抱え上げ、顔も見れないで俯くその身を屋敷に運んだ。
自分の部屋に連れ込み、ベッドに下ろす。
「・・・・・・・イワン」
耳を噛む。
イワンがひくっとしゃくり上げた。
脚がびくっと引きつり、二度目の射精。
下着に染みた精液がスラックスにまで滲む。
その染みに手をあて、平でずるりとずらす。
粘着質な音がした。
「名を呼ばれるのがそんなに悦いか」
問うた声だけで、手の平に感じる雄がゆるく立ち上がる。
顔を隠して羞恥に震えているイワンの手を掴んで、桃色に染まる顔を覗き込む。
「アルベルト様・・・・・・・・」
かすれた甘い声に本能が燃える。
甘そうに濡れた唇を貪ると、イワンは身を震わせた。
「ん・・・・・・・・・っ」
ちゅく、ちゅぐ、と口内を掻き混ぜる。
上顎を舐め舌を絡めて吸えば、イワンの手がスーツに縋る。
僅かに唇を離し、飲み零した唾液を舐めると、ぴくん、と手が反応した。
「は・・・・・ふ・・・・・・・・」
とろりと濡れた目で見つめられ、アルベルトは腰が疼くのを感じた。
口程にものを言う瞳はいつだって男を煽る。
赤らんだまなじりを軽く吸って、スーツを脱がせる。
もう一度口づけようとすると、イワンの手が胸元を押さえてくる。
嫌かと問おうとした耳に、小さな音が届く。
ぷち・・・・ぷちん・・・・・・・
鍵盤が似合う指が器用に釦を外すのに、アルベルトは唇を笑ませた。
いつもされるがままの従者が奉仕以外で起こしたアクションが嬉しい。
片手でタイを緩めると、それを丁寧に外される。
最後に一番上の釦を外して、イワンは手を下ろした。
これが限界らしい。
アルベルトは上半身の衣服を脱ぎ捨て、スラックスの前を緩めた。
その間も片手の手指、唇はイワンの肌を這い、快感を与える。
「ぁっ、ぁん」
泣きそうな甘い悲鳴を聴きながら、胸の尖りに舌を当てる。
唾液にぬるみながらぐりぐり押しつぶすと、イワンの腕が主の頭を抱え込む。
「っん、ん、ぁはっ」
横に振られる首と、頭を抱え込んで放さない腕。
身体と頭がバラバラに作動している従者に薄く笑み、アルベルトは舌先の肉芽をぢゅぅと吸った。
強く頭を引き寄せられる。
「っん、っんーっ!」
イワンの踵が滑ってシーツに波紋を作る。
身体をぎくぎくさせながら堪える従者の色気に、欲にかすれた声で呼ぶ。
「イワン」
「・・・・・・っ!」
ぴちゃ、ぴちゅん、ぴちょっ。
なめらかな腹の上にわだかまる白濁液。
指に掬って後孔を探る。
「あ・・・・・・・・っ」
にちゅぅっと入り口の筋肉を押し分けて入ってくる男の指。
元々そこは受け入れる器官ではない。
増してイワンは男だ。
男を受け入れる事には心も身体も永久に慣れはしないだろう。
だがそれをおしても主とひとつになりたいという想い。
それが身体を開かせる。
「ぅん、ぁ」
アルベルトの指とイワンの中にだけ伝わる、僅かに空気を含んだ粘膜が掻き回される音。
ヂュボ、ぐぽっという空気の足りない音に、死にそうな羞恥に身を焼く男と、興奮に男根をいきり立たせる男。
わざと指を開いてぬぽぁっと音をさせ引き抜いて、アルベルトはイワンに乗り上げた。
シーツを手繰る指を己の背に縋らせる。
見上げてくる瞳の瞼に唇を落とし、ゆっくりと挿入した。
「ぁあ、んぁあっ・・・・・・・・」
かりが通って窄まる感覚に感じている身体を片手でなぞりながら、反対の手で腰を掴んで突き進む。
あたたかにぬめる柔い肉にぴったりと包まれ、今直ぐにでもぶちまけてしまいそうになる。
それを意地で堪えながら奥まで挿れ、アルベルトはイワンの耳に舌を入れた。
「イワン」
「ぁっ、ぁ」
「・・・・・イワン」
堪えようとしたが二度目の声で陥落する。
腰から下が溶解するような快楽の締め付けで絡み付く柔肉。
「ぁあ、あ、ぁぁあ・・・・・!」
管を内側から圧迫する程に流し込まれ、イワンはきつく目を閉じて射精した。
くらくらする視界に映るのは恋い慕う主。
イワンの唇から呟くようにその名が零れ落ちた。
「彼がいると衝撃の駒が動かしやすい。どんなに有能な駒でも扱えなければ意味はないのですから、彼の存在は有り難い・・・・・」
執務室で一人羽扇に指を這わせ、孔明はにぃと笑った。
「ですが、私の声に身体を震わせる姿は可愛いものですな。薬による過剰反応とはいえ、好み自体が変わったわけではないのですから」
本当に、私の声も捨てたものではありませんなぁ・・・・・・・。
***後書***
素晴らしき指パッチンとイワンさんの中の人が一緒なのを気にしてはいけない。
先日(2010.10.31)、幽鬼の声を演じられた野.沢那.智さんがお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りします。