【御主人様のお気に召すまま-042】



「・・・・・最近当たらないな」

当たらない、とは天気予報の事である。

濡れ鼠のイワンは、雫で濡れていく床に溜息を吐きながら浴室にタオルを取りに行った。

棚からタオルを出していると、ノックの音がする。


「はいっ」


急いで部屋に戻り、ドアを開ける。


「アルベルト様」


見る事が出来るとは思っていなかった主の姿に、嬉しくなって微笑んでしまう。


「任務明けか」

「はい。あの、どうぞ中に」


主を中に通し、イワンはキッチンで紅茶を入れた。

浴室に行く途中で火に掛けていた湯は直ぐ沸いた。


「どうぞ」


紅茶を出すと、アルベルトが眉をひそめる。


「・・・・・・・何故先に着替えん」


色を失った肌は触れずとも冷えきっているのが分かる。

唇も色が悪いし、吐息は僅かに震えていた。

だがイワンは不思議そうに目を瞬かせるばかり。

アルベルトは苦い溜息を吐いた。


「貸せ」


タオルを手に取り、イワンの頬を拭ってやる。


「あの、自分で」


困ったような戸惑いの笑みが歯痒い。

アルベルトはイワンの唇の端に口づけた。

ちろりと舐める。

酷く冷たい肌。

従者が先に逝った時に腕に抱くのはこんな感じなのだろうか。

アルベルトの腕がイワンを抱き締める。

濡れてしまいますと言う冷えた唇に、熱い唇を押し当てた。

舌は絡めずに、唇を擦り合わせる。

ぞくんとした感覚に震える従者を抱き上げベッドに運んだ。

湿ったスーツを脱ぎ捨てる。

従者の身体が敷き込んだシーツが濡れていった。


「寒くはないのか」


白い肌に張り付くワイシャツの釦を外しながら問うと、イワンが恥ずかしそうに俯いた。


「寒いですが、その」


触れてくださる手があたたかくて酷く気持ちがいいのです。

照れたように言う顔はとても幸せそうで、他意が無い。

色っぽい意味でなく、純粋に触れられる事を嬉しいと伝える従者に苦笑が零れる。


「イワン」


呼ぶと見上げてくる。

その口に吸い付くと、小さく鼻を鳴らした。


「ん、んっ・・・・・・」


舌先で舌先をつつく。

引っ込んだ舌を追わずに唇を柔く吸うと、罠に掛かった舌が迷い出た。

唇を少し強く押しつけ直し、それを吸い上げる。


「んっっ」


甘く歯を立ててやると、初い舌は逃げを打つ。

先を歯で挟んでキツく吸うと、組み敷いた身体がびくっと跳ねた。


「は、ふぁ・・・・・・・」


一度解放してやると、くたっとベッドに沈み込んだ。

痺れた舌が濡れた唇からちらちら覗き、色っぽい。

胸を喘がせて横顔をシーツに押しつけた様子は酷くストイックで、相反するその様子に欲望が頭をもたげた。


「ぁ・・・・ん・・・・・・」


腹や胸を撫でる熱い手が心地よくてぽーっとしている姿が余りに可愛らしい。

喉を擽られた猫のようにうっとりする従者は酷く艶っぽかった。

自分だけの、愛くるしい白猫。

霧雨の夜のような濡れ光る黒い瞳が細まる。


「アルベルトさま・・・・・・」


甘く鳴く愛猫。

爪は綺麗に切り揃えられて短い。

少しくらい爪を立てればよかろうに、この猫は頑なにそれを嫌がる。

苛めて苛めて苛め倒して、ぐちゃぐちゃにして訳が分からなくさせて。

漸く泣きながら爪を立てる。

背にぴりっとした痛みを感じる事後の浴室で、主が鏡に映る爪痕を満足気に眺めている事をこの白い猫は知らないのだ。


「ぁ・・・・・・っ」


耳をなぞると、ふわりと頬が染まる。

口元を緩めて嬉しそうにしている様子に、アルベルトの口元も緩む。

耳に悪戯する大きな手に白い手を添えて頬摺りされた。

自然な動作は嫌味が無い。

頬を手で包み、反対の頬に口づける。

瑞々しい弾力が唇を押し返した。


「ん・・・・・・・・・」


擽ったそうに眇めた目元に唇を這わせる。

少し熱を持ったまなじりを舌先で辿ると、涙が僅かに溜まった目頭に行き着いた。

そこから上に切り返し、瞼のきわを辿る。

震える薄い皮膚と、短い睫毛。

目尻の瞼に小さく音を立ててキスを落とし、アルベルトはイワンの顔を覗き込んだ。


「・・・・・・・・・・・・」


色々言いたいことはある。

アルベルトは盟友の言葉を思い出していた。


『抱いても伝わらない事ってあるんだよ?』


愛してるとか、有難うとか。

若い時分、言葉に頼り過ぎな盟友は聡い女に「貴方の言葉は薄っぺらなの」とひっぱたかれていた。

言葉が足りない自分は「私は貴方の人形じゃないわ」と愛想を尽かされる事があった。

今でこそそんなヘマはしないが、基本変わっていない。

盟友ははぐらかすのが上手くなっただけ。

自分の場合はただ相手が優し過ぎるだけだ。

直向きな愛を捧げる彼に、どうしようもなく甘えている。


「・・・・・・・イワン」


言葉にしては薄まる気がする。

言葉などでは到底あらわせぬ。

だが薄まってなお灼け付くこの想いは。

言うに言えなくて憮然と眉間に皺を刻む。

イワンは首を傾げて微笑んだ。


「・・・・・・・・・・」


何も言わずに白い指で眉間の皺に触れる。

辿る指は優しく皺を伸ばす。

アルベルトは諦めて口を閉ざした。

また今度。

子供の言い訳のようなことを心の中で呟き、イワンの唇に唇を落とす。

ちゅ、と吸いながら身体をまさぐった。

口づけを飽きもせずに何度も繰り返す。

手探りでの愛撫にもぞもぞする華奢な身体。

濡れたスラックスを膝まで引き下ろす。


「あっ・・・・・・・・」


濡れて張り付いた下着の上から、まだ立ちの甘い雄を甘噛みする。

くっきりと形が分かるかりを布地の上から舐めると、ぴくりと反応した。


「っん・・・・・・・・」


もじりとシーツの上をずって逃げる腰を掴み、スラックスを抜く。

大きく開かせると、白い内腿が羞恥に色づいた。

伸び上がって口づけた視界に入ったものに、アルベルトは口元を質悪く歪めた。

手を伸ばし、サイドテーブルの上に転がるキャンディを摘み上げる。


「喉を痛めたのか」


喉飴に目を落とす主に、イワンは首を振った。


「同僚が、くれました」


アルベルトは包みを剥ぐとそれを口に入れた。

甘い、苺の香り。

舌の上で転がし、イワンに口づけた。

苺の味の口づけをかわし、薄く開いた口に飴玉を押し込んでやる。


「ん・・・・・・」


素直に受け取り舐めるイワン。

アルベルトはにやっと笑ってもう一つ包みを剥いだ。

ちろりと舐め、指先で摘む。

閉じた後孔に押し付ける。


「え・・・・・ぁんっ!」


ちゅくんと飴を押し込まれ、イワンの腰が跳ねた。

然程大きくもないから痛みはないが、初めての感覚に後孔がひくひくしてしまう。


「あ、ぁっ、あの、おやめくださ・・・・・・っ」


二個三個と押し込まれて制止するが、聞いてくれよう筈もなく。

結局そこに置いてあったキャンディを全部入れられてしまった。


「んん・・・・・・ん」


慣れぬ感覚にそわそわしていると、腹に手が置かれる。

ぐっと圧迫され、イワンは身を捩った。


「あっ、あぁぅ」


腹の中でキャンディがごろごろ動く。

変な感じがして、孔がひくひくした。

腹を揉む主の手に手を重ねるが、止める程力は入っていない。

中をごろつくものが段々小さくなっていく。


「は・・・・・ぁ・・・・・・・」


漸く違和感から解放されて力を抜くと、脚を上げさせられた。

触れる乾いた指に不安を覚えて見上げる。


「んっ・・・・・・・・」


くに、と孔を押され、腰がびくついた。

孔の周りを引っ張られて、粘膜が僅かに捲れる。

うにうにひくつくそこからねっとり落ちる、薄ピンクの雫。


「ひっ」


舐めると、苺の味がした。

声も出せない程に驚き硬直している従者ににやりと笑う。


「甘いな」

「・・・・・・・・!」


顔を真っ赤に染め上げて急激に涙を溜め始めたが、気にしない。

脚を深く折らせて、孔に唇を押し当てた。

何度も舐め、舌をねじ込む。

精神が拒絶しても身体は悦んでいるようで、瞳も雄も雫を零していた。


「ひっく、ぅ、っは、あ・・・・・!」


よく解し、問題なく受け入れられるよう慣らす。

指を一切使わずにするのは初めてだったが、中々良い反応だった。

舌を引き抜いて口元を拭う。

が、思いついてもう一度唇をつけた。

慎重に位置を調整し、しっかり押し付ける。

ぢゅるっ。


「ひぃっ!」


溶け切った飴を吸い出され、イワンは悲鳴を上げた。

排泄感と違い、好き勝手に吸い出される感覚のおぞましさに身体が冷たい汗を伝わせる。


「あっあ、や、め・・・・・あぁっ!」


今度は吸い出されたものを一気に流し込まれる。

行為の異常性に、目の前がちかちかした。


「いゃ、あ」


びくっびくっと跳ねる腰をしっかり固定して何度も繰り返し、最終的に唾液でかさが増えたものを全て流し込む。

顔を上げ再度口元を拭った時には、従者は虚ろな目で身体を痙攣させていた。


「あ、あ」


がくがく震える身体を宥めるようにひと撫でし、脚を抱える。

ぬめる後孔を亀頭で擦ると、ビクンと身体が反った。


「あ、ぁ、あ、あ」


背中の下部を浮かせ、上部をシーツに沈み込ませて受け入れる苦痛を耐える従者はやはりシーツを掴んでいる。


「手で縋れ」


言っても涙目で首を振るばかり。

そう強情ならこちらにも考えがある。


「んんっ・・・・・・!」


含ませた亀頭を引き抜く。

入り口にかりを引っ掛けてなぶると、腰がもどかしげに揺れた。


「はぁ、ぁ、あぁうぅ」


にゅぽにゅぽと薄い粘膜をいたぶられて、イワンは苦しげに眉を寄せた。

痛みもあるが、それよりかりが引っ掛かってめくれあがる入り口が辛い。

後孔で何度もセックスを繰り返すと身体はそれに対応する。

イワンは珍しくそうならないが、まず孔の形が歪む。

中は相手の形を覚えてしまう。

イワンの身体も主を覚えている。

もっと慣れると後ろだけでイけるようになる。

そして柔らかに開く事を覚えた孔は激しく抜かれるとかりに引っ掛かってめくれてしまうのだ。

花のようにめくれた粘膜は数回ひくつけばくぱっと戻るが、その間の外気や視線は苦しく辛い。

注挿だけでそれなのに、わざわざかりでいびられては堪らない。

キツく絡みながら柔軟な入り口を刺激されるのに耐え切れず、イワンは主の背に手を回し縋った。

瞬間、深く突き込まれる。


「あっあぁっ」


亀頭を締め付ける媚肉に興奮しきっていたものは硬く熱く、入り口を押し開き奥を突き上げる。

擦れる入り口が締まり、押し広げられた管が強く絡み付いた。


「ぅあ・・・・・ぁ・・・・・・」


中に吐き出される男の欲望。

受けとめきれないそれが隙間から溢れる。


「は・・・・・・・・・」


腹の上にわだかまる精液。

くたんと力を抜くと、甘い口づけが与えられた。

縋った手が、無意識に広い背を撫で、滑り落ちた。




「・・・・・・・・」

「・・・・・・?」

淫媚な空気がまだ残るベッドで従者の頬を指の甲でなぞる。

疲れた様子の彼に問う。


「・・・・・・何故先に着替えなかった」


無意識に拘っている事を口にすると、イワンは目を瞬かせ、笑った。


「貴方様が、最優先なのです」





***後書***

口に入れたり出したりしないでください。行儀悪い。