【御主人様のお気に召すまま-053】



浴室から出て濡れ髪を掻き上げる。

ベッドに沈んでいる従者は深く眠っていた。

少々無理をさせ過ぎたかもしれない。


「ぅう、ん・・・・・・」


もじ、と腰が揺れる。

白い肌の下で腰骨が動く。


「ん・・・・ゃ・・・・・」


ひく、と跳ねた身体はどう控えめに見ても性的なものを含んでいて。

思わず口元が笑みに歪む。


「ん、んっ」


揺れる腰。

焦れたようにくねる動きは白いいもりのように艶めかしく。


「ぁん、は」


ぱたっと蜜が落ちる。

従者に手を伸ばしたアルベルトは、次の瞬間硬直した。


「ぁあ、駄目です、セルバンテス様・・・・・」





「ん・・・・・・・」

肩の軋みに耐え切れず覚醒したイワンは、ゆっくりと目を瞬かせた。

腕が拘束されている。


「アルベルト様・・・・・?」


脇に座る主を見上げ、身体が竦んだ。

冷たい無感情な顔。

怒りの燻る気配。


「牝犬が」


一瞬何を言われたのか分からなかった。

脳内で変換をかけ、行き着いたのは矢張りそれで。


「貴様の節操の無い尻は何とかならんのか」

「アル」

「淫売は口など聞かずに腰を振っていろ」


戯れの目ではない。

愕然と主を見上げる。

主はサイドテーブルの筆立てを掴み、引っ繰り返した。

強力クリップを取る。


「っあ!」


ばちん、と胸の尖りを挟まれ、思わず身を捩る。


「動くな」


必死に身体を動かさないよう頑張るが、千切れそうな痛みにどうしても震えてしまう。

主の指が、クリップを摘む。

開かずにじわじわ引かれ、激しい痛みと恐怖に見舞われる。

ばちん。


「っが、ぅ・・・・・!」


尖りから外れた瞬間の焼け付く痛み。

息が震える。

じくじくするそこに、赤の油性ペンが滑った。

左の乳首をしつこくフェルト地が擦り、痛い。

ぐりぐり押し潰され、赤いインクに汚されていく。

両方とも真っ赤になると、脚を上げさせられた。

恐怖と痛みに小さくなっている後孔を、ペン先で突かれた。


「っ!」


特に柔らかい部分を執拗になぶられる。

ピンクの窄まりを真っ赤に塗り潰していく。

襞の一本一本まで、丁寧に。

そして、ゆっくりと差し込んだ。

引きつった悲鳴を上げるのに構わず、奥まで。

もう一本、黒いペンを取り、尻たぶに書き付けた。


「貴様にはこれが似合いだ」


セルバンテスにでも媚を売っていろ。

部屋を出る主を茫然と見つめ、イワンはぱたりと力を抜いた。


「あぁ、そうか・・・・・・」


飽きてしまわれたのか・・・・・。





盟友に書類を持ってきたついでにその従者に構おうと思っていたセルバンテスは、やたら機嫌悪く攻撃的な態度の盟友に呆れ、勝手にイワンの部屋に向かっていた。


「イワン君ー?」


開けてくれなきゃ開けちゃうよ?

ふざけて言って開けた先の姿に、セルバンテスは目を見開いた。

仰向けの身体は赤インクで無闇矢鱈に線が引かれ、片方の尖りは腫れあがり。

後孔をペンで犯され、尻たぶにはとても言えない侮蔑の落書。

ぎぃ、ぎぃ、と軋む音を立てて引かれる手は拘束されていたが、飽きもせずひかれた所為で、酷い擦過傷になっていた。

血が出るどころか皮膚がべろっと剥がれて肉が見えている。


「イワン君っ、駄目だ!」


ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。


「お願いだからやめておくれよ・・・・!」


ぴた、と動きが止まる。

黒い瞳がセルバンテスの姿を捉えた瞬間、気の触れた絶叫がほとばしった。





ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。

白い部屋に窓はなく。

消毒液の匂いが満ち。

聞こえるのは只ひたすらに。

ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。

腕を拘束する包帯を引く音。

ベッドに括られ、やつれ変わり果て。

ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。


「・・・・イワン君」


ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。


「・・・・・少し外してあげよう」


拘束を解いてやると、直ぐ様指を口に入れ爪を噛み始める。

がり、がり、がり。


「・・・・・楽しいかい?」


がり、がり、がり。

爪を噛むのは愛情が不足していると言う心理からであることが多い。

がり、がり、がり。

今までよく我慢したと思う。

がり、がり、がり。

爪を噛むというのは語弊があるかもしれない。


「イワン君」


爪などとうの昔に全て食べてしまった。


「イワン君・・・・・」


白い指は血まみれで。


「・・・・・イワン君・・・・・・っ」


でも君を救えるのは私ではない。





ぴりぴりした空気のサロン。

事が深刻すぎて下手を打てず、皆黙る。

アルベルトはアルベルトで不貞腐れていた。

悪いのは自分ではない。

盟友が言っても一度も見舞わず、大袈裟だと信じず。

軽く、考えていた。

きぃ・・・・・・・。

ぺた、ぺたり。

入ってきた人間に視線を流し、アルベルトは絶句した。

半死人のように青白い身体は痩せ細り、骨が浮き。

半端に解けて引きずる包帯は血まみれで、覗いた腕は皮膚が剥げ落ち肉と骨を晒し。

気に入りの白い指に爪はもうなく、指先は欠け。

死んだ瞳、壊れた薄ら笑い。

ぞっとする、変わり果てた姿。

盟友の冷たい声。


「これがイワン君だよ」


君の、イワン君だよ。

動けない。

声が出ない。


「彼にとって君が全てなんだ」


ああ、ああ。

何という浅はかな振る舞いをした。

何という愚かしいやつあたりをした。

何という残酷な言葉を投げ付けた!

イワンは惚けた薄ら笑みのまま、主に近づいた。

乾いて固くなった血だらけの指が、主の頬をたどる。

幸福そうな溜息が、一つ。

イワンは壁に掛かっていたサーベルを抜いた。

白い喉に食い込む切っ先。

伝う赤い血液。


「っ」


思わず刃を掴んでいた。

冷たい汗が噴き出す。


「イワン・・・・・」

「ぅあーぁ?」


壊れた返事。

手を伸ばし、抱き締める。


「悪かった」


イワンは目を瞬かせた。


「いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いやぁぁぁあぁああ!」

「イワン!」

「違う!アルベルト様は謝ったりしない!どこ?どこ!アルベルト様は?!」


狂ってなお狂おしく自分を求める姿が。


「イワン」


哀れすぎて。


「イワン」


首を、絞めた。


「イワン」


薄ら笑いが、幸福に酔う笑みに。


「ワシも追ってやる」


ぴく、と身体が反応した。

力無い指が、爪の無いままに主の手を引っ掻く。


「いゃ・・・・・・」


貴方様の前から消えますから、どうか。


「生きて・・・・・・」


くた、と手が落ちた。





「・・・・・大丈夫か」

「はい」

主の死を止めるためだけに、従者は暗い水面から上がった。

それを捕まえ、違うのだと言い訳をし。

今まで数度しか経験の無い謝罪という事をして。

引き止めた。

やんわり笑ってくれる従者は未だ医務室からは出られないが、二日後には一般病棟に移る事になっている。


「・・・・・どうかなさいましたか?」


余りに強く、脆い恋人。

その包帯に巻かれた手を取り、口づける。

誓紙、刺青、爪剥ぎ、指切り、貫肉。

そして行き着く先が心中死。

それは現世で一緒になれない二人が、あの世の水面でせめて同じ蓮の上にという、儚くも甘い願い。

この残酷な世界に愛想が尽きたその時は、二人、一緒に。





***後書***

『織葉さんから夢精ネタ』なのに何で心中物に・・・あれ?

途中からイワンさんを虐げ隊隊長スイッチ入った。めためたに傷つく彼は儚く強く脆い人。