【 御主人様のお気に召すまま-062 】



三日前に服用した薬が合わなかった為に薬疹が出来た。

多少痛痒く微熱が出た程度なので、入院は免れた。


「しかし凄いな・・・・・・」


胴や手足の他、右頬にまで斑の湿疹が出来ている。

まじまじ見てなぞるとひりひりした。

当然うつることはないのだが、一応休みを取った。


「・・・・ミルクティでも煎れるか」


絶対に聞き付けてからかいにくる友人は来るならそろそろ。

任務かは知らないが来なければ自分で飲めば良い。

微熱で少し怠い身体を引きずり、湯を沸かす。


「イワンー!」


ほら来た。

ノックもなしに飛び込んできたのに軽く溜息を吐いて苦笑し、座るよう言う。


「今日はミルクティがいいっ」

「今煎れてる」

「やたっ」


元気の良いこの娘とはもう長い付き合いになるが、破天荒な部分を除けば中々良い娘だ。

他の人間の前ではきっちりしているから問題はない。

我儘も甘えだと思えば可愛いものだ。

気の強いこの娘は自分以外の誰にも上手く甘えられない傾向にあるから。


「薬合わなかったの?」

「あぁ。BF団は常に新薬開発をしているからままある事だしな」

「あんた肌白いから目立つわね」


薬疹なんてたいしたことないのに痛々しい感じ、と首を傾げるローザの前にミルクティを置く。

向かいのソファに座って自分のカップに口をつけた。


「・・・・・あんたさぁ」


それ無意識?

口元を指差されて怪訝な目を向ける。

別にミルクを口に伝わせたり舌を出したりしていない。


「口。ふーって冷ますときの唇!」

「?」

「やらしい」

「・・・・・・あのな」


私の唇はそう柔らかくぽってりした感じでもないし、色もそう赤くはない。

第一男の唇なぞ・・・・・・。


「だってやらしいもん」

「・・・・・・・・」


はぁ、と溜息を吐き、イワンは腕を軽く掻いた。

痛痒いのが気になる。


「ま、いっか。そのブツブツ薬とかあるの?」

「ああ、医務室で貰ってきた」


テーブルの隅に置いたチューブを指差す。

ローザはそれを手に取ると蓋を開けた。


「背中出して」

「は?」

「背中塗ってないんでしょ?」


首を傾げ合って見つめ合う。

イワンは深い溜息をついた。


「男の肌なんぞ若い娘が」

「背中」

「触るものじゃ」

「背中」


全く話を聞かないのはどこか主に似ている気がする。

似たもの師弟・・・・・。


「分かったから・・・・」


ワイシャツを引っ張り始めかねない娘にもう一度溜息を吐き、タイを緩める。

肌を晒して背を向けると、満足気に頷いた。


「触り心地良いー」

「良かったな・・・・っん!」


ぴく、と背が強張った。

ローザが手を止める。


「感じる?」

「馬鹿、染みるんだ」

「ここ?」


少しあばけてる、と呟き、ローザは指の腹でそこをなぞった。


「んんっ・・・・」

「そんなに痛いの?」

「痛い、と言うか・・・・っぁ」


これは声だけ聞いていると状況を誤解しやすい。

特に途中からだったりすると尚更だ。

ドアの外にいるアルベルトもその一人である。

下着事件の事もあるから誤解だとは思いつつ、開けるのに躊躇するドア。

その間にも「ぐりぐりしていい?」とか「痛い」とか「暴れたら駄目よ」とか。

アルベルトは躊躇を捨ててドアを開けた。

今回は葉巻を取り落としはしなかった。

ソファに俯せで押さえ付けられ藻掻く従者と馬乗りでチューブを持つ弟子は硬直したが。

手にしたチューブが間違っても潤滑剤で無い事を確認して。


「一応言い訳は聞いてやろう」





「・・・・あの、本当に・・・・」

今回も人身御供にされたイワンと、上手く脱出を図ったローザ。

チューブを持つ主に、イワンはそっと溜息をついた。

主の手を煩わせたくないのだが、恐らく言っても聞いてはくれまい。

おとなしく背を向けると、暖かい手が薬を塗り始める。

大好きな手。

優しい触れ方に思わず口元が綻ぶ。


「痛むか」

「いえ」


とても心地好いです。

本当に気持ちが良さそうな様子に、アルベルトの口元も綻ぶ。

穏やかな心地好さに浸る恋人も可愛くて好きだ。

白くなめらかな背中に薬を塗り込め、ワイシャツを掛けてやる。

主を降り仰ぎ礼を言おうとしたイワンは続く言葉に固まった。


「脚を出せ」

「い、いえ、そこまでやって頂く訳には・・・・」

「構わん」


毎回言いますが構わないのは貴方様だけです!・・・・というのは心の奥に仕舞い、イワンは躊躇の後に諦めて腰を浮かせた。

下半身下着姿になってちょこんと座り直すと、足首を掴まれ膝に置かれた。

足の間に手を付いてバランスを取る。

足の甲にひとすくい垂らし、柔らかであるために酷く赤らんだ指の間に塗り広げる。

指を引っ張るようにして万遍無く塗り、残りは甲に塗る。

足首、ふくらはぎ、膝裏、腿と丁寧に擦り込み、反対も。

ここまでさせてしまった事を申し訳なく思いながら礼を述べようとしたイワン。

彼は続いた言葉に再び固まった。


「尻を出せ」

「いえ、あの」


確かに臀部にも湿疹は出来ている。

だがこんな明るい室内で薬を塗布してもらうのは相当間抜けな図だ。

子供じゃあるまいし全力で遠慮したい。


「お手を煩わ」

「尻を出せ」

「せるのは大変心苦し」

「尻を出せ」


っ話を聞かない師弟だ!

流石に若干腹が立ったが惚れた弱みと言うか主に絶対服従が染み付いているというか・・・・。

諦めて下着を脱ぎ、ソファの背に手を掛けほんの少し腰を上げる。

アルベルトも今回は珍しく他意が無いため、柔らかくて張りがある良い尻だなぞと思いつつ薬を塗っていた。

塗り終わり下着を上げようとした従者を止める。


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」


無言で絡む視線。

アルベルトの視線が下がる。


「柔らかで弱い皮膚に出易い筈だが」

「・・・・・はい」

「・・・・無事なのか?」

「・・・・多少赤くは」


何ともおかしな問答だ。

塗る気満々のアルベルト。

心底どうしようか考えているイワン。


「そこまでして頂く訳には」

「出せ」

「いえもう本当に自分で」

「出せ」


話の通じない帝王に結局隅々まで薬を塗り込められ、これならいっそ傾れ込んでくれた方が心労は少ないのになあとぼんやり思った。

理性があるのか無いのかツボがコアなだけか。

兎角必要以上の倦怠感を覚えながら、イワンは肩に回った温かな手に手を添えた。

抱き寄せられるままに肩に頭を預けて目を閉じる。

少しだけ甘えてしまおうと思った。

熱が出ているから。

浮かれているのだ。





***後書***

あのね、ベッドで寝かせてあげなさいって。