【 御主人様のお気に召すまま-063 】
朝起きると、珍しくまだ腕の中に従者が居た。
トレードマークの大きな鼻と左目の傷を眺めながら、頬を擽ってやる。
薄らと開く瞳。
二度瞬いた目はいつもと同じであってそうでない。
少し警戒した色を含んだ目。
何となく、予想は出来た。
理由を探る気にはならなかった。
時折「こう」なる。
逃れたいのか、罪の意識か。
「どなた様ですか・・・・?」
矢張り、と思いながら、アルベルトはベッドから降りた。
戸惑いながら衣服を身に付ける従者は今何を思うのだろう。
知らぬ男と同衿した事について。
身体の痛みから己が受け入れさせられた事は分かっているだろう。
アルベルトはタイを掴んで部屋を出た。
あの白い指がこれを締める日はもう来ないかもしれない。
昼間、イワンはセルバンテスの許に居た。
セルバンテスは独占欲の強い盟友が自分のところに真っさらなイワンを寄越した理由が薄々分かっていた。
盟友は分かっているのだ。
苛烈極める愛を強いている事に。
不器用な二人は愛し合いながら非常に相性が悪い。
擦れ違う、噛み合わない、空回り。
あの男は恋人を愛する余りにまた可笑しな方向に歩みを進めているらしい。
上辺優しく、妻も子も居ない自分に託そうと。
別に貰い受けるのは嫌ではない。
寧ろ歓迎だ。
この愛らしく可憐なひとを自分のものに。
あの忍が地団駄踏んで悔しがるのが目に見える。
他の十傑だってそうだ。
いつだって優しいふりをして狂気じみた愛を抱いている。
特異な能力を持つ故の暗い闇を、このひとは心地好く刺激するから。
椅子に座って庭の雪を見つめるひとに近づいた。
手を取り、口づける。
少し冷えた手指に何度も口づけ、優しげに笑ってみせる。
「私と共に歩んで欲しいんだ」
イワンは不思議そうに首を傾げ曖昧に微笑んだ。
引こうとする手を握り締める。
イワンは首を振った。
子供に言い聞かせるように、横に。
「・・・・私の外見はアルベルトに劣る?」
「いいえ」
「私の性格はアルベルトより悪い?」
「いいえ」
なら何故首を縦に振ってくれないの?
「あの方がどなたなのかは存じませんが」
あの方の全てから。
「外見も内面も」
引いてしまって。
「なお残る何かが」
たとえようもなく。
「愛しいのです」
真直ぐに見つめ、誇らしげな微笑みを浮かべ。
「アルベルトは幸せだね」
君に愛されて。
君を愛せて。
「・・・・かなわないなぁ」
世界一恋人に恵まれた盟友に嫉妬を覚えながら、セルバンテスはもう一度白い指に唇を落とした。
己の下でくねる白い身体。
自分の許に必ず帰ってくる恋人。
折角解放してやろうと思ったのに。
開けてやった籠の扉を自らまた閉めてしまう。
籠に囚われ唄い続ける金糸鳥。
その愚かしさ故に余りに愛らしい。
餌も与えぬ主に懐き囀り。
末路を互いに薄々感じている。
それでいて離れられない。
不幸な幸福。
ほんの一時間前に、恋人は己が誰かも知らぬままに愛を請うたのだ。
忘れてなお自分に恋している。
忘れたのが何故か考えればそれは憐れといえよう。
何の解決にもなりはしない。
だが、それでも。
愛し愛され、どこまでも。
二人で、堕ちゆく。
どこまでも、どこまでも。
底の無い水の中へ。
深く、深く。
二度と現世などに舞い戻らず。
二人抱き合っていられるように。
***後書***
二人の恋愛スタンスはこんな感じかなって思ってる。