【 御主人様のお気に召すまま-064 】



「・・・・まぁ、ねぇ。人の事を言えないっていうか」

「要は似たり寄ったりか」

情けない笑みのセルバンテス。

いつも通りのレッド。

手に持つもので何の話か大体分かる。


「おい衝撃の」

「断る」

「君だってひとつふたつ持ってるんだろう?」

「・・・・・・・・・」

「黙ると言うことは図星か」

「煩い」

「イワン君に言っちゃおっかなぁ」

「・・・・・・・っ」

「それが嫌なら腹を括れ」


渡された紙を握り潰すアルベルト。

地を這う声で宣言した。


「・・・・・・・これより十傑衆衣装持ち寄りのオロシャのイワンコスチュームプレイ大会を開催する」





速攻で秘蔵のエロ衣装を引っ張りだしてきた十傑。

早くも順決めの籤引きを開始。

イワンは誰といわず十傑全員のやる気にたじたじ。

泡立て器を持っているところを見ると、調理中に拉致られたらしい。


「トップバッターは私だ!」


輝く笑みで溌剌と言うレッド。

手には忍服。


「この期に及んで仕事着か?」


ヒィッツの言葉を鼻で笑うレッド。


「馬鹿が。これはたぢからでなくくのいち用の忍装束だ」


くのいち。

しょっぱなから何てものを!

簡易試着室に押し込まれたイワンは泣く泣く着替えていた。

全員の自慢の一着を着終わるまでは解放しないと言われたためだ。

断じて自発的にではない。

と言うかもうかなり自棄になっている。

もうどうにでもなれ!


「き、着ました」

「・・・・・うむ、よかろう」


試着室に頭を突っ込み確認すると、レッドはイワンの手を引いた。

着替えを眺めるのも捨てがたいが、今回はあくまでも秘蔵の一着の自慢なのである。


「む・・・・!」

「これは・・・・・」


身体のラインが強調された黒い衣装。

布と帷子が複雑に絡み、覗く素肌は艶めかしさが引き立つ。

大きく開いた胸元に張りつく帷子から肌がかいま見え、柔らかな白い身体を冷たい鎖で拘束しているようなイケナイ気分になる。


「よし、何か一言言ってみろ」

「え」


唐突に命じられ、イワンは目を瞬かせた。

誰かに助けを求めようにも、リーダーである樊瑞まで衣裳を握りしめているのだから話にならない。


「ええと・・・・」


くのいちは何と言うのだろう?

異国の暗殺者などよく知らない。

まぁ暗殺をなりわいにする女性なのだから。


「お命頂戴つかまつります」

「・・・・良いな」

「あぁ、良い」


何が良いのか分からないし、常識的に見てこんなとうの立った男の女装なんて絶対に良くはない。

実際はそれを十分に補う良い体付きなのだが、彼自身が知る由はない。


「二番は誰だ?」

「あぁ、私だ」


手を挙げた幽鬼。

上げた手に掴んでいるのは。


「普通すぎる」

「面白くない」

「そう、か?」


自信無さげに手にした衣裳を見やり、イワンに渡す幽鬼。

五分後に試着室から出てきたイワンを見て、全員息を呑んだ。


「な、に・・・・・」

「ちっ、なんてことしやがる!」


純白のナース服。

髪に留められない看帽は乗せられただけだ。

だが、その清らかな白に対比する黒のストッキング。

いやらしい、いやらしすぎる。


「中々良い趣味ではないか」

「・・・・・・・・・・・」

「脚フェチか・・・・・」


しかし良い太腿だ。

まじまじ眺め回す十傑。

今なら視線で伝線させられる気がする。


「よし、決め台詞」

「決め・・・?・・・・・お注射の時間です?」


寧ろ看護婦さんのお尻に注射を一発。

そう考えたのは一人二人ではない筈だ。


「三番」


進み出たのは十常寺。

彼はやけに嵩張る布を手渡した。


「現実的且つそれ本来の性質を損なわぬが良し」

「本来の性質?」


首を傾げたのはサニー。

この不健全な催しに彼女が参加するのをおじさま三人(実父含む)は最後まで渋ったが「おじさま達だけずるいです!」と拗ねてしまった為、参加を許可。

本当にダメなおじさま達だ。


「わぁ!可愛い!」

「・・・・可愛くは」


嬉しそうなサニーに、イワンは複雑そうな顔をした。


「り、リアリティ・・・・」

「イメプしやすいな」


メイド服に身を包んだイワンは、常の雰囲気から執事やメイドに近い。

何とも現実的且つそれ本来の性質を損なわぬ衣装である。


「十常寺ってコスプレさせるの好きだよね」


前もチャイナ着せてたし。

セルバンテスが言うと、十常寺は首を傾げた。


「覚え無し」


惚けやがったクソ狸。

しかし追求してどうなるものでもない。

あぁしかしこんなメイド居たら夜までお世話してもらいたい。

深夜料金は何割り増しですか?

レッドの視線に促され、イワンは考えてみた。

耳に「メイド喫茶みたいだな」と言う言葉が届く。

紛い物のメイドなのだから、確かにそんな軽さで良いだろう。

だがイワンはおぼろげな記憶を頼りにする余り、それ自体の矛盾に気付かないままに喋ってしまった。


「おかえりくださいませ御主人様」

「・・・・・帰ってきて帰れと言われるのか」

「いやしかし」


絶対にこの子指名だな!駄目な男たちは黒いスカートと白いエプロンの調和を存分に楽しんだ。


「よし、四番」

「私の番か」


ニッと笑うヒィッツ。

その手に持っているのは布でなく革。

渡されて着替えるのにたっぷり15分かかった。

別段わざと引き伸ばしたわけではない。

単に複雑な作りだったのだ。


「・・・・着たか?」

「恐らくこれで合っていると思うのですが・・・・」


出てきたイワンはまずこれが何の服か分かっていないのだろう。

露出は少ないレザーパンツスタイルだが、へその下や腰側面は故意に生肌を晒す女王様ボンテージ。

胸元を交差する紐が・・・・!


「苛められる趣味はないが・・・・これを着せて苛め倒すのは燃えるぞ?」

「かなりコアだな」

「些か変質的と思われる」

「・・・・まぁ、人それぞれ、か」


中国組に微妙な意見を貰いつつも、ヒィッツは満足気だ。

イワンはこの変わった衣裳に違和感を感じてはいたが、それより大きな問題に直面していた。

この衣裳で何を言えと。

職種がはっきりしないためどんな台詞を求められているのか分からないのだ。


「あの、これは・・・・?」

「あぁ、まぁ・・・・」


そうだな・・・・・


「レッドとアルベルトを足して二で割ったような高飛車な物言いをしてみろ」


当たらずとも遠からずな設定。

イワンは少し考えた。


「・・・・跪いて足をお舐め」


全員の動きが止まり、当事者以外の人間が爆笑。

主達にどんなイメージを抱いているのか良く分かる。

笑い死にしかけている同僚にくないを投げるが躱された。

本気でないから構わないが、少し面白くない。


「チッ・・・・次!」

「私だよ」


煙管片手、反対の手にはスーツ。

スーツ?


「お前のか?」

「いいや?イワンのだ」


言いながら渡し、試着室に入ったのを見計らい続けた。


「先日失敬してこの手でじっくり洗ったものだがな」

「「「あぁ、そう・・・・・」」」


変質的なのに間違いはない。

だがこれと同じ穴のむじななのは自分だ。

洗濯したという事は使用済みのものを盗んだのだろうが、洗うまでの空白の時間は考えたくない。


「・・・・どうかなされたのですか?」


試着室から出てきょとんとするイワン。

皆全力で残月から視線を逸らしていた。

兎に角一言。


「何でもお申し付け下さい」


穏やかに微笑む愛らしさ。

矢張りスーツが一番なのだろうか。


「五番」

「・・・・・・・・・・・」


進み出た怒鬼。

手にはタオル地の何か。

床に座布団敷いてわくわくを隠せない様子の直系は一体どんなエロ衣装を渡したのか。

皆の期待が高まる。

が、出てきたイワンは。


「・・・・・怪獣か?」


良く若い娘向けに売られているパジャマ。

色や模様があるものもあるがこれは薄緑の単色。

タオル地のきぐるみパジャマ。


「・・・・・・・・・」


イワンを真剣に見つめる怒鬼は瞬きすらしない。

しかも時折頷き酷くご満悦だ。

確かに可愛い。

可愛いが露出は限りなく少ない。

脱がせる時に萎える。


「お休みなさいませ」

「・・・・・・・・・!」

「・・・・・・幸せそうだな」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・そう、か」


力強く頷いた怒鬼につられて頷き返し、レッドは頭を掻いた。


「次っ」

「あぁ、儂・・・・」


十傑ドン引きの視線。

樊瑞の手元には伸縮率の高そうな紺の布地。


「おじさま、何の服ですか?」

「ああ、スクールみず」


一斉に樊瑞に襲い掛かる攻撃乱舞。

衝撃派に蟲に針。

さすがにこれだけは洒落にならない。

サニーが居なければ着せるが、小さな少女にこんなものを見せたら精神に異常をきたす。


「お父様?」

「・・・・・忘れろ」


娘を預ける相手をミスったような気がしながら、アルベルトは葉巻の吸い口を噛んだ。


「次いくぞっ」

「あっ、私私!」


手を挙げてはしゃぐセルバンテスは箱をイワンに押しつけた。

五分後に出てきたイワンは、黒い地味めのドレスに黒い帽子、黒いヴェール。


「喪服・・・・・・」


ごくり、と唾を飲む男達。

常日頃から未亡人フェロモンを出しているイワンにとうとう喪服を着せる日がこようとは。

何とも禁欲的で色気がある。

着物も捨てがたいが、西洋人の彼はこちらの方がやや似合うかもしれない。


「イワン君、気合い入れて頼むよ!」


息荒く言ってくるセルバンテスはサニーがいる事を完全に忘れている。

まぁ、逞しい彼女はおじさまに対して寛容であるため「おじさまったらお茶目さん」で済んでしまうのだが。

・・・・・さて、イワンは考えてみた。

未亡人なのだから「あなた・・・・」とかでも良いと思うのだが、過剰な期待に少しでも添いたい。

イワンは頑張って泣きそうな表情を作ってみた。


「アルベルト様ぁっ・・・・」


・・・・アルベルト死んじゃった設定だったらしい。

旦那様が自分と認識している事にご満悦な男は殺され設定でも構わないらしかった。

上機嫌で葉巻をふかしている。


「次は?」

「わしじゃな」


カワラザキが手にしているのは大きな箱。


「恐らく一人では無理じゃろうからな」


試着室で襦袢だけ着せ、外に呼ぶ。

着付けられていく、赤い美しい着物。


「襟は・・・・」

「ん?ああ、お前さんは首が良いからな、少し抜き襟にしておくか」

「これは・・・・?」

「帯は上目が良かろう。下に下げるのは胴が短い場合じゃ」


しっかり着付けられた花魁衣装。

簪の装飾は出来ないが、十分におかずになる。

三回はカタい。


「廓言葉が良い」

「おぬしは遊女を好まんかったじゃろ」

「これは別だ」


レッドの主張により、イワンに簡単な喋り方講座。

飲み込みの良い彼は、しかし無意識に男を煽る。


「だんなしゃ・・・・」


旦那様を崩したらしいがこれはヤバい。

燃えてしまう。

無言ではぁはぁしている集団に怯えながら、イワンは満面の笑みでワイシャツを差し出してくれた少女に感謝した。

試着室で着替え、少し大きいそれになぜか安心感を抱く。

下は自分のスラックスを穿き、上は黒のワイシャツ。

外に出ると、少女はいやに嬉しそうだ。

首を傾げると、アルベルトが溜息を吐く。


「引っ張りだしたのか」

「だってサニーの服では入りませんもの」

「ふん、旦那のワイシャツか」


耳を小指でかりかりやりながら欠伸をするレッド。

一人赤面するイワンは可愛いが、理由が気に入らない。


「衝撃の、貴様は何だ」

「・・・・・・・・・」


すっと手を伸ばして、イワンを上向かせるアルベルト。

両手を近づけ、ゆっくりと。


「眼鏡ぇ?」


意外と似合うが、これは衣装ではない。

どの辺りが自慢なのか。

しかし続いた言葉に十傑は黙り込んだ。


「似合いそうなものを見かけるとつい手を出してしまうのだ。あと二百個程ある」


・・・・・どれだけ眼鏡が好きなんだ。

凄いといえば凄いが・・・・。


「何をやっているんですか・・・・」


仕事をしなさい、仕事を。

サロンに入ってきた孔明は、話を聞き、羽扇を揺らめかせて眉をひそめ、溜息を吐いて何かを差し出す仕草をした。


「これを着なさい」


差し出されたイワンは勿論、全員が首を傾げる。

孔明はにぃと笑った。


「馬鹿には見えない服です」





***後書***

見えないのは馬鹿だけなので皆それぞれに衣装の感想を言いますが、鼻血が垂れています。