【 御主人様のお気に召すまま-093 】



「・・・・・・何故こうなる」

「さあ・・・・」

任務先でばったり出会って決闘に傾れ込んだ宿敵。

衝撃のアルベルトと神行太保戴宗。

いつもの如く決着はつかず、3時間後に流石に限界。

従者を、妻を、呼ぼうとしたら。

綺麗な青いインクで


『あんたら勝手にやってるんだね。オロシャのイワンは借りてくよ』


と書いた紙が置いてあった。


「・・・・・大丈夫だ、女に立たんように仕込んである」

「それ自分に言い聞かせてるだけだろ・・・・」


走り出したいのを自尊心に邪魔されているのが丸分かりの宿敵を見て頭を掻き、戴宗は溜息をついた。


「探しに行くか」





「・・・・すげぇな、これ」

「普通ではないのか?」

「じゃああんたは出来るのかい?」

「青面獣、アルベルト様を困らせるな」

陽志に強請られてコンソメの煮込みハンバーグを作るイワン。

付け合わせの人参の細工に興味深々の夫婦に、溜息をつく主従。


「何故待たねばならん」

「す、すみません・・・・」

「勝手に帰りゃいいだろ」

「心配で帰れないって素直に言いな」


にやにやして茶々を入れる二人に、イワンは困った顔。

アルベルトは眉間の皺を深くしているが、実はそう不機嫌でもない。

一応嫁がいる安全牌で、実力も認めるに値する、つまりライバル。

恋人を自慢出来て嬉しいのだ。


「それどうすんだい?」

「切りくずだが皮ではないし、刻んで煮込んでしまう」

「へぇ」


人参を微塵切りにして、鍋に入れる。


「手慣れてるが、毎日おっさんの飯作ってんのか?」

「朝は基本私がお作りしている」

「朝までベッドで世話して朝食まで作るのかい?」


感心したように言う陽志に、イワンが頬を赤らめてそっぽをむく。


「う、煩いな」

「ふーん、あんた可愛いねぇ」


恥ずかしがるイワンに意外そうにする陽志。


「なんて言うか、もっと開けっ広げにしてると思ってたんだけどね」

「・・・・アルベルト様にご迷惑だ」


一瞬過った傷ついた瞳の色に、夫婦は揃ってアルベルトを見た。


「あんた苦労するねぇ」

「こりゃ相当だぞ?」

「黙れ」


舌打ちして目を細め、そっぽを向く。

恋人は自分を優先しようとする余り、自分の望む幸福からずれた方に行動する。

不快ではないが、本音を言えば悔しい。

自分が受け止めてやると言うのを信じていないようで。

フライパンを取り出すイワンに、陽志が視線を戻した。


「まだ何か見せてくれるのかい?」

「このままではどうせ余り口に合わんだろう」


余談だがここは国警北京支部の調理場だ。

イワンが使っているのは一番大きな鍋。

国警トップの韓信元帥と張良軍師が来ているので皆駆り出されて会議中。

そこに堂々乗り込む主従も主従だが。

戴宗は勿論サボり、後で大目玉食らっても堅苦しい場に拘束されるよりはマシらしい。

陽志は戴宗を探しに行かされて一緒にサボってしまっているが、もう忘れているらしかった。

と、言う事で顆粒出汁を適当に入れ水を注ぎ、調味料を加え、最後に何故かかまぼこの細切り投入。

スープと言うにはとろみが強過ぎる。

あんかけだ。

煮込んだハンバーグがコンソメで下味がついているので、あんは甘めで薄め。

皿によそって掛ける。

戴宗が手を出すと、横から掻っ攫われた。

衝撃ではない。


「「げっ、元帥!」」


慌てて居住まい正す夫婦と、一応姿勢を少し直したイワン。

そのままの衝撃。

韓信が笑って楽にと言う。

洗ってあった箸を取って、ひと口。

どうやらここでアルベルトと戦う気はないらしい。


「おや、思った以上に美味しいな」

「・・・・有難うございます」


一応礼を言ったイワンに、韓信が苦笑する。


「君は変わっている。根が素直だな」


笑って肉を食し、完食。

少し首を傾げ、イワンを見やる。


「毎日でも飽きないな」


笑う顔はとても優しい。

だが、獰猛さが垣間見える。

黙って頭を下げようとすると、顎をすくわれた。


「名前は?」

「元帥、お戯れが過ぎますよ」


言ったのはイワンではない。

国警の頭脳、張良。


「私にも一つ頂けますか」

「はい」


よそう姿をにこにこしながら見ているが、優しげな中に恐ろしさがある。

口に運ぶのを見つつ、鼻を鳴らすアルベルト。


「国警の2大トップが何故ここに居る」

「いや、匂いにつられてね」


差す先を見れば、天童、ディック牧、影丸もいる。

要は飽きたトップと不真面目組とお守りだ。

張良が箸を置き、微笑む。

完全に自分が一番良く見える角度を計算していた。


「とても美味しいです。私も料理はしますが、こう上手くは作れない」


また、作ってくださいね。

微笑んだままイワンのポケットに名刺をねじ込むのに呆れる。

軍師が焦ってどうするのか。

韓信も名刺を出し、今度はディック牧と天童がハンバーグを欲しがり。

まだ食べていない全員によそうイワン。

アルベルトも一応渡されたため、食べた。


「顆粒出汁で随分味が良いな」


感心する天童に曖昧に頷くが、困惑しているのが分かる。

すると豪快に笑ってイワンの頬を擽った。


「いやいや、そう困った顔をするな。何だか手を出しそうになる」

「えっ・・・・」

「あ、ずるいですよ!僕だって構って欲しいのに!」

「・・・・・・・」


詰め寄る天童とディック牧、影丸にイワンはたじたじだ。

国警の安全牌は正念場夫婦と姉さん女房持った宿敵だけなのか。


「可哀想にねぇ、怯えて」


笑ってイワンを抱き寄せた陽志。

彼女はその大きすぎて最早逞しい胸にイワンの頭を押し付けた。


「よしよし」

「窒息すんぞ」

「大丈夫だ、女には立たんよう躾けてある・・・・!」


また言い聞かせているのを目ざとく聞きつけ、張良が引っ掻き回す。


「おや、恋人なのですか?」


目を細めているが酷く意地が悪い。

アルベルトは鼻を鳴らした。


「朝も昼も、夜も。こやつに世話をさせている」


羨ましい発言に重なる羨ましい内容。


「大概のプレイは済ませたしな」

「たとえば?」

「口淫、女装、裸エプロン、銅銭排出、顔射、獣姦、氷菓挿入、搾乳、強制洗浄、69、乳ズリ・・・・あとは・・・・」


指を折る衝撃に、皆が首を振る。


「いや、もういい」

「グロイな」

「可哀想だ」


その時、影丸がぼそっと言った。


「剃毛は」


レッドのライバル張るだけあって、中々の変態らしい。

アルベルトは葉巻を取り出しながら目を細めた。


「戴宗がやった」

「「「?!」」」


皆が一斉に振り返る。

戴宗は些か気まずそうにしつつ弁解した。


「い、いや・・・・酔ってたんだって・・・・それに剃っただけだし」


陽志に殴られるかと思って冷や汗を垂らすが、彼女は呆れて溜息をついただけだった。


「あぁ、可哀想にねぇ。うちの馬鹿がね・・・・まぁ、あんた苛め甲斐はありそうだけど」


胸に半分顔が埋まった状態で上目で見てくる可愛らしさに、苦笑する。

この人はとても大人だ、母親じみている。

けれど、何だか。

幼い。

とても不安定だ。

女でありながら子をなせない自分だからか、母性本能か。

愛ではないが、愛しい。

可愛くて、笑ってしまう。


「辛くなったら逃げてきな。旦那の悪口でも話そうじゃないか」


笑う陽志に曖昧に頷くイワン。

その様子に食いつく男どもに、アルベルトは使いたくない牽制を掛けた。


「・・・・十傑全員と孔明も狙っているがな」

「あぁ?そりゃまた人気者だな。分からんでもないが」


胃に穴が開きそうだ。

言いきった戴宗に、アルベルトは苦々しく頷いた。


「だが、こやつが本気で説教を始めたら全員正座だ」

「全員て・・・・魔王とかマスクザレッドもか?」

「当たり前だ。カワラザキとて逆らえん」


だが。


「叱った後に自己嫌悪と無礼を働いた罪の意識で毎回首吊り騒ぎになる」

「真面目・・・・」

「だな・・・・」


イワンを見ても、実直さがにじみ出ている。

そういう行動も分からなくはない。


「ただ、怒るまでは相当長い。多少・・・・怒鳴って無視して無理矢理抱いても怒りはせん」

「気ィ長すぎだろ!」

「怒っていいですよね・・・・」


アルベルトの帝王っぷりと、愛の虐待の酷さ。

皆こぞってイワンに話しかける。


「私とおいで。悪いようにはしない」

「私といらっしゃい。無理は絶対させません」

「あっ、僕だって一緒に居て欲しいです!絶対泣かせません!」

「俺は泣かせたいね。だが傷つけはせんよ」

「・・・・・・私とこないか?」


大人気の従者に頭が真剣に割れそうだ。

何のフェロモンが出ているのか。


「あ、あの、その」


対応に困る従者に苛々していると、陽志に小突かれた。

戴宗もにやにや笑っている。


「ほれ、お姫さんが迎えを待ってるぜ?」

「旦那がぼけっとしてんじゃないよ」

「・・・・・・・・・・」


舌打ちも出ないから溜息をつき、男共を退けてイワンの顎を掴む。

舌を絡めるが軽いキスを一度だけ与える。


「・・・・貴様は誰を選ぶのだ」


イワンはアルベルト様とは答えなかった。

貴方が仰れば、誰とでも恋人の真似事をいたしましょう。


「アルベルト様の、お気に召すままに・・・・・」


余りに直向きで怖いくらいの愛情。

皆呆気に取られていると、アルベルトがさっさと連れて行ってしまった。

戴宗が苦笑する。


「あぁ、酒が飲みてぇ・・・・」

「今日の話肴に飲むかい?酌してやるよ?」

「珍しいな」


へへ、と笑う旦那が嬉しそうで、自分も嬉しくなって。

体躯の良い旦那よりまだ逞しい彼女は、その頭をぐりぐりかき混ぜた。


「あんたと飲むのも、久し振りだね」





「・・・・・閉じ込めるか?」

「幽鬼じゃあるまいし・・・・・」

「だがそうせんと収集付かんぞ?」

十傑衆緊急(自主)会議。

元帥に正軍師、九大天王の内3人まで参加表明してきた「イワン争奪戦」。

イワンのポケットの名刺は思い切りプライベート番号だった。

魅力的すぎるひとに、頭が爆発しそうに悩む。


「・・・・・どうするか」

「誘拐は阻止だな」

「あいつらBF団と同じくらいエグイ手使ってくるよ」


溜息つきつつイワンを見やるが、彼は今衝撃の膝で眠っている。

ワイシャツ一枚なのは衝撃なりのイワンサービスらしい。

自慢の気持ちもたっぷりだが。

帰るなり誘惑した罰とか何とか言って抱いたに違いない。


「「「困った・・・・」」」


お母さんを、大好きな人を、愛する人を。

取られたく、ない。

悩む十傑と言う珍しいものを見て首を傾げた孔明が参加し本気で策を立てるまで、あと20分。





***後書***

093・・・奥さん・・・陽志姐さんか!という安易な話。そしたら国警が出張ってきた話になってしまった。

イワンサービスとか造語を制作するくらい脳が湧いてきたらしい。