【 御主人様のお気に召すまま-095 】
「ねぇねぇ、イワン君」
一緒にお風呂に入ろうよ。
セルバンテスの誘いに、イワンは首を傾げた。
「お背中ですか?」
「ううん。寧ろ」
私が君を洗い倒したいんだ。
そう言って真剣に手を握ってくる男に、イワンは頬を真っ赤に赤らめた。
「そっ、そんな事は・・・・・」
「絶対痛くしないし、おなか痛くならない石鹸も買ってきたんだよ」
ねぇねぇ、泡プレイしよう。
執拗な誘いに恥ずかしがって嫌がるイワンが可愛い。
幻惑は真剣に誘っているが、従者がうんと言わぬと知っているアルベルトは可愛い姿を眺めていた。
止めも助けもしないこの男。
変態プレイの数々を試してきたが、実はまだ泡プレイに手を出していない。
何故かと言われれば、もっと他にやる事があったからと言えよう。
今はと聞かれれば、従者を貪るのに忙しいと答える。
だが、そろそろやっておかねばなるまい。
今冬を逃すと、暑さに弱い従者と自分、長湯をすることは不可能だ。
「・・・・イワン」
「は、はいっ?」
慌てて顔をこちらに向けて返事をする従者に、顎をしゃくる。
「今夜は6時半から風呂だ」
「分かりました」
「貴様の好みのボディソープを持ってこい」
「えっ・・・・?」
隅から隅まで洗い倒してやろうではないか・・・・・。
にぃぃ・・・・と笑う主に、イワンは4秒ほど呆然としていた。
聞き違いではない。
セルバンテスがずるいと叫んでいても全く耳を通らない。
今、何と?
だが聞き返す事が恐ろしく、口を開閉させるばかり。
すると、主はさっさと立って部屋を出てしまった。
意識を失いそうになっているイワンは、かろうじてセルバンテスに挨拶をし、主の後を追った。
現在時刻、13時。
本部食堂で昼食を摂るイワンの手は緩慢だったのが既に止まっている。
頭の中をぐるぐる回る、6時半からの事。
普通の情事よりよほど恥ずかしいし、躊躇いがある。
フォークを口に運ぶと、カツンと歯に金属が当った。
見れば、巻いていたパスタがない。
見上げた先に口をもぐもぐさせるローザを見て、イワンは溜息をついた。
「なぁによ。人の顔見るなり辛気臭い溜息?」
「ああ・・・・悪い。お前の所為じゃないんだ・・・・」
「?」
掻い摘んで語られた内容に、ローザは首を傾げた。
ちゃっかりイワンの隣に陣取ってピンクレモネードを啜っている。
更にちゃっかりした事に、注文を取りに来た店員にイワンの伝票を渡して追加させた彼女である。
ピンクの甘酸っぱいそれをストローで吸いつつ、イワンを見やる。
「何で嫌なの?いいじゃない。あたしだったら足の先まで洗わせるわね」
「お前・・・・相手はアルベルト様だぞ」
「関係ないわよ。恋人の時間に主従持ちだすあんたの方がおかしいわ」
アルベルト様の気持ち、考えた事あるの?
年下の友人の鋭い問いかけに、イワンは茫然とした。
「アルベルト様の気持ち・・・・・?」
「好きとかお慕いとか、そりゃ捧げられれば嬉しいでしょうね。でも、優先ばっかりされてちっとも甘えないなんて詰まらない・・・ううん、寂しいわ」
時折主が見せる苛立ちと寂寥の色が脳裏をかすめた。
「押しつけがましい愛なんて要らないわ。でも、全て押し殺して捧げられたって、その内に悔しくなるのよ」
甘える事すら出来ない程に頼りないのかと。
イワンはフォークを置いた。
俯き、舌先を噛んだ。
何だか泣きそうになってしまったから。
「・・・・私は、どうしたらいい?」
「知らないわよ。今迄通りでいいんじゃない?」
投げ遣りな言葉は、彼女も師匠を敬愛しているから。
少し、怒っているのかもしれない。
だが、続く言葉は優しいものだった。
「あんたが今更大胆に出られる筈ないわ。なら、後は気の持ちようよ」
言えないなら、心を込めなさい。
愛してる思いを詰め込んで、触れて。
「・・・・・・・っ」
「あぁ、ほら、泣かないの」
優しく頭を撫でてくれる友人に眦を赤く濡らし、イワンは微笑んだ。
「・・・・あ、の・・・・」
風呂に湯を張ってから浴室に入ったアルベルトは、呼ばれて振り返った。
おずおずと声をかけた従者は、耳まで真っ赤にしている。
「私も、アルベルト様のお身体を流させて頂けませんか・・・・」
「・・・・・構わんが」
御身体、という言い方は何とかならないか。
期待してしまう言い方だ。
どうせ背側しか洗えぬ恥ずかしがりなのだと諦めている。
主従でしかなかった双方片思いだった時は、上手い事言って洗わせていた。
しかし、恋人になってから、仕事以外で洗わせようと思わなかった。
情事中でさえどんな行為も我慢するイワンに、仕事と曖昧な性戯を仕掛けるのが嫌だった。
仕事だから世話をしていると言うのが我慢できない。
溜息をつきそうなのを堪えて浴室に入ると、イワンが服を脱ぎ始めるのがシルエットで分かった。
掛り湯をして広い浴槽に身を沈めていると、そっと声を掛けられる。
入れと言うと、白い裸体が浴室に滑りこんだ。
アルベルトはそう長湯の質ではないので、先に洗わせてしまうかと5分程度しか湯に沈まぬまま湯から上がった。
背中に回ったイワンが膝をつくのが鏡で見えた。
ミントのボディソープを擦りつけられ、思わず目を瞬かせた。
なめらかな肌の滑る、温かい感触。
手で直接洗っているのが分かった。
指先で丁寧に擦っていき、背を泡で包む。
保温性も考慮して流さぬまま、もう一度ソープを取る。
腕を滑る手の感触がくすぐったい。
だが、嬉しかった。
鏡に映るイワンの頬は紅潮していたが、希望を叶えねばというより、どこか愛しげだ。
前に回るのを見詰めていると、イワンがまたソープを手に取った。
逞しい胸を丁寧に洗う仕草には愛情がたっぷりと籠り、酷く心地よい。
下がった手が、大きな男根を掬い上げる。
ずっしりと重たく、まだ力ないそれ。
根元から丁寧に洗いあげ、皺も一本一本伸ばして綺麗にする。
皮は一度戻して洗い、洗える部分は間も洗う。
それから皮を今一度剥き、露出した亀頭を丁寧に擦っていく。
流石に生理現象、膨張して天を向くそれ。
イワンは石鹸を綺麗に流してから、小さく息を飲んだ。
毎日入浴しているし、割と綺麗好きのアルベルトはそこにも垢は溜めていない。
だが、泡が僅かに残っているのは分かる。
イワンの唇が、亀頭を飲み込んでいく。
皮の間を舌でまさぐられ、目を眇めた。
娼婦だって『御掃除』が一番高額だ。
清潔にしているとはいえ、その真似事に抵抗はあるだろう。
なのに、それをやっている。
義務でない、命令でない。
愛が篭った奉仕に、胸が熱くなる。
泡を綺麗に掻き出してしまうと、イワンはちゅくっと唇を離した。
垂れる蜜を一度吸い取って飲み下す。
「ん・・・・・」
眦を染めて、何処か満足気な様子。
綺麗に出来た、という可愛い満足の仕方に、頬を擽ってやる。
「よく出来たな」
子供を褒めるように言ってやると、嬉しそうに頬を染める。
イワンを膝に引き上げ、ボディソープを手に取る。
イワンが持ってきたのはマスカットの香りだった。
たっぷりと手にとって塗りつけるように洗っていく。
撫でまわすように洗っていくと、擽ったそうにしつつ目を細めて、小さな溜息。
心地良さそうにうっとりするのがたとえようなく愛しくて、首筋にごく軽く口づけた。
腰をさする様に洗い、尻を掴むように揉み洗い。
身体の柔らかい従者を倒さぬように支えつつ、大きな手で足の指の間まで洗っていく。
流石に我慢する様子だったが、泣いて許しを請う遠慮でないだけ相当な進歩だ。
土踏まずの彫りが深いのは、子供の頃から良く歩いたのか。
だから、あの類稀なるバランス感覚があるのか。
新しく知る事が嬉しい。
切り忘れたのか一つだけ僅かに伸びた左足の薬指の爪。
その間を軽くくじるように辿って洗い、足を降ろさせる。
自分と同じように、興奮あらわな雄。
柔く握って、扱くように洗う。
泡まみれになったら、先から綺麗にしていった。
皮が余り多くないものの間を洗うのは無理そうだが、代わりに鈴口を丁寧に辿る。
少し沁みるのかも知れないが、辿る指に甘えるように絡みつく蜜で保護されていった。
泡がねろりと粘度を持ち、泡の粒が大きくなる。
袋の裏までたっぷり時間をかけて洗い、その奥に指を滑らせた。
「ぁ・・・・・」
窄まりを擽る指に、また蜜が垂れる。
皺を伸ばすように辿って洗ってやると、物欲しげに腰が揺れる。
執拗に洗っていると、誘う様にヒクヒクし始める肉孔。
指を食い込ませると、従者が身体を震わせた。
首に縋らせて、指で弄る。
肉孔は興奮で硬く締まったりゆるんだりを繰り返し、興奮する。
指を締めつける力は強いが、弾力に富んでいる。
奥まで入れ、引き出す。
繰り返して緩んでくると、指を増やしてぐにぐに曲げた。
中から圧迫して緩めて行く。
びくびくしながら絡みついてくる柔い肉に誘われるまま、指を抜いて宛がった。
ゆっくりと対面座位で飲み込ませていく。
鏡の端に、飲み込んでいくピンクの入口が映っていた。
「はぁ・・・・ふ・・・・」
「っふ・・・・・・」
恍惚と快楽を噛みしめる姿は酷く淫らで色気がある。
だが、普段の彼を知るが故、その清楚さ純情さを知るが故、愛らしさは格別だ。
奥までぎちっと填め込んで、腰を押しつける。
いつもより深くを、動き少なに圧迫され、イワンは胸を喘がせた。
気持ちが良いのと、腹を押し上げられる苦しさが混じる。
主の頬を伝う汗が嬉しい。
快楽に歯を食いしばって没頭する姿が愛おしい。
逞しい首に縋りつき、突き上げられるままに喘ぎ続ける。
石鹸が沁みたのはずっと前だ。
溢れる先走りや、種付けされ注がれる精液で中和され、今は唯気持ちが良い。
いつもこうは出来ないけれど。
時々は、どうにか頑張ってこう出来るよう。
祈りにも似た決心を胸に抱き、イワンは主の首に頬を擦り付けた。
「え・・・・御掃除?」
「別に垢は溜めておらん」
「いや、可哀想でしょ・・・・・」
浣腸が大好きなくせに御掃除は可哀想だと抜かすセルバンテス。
「垢があるないじゃなくて、行為自体。イワン君嫌だったんじゃないの?」
「あやつが自主的にやったのだ」
その言葉に、セルバンテスは自慢の目が飛び出して30m先に飛びそうな勢いで驚いた。
ドモリまくりパ二くって無駄に歩き回り、一言。
「2週間くらい垢溜めてお願いしてみようかと」
「殺すぞ」
***後書***
バンテスおじさん(涙)