【 御主人様のお気に召すまま-096 】



「へぇ、それで?」

「もう凄かったのよ、鬱陶しいっていうか」

「奥ゆかしい?」

「ううん、鬱陶しい」

話し込んでいるのはローザと銀鈴、そして陽志。

ローザの買い物に付き合っていたら元帥と正軍師に国警北京支部に追い込まれてしまった。

肉食獣達から逃げているところを陽志に助けられたのだ。

匿われる部屋に入る時すら『妙齢の、それも旦那が居る女性の部屋に』と渋ったイワン。

が、3人にあっけなく押し込まれた。

しかも自分の10年の片思い(双方片思いというのが正しいが)の歩みをローザに語られている。

やめてくれと言ったが聞いては貰えず、現実逃避に茶を淹れまくっている。

だが、美味しい美味しいと片っ端から空になっていった。


「まぁアレだね、うちのと違って渋さはあるしねぇ」

「戴宗さんは御笑い要員だし」

「神行太保はなんか若いわよ。青い」

「見てくれ青いのは私だけどね」


何故女はこう人の恋の話を引っ掻きまわして自分の恋の話を押しつけたがるのか。

いや、後者の方がまだいい。

もう頼むからこれ以上言わないでくれ。

そう思うが、ローザの勢いは止まらない。


「元帥と正軍師、更には九大天王のうち3人までオトすこの魅惑のフェロモン、BF団の嫁属性No.1なのよ」

「あぁ、それは分かるかも」

「国警嫁属性は呉先生が独占中だしね」


茶をすする銀鈴。


「長官とイイ感じだけど・・・・あの二人、もうやっちゃったのかな」

「怪しいと思うよ?呉先生が熱出して気絶しそうだし」

「うわー、想像が全然難くない」


今度は冷たいジャスミンティを量産するイワンだが、凄い勢いで減っている。

人様のとはいえこれなら文句も言われまいと、ガンガン茶葉を変えて湯をたきまくる。

この理不尽な辱めへのささやか過ぎる抵抗だ。


「そういや、オロシャのイワンはアッチはどうなんだい?」

「なっ・・・・・」


興味深々な陽志。

呉が居たら『女性がそんな話で盛り上がるなど!』と細い目を三角にして怒るだろう。

純情なイワンの顔が赤くなっていく。

陽志がニヤニヤしていた。


「なんだい、初心いねぇ」

「う・・・・・」

「でもフェラチオ上手いらしいのよ」


意外な情報に、耳年増な女たちの目が輝いた。


「へぇ、そいつは意外だね」

「全然想像できない」


言う二人に胸を張るローザ。


「アルベルト様お墨付きよ。吸いの強さも表情も抜群、イマラもディープスロートも出来ちゃうんだから」


ふふん、と誇らしげな彼女に銀鈴は感心し、陽志は苦笑。


「あぁ、すっかり仕込まれちまったんだねぇ」

「せ、青面獣!お前だって・・・・!」

「あんた人妻に何卑猥な質問してるのよ」


アルベルト様にいやらしい折檻されるわよ?

言われ、はっとして口をつぐむ。

陽志が首を傾げた。


「まぁ、あたしもそう面白い話は無いし。でもそんなにひどい折檻なのかい?」

「・・・・・鏡で見せられるんだ・・・・」

「鏡ぃ?」


犯される様子を、合わせ鏡で事細かに見る事を強要され。

抱いているのが誰かと問い詰められ。

幾ら謝っても、許してはもらえない。


「私が悪いが、その・・・・数日間御機嫌が悪い」

「でも謝ったんだろ?」

「御機嫌が直るまでの情交は癖が強くて、正直苦痛だ」


情交以外でも、物を破壊し怒鳴って当たり散らす。

一身に受けるイワンは毎晩泣いている。

陽志が嫌そうな顔をした。


「何だいそりゃ。まるで子供じゃないか。あんたがそこまで尽くしてるのに。あたしだったら張り倒してとっとと出て行くね」


銀鈴も複雑そうだ。

やや怒った顔をしている。


「イワンは優しすぎるのよ。だからアルベルトが付け上がるんだわ」


だが、イワンは俯き加減で緩く笑っただけだった。


「いいんだよ。あのきっちりした方がああも酷く当たるのは私だけだ。他の方と諍いを起こされる方が心配だ」


あの方の立場を悪くしたくないんだ。

自分が耐えていればいいなら、それでいいんだ。

その言葉に、溜息をつくローザ。


「あんたのそれって、今時の『本音』と似てるわ」


本音を聞いてくれる友達、とか言うけど。

その大事な友達に嫌な愚痴ばっかり聞かせて、嫌な奴にはいい顔して?

何それ、意味分からないわ。


「私だって立場上あの方にそんなこと言えないわ。でも、あんたの思考は危険よ」


苦しいのが分からなくなってるわ。

一種のダイエットハイなのよ。

枯渇して麻痺し始めてるの。

3人の真剣な瞳にたじろぐ。

否定できない。

陽志が頭を掻いた。


「まぁ、ねぇ。娘二人にはちょっと分かんないんだろうけどね」


確かにそう言うものも必要なんだ。

でも、それはお互い怒鳴ってすっきり出来るのが前提だよ。

一方的なのは、虐待と変わらないんだから。

その言葉に、胸が痛んだ。

銀鈴が苦笑して話を振る。


「陽志さんと戴宗さんの夫婦喧嘩凄いものね」

「あれ?喧嘩するんだ?」

「凄いのよ。陽志さん全部流しちゃうの」

「?」


謝っても『あぁ、そうかい』ってけろっとしてるの。

最初はそれでよかったみたいなんだけど、1年しない内に気づいたのね。

その部分が切り捨てられてるって。

だから、戴宗さんは絶対に後ろめたいことしないわ。


「最近の喧嘩は専ら飲み過ぎについて」

「何それ・・・・」


笑う女達に、イワンは少しだけ自分を顧みた。

話に花咲かせる3人はとても綺麗だ。

楽しそうに自分の大事な人の話をしている。

自分はどうだろう。

お慕いしている。

誇っている。

愛している。

でもそこに自信は無い。

いつも自分が釣り合わない事に悩んでいる。

切り捨てるなんて到底出来ない。


「・・・・・」


茶を淹れる手が止まったイワン。

陽志が小突いた。


「なんだい、悩ましい顔しちゃって」


3人でちょっとばかし可愛がってあげようか?

茶化すようにだがドキッとする事を言われ、顔を真っ赤にして首を激しく振った。


「そそそそんな事っ」

「おや、身持ちが堅いねぇ」


豪快に笑われ、ほっと息をつく。

が。


「可愛い」

「可愛いっ」

「可愛いねぇ」


次々頬に触れる唇。

目をぱちぱちさせ、次いで頬が音がしそうな勢いで赤らんだ。

口をぱくぱくさせているイワンを姫抱きにした陽志。


「さて、旦那の所に返そうか」





さて、おんもでは妻を連れ去られた旦那を筆頭に、十傑と九大天との激しい戦いが絶賛開催中であった。


「この根暗忍者が!」

「・・・・・黙れ」


レッドと影丸は罵り合いながら暗器交換の攻防。

ディック牧は奇声を上げつつ黙りこくったヤンデレ幽鬼と蟲大戦中。

もう霞む程に蟲が湧いている。

天童はいつも通り楽しそうにしつつ、本気モードの怒鬼と討ちあっている。

怒鬼のお気に入りの三節棍はいやに手入れがされていた。

韓信は優れた軍師で戦士である。

今回はアルベルトといい戦いをしていた。

因みに張良と孔明はエグイ策を立てては九大天王、十傑に指示を飛ばしている。

戦わずとも『そうかその手が!』的な素晴らしさなので皆従ってしまう。

素晴らしき男と不死身の男は雑談中。

意外と仲が良いらしい。

残月はそれを嬉しそうに見ていた。

元気そうで何よりと思っているのが前面に押し出されている。

カワラザキは天鬼と明日の天気について話していた。

当たり障りない大人だ。

十常寺はイワン不在の為補給係。

しかしそんな濃い烏龍茶量産されても正直消費が追い付かない。

処分できればいいらしく、国警だろうがBFだろうが行けば烏龍茶が貰える。

マラソン補給ポイント的なポジションだ。

樊瑞は静かなる中条に掴まって相談を受ける羽目に。

呉先生が呉先生がと煩い47歳だ。

尻に敷かれたこの男がライバルだと言う事にがっかりしてしまう。

だが、中条だってライバルの混成魔王がロリコンで限定ドSと知ったらがっかりすると思う。

セルバンテスは小さい頃に面倒見た大作君と仲良く時代劇を見ていた。

『余の顔を見忘れたか!』の台詞に二人で感動する姿が微笑ましい。

きっと『この方を誰と心得る!』と言って印篭がでても感動するんだろう。

因みに呉学人はこの大騒ぎの始末の予算案を作成中。

額に冷えぴたはって唸っている姿が哀れだ。

余程財政が苦しいのか。


「衝撃の!」


大声に振り返れば、青面獣の陽志。

腕に抱かれているのは、イワン。

人妻の豊満な胸に抱かれながらぽけっと猫よろしく目を瞬かせる姿には呆れる、だが可愛い。

が、その頬に残る3か所の口紅。


「・・・・・・・イワン」

「ひぃっ」


一瞬で般若の形相になった主に悲鳴を上げるイワン。

それを守る様に抱きしめる陽志。

今日は安全牌休息と言って大乱闘を肴に飲んでいた戴宗が苦笑する。


「おいおい、浮気か?」

「なぁに言ってんだい」


深くで繋がった夫婦は、衝突も激しいが似た者同士。

戴宗は瓢箪から酒をひと口煽った。


「なぁ、おっさんよ」

「・・・・・・何だ」

「あんまり自分勝手してると、捨てられんぞ」


宿敵の言葉に、片眉を上げる。


「こやつが離れる事など無い。その時は殺す」

「あぁ、そうじゃなくてな」


折角愛されてんだ。

大事にすれば、いつかきっと、甘えてくれる。

直ぐに腹を立ててちゃ、それは遠いぞ。

その言葉に、思わず黙る。

舌打ちして葉巻を取り出した。


「・・・・・だったら何だ」

「「大人になれって事だよ」」


重なった夫婦の声に葉巻の吸い口を噛んだ。

分かっている。

だが、焦るのだ。

陽志がアルベルトに近づく。

見遣ると、呆れたように溜息をつかれた。


「ほら、持って帰るんだろう?」

「せ、青面獣」


慌てるイワンを受け取って抱きかかえる。

降りたいと言うのを強く抱いて黙らせた。

陽志は指でイワンの頬の口紅を拭って、頭を撫でた。


「また、辛くなったら逃げてきな」


笑う彼女に曖昧に頷く。

主の腕をそっと触って、陽志に微笑んだ。


「今度、タルト作ってくるから」


そりゃ楽しみだねと笑う陽志。

すっかり打ち解けてしまっている嫁たちに苦笑し、宿敵は視線を交わした。





***後書***

ヨメ同士の恋バナが書きたいと思いました。