【 パラレル-001 】
「父と子と聖霊の御名において・・・・・」
祈りの言葉を聞きながら静かに神に祈る。
世界の平穏を、人々の安らぎを。
この世のすべてに祝福を。
イワンはこの教会から出た事が無い。
もう33になるし布教に出た経験すら無いと言うのは希有と言うより奇怪だ。
それはひとえに彼の純粋すぎる魂それ故。
彼は非常に『憑かれ』易い。
エクソシストとしての資質もあるが、それ以上に情け深過ぎるのだ。
情をかけてはいけないものにも慈しみを与えてしまう。
優し過ぎる彼はそこに居るだけで魔を呼び込む。
だから彼はここに来た。
その無垢なる魂を食らおうと腹を裂かれた母の腹から、父親が掻き抱いて走り、この教会へ。
目も開かない未熟児が途方もない慈愛を秘める事に驚愕した当時の長は、枢機卿に手紙を書いた。
興味を持った枢機卿はここまで足を運び、言った。
この子はこの教会から一歩たりとも出してはなりません。
この子が魔の手に落ちるのは余りに惨い。
この子の魂は本当に『何も知らない』のです。
幼い頃からそれを聞かされ育ったイワンは、神と自分を守ってくれた人々に感謝しながら生きている。
厳しい戒律も、それしか知らぬのだから厳しくは無い。
その清廉な生き方が益々その身を輝かせる。
眩しくて、眩し過ぎて、霞むほどに。
「・・・・っていう男がいるんだよ」
面白いよねぇ、と笑う男は傍に転がる女から絞り取った血液をわざわざグラスで楽しんでいる。
古くからの盟友、セルバンテスだ。
「呆れた馬鹿だな。戒律など守って正気が保てるか」
吐き捨てて細いチューブを咥えるのは、同僚のレッド。
赤い仮面なぞ愛用するお前も大概だと言いたい。
それ以前に人間に飽いたと言って大亀の喉に刺したチューブから血を啜るのはやめてくれないだろうか。
口からチューブを垂らしてついて回る亀はどうせ能力で従わせているのだろうが、爬虫類の血など臭いだけだ。
「母を殺したのが己という感覚が薄いのだろう」
惚けた笑みを浮かべて涎を垂らしている女から最後のひと啜りをして打ち捨てる。
この辺りの吸血鬼の領主、アルベルト。
王者の風格と整った容貌で誰もが虜になる。
手に入らぬものなど何もない。
寄越さないなら奪い取る。
飽きれば捨てればいいのだから。
「まぁ・・・・一度見ておくのもよかろうな」
腰を上げた帝王に、呆れた視線が一つ投げられ、うまく言ったら味見させてよという言葉が送られる。
アルベルトは髪をかきあげて笑った。
「そんなに面白い生き物ならば、三人で気が触れるまで嬲り者にしてやれば良い」
「・・・・あれか」
黒い神父服に包まれた後姿。
協会の門の掃除をしている。
時刻は夕方だ。
多少眠いが人間のふりをするくらいわけはない。
性質上『招かれなければそのエリアに入れない』と言うのはあるが。
「・・・・・・」
通りかかった少女と話すその姿・・・・いや、声に。
身の毛がよだった。
澄んだ、清らかな、声。
しろい、こえ。
怒りではない、だが限りなく怒りに近い。
その夢見心地な目出度い頭を砕いてやりたい。
吐き気がする、しろ。
その白さを黒く染めてやりたい。
いや、染めてやろうではないか。
「・・・・・・・・」
己の腕をナイフで抉る。
これは銀を配合した刀身のナイフだ。
唯の刃物では瞬く間にふさがってしまうし、純粋な銀では体へのダメージが大きい。
20%程が銀なのだ。
ナイフを仕舞い、互いが見える位置にすっと出る。
こういう馬鹿は少し傷を見せて跳ね付けるとお節介をしたがるものだ。
現に、傷を晒したまま手当を断り立ち去ろうとしたら、ほら。
ほら。
門から出てしまった。
その身守ってくれるものから。
ようやく相手の正体に気づいて救急箱を取り落とした手を握りしめて引き寄せる。
「掴まえた」
「っ、っう・・・・・」
執拗に服の上から身体をさすられて、イワンは顔を背けた。
引き入れられた、古び、廃墟と化した教会。
どれほど遠いところなのか、はたまた近くなのか。
懺悔室で、男に抱きすくめられて、身体を撫でまわされて。
無知で無垢なイワンには恐ろしい蛮行だった。
神への冒涜だと、怖かった。
なのに、なのに。
嫌なのに、怖いのに。
無垢で無知ゆえに身体は快楽に溺れていく。
大きな手が強く肉を握り締めて服ごと肌をさするのがどうしようもなく気持ちが良い。
「はぁっ・・・・あっ・・・・・」
後ろから雄を掴まれる。
身を捩るが、日の落ちた今、教会と言えどさびれたここで、吸血鬼の力に敵う筈が無い。
「んんっ・・・・!」
揉み込まれて、目の前に閃光が弾ける。
子を作らぬ射精は罪だ。
自慰など以ての外だし、同性同士の行為など汚らわしい事この上ない。
「放せっ!」
「煩い・・・・握り潰すぞ」
ぐっと手に力を籠められて、イワンの喉が鳴った。
痛みと、本能的な恐怖。
知らない所で、知らない男に、知らない行為を。
強く握られた痛みと、異常な状況に決壊寸前の心。
激しく震えだした身体が恐怖の為だけで無いのに気付き、アルベルトは喉奥で笑った。
イワンの首にかかるクロスを引きむしる。
細い鎖の一部が千散に飛んだ。
床に投げ、イワンを仰向けに転がす。
脚の間にクロスが来たのを見やり、酷薄な瞳で見下ろす。
布の上から雄を踏みつけ、硬い靴裏を介した感触を楽しむ。
双方もう少し力を込めればどうなるかは分かっていた。
潰れる前に、そうなると。
「いや・・・・だ・・・・・」
掠れた声はしかし屈してはいない。
腹立たしかったので軽く踏んでやった。
「っあぁ・・・・!」
蛇が威嚇するような微かな音と共に、靴裏が温かく濡れていく。
床を伝ってクロスを濡らすそれ。
質素な食事ばかりの水は臭いも色も薄く、少しつまらない。
だが愕然とした目で排尿を止められずにいる姿はまぁ悪くない。
濡れた床に蹴り倒し、のしかかる。
「嫌だ・・・・嫌だっ!やめ・・・!」
とはいえこの甲高い声で抵抗されるのには辟易する。
いや、声自体はたとえようもなく心地が良い。
だが、嫌だのやめろだの煩すぎる。
快楽に身をゆだねようとしない姿勢に腹が立つ。
「そんなに嫌ならばこうしてやる」
そうすれば文句なかろうとばかりに、クロスの鎖をまだ力ない雄に巻きつけた。
細身のクロスだったので、四方向のうち一番長い部分を尿道に差し込んでやった。
痛みは感じたはずだが、恐怖か意地か見ようとしなかったため、余り怖い思いはしていないらしい。
だが、意外にも身体は敏感な・・・と言うかスキモノらしい。
巻きついた鎖に反応して雄が芯を持っていた。
呆れと嬉しさで思わずからかう。
不遜な態度の所為でからかっているというより苛んでいるように見えるが。
「ふん・・・・気持ちが良いのか。とんだ淫乱だな」
「違・・・・っ」
今の言葉で酷く傷ついた顔をしたのが愉快だ。
適当に犯して血を飲んで捨ててやろうと思っていたが、気が変わった。
雄を握り込んで、鎖で痛めぬように扱いてやる。
「や・・・っ、ぁ、や」
「反応は悪くないな」
「ひっ、あ、ぁ」
うわ言のように嫌と繰り返しながら、雄をいきり立たせて膝を震わせている。
何とも言えない精神的快楽。
唯の神父ではこうはいかない。
セルバンテスが言ったように特別な神の加護でもあるのか。
ぬるぬると先走りが糸を引く手を離し、舐めてみる。
ああ、悪くない。
必死で射精を堪えている目の前に手をかざす。
糸を引いて床に落ちる、透明な蜜。
「神への忠誠か、聞いて笑わせる。貴様のいやらしい体液でクロスが濡れているぞ」
隙間に溜まる先走りをかき混ぜるようにクロスを抜き差しする。
甘ったるく悲痛な悲鳴と、益々興奮あらわに血を溜める雄。
クロスで弄りながら扱いてやり、腰が跳ね上がる瞬間を見計らって強く絞り出した。
痛みと快楽に、無垢な身体が勝てようはずもなく。
「あぁぁぁぁぁぁっ!」
床に激しく爪を立てて、イワンは達していた。
だがせき止められている為に射精はしていない。
口端から涎が伝い落ちるのが分かったが、口が渇いて飲み込めない。
爪が割れる、カキッという音がした。
「あぁ、あ、ぁ・・・・・」
「・・・何を泣く」
神を裏切ることがそんなに怖いか。
問うと、呆然と涙を流しながら頷いた。
祈りの言葉を繰り返す唇の艶やかな愛らしさ。
思わず吸う。
案の定噛みつかれたが、気にしない。
血が出もしない、反射のそれなど。
禁欲的な神父服を剥がす。
簡単な作りのそれは鎧にすらならない。
刺激される事を知らない胸の尖りを舐めると、びくっと身体が竦んだ。
押さえつけて舐めねぶる。
「あぁ、は・・・・っぁ」
背が反ってしまった為に、もっとと突き出すような格好になる。
「ぁん、ぁっ、あ」
「楽しむことにしたのか?」
「っ!」
「何だ、違うのか」
快楽に溺れては正気に戻って睨みつけてくるのが可愛い。
本当の意味で『無垢』だ。
脇腹を吸って赤い花弁を散らし、指に唾液を絡める。
何も知らぬ身体に己の物を受け入れるのはかなりきつい事になりそうだが、こちらの知った事ではない。
禁欲などと言う馬鹿げた事をする奴が悪いのだ。
たまに女でも死ぬ奴がいるから一応慣らしてやりはするが、責任は持たない。
死んでもしばらくは温かいのだから楽しめなくもない。
「え・・・?・・・っあ、あ、やぁ、な、なに」
「指だ」
怯えて嫌がるこの男は生殖に関係のない同性間の行為の知識がまるでないらしい。
ついでに言うと発想どころか考えた事も。
後孔に入ってくる男の節くれた指に怯えて締め上げている。
そんなに力を入れては痛むのは己の方だろうに。
「いっ・・・・!」
やはり。
痛みにぽろりと涙を流したのに溜息を吐く。
呆れるほどの頑固者だが、中々可愛い。
もう一度唇を合わせて、ゆっくりと味わう。
閉じられた唇の合わせをつぅとなぞると、反射で開いた。
そこで下唇を吸って懐柔し、舌を差し入れる。
キスの経験も無い男はもうめろめろになって酔っている。
舌先を擦り合わせて吸いあげると、敷きこんだ身体がびくびく跳ねた。
「んっ、んっ」
キスだけでイけそうな勢いの感じ入り方には正直驚く。
相当鍛えてもここまで感じやすくはなるまい。
天性とは恐ろしいものだ。
「んぁ・・・・・」
唇を離すと、蕩けた瞳が己の唇を追ってきた。
「・・・・もう一度か?」
「・・・・・・・・・」
ぷいと顔を背けた根性には感心する。
苦笑して再び中を探り始めた。
奥の方を触ってやると、面白いように先走りを溢れさせる。
初めてで後ろがこう感じる人間など初めて見た。
もしかしたらこの男は感覚が子供のままなのかもしれない。
子供には肛門期と言うものがあり、快不快を便通で表わす時期がある。
出したり出さなかったりで簡単な意思表示をするのだ。
その習性が暫くは残るので、子供は肛門で快楽を感じ取りやすい。
まぁこの知識を掘り下げても仕方は無いが、兎角この男は後孔でかなり感じている。
「ぅんっ、あっ、はぁっ・・・・・」
淫らなはずなのに、酷く清純な香りがする裸体。
堪らず、スラックスのジッパーを下げる。
押し当て、正気づく前に一気に挿入する。
「っああああああっ!」
「・・・・っ緩めんか」
「いぁ、あ、いた、痛い、い、た」
泣き叫んで暴れるのを片手で押さえつけ、ぐいぐい押し込む。
肉が裂ける感触は思っていたより軽かった。
鼻先をかすめる血臭。
男根を包み込んで激しく締め付ける柔い肉。
締め付けはきつく痛みもかなりあるが、堪らなく気持ちが良い。
勢いに任せて突き上げると、切れ切れの悲鳴が耳を擽った。
互いに快楽を拾い始めると、すかさず顎を掴んで、目を合わせる。
「・・・神は従順である貴様を助けはせん」
「・・・・っ神は・・・・」
反論は嬌声に呑まれた。
太く長く、硬く熱いもの。
前立腺と、感じる所と言わず、入口から奥まで滅茶苦茶に擦りたてられる。
気が狂いそうな快楽。
耳元で甘い低温が響いた。
「いけ。堕ちてワシのものになるがいい・・・・」
命令される、幸福。
このおぞましい生き物は、悪魔なのに。
もっと、もっと。
その声で、命じて。
縛り付けて、強く抱いて、触って、キスして、抱いて、中に出して。
自分にのみ向けられる愛が欠如していたイワンは、それが偽りでももう構わなかった。
愛して、愛して、愛して!
何かが音を立てて崩れていくのを感じながら、イワンは吸血鬼にしがみついていた。
何度も繰り返される行為に幸福を感じた。
身体が離れた時、全身から力を抜いた。
血を吸われても、殺されても、捨て置かれてももう良い。
幸せな時間だった。
とてもとても。
目を閉じて身を投げ出し、微笑むその姿は、堕ちてなお清純可憐で。
神にはもう愛を請えない。
絶望を感じながら、やはり幸福が勝る。
小さく息を吐く姿を見ながら、アルベルトはイワンを抱き起こした。
「・・・・・?」
「啜れ」
腕を出し、癒えかけの傷口を爪で抉る。
吸血鬼の血を飲む事が何を意味するか分からぬはずはない。
だがイワンはそれに従った。
こくり、こくりと喉を鳴らして血を飲み込み、顔を上げ。
愛らしい口元を真っ赤に汚して。
泣きそうな顔で、微笑んでいた。
「私は・・・・」
「泣くな」
アルベルトは気づいていた。
これは憎悪ではない。
神に対する、嫉妬だ。
だがもうこの男は神の超域から切り離された。
闇に生き、血を啜り、快楽に身を投じて生きる。
「貴様はワシの血を啜ったのだ・・・・」
その身が従うのは唯一人。
神でなく。
「ワシに仕えるがいい・・・・」
「あーもう!私の馬鹿!何で自分で行かなかったかな!」
「ふん、飽きたら殺さずに寄越せよ」
「イワン、茶を寄越せ」
「はい、ただ今」
「あ、私も。レモンティ」
「私はミルクティだ」
「レッド様は角砂糖12個でしたね」
「ふん・・・覚えていたのか」
「はい」
「イワン君、私の事も覚えてよ!」
「セルバンテス様は、レモンはシチリア産のものがお好きでしたね」
「イワン君・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「アルベルト様?」
「あぁ、気にしなくて良いよ。年取るとヒガミっぽくなるから」
「黙れ」
「貴様らどちらも長生きし過ぎだ。とっとと引退して死ね」
「み、皆様・・・・」
「っていうかアルベルト」
「何だ」
「三人で嬲り者にするって言ってなかった?あれいつ?」
「撤回・・・・」
「「却下!」」
***後書***
【鯨様→大筋+台詞の一部】【織葉様→クロス尿道責め+懺悔室】
話の殆ど全体が他力本願と言う残念クォリティ。しかし熱意だけはあるようです。制作二時間。
意外と燃えました。イワンさん好き好き隊三人衆が吸血鬼。ルックスだけなら大概幽鬼もいけると思う。