【 パラレル-010 】



「あの、私は何の病気なのでしょう」

問いに、栗色の髪に看帽を乗せたサニー看護婦さんは、とても可愛く微笑んでくれた。


「不治の病です」

「・・・・・えっ」

「え、あの・・・・先生からお聞きになっていないのですか?」


お互いにおろおろして、イワンが頷き、看護婦さんは慌て。


「あっ、あの・・・・ごめんなさい!」


走り去ってしまった看護婦さんを呆然と見つめ、イワンは膝に視線を落とした。

唐突かつ緊張感の無い死の宣告。

何と言うか、何とも言えない。

イワンはそっと微笑んだ。


「そう、か」


皆の所へ行けるんだろうか。

故郷のあの人もあの人も、死んでしまっている。

寂しさに耐えながら生きていくのに疲れてきていたし。


「・・・・・・・・・・」


イワンは軽い溜息をついて、俯き目を閉じた。





夜中。

突然身体に触れられて飛び起きると、何故か外科部長のアルベルト先生。

暗がりで見ると魔王と間違いそうな威圧感だ。

皮膚科のセルバンテス先生の底抜けに明るいテンションと真逆。


「あ、あの」

「起きたのか」

「か、回診ですか?」

「ああ、触診中だ」


何故真夜中に診察するのか。

普通は寝ているかとか生きているのかの確認だけだ。

第一この暗がりで?電気も点けずに?

だがまぁ先生が言うのだから、そうなのだろう。

これが軽いノリでいつもセクハラしてくるセルバンテス先生だったらちょっと疑うが、この真面目腐った強面の先生だし。

間違っても自分なんかには手を出さないと思うし。


「お願いします」


するりと落とされる病人着、暗闇に浮かぶ白い肌。

アルベルトは小さく唾を呑んだ。

この男には初めから目を付けていた。

今迄患者に手を出す事など皆無だったが、この男だけは違った。

診察の時に指先に触れる柔肌、甘い体臭。

疼く、のだ。

欲望が、本能が、衝動が。

そっと手を伸ばし、首筋を撫でる。


「・・・・熱は無いな」

「はい」

「心音は・・・・」


心臓の上あたりに手を当て、柔く揉み込む。


「些か早いが」


軽く首を傾げ、イワンに視線をやる。


「頭痛腹痛その他は」

「ええと・・・・特に・・・・っん!」

「どうした」


胸の尖りを刺激しながら尋ねると、困惑した瞳が向けられる。


「あの、そこは・・・・っあ」


つぃと摘み上げると、ぴくんと身体が跳ねた。

耳元に唇を寄せて、囁く。

混乱しているのを掻きまわして、従わせる。


「生殖機能を診たい」


なに、診察だ。まさか触れたりはせん。前立腺を刺激するだけだ。

その言葉に、イワンは戸惑いながら頷いた。

アルベルトに言われるままに、寝台に這う。

下が下ろされて、スースーした。

お医者さんだからと思いながら、恥ずかしい。

暗がりで分かる薄桃の臀部。

アルベルトはそれを掴んで押し開き、直腸検診用の潤滑剤を手に取った。

普通は手袋をはめるのが礼儀だが、この男を味わうのには邪魔だ。

ヒクヒクしている窄まりは固く、ゆっくりと温めるように擦ってやる。


「ん・・・・っ」


ゆら、と揺れる腰。


「男と関係をもった事は」

「えっ、な、無いです」

「では、少々つらいかもしれんな」


ぐぐっと中指を差し入れる。

掠れた悲鳴と、軋む骨。

スラックスを押し上げるものはもう臨戦状態だ。

ごくりと喉を鳴らし、慣らすように抜き差しする。


「力を抜け。入らん」

「はぁっ、あ・・・・」

「そうだ」


二本目の指をそろえて入れて、掻きまわす。

ビクビクッと白い背が反った。


「ここか」

「っふ・・・・は・・・・」


ぶるぶる震えながらシーツに縋っているイワンを眺め、中を刺激する。

絡みつく肉は柔いくせに弾力に富み、包まれたらさぞ気持ちが良いだろう。

体液もたっぷり目でぬるぬると滑りよく、女の膣よりいいかもしれない。

強めに前立腺を刺激するが、甘ったるい悲鳴はあげても中々達しない。

少し考え、孔を指で広げて覗きこんだ。

濃いピンクでぬらぬらしている内壁には問題なさそうだ。

何故かと考えていると、頬を伝った汗が一滴奥に落ちた。

瞬間。


「ひぁっ!」


広げていた指が外れてしまう程の収縮。

身体を桃色に染めて痙攣し、口端から飲みきれぬ涎を垂らして。

潤みきった目で、怯えたように見上げてくる。

鼻先をかすめる、雄の精の匂い。


「・・・・達したのか」

「あ・・・・ぁ・・・・」

「面白い」


中に独特の刺激を与えられねばいけぬのか。

低く笑って乗り上げてきた男に抵抗する間もなく、イワンは下肢を肉槍で突き抜かれていた。

焼けつく痛みと共に襲ってくる悦楽に、堪らずそこが締まってしまう。

すると、男は低く呻いて、あろうことか中で射精した。

余りの屈辱に目の前が真っ暗になる。

暴れて、もがいて。

そのたびに突き上げられて種付けされて。

その刺激にイワン自身も達し、喘ぎ。

薄明るくなってきた時に、イワンはのろのろ起きあがった。

緩慢な動きで傍の机からカッターを取り、刃を出す。

ちきちき、と言う音に、アルベルトは笑った。


「殺すか?」


こんな男一人、刃を奪って取り押さえる事はたやすい。

イワンは返事をしなかった。

薄く口を開け、カッターを舌に押し当て。

一瞬で体表に噴き出す冷や汗に、アルベルトは飛び起きてそれをやめさせた。


「何を考えている」

「・・・・・・・・・」


何も映さぬガラス玉の様な瞳に愕然とする。

違う、こんなものが欲しかったんじゃない。

笑って欲しかったのだ。

自身の望みすら明確に捉えていなかった事に愕然としながら、アルベルトはカッターを投げ捨てた。

故郷を失い、全てを亡くした彼の傷は心にあるのだ。

それを抉って、血まみれにしてしまった。

どうすればいい、どうしたら。

・・・・いや、もうどうしようもないだろう。

ならば、せめて最後までやりたいように振舞いたい。

呆然としている頬を包み、唇を合わせ。

舌を絡めて、吸い出し。

何度も何度も繰り返す。


「愛している・・・・」


甘く、しかし真剣な声音に、イワンは肩を震わせた。

何故だろう、涙が止まらない。

悲しいんじゃない、嬉しいんじゃない。


「だったら何故最初におっしゃってくださらなかったのですか・・・!」


私だって、貴方を一目見た時から心奪われているのに。

怒りに涙しながら睨んでくる男に、アルベルトは手を伸ばした。

頬に触れ、額を合わせ。


「・・・・何故だろうな・・・・」

「・・・・私が直ぐに死ぬからですか」

「・・・・・死ぬ?」

「もう、長くないのなら」


どうか、甘やかさせて下さい。

貴方様に献身させて下さい。

愛させて、ください。

健気な言葉に、アルベルトは小さく笑った。


「よかろう」





「あの、サニー様」

「はい?」

「私は不治の病では無かったのですか?」

一か月たっても全く問題なく、毎夜外科部長がお尻にお注射しに来る日々。

イワンは思い切って聞いてみた。

サニー看護師はとても可愛い笑顔で言ってくれた。


「不治の病と死病は違いますよ?」


不治の病は、治らない病気。

因みに病名は「脱毛」です。


「あら、熱が高いですね」


そのまま倒れてしまった退院予定の無い患者さんに微笑み、サニー看護師は毛布をかけた。


「あと、もう一つ」


恋の病も、不治の病ですよ。





***後書***

病名を巻き爪とぱげのどちらにしようか迷いました!