【 パラレル-017 】
「やめなさいっ!」
水を打ったように静まり返る場。
決闘だと言って10人の男子生徒が乱闘を始めたのだが、それを叱ったのは新任教師のイワン。
そう、新任で彼は知らなかったのだ。
この十人、七不思議どころか都市伝説級の問題児。
退学にすら出来ない問題児で、留年回数二桁もいる。
髭のおっさんが3人、狸が一匹、孫と一緒の学年になっている爺様が一人。
その他はその他で絶対に学生には育ち過ぎている。
唯一学生で通りそうなのが既に煙管を持っている時点でアウトだ。
「教室に帰りなさいっ!」
何だか逆らえぬ雰囲気はおかあさんじみている。
絶対に袋叩きにされるな、と皆が思っていたが、その逆。
その根性を気に入られてしまい、懐かれてしまい。
担任にされてしまった。
担任だった孔明先生はさっさと放棄して押し付けてきた。
自分の浅はかさを呪いつつ、しかし叱った事に後悔はせず。
「が・・・・頑張ろう・・・・」
朝礼。
「せんせー、幽鬼君は生理痛で休むそうでーす」
手を上げたレッドに、イワンは眉間を押さえた。
明らかに掃除用具入れから音がしている。
「幽鬼君、大丈夫ですか?」
「イワン先生・・・・」
中から出てきた幽鬼にニヤニヤするレッド。
しかし、幽鬼の方が上手だった。
「先生、怖かった・・・・」
「ゆ、幽鬼君」
ぎゅううっと抱きしめた手は不健康そうだが相当な力だ。
骨が軋むし、尻を揉まれている気がする。
気がするが、拘束に近い抱擁で確認が出来ない。
「幽鬼君、落ち、着いて・・・・」
「ああ・・・・」
手を離して席に戻る幽鬼。
レッドが歯ぎしりしているが、幽鬼は薄ら笑んだままだ。
「取り敢えず、連絡事項です」
「先生!デートしておくれよっ!」
「黙ってください、セルバンテス君」
「デェェェト!」
「煩いですって!」
「良いじゃない、どうせ誰もいないんだし」
「は・・・・・?」
見れば、セルバンテスとアルベルト以外いない。
「ど、どこに行きました?!」
「え?」
ヒィッツカラルドは女の子引っ掛けに行ったよ、今日は2年生の校舎だっけ。
残月はニコチン切れだって、中庭じゃない?
怒鬼は弁当忘れたって取りに帰っちゃった。
レッドは幽鬼はさっきの事で決闘。
樊瑞はじゃんけんに負けて全員分の宿題中。
カワラザキは眠いって言ってたから多分保健室、保険の先生中々美人だよ。
十常寺は理科室にテロかけて実験中、理科室で授業予定だった1年生は外でサッカー始めてる。
「な・・・・な・・・・」
余りに酷い。
煙草に不純異性交遊に理科室テロ?!
もうどうしていいか分からない。
残った二人もチェスを始めている。
もうお願いだからお前ら帰れよ!
一限目。
何とか問題児達を回収したイワン。
不服そうなのは放っておいて、いざ。
「では一限目を・・・・・」
キンコーン
「90分休みだな」
「50分授業なのにな」
次々出ていく問題児。
回収に45分掛ったからだ。
もう泣きたい。
しかしめげない!
「十分後に教室に居なかったら」
全員のロッカーを掃除します!
「「「な・・・・?!」」」
見られて困るかと聞かれれば困るものだらけのゴミ溜め。
何が出てくるか自分でも分からないので恥ずかしい・・・・!
なんて事はない。
ただ、アレとかソレとか、捨てられたら困る!
おかあさん最終奥義『掃除するよ?』にビビる十傑。
特にセルバンテスとレッドは顔が引き攣っている。
「じゅ、10分後だよね?!」
「8分で帰る!」
そこまでして一度抜けたい理由はトイレだと言う事にして、イワンはプリントを整理した。
二限目。
「この問題解ける人」
「残月、出番だ」
「ああ、そうだな」
黒板に書き連ねられていく数式。
「あ、あの・・・・?」
「ん?間違っていたか?」
「いえ・・・・・」
高度な部分に浸食していて、正直あってるのかすら分からない。
どうしようもないので、放っておいた。
残月は書くのに夢中だ。
白くなっていく黒板。
イワンは決断した。
「・・・・・自習」
三限目。
「怒鬼、パス」
「・・・・・・!」
「必殺ゴクツブシシュート!」
サッカーに興じる10人。
体育だ。
ルール無視、人外威力の殺人シュート連発。
今のレッドのシュートも、壁をぶち抜く勢いだ。
「はっはっは、元気じゃのう」
それをスパーンと受け止めるキーパーは今年で【ピー】歳のカワラザキ。
余裕でキャッチし、思い切りレッドに投げつける。
「ぐふっ!」
「それ位避けんか馬鹿者!」
容赦ない檄を投げつけた本人が飛ばしている。
若人組が申し入れたため、30歳以上組対20代+ギリ10代組である。
「くそっ、幽鬼!やれ!」
「・・・・・」
進み出た幽鬼に、セルバンテスが挑発する。
「おや、ゆーきちゃんが大好きな爺様に戦いを挑むのかい?」
「セルバンテス・・・・・」
幽鬼の口元が歪んだ笑みを湛えた。
「人生で一番恥ずかしかった事はコップを・・・・」
「うあああああ!言っちゃ駄目だって!!!」
「コップで何をしたのだ・・・・」
呆れるアルベルト。
未だ絶叫中のセルバンテス。
薄ら笑う幽鬼。
ああ、この時限もやはり・・・・
「収集付かないな・・・・」
四限目。
「先生、今日の保健体育は『性教育』が良いと思います!」
満面の笑顔で言いやがったセルバンテス。
イワンは溜息をついた。
「ご希望を言って頂いてアレですが、今日は元々その予定です」
「やったー!」
何故そんなに喜ぶのか。
男子高校生はこういうネタが好きで困る。
「まず中学の復習ですが・・・・」
「先生は初体験はいつかね?」
ニヤニヤしながら聞いてくるのはヒィッツ。
イワンは少し頬を染めて視線を斜め下にずらした。
「・・・・別にどうだっていいだろう」
その、純情な可憐っぷり!
33歳の男とは思えぬ愛らしさがある。
恥ずかしがるととても色気があるし、禁欲的な雰囲気がまたそそる。
「そう言う貴様はどうなのだ」
「詳細は覚えておらんが・・・・20も年上の玄人の手管は相当だったな」
うんうん頷くヒィッツ。
残月が紫煙を吐いて笑う。
「確かに、玄人の女性は異物挿入系でも割と受け入れてくれるしな」
「役に立たんかったのか?」
「いや、趣味だよ。その後は楽しませてもらったさ。そう言うレッドはどうだね?」
振られ、レッドは首を傾げた。
「多分人間だったと思うが」
記憶が怪しいのならそのまま不鮮明にしておいて欲しい。
レッドに似た人面犬など見ない事を祈る。
「幽鬼は未だじゃないのか?」
「・・・・・・・・」
にやにやするレッドに、幽鬼が視線を落とした。
「・・・・・歓楽街で悪い噂が立ってな・・・・出入り禁止中だ」
なんなのこの子・・・・と言われそうだが、彼は不健康な成人男子である。
何をしたかは朝礼の時や3限目などを考えれば薄々予想がつく。
絶対にドSだ。
「・・・・十常寺は?」
「・・・・非常に豊胸な女性であった事間違いなし」
「どのくらい?」
「恐らく片方8キロ」
かなりの巨乳だが、そんなに鮮烈だったのか。
「変形する程握り締める事の楽しき」
「痛そう」
「ああ、絶対に悲鳴を上げるな」
「是」
にやり、と笑った狸爺に、全員呆れる。
が、狸は他に話を振った。
「魔王、如何に」
「儂か?」
樊瑞はうーむと顎に手を当てた。
「十三くらいだったと思うが・・・・」
「まだ子供だろう」
「そうか?男子の13はそう子供でもなかろう。相手は未だきゅ・・・・」
「はいはい、犯罪者は黙ってねー」
「樊瑞から犯罪に改名しろ」
このロリコン!と口々に罵られ、樊瑞は微妙に気まずそうだった。
年の差が10歳ある夫婦もいるが、年の差4歳でも犯罪は犯罪だ。
「カワラザキはどうなんだ?」
「昔過ぎて覚えておらんのう。相手にした人数も多かったしな」
初めから複数プレイと言うのが痛いを通り越して怖い。
第一今でも現役らしいし。
保健室からたまに色っぽい声がしていると言う。
その時カワラザキが教室に居る事はまずない。
特に女生徒でなく女性教諭に人気・・・・掘り下げても仕方がないか。
「幻惑はどうかね?」
「私?私は普通だったよ」
きょとんとするセルバンテス。
「親戚のお姉さんでね。まあ、実は腹違いの姉・・・・」
「黙っておけ」
手を灰皿代わりにされて椅子から落ちたセルバンテス。
「じゃあ君はどうなのさっ!」
「・・・・・一度きりのつもりだったが・・・・諸事情あって妻になった女だ」
「あ・・・・・」
黙ったセルバンテスは珍しくばつが悪そうだった。
「三娘ちゃんか・・・・」
聞きたくても聞けぬ内容なのだろうと、イワンは視線を外した。
「・・・・良い女だった。死なせたのは後悔している」
「・・・・君の所為じゃないよ」
「ああ・・・・・」
何があったのかは分からない。
ただ、この強面の生徒が初めて優しそうに見えた。
そして初めて。
寂しそうに、見えた。
因みに怒鬼は爆睡中である。
昼休み。
各自昼食をとるが、レッドが幽鬼に小銭を投げつけた。
「コーラ」
「あっ、私チャイ。紙パックね」
「では、サイダーを」
「烏龍茶を頼む」
「珈琲の無糖」
「蜜柑汁」
「緑茶を頼むかのぅ」
「無糖紅茶、ホット」
メモも取らずに出て行く幽鬼。
帰ってきた彼は、各々の机の上に配って回った。
爺様に緑茶。
その他は全員ミルクセーキのホット。
未だ机に突っ伏して寝ている怒鬼もミルクセーキである。
「今日はミルクセーキか・・・・」
「買いに行くくらいならホットのミルクセーキを飲むしな」
「昨日はなんだったっけ?」
「昨日はおしるこだった」
幽鬼の密かな復讐。
彼は真夏も『おしるこ』と『温かいミルクセーキ』を売っている自販機の場所を調べている。
他にも温冷の切り替えを間違えている自販機など、彼に聞けばこの一帯で飲みたいものを売っている自販機が分かるのだ。
「・・・・先生」
「どうしました?」
5限の準備をしていたイワンは、顔を上げた。
幽鬼が微笑んでいる。
陰湿で根暗そうな彼だが、実はイケメンだ。
差し出されるのは、タピオカミルク。
「飲んでくれ」
「あ、ありがとう・・・・」
受け取るイワンは、戸惑ったが微笑んで見せた。
純粋に嬉しい事には違いない。
ストローを刺すイワンを、笑んだまま眺める幽鬼。
「あんなものを自販機で売っているのか?」
カップタイプの生ジュース。
大粒ブラックタピオカ入りで、とても太いストロー・・・・。
「き、貴様何を考えている!」
「煩い。何を妄想しようが個人の勝手だ」
さらっと流してじっと見つめる幽鬼。
イワンは準備の片手間に飲んでいるので、気付いていない。
「ふふ・・・・・」
嬉しそうな小さな笑いを聞きつつ、一応他の者も楽しみ始める。
幽鬼のポケットには、ファ○マのレシートが一枚入っていた・・・・。
五限目。
調理実習。
何故突然かと言えば、いつも誰かがサボる為実習系が進まないので。
皆揃ったら急いでやってしまわねば、誰かが失踪する。
「レッド君!米は洗剤で洗うものではありません!」
「そうなのか?」
がしゃがしゃと泡立つボウルを掻き混ぜるレッドを止めるイワン。
その背後で。
「先生、より分けるのを手伝ってくれ」
「真空派でまな板を切らないでください・・・・!」
切り刻まれた野菜とまな板をより分けていると、呼ばれる。
「先生・・・・キャベツから芋虫が出てきた・・・・」
「・・・・触れないんですか?」
「いや・・・・可愛いな・・・・」
キャベツ抱えて微笑む幽鬼は後!
「あぁっ!残月君、手順が・・・・!」
「こちらの方が早そうかと思ったのだが」
「絶対駄目です!」
「大変じゃのう」
なら大人しくしろと言いかけたが、カワラザキは本当に『大人しく全くなんにもしていない』ので何も言えなかった。
「・・・・芸術的なり」
「えぇ、上手ですが今日の課題はワンタンではありませんっ!」
ワンタン量産して一人楽しげな十常寺。
刺激しなければおとなしくワンタン生産に勤しんでくれる筈だ。
「樊瑞君・・・・それ、は・・・?」
「ん?蟹だ」
「何故ここで捌いているんですか?」
「家の流し場が狭くてな」
確かに調理室は広い。
広いがお前の私物を調理する場ではない!
そう叱ろうとした目に飛び込む、絶望的な光景。
「セルバンテス君!ちょ、待って・・・・!」
生卵をレンジにぶち込んでゆで卵を作ろうとしている!
そんな事をしたら・・・・!
ぼごんっ!
「吃驚した・・・・・」
「中・・・・あぁ・・・・もう駄目だ・・・・」
卵だらけになったレンジ内を見て肩を落とすイワンに、セルバンテスが首を傾げる。
「アルベルトどこ行ったのかなぁ?」
「えっ?!」
見回すが、いない。
授業開始と終了時に全員揃っていれば何とか単位がつくのに、これでは・・・・!
「さ、探してきます!」
「いってらっしゃーい」
のんびりしたセルバンテスの言葉を聞き終わる前に、イワンは全力で駆け出した。
「はっ、はっ・・・・・」
走り回って、どこを探してもいなくて。
もう駄目かと思った時に、音のしない体育館の扉が十センチ程開いているのに気付いた。
鍵は粉々に壊されている。
すぐさま飛び込んで探した。
走って走って、漸く見つけたのは半地下になっている体育倉庫。
「アルベルト君っ」
「ちっ・・・・見つかったか」
この煩い教師を見ていると苛々する。
無視して葉巻を吸っていると、奪われた。
「学校で煙草を吸わない!」
「・・・・・・・・・」
ぎろ、と睨むとびくっとしたが、逃げたり媚びたりはしなかった。
「駄目でしょう?君は曲がりなりにも学生で・・・・」
「煩い」
「煩いではありません!」
叱られ、苛々が募る。
軽く殴ってやるつもりでやったら、思いの外吹っ飛んだ。
思っていたよりずいぶん軽い。
積んであったマットに当たったため、それが崩れて埃が舞った。
「軟弱な」
鼻で笑うと、睨みつけてきた。
気に入らない。
「・・・・・・・・・・」
座り込む彼を押さえつけ、顎を掴む。
「その目をやめろ」
「・・・・・・・・・」
黒く澄んだ瞳はアルベルトを睨みつけたままだ。
その透明感さえある済んだ色が堪らなく腹立たしい。
特に、右目。
「・・・・・いい度胸だ」
引きずっていき、レッドが壊したためここに格納されている半壊したピアノの前に立たせる。
暴れるその身体からスラックスだけを奪い、命令した。
「何でも良い、弾け。一度間違う度に一本だ」
手には、点数表のボード専用マーカー。
そう細くない、3本が限度だろう。
「放しなさいっ」
「早くしろ」
この姿を人に見られたいならいくらでも抵抗するがいい。
貴様を慕う生徒もそう少なくはないだろう?
イワンの目に初めて恐怖の色が浮かんだ。
唇を噛みしめる音がして、ピアノが拙い音を立てる。
曲は『夕焼け小焼け』。
だが、余りにも下手だ。
鍵盤が似合いそうな指だと思ったが、期待外れでつまらない。
冷めた目で見やり、失敗するたびにねじ込んでいく。
彼はその度に酷く辛そうに目を眇めるだけで、余り悲鳴はあげなかった。
「・・・・興が冷めた」
「っ・・・・・!」
三本の隙間から四本目をねじ込む。
肉が裂ける音と、血臭。
蹲るイワンを残して、アルベルトは倉庫を出た。
「・・・・・・・何だと?」
「本当だよ」
イワン先生、辞めたんだって。
敵意を含む目は自分の所業を知らずとも、見当がつく故にだろう。
アルベルトは葉巻に火をつけた。
「今日、16時28分の汽車」
「だから何だ」
アルベルトの苛立ちも気に掛けず、セルバンテスは続けた。
「どこに行くのか、誰が聞いても教えてくれないんだって。もう、教師自体辞めちゃうってさ」
ねえ、アルベルト。
イワン先生の話、してあげる。
聞かないなんて、言わせない。
「はっ・・・・はっ・・・・」
全速力で走るが、かなり苦しい。
息が切れて、頭が痛い。
ネクタイはとうの昔に投げ捨てた。
イワン先生は、ピアニストを目指していたんだって。
とても上手で、将来有望で。
でも、ある日喧嘩に巻き込まれて。
指を、傷めたんだ。
もう二度と、まともに弾けなくなったんだって。
随分泣いたらしいよ。
ショックか泣き過ぎか、片目は、視力ゼロなんだ。
それ以来、泣かないんだって。
笑えても、泣けなくなっちゃったんだって。
いつも先生は君の指を見ていたよね。
ピアノ推薦で入ったのに、面倒臭いなんていう君。
どんなにか羨ましくて憎かっただろうね・・・・・。
「っ・・・・・」
対岸のホームへの階段を駆け上がり、走り抜け、駆け下りる。
「は・・・・っ・・・・」
いない。
どこにも。
時計はまだ16時14分。
見まわし、線路にタイピンが落ちているのに気付いた。
ぞっとして視線を上げれば、線路を歩いて行く小さくなった影。
「先生!!!」
叫ぶが到底届かない。
線路に飛び降りて、走る。
蒸気機関特有の大きな音が、僅かに耳に届いた。
「っ・・・・・!」
頼りなげな儚い肩を掴んで、振り向かせる。
彼は優しく微笑んでいた。
『泣けなくなっちゃったんだって』
盟友の言葉が耳に聞こえた気がした。
抱きかかえ、引き返す。
ホームに上がって、椅子に座らせた。
「・・・・・先生」
「・・・・何ですか?」
優しく微笑んでくれる。
違う、微笑む事しか出来ないのだ。
この心から弾き出されたら、笑顔しかもらえなくなるのだ。
「・・・・笑うな」
「はい・・・・」
「笑うなと言っている!」
はいと言いながら微笑んで首を傾げるイワンを、骨が軋む程抱きしめた。
妻の笑った顔が好きだった。
イワンの泣いた顔が見たい。
妻の泣き顔は見た事がない。
イワンの笑顔以外を見た事がない。
怒っても慌てても、戸惑っても。
ゆるく微笑んでいた意味を、さっき知った。
「先生・・・・・」
「ん・・・・・?」
もし一人前のピアニストになったら。
貴方を迎えに行って良いですか。
「うわー、全然変わらないね!」
「全くだ」
「いや、私が落とした像の首が修復されている」
あれから5年。
イワン先生はこの学校に戻って教師を続けている。
レッドは超高層ビルの外部点検と清掃をしている。
命綱なしでてきぱきやる姿が評判で、一種のエンターテイナー扱いだ。
彼自身は危険度が高い為に破格の給料で甘味三昧が出来れば、他は興味ないらしい。
いつも教室で寝ていた怒鬼は、家を継いで華道の師範をしている。
期待の新星として注目されている。
幽鬼は精神科医として活躍中。
何冊か本も出し、何人も救っている。
残月は数学者になって、論文執筆など多岐に活躍。
この若さで数学版ノーベル賞・・・フィールドを狙えるともっぱらの噂だ。
ヒィッツカラルドはネゴシエーター。
口が上手いのが功を奏した稀な例と言えよう。
彼をモデルにしたドラマが来月から放送されると言う話だ。
十常寺は中華料理店を展開。
国内外に100店舗を超える。
しかし彼自身は未だ厨房に立つ事を好み、彼の料理を求める美食家が後を絶たない。
特にワンタンが好評だ。
カワラザキは元々学園の理事長だ。
暇を持て余して学生をやったと言うが、今は学園の大元の財閥を仕切るまでになり。
樊瑞は子煩悩が高じて子供服専門デザイナー。
最近のブランド志向に反して『洗練されているが子供らしいデザイン』が人気だ。
今最も注目されているデザイナーと言えよう。
セルバンテスは多種多様な事業を展開。
代表取締を主に受け持ち、彼自身が今奮闘するのは油田開発。
中々忙しい。
「あ、今失敗しなかった?」
セルバンテスが悪戯っぽく笑う。
「早く来て先生口説いてるんだよ」
まあ、迎えに来たと言った方が正確かもしれないけど。
「くっつくと思う?」
「振られてしまえ」
「だよねぇ」
唐突に音がやんだ。
鼻を鳴らすレッドはどこか嬉しそうだ。
大好きな先生が、幸せになってくれれば良いと思う。
扉を開けた体育館の真ん中に鎮座するのは壊れかけのピアノ。
先生は。
迎えに来たピアニストの胸の中で。
嬉しそうに笑って。
涙を流していた。
「くっついちゃったねぇ」
邪魔しないで帰る?
「まさか」
「こういう時こそ乱入すべきだ」
「異議なし」
笑いあって、思い切り扉を全開にして。
皆で昔のままに飛びついて。
「「「先生!」」」
空気を読めないのは昔から。
でも叱らないで。
今でも、貴方が。
「「「大好き!」」」
***後書***
色々酷いのは見逃してください。勢いと思いつきで書いたから締めも甘いし途中言葉使いおかしい・・・・!