【 パラレル-019 】



ホールに満ちる静かな音色。

水面に落ちた雪のようにさっと溶け、なのに水面を凍らせ変化させる。

寂しい音色。

独りぼっちで、煌めく宝石の数々に囲まれて。

イワンは小さく溜息をつくのだった。

誰かに触れたい。

誰かに触れられたい。

演技でなく、本当に心からの笑顔が欲しい。

代々続く『怪盗』の9代目である彼は、幼い頃から英才教育を受け、外界から切り離されて育てられた。

仕事の付き合いはあっても、友人の一人さえいない。

演技でなんて言う酷い事も出来なくて、女性を抱いた事もない。

でも、寂しいと言う感情は持っている。

愛玩動物を飼うのが一般的だが、彼はそれを宝石に求めた。

いつも変わらず煌めくだけの宝石は安心と残酷をもたらした。

それでも、ひとりぼっちよりは。

あぁ、また新しいのが欲しい。

寂しさを埋めたい。

イワンは鍵盤の覆いを降ろした。





とある洋館にもぐりこんだイワンは、綿密な計算と咄嗟の勘で、2日という短い時間で標的のセキュリティを解く事に成功した。

モバイルを畳んで仕舞い、ガラスケースをそっと持ち上げる。

手にずっしりとした首飾り。

直径3.5cmに揃えて真球に磨かれたルビー。

重量もさることながら、とてつもなく趣味が悪いとしか言いようがない。

身につけても馬鹿みたいだ。

だが、ずっしりと輝けばそれでよかった。

寂しさが緩和されればいいのだから、ぎらぎら輝けばいいのだ。

ほっと息をついて仕舞おうとすると、不意に手から重みが消えた。

ぎょっとして振り仰げば、館の主が侮蔑の表情で見下していた。

咄嗟に逃げようとするが、蹴倒されてしまう。


「ふん・・・・こそ泥だったか」


些か気になって見ていたが。

そう言いながら、背中をぐっと踏みつける。

彼は腹を立てていた。

宝石云々ではない。

盟友に散々色ボケた話を延々語られて疲れているのだ。


「そんなに欲しければくれてやる」

「なっ・・・・・・」


スラックスを剥がれて足を上げさせられた。

驚いてもがくと、頬を打ち据えられた。

初めて人から暴力を受け、呆然とする。

宛がわれる冷たい球。


「あ・・・・!」


元々身体の柔らかいイワンは、かなり大きい球を突然押し込まれても怪我はしなかった。

痛みは酷かったが、喉の奥に悲鳴を押しこんだ。

とても、怖かった。


「あ・・・・ま、って・・・・やめて・・・・!」

「煩い」


ぐいぐい押しこんでも、磨き込まれた滑らかな球はつるりと入り込む。

10玉押し込んでひと球だけが出た状態にする。

うさぎのしっぽの様だと思いつつ、手を離した。


「くれてやる。失せろ」





アジトに戻ってから、イワンの生活が一部変わった。

今迄何も知らなかった身体に与えられた暴力に溺れてしまったのだ。

とは言え人と関わるなと言われてきたイワンはその教えを守ったままだ。

真昼間の明るいキッチンに座り込んで、服を脱ぎ散らかす。

恥ずかしいのすら気持ちが良くて、涙ぐみながら後孔を弄る。

指で柔らかくする事を覚え、中をなぞると気持ちが良い事も知った。

小さく舌を出して喘ぐ姿がとんでもなく淫猥だ。

唇を舐めて指を動かす度に上がる水音。

彼の相手は毎日変わる。

昨日はきゅうり、その前はズッキーニ。

今日手に取ったのは、綺麗に洗われ瑞々しい人参。

嬉しそうに頬を染める彼は、この行為が変態的な事であるのを知らない。

可愛いピンクの舌で丁寧に舐め濡らしていく。

舐めていると気持ち良くなってくる。

もっと気持ちいい事が出来ると目を蕩けさせる姿は妙に可愛い。

何処か清純なのだ。

何も知らない穢れない身体だからかもしれない。


「ん・・・・・っ」


ゆっくりと沈めて行くと、鈍痛と共に疼きが這い上がってくる。

はっはっと喘ぎながら、奥まで入れた。

中から押し広げられるのが堪らない。

すっかり立ち上がったものを扱くのも忘れ、両手で人参を支えて抜き差しする。


「あっ・・・・あっ・・・・あ・・・・!」


光の差し込むキッチンで耽る異常な自慰行為に溺れて行く彼は。

人のぬくもりを知らぬまま肉の快楽を知り、寂しさを忘れて行った。





「だ・か・らぁ!」

本当に可愛いんだよ!

ここのところ毎日聞かされる同じ話。

いや、内容は違うが同じだ。

この男が一方的に懸想している、それも33歳の男。

それの異常な自慰行為を盗撮し、感想を毎日喋りに来るのだ。

正直興味がないどころか気持ちが悪い。

女も抱かずに根菜類を後孔に差し込んで、前も触らぬ『自慰』。

聞きたくないと言っても聞いて欲しがり、居留守を使えば館に火を放ってくるこの男が迷惑で仕方ない。

とは言え古い付き合いで気の合う男。

目が覚めればまた普通に戻るだろうと、最近は聞き流している。


「本当に可愛いんだよ!それでね!」


御誘いの手紙を配達してくれないかな。

唐突かつどこまでも厚かましい申し出に、アルベルトは眉をひそめた。

自分で行けという前に反論される。


「何回か尋ねたんだけど、セキュリティ堅過ぎて」


一度忍びこんでカメラ仕掛けたのばれたらしいんだ。

今残ってる2つを残して全部破壊されちゃったし。

だから、君が手紙を配達してよ。

彼に絶対に渡して。

晴れて恋仲になれたら、ちょっとは語るのを控えてあげようじゃないか。

その言葉に溜息をつく。

いい加減な男だが、約束は守る。

『ちょっと』がどれくらいかが怪しいが、今この話から逃れられるののおまけだと思えばそのくらいへでもない。


「・・・・場所は」


立ち上がる盟友に手紙を渡すセルバンテスから住所を聞き、アルベルトは部屋を出て行った。





「あぁ・・・・・」

エスカレートする一人遊びは一日数時間にも及ぶようになり、すっかり溺れ切っていた。

柔らかく開いたピンクの孔は小ぶりなじゃがいもを垣間見せている。

指で伸びた襞をなぞると、コロンと出てくる。


「ぁん・・・・」


すっかり濡れそぼった雄をぴくぴくさせながら甘く喘ぐ姿。

セキュリティを掻い潜って侵入したアルベルトは、忍びこんだ先のその姿に驚いた。

あの夜の男だ。

左手にはあの首飾りを握り締め、じゃがいもで自慰に耽っている。

異常者のようだが、目は蕩けながらもしっかりし、聡明そうだ。

ならば異常さを感じる原因の宝石を握り締めるのは何故かと思うと、小さく開いた唇から零れる音が聞こえた。


「名前・・・・は・・・・?」


宝石に問うているのではない。

自分に問うているのでもない。

あの夜に宝石をねじ込んだ男の紅い瞳に重ねた宝石に己の名を問うているのだ。

身体が熱くなっていく。

亡くした妻との時間は優しく温かだった。

この男が欲しいという熱い思いが湧きだした。

似て非なる二つはどちらも『愛』だとしか言えない。

近づき、宝石を握る手に手を重ねる。


「えっ・・・・・」


驚いて振り返った顎を掴んで唇を吸う。

甘く柔らかい唇。

何度も柔く吸って愛撫してやると、白い身体がぴくんと跳ねた。


「や・・・・・」


解放すると顔を背けて嫌がった。

否、怯えた。

その耳に、熱い吐息を吹きかける。


「・・・・・アルベルトだ」


呼べ。

イワンの目が潤む。


「あるべると、さま・・・・?」

「あぁ」


押し倒していくと、腕が一瞬戸惑ってから首に絡んだ。

身体を擦り付ける様に縋ってくるのが可愛い。

一目惚れと言うなら双方そうなのだろう。


「イワン、だったな」

「はい・・・・・」


目をうるうるさせる男は、今迄変態行為に耽っていたとは思えない清純な香りがした。


「・・・・・野菜しか相手にした事がないのか?」

「・・・・・はい・・・・」


恥ずかしそうに目を逸らすイワン。

どうやら人間との行為の方が恥ずかしいと認識しているらしかった。

その可愛さに苦笑し、脚を上げさせる。

すっかりべちょべちょに濡れている孔に指を入れて中を探ると、指先にじゃがいもが当る。

少し刺激してやると、せり出してきた。


「ぁ、ん・・・・・」


こぽん、と吐き出されたいも。

2つ出させると、もう中は何もなく柔らかなだけだ。

男根を取り出して軽く扱くと、イワンの喉がこくんと鳴った。

怯えながら、期待の籠った目で脚を開く。

可愛いものだ。


「んぁぁ・・・・・」

「っ」


ぐずず、と埋めた先から痛い程の快楽が押し寄せる。

先が熱く、袋がみるみる張っていった。

奥歯を噛んでこらえつつ、奥までねじ込む。

だが、首に縋られて腰を揺らされ、限界。

奥で吐き出すと、白い身体が痙攣した。


「あっ、あっ、な、なか、何・・・・・」

「精汁だ」


情けなさを感じつつ答えてやると、反転する視界。

見事な身のこなしに、この男が怪盗だった事を思い出した。


「待て・・・・っ!!」

「あんっ、あんっ、あぁんぁ」


上に乗っかって激しく腰を揺らし始めたイワンに、呆れるより先に燃えてしまう。


「っ・・・・いい度胸だ」


ワシを燃え立たせた事を後悔させてやる!

そう吠えたアルベルトが、次の日に擦り切れて前屈みで過ごす事を二人とも予想していなかった。





「・・・・・で、転職?」

「ああ、悪いな」

画商から怪盗に転職したアルベルト。

元々怪盗のイワンを補佐につけて、世界中のお宝を盗みまくっている。

まあ、最初に盗んだのは『盟友の狙っていた男』だったが。


「君って本当に最低だよね!」


脳髄ぶちまけてあげるよ、と引き攣った笑顔でショットガン突き付けてくるセルバンテスに、アルベルトはにぃと笑った。


「そうか、残念だ」


詫びに、イワンのじゃがいも排出映像をやろうと思っていたのだがな。

天秤にかけても量れない程の魅力を湛えた申し出。

うぐぐと唸るセルバンテスに笑って去っていくアルベルト。


「分かった、私も怪盗になる!」

「勝手にしろ」


息巻く盟友が立派な怪盗になる日は来るのか。

アルベルトがイワンに(色んな意味で)勝てる日は来るのか?!

今はまだ、誰にも分からない。





***後書***

御野菜やりたかったんです。言わなくても分かりますね・・・・。